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13.ワンコ系×御姉様

 


 実を言うと、葉月の体調はさほど良くなったわけではない。


 面会制限は解除されたものの、まだ本調子というわけでもないのだ。

 先ほど受けてきた心療内科の診察でも、疲れやだるさ、眩暈を伴うようならひとまず何も考えないようにして休んでください、と厳しく言い添えられてしまった。

 このところ毎日のように引継ぎノートを作っていることを、担当医師もあまり快く思っていないらしい。


 なので急いで病室まで戻らないと、と急ぎすぎて足元がふらつくことがあったが、


「お、っと。雨宮さん、そんなに急いだら転びますよ?俺、頑丈なんで支えくらいにはなれますから。ほら、腕掴まって」


 と、行動までもイケメンと化した朝陽にフォローされ、意外とがっちりしたその二の腕に掴まらせてもらいながら、どうにか病室に戻ることができた。

 途中、すれ違った看護師や患者達……特に女性陣からの視線がとても痛かったが。


 そして病室に入ってしまうと、朝陽は葉月がベッドに入ったのを確認してから、面会者用の椅子を引き寄せてベッドからちょうど一人分離れた場所に座った。

 なにもしませんよ、という彼なりのスタンスであるらしい。



 ひとまずこれを、と差し出された大きな紙袋。

 その中には、会社で懇意にさせてもらっていた同僚・先輩達からのメッセージつきのお見舞いが入っており、その中には佐々木や瑠架のものもあった。

 どうやら、朝陽が病院に行くと言った時にそれなら一緒にと持たされてきたらしい。

 たくさんメッセージがつけられてあったが、そのどれもが葉月の体調を心配するものばかり。

 中には、もう戻ってこられないということを知って残念がってくれている、そんなメッセージまであった。

 念のためにとひとつひとつ確認したが、月城からのものや陽菜からのものは入っていない。


(それもそうよね……当たり前じゃないの)


 ホッとしたようながっかりしたような、そんな感情が顔に出ていたのか朝陽は慌てたように「それだけじゃないんです」と付け加え、言いにくそうに少しだけ言いよどんだ。


「あ、えっと、陽菜からもお見舞い預かってるんですけど……その、せっかくの会社の人からのお見舞いの中に入れちゃうと、雨宮さんの具合に差し支えるかと思って。分けて持ってきたんです」


 てっきりないだろうと決め付けてしまっていた陽菜からのお見舞いは、彼のバッグの中にあったようだ。

 しかも「具合に差し支える」と彼が前置きしたことから考えると、そのお見舞いに託されたメッセージはそれほどいいものではないと推測できる。


 いいわよ、と手を差し出すと彼は躊躇いがちにバッグから小さな携帯用の保冷バッグを取り出し、どうぞと身を乗り出すようにして葉月に手渡した。

 てっきり手作りかと思ったのだが、中に入っていたのはエトワールのプリン。

 しかも二つというあたり、これを持ってきた人物と二人でどうぞという気遣いが感じられる。


「二つ入ってるわよ。良かったら食べない?」




 もちろん、と喜んで受け取って早速食べ始めた朝陽を他所に、葉月は保冷バッグの中に入っていたメッセージカードを読み始めた。

 そこには、ただ一言『すみませんでした。どうぞお大事に』とだけ書いてあり、詳しいことは何も書かれていなかった。

 これでは何に対する謝罪なのかさっぱりわからないのだが、幸い思い当たることはいくつかあったため、葉月は食べ終えたらしい朝陽にそのあたりのことを聞いてみることにした。


「……これは陽菜から聞いた話なので、もし間違ったところがあったら訂正してください。まず単刀直入に言いますね、あいつ月城さんからの告白を断ったそうです」

「…………そう」

「驚かないんですね?」

「なんとなく、予想はできてたから」

「んー、でもきっと断った理由は想像とは違うと思いますよ?」


 苦笑しながらそう前置きして、朝陽は陽菜から聞いたという話をし始めた。


 あの日葉月が倒れた後、それはもうオフィス内は大混乱だったらしい。

 葉月は救急車で運ばれる、上司が赤くなるやら青くなるやらわたわたしている間に部長がやってきて次長を怒鳴りつけ、そんなカオスな空間に何故か警察官が乗り込んできて次長を連れて出て行った。

 その後は現場検証やら事情聴取やらあれこれあったようだがそれは割愛して……数日経ってようやく落ち着いた頃になって、月城が風邪から回復して出社してきた。

 そして葉月が倒れたと佐々木に聞かされたらしく、珍しくうろたえたように瑠架のいる海外事業部へと乗り込んだかと思うと、静かに怒っているらしい瑠架に連れられて応接室に入り、出てきた時には顔面蒼白の状態だったそうだ。


 さすがに心配になって休憩時間に月城を呼び出し、陽菜は意気消沈している彼から実は葉月と3年間付き合っていたこと、元々見合いから始まったその付き合いの最初に『どちらかに気になる相手が出来たらそれで終わり』と取り決めしていたこと、彼が陽菜という気になる相手が出来たことでこの関係を終わらせたことなどを聞き出し、そしてもしかしたら葉月が彼と陽菜のことを気にしたあまりストレスをためずぎたことも原因じゃないか、と締めくくられたことでバカにしないでくださいとキレてしまったらしい。


『確かにストレスは与えていたかもしれない、だけど彼女は自分で決めたことは自分で責任を取る、そんな人です。逆に、うじうじ仕事中に悩んでいた私を叱咤激励してくれたぐらいなのに、どうしてお付き合いしていたはずの貴方がそんなことを言うんですか。どうして、ストレスになってるんじゃないかと思った時点で、彼女に声をかけなかったんですか。直接できないなら佐々木主任を挟むなりなんなりして、やりようはありましたよね?』



「そう言って、たじたじになった月城さんに向かって『私、貴方のことが好きでしたけど、なんかもう失望しちゃいました。お付き合いはできません、ごめんなさい』って断ったそうです。でもそんなこと、本当は雨宮さんに伝えるべきじゃないかな、とは思ったんです。だって、あいつが原因でこじれた関係なのに、当のあいつが割り切って吹っ切ったって言うんですから。ふざけんな、って怒っても当然です」

「……いえ、さすがに怒りはしないけど……」


 怒る怒らないよりも、まずはその陽菜の潔さに素直に驚いた。

 彼女は確かに聡くて気遣いもできる、だがまだ無邪気で恋に恋しているような夢見る乙女な面も強く、だからこそ自分のために一生懸命になって力を尽くしてくれた月城に惹かれていったのだろう、そして知れば知るほど趣味の合う、性格も穏やかな彼に恋をしてしまったのだろう、とそう思っていた。

 それ自体間違ってはいないだろうが、まさか彼女が月城の遠回しな告白を蹴ってまで葉月を庇うとは、さすがに予想すらしていなかった。

 てっきり、葉月とのことを気に病んだ挙句付き合えないと断ったくらいに思っていたのだが。


「実際、私たちが別れたのは月城さんが彼女に惹かれてしまったからなの。だから梧桐さんがそれを受けようと断ろうと、関係が修復することはもうないわ。……それにね、これは梧桐さんに言ってもらって構わないんだけど」

「なんでしょう?」

「私ね、ずっと叶わない恋をしてるの。その気持ちを忘れたくて、でも結局忘れられなかった。彼に惹かれていた気持ちは本当だけど、結婚したいとか子供が欲しいとかまでは思えなかったわ。彼もきっと、そうなんでしょうね」


 だから気にしなくていいのよ、と葉月はそう締めくくった。

 この話はここまで、という意味合いで。




「さて、と。今度は貴方の話を聞かせてちょうだい。その『なんということでしょう!』な劇的ビフォーアフターの理由はなに?」

「や、さすがにそこまで言われると、前の俺ってどんだけ酷かったんだって傷つくんですけど」


 困ったように前髪を弄りながら、だが彼は「確かに酷かったですよね」と素直に認めて小さく笑った。


「俺、ついこの間まで海外事業部で研修受けてたんです。そこで自分がどれだけ甘えてたか、持て囃されていい気になってたか思い知らされて……もうガツンと殴られたみたいに、目が覚めたんです」


 営業部ではその愛想の良さや周囲の女性達からの甘い囁きなどで天狗になり、俺はまだできるんだ、充分凄いんだ、ただそれを他のやつらがわかってくれないだけなんだ、とまで思い込んでいた。

 だから突然海外事業部から声がかけられた時も、自分の実力が認められたんだと有頂天になって出向いたのだという。

 しかし、そこで彼は現実を思い知らされる。


 海外事業部はその名の通り海外の取引先や支社とリアルタイムにやり取りしながら、商品開発のプロジェクトを進めたり、会議に参加したり、時には苦情処理にあたったり、とにかくめまぐるしいほどの情報に翻弄されることなく着実にスピーディに仕事をこなしていかなければ、あっという間に取り残されてしまう。

 そんな過酷な職場において、外国語どころか日本語すら怪しい朝陽に出来る仕事など、何もなかった。



「俺、何も出来ないってわかった時はすごく打ちのめされてしまって。でも先輩達からかけられる言葉は、厳しくても心が篭ってて。優しいわけでも慰めてくれるわけでもないのに、ジンと心に響いたんです」

「そうでしょうね。皆、その辛さを味わってきた人ばかりだもの」

「はい。そこでやっと、俺……雨宮さんって凄かったんだってわかったんです」

「え、私?」

「だって雨宮さん、そんな凄い海外事業部のお手伝いもこなしてたでしょう?」


 きっかけは『葉月がいてくれたらなぁ』という社長令息夫人、瑠架の一言だった。

 どうにかお手伝いのお手伝いくらいには役立てるようになった朝陽に、彼女は語って聞かせてくれたのだという。

 雨宮葉月という女性が、どれだけ努力家か。

 あの上司の下で散々こき使われながらもその一方で他部署の仕事も手伝い、自分の後任者が上手くやっていけるようにとわざと社内を回らせたりとフォローも欠かさず、嫌がらせされてもそれを真っ向から受けて立つこともせずに受け流し、デキる女をずっと()()()きた。

 彼女は公私混同しない、だからプライベートでは愚痴を言うこともあるけれど、仕事場では弱音を吐かないし甘えた顔も見せない。

 そんな彼女を疎ましく思う者も確かにいる、だけどそれ以上に慕われているんだと。


「瀧河さん、こうも言ってました。もし雨宮さんがここにいたら、俺の根性叩き直した上で上手に引っ張り上げてくれるのに、って。それで俺、陽菜に色々話を聞いて……正直、マジ泣きしました。陽菜と二人で、ガキの頃に戻ったみたいに泣きまくって、だから、その…………」


 困ったように言葉を切って、彼は真っ直ぐ葉月を見つめた。

 その熱のこもったような眼差しに、葉月は不覚にもドキリとさせられる。


「…………あっ、憧れてます!尊敬してます!だから、その、御姉様と呼ばせていただいてもいいでしょうか!?」

「いいわけないでしょう!いいからちょっと落ち着きなさい」


 やっぱりバカだわこの子、と葉月は別の意味でくらりと眩暈がしそうになるのをどうにかやり過ごし、自分も落ち着こうと深呼吸を繰り返した。

 一瞬でもときめいたその気持ちを返してちょうだい、とは口に出さずに。



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