友達
続きますが短編にさせてもらいました。
ばさっ
本が手から滑り落ち鈍い音をたてる。
「…は……あ……っ!」
紫恩という名のこの青年は千里田家の次男であった。
彼はとある理由から心ノ臓を悪くし、しばしば激しい息苦しさに見舞われていた。
まるで誰かにギリギリと締めあげられるように。
「…あぁっ…う、く……」
胸を掻きむしる手が震えて、知らず喘ぐ声が漏れる。
しかし彼はじっと耐えるばかりであった。
早く過ぎ去れば良いと、ただそれだけだった。
不意に甲高い声が近くで上がった。
「あっあの!あの!誰か!だれ…」
幼い子どもが怯えて立っていた。
「やっ…やめ……ろ…」
それ以上は言葉にならなかった。
更なる苦しみが胸を締め付けて、前に倒れこむ。
「あわゎ…!だ、だいじょうぶ?おにいちゃん。」
子どもは慌ててそばに駆け寄った。
「どこかいたいの?くるしいの?」
だれかよぶねと言った子どもの手を、紫恩は強く掴んだ。
「だ……いじょうぶ…っ…だ…から、だれも…呼ばな、いで…」
「でもっ!おにいちゃん、くるしそう…」
「だい、じょうぶ、だか…ら…頼むよ…やめ…て…くれ…」
笑顔を見せる紫恩に子どもは何故か哀しくなって、
「ふえ…えっ…えっ……うえええええんっっ」
空気をびりびりと震わせる程の泣き声をあげ大泣きした。
「なんで……お前が泣くの…」
大分落ち着いてきた紫恩が、困ったように眉を下げる。
「うえっ……うえっ…グスッ…ふえぇっ…」
「怖い思いさせたな……悪かった。」
紫恩は子どもの頭を優しく撫でた。
それから大きな息をひとつ吐いて立ち上がった。
「戻ろう。中へ。」
もう泣かないで、と子どもを抱きしめると、子どもは一瞬驚いて、しかしすぐにキュッとしがみついてくる。
そうしないと、彼が消えてしまう気がした。
意外な反応に紫恩は目を丸くしてクスリと笑った。
屋敷の中へ戻ると、通りすがった女中から
「どうかなすったんですか?顔色が悪いですわ。」
と言われ、ギクッとしつつ
「いえ、平気です。顔色が悪いのはいつものことですから。」
と笑って誤魔化した。
「あ、いえ、そんなつもりでいったのでは…」
女中は申し訳無さそうに頭を下げ去って行った。