7 クラスメイト
無事に入学式が終わり、大学生としての生活が始まった。
一応存在するクラスの人ともなんとなく打ち解けつつはあるけど、未だ友人と呼べる程の人はいない。
そりゃ、そうか。知ってる人もいないし。
まぁ、おいおい友達とか出来たらいいなぁ。
いずれ、彼氏も出来たらいいとは思う。
自慢じゃないけど、彼氏いない歴イコール年齢だったりする。
(本当に自慢にもなりゃしない)
なんて、ぼやぼや考えてみる。
「……ここ、いい?」
「え? あ、はい」
突然声を掛けられて、慌てて返事をした。
いくらなんでもぼんやりし過ぎだ、私。
「良かった」
そう言って彼はメッセンジャーバッグを肩から下ろし、私から一つ開けた席に着く。
ふわふわと跳ねた髪に、小さな顔に大きく目立つマスク。
あ、と声を上げそうになって、目線を逸らした。
この間の神社ですれ違った彼だと気付いたから。
──同じ大学だったんだ。
思ってもみなかった展開に、胸がざわつく。
だって、勘違いしてしまいそう。
彼氏いない歴イコール年齢の恋愛経験のない、おまけに縁がなかったせいで男性に免疫のない私にはそれだけで十分だった。
いやいや、そんな訳がない。
そんな都合の良いことがあってたまるか、と頭を振る。
気を取り直して講義室を見回せば、もうすぐ講義が始まるからか結構席が埋まっている状況。
だから彼は一番後ろの列の角にいる私の隣に来たのだろう。
前の方にいる同じクラスの子がいた。
気付いて手を振ってくれたので、へらりと手を振り返す。
「ねぇ」
不意に肩を叩かれる。
叩かれるというか、指先で突つかれたというか。
隣の彼が一枚のボードを差し出している。
首を傾げてマスクを少しずらして。
「出席確認票だって」
「あ、ありがとう」
ボードを受け取って、付属のボールペンを握る。
一番下の行に名前と学籍番号を記入する。
一つ上の行には、隣の彼の名前がすでに記入されている。
『御倉 凪』
それが彼の名前のようだ。
『凪』の文字は読める。
名字はぎょ? おん? ご? いまいちはっきり読めない。
「書いた? 貸して」
「あ、うん」
首を傾げていると、白い手が隣から伸びてきて手の中からあっさりとボードを引き抜いていく。
そしてそのまま、その向こうに座る人へと渡される。
講義が終わりテキストをまとめてバッグに片付けていると、手を振り合った同じクラスの彼女がやってくるのが見えた。
「ねぇねぇ、遠野ちゃん」
「瀬尾さん、どしたの?」
「葉月って呼んでよ~。あのさ、今日の夜ってヒマ?」
まだバイトもしていないし、暇と言えば暇だけど。
よくよく聞くと、サークルの新歓コンパのお誘いだった。
入ったばかりのサークルで一人での参加がちょっと心配だから、一緒にきてほしいってことらしい。
「いいよ? ……ところで、何のサークル?」
「変な所ではないよ~? 天文のサークルだって」
天文っていうと、あれか。
星とか星座とか、天体観測なあれだな。
飲み会サークルとか交流サークルではないみたいだ。
勿論、野外での天体観測なんかもあるらしい。
「あのさ、」
すぐ隣から低めの声が響いて来て、肩が跳ねる。
まだ講義室を出ていなかったのか、隣の彼がいた。
一つ空いていた席を詰めてきていて、その左手が私の右肩に乗っている。
「俺もそれ行ってみたい。ちょっと興味あるし。……いいかな?」
「大丈夫だと思うよ? 一応確認してみるけど、男子も歓迎って言ってたし。ちょっと聞いてみるね」
そう言って瀬尾さんがサークルの先輩と連絡を取る。
途中で指で小さく輪を作る。
オッケーってことだね。
「いいみたいだね」
「……うん、良かった」
「天文に興味あるの?」
「まぁ、そんなところってことで」
曖昧に笑って誤魔化されたような気がする。
さすがにそこまでは踏み込めない。
「二人とも大歓迎だってさー。ところで、二人とも携帯番号とか交換しようよ。いまのうちにさ」
「そうだねー。私、方向音痴だからさ、どっかで迷子になったら助けてよね」
正直、自分の家の周りでさえ危うい。
路地に入っただけで迷う自信がある。
大体、地元民ですらないし。
「え? 彼氏、いるじゃん?」
「え? 彼氏?」
「え? 彼氏じゃないの?」
と、瀬尾さんもとい葉月ちゃんが隣の彼を指差す。
慌てて首を横に振る。
いやいや、そんな。
「「違う」」
声が被る。
『……今のところはね』なんて聞こえた気もするけど、きっと気のせい。
「なぁんだ、そっかぁ。てっきりそうなのかなって」
「今日初めて会ったばっかりだし」
「ふぅん、そっか。ところで、名前なんて読むの?」
「御倉 凪。中学・高校はこっちだから、迷子になったら遠慮なく言って。助けてあげる」
そう言って御倉君が目を細める。
私に向けて言ってるんだろうか?
自惚れてしまいそうだ。
こんなにこじらせてただろうか?
「だってさ、良かったね、遠野ちゃん。あ、万尋って呼んでもいい? 万尋に、御倉君ね」
夕方に待ち合わせすることにして、その場は解散となった。