17 夢現(ゆめうつつ)
目を覚ませば、見知らぬ場所に寝かされていた。
見たこともない、赤く塗られた梁がめぐらされた天井。
汚れ一つない真っ白な漆喰の壁に、薫り高く鮮やかな緑の畳。
私の記憶には有り得ない、ひどく豪奢な和室の部屋。
まるで客用に誂えたようなふかふかの布団に寝かされて、枕元に井桁に掛けられた美しい模様の赤い着物があった。
文字通りの和服の着物は、その裾に施された錦糸の刺繍が細かく、一目で相当高価なものであると知れた。
布団から身を起こして、自分を取り囲む物に呆然とする。
一体、ここは何!?
『……万尋様、お気付きになられましたか!』
どこからともなく、どこかで聞いた覚えのある甲高い子供のような声が聞こえた。
「……誰?」
声のした方に目を向ければ、そこには小さな小型犬ほどの獣が2匹。
灯されたろうそくの明かりに目を凝らせば、部屋の片隅に控えるように狐の番がそこにいた。
なんとなくだが雌雄の区別がついて、夫婦のように見えた。
「……狐?」
果たして狐が人間の、ましてや日本語など話すだろうか?
いやいや、そんな訳はない。
『まさかね』と思うが、そうとしか思えず首を傾げる。
大体、ここはどこなんだろう?
私の夢の中なんだろうか?
夢とはいえ、私の見たこともない場所を見るなんてあり得ることなんだろうか。
『此を夢と云うのなら、それはそれでも構いませぬ』
『此処は我らが神の住まう所。人の子には到底理解の出来ることではありますまい』
そうか、やはり夢の中なのか。
夢の中の出来事だから、狐は言葉を話し、魚は宙を泳ぐのか。
妙な所で納得する。
『万尋様をこの神域にお連れするのは大変骨が折れました』
『しかし、ようやくお招きするが叶いました。これは僥倖』
『これでウカ様に顔向けできまする』
「ウカ様? あなた達のご主人様のこと?」
『神の住まう所』と言うからには、神様の名前なのだろう。
その名前に聞き覚えはない。
もっとも、神様の名前なんてさほどわかるものはない。
せいぜい、『天照大神』や『木花咲耶姫』がいいところだ。
『ウカ様は宇迦之御魂神とおっしゃる貴いお方』
『我らが稲荷神を統べるお方』
「では、ここは稲荷神社の総本山と言ったところ? 私はこれから、そのお方にお目通りさせていただくってこと?」
なかなかどうして、ファンタジーだ。
夢の中とはいえ、これから神様に会いに行くというのだから。
狐と会話が成り立っているのも、ファンタジーだが。
『その通りにございます。ご理解が早くて助かりまする。さすがは、万尋様』
『お気の変わらぬ内にお召し替えを。その格好では少々、都合が悪うございます』
狐がそう言うなり、お雛様の三人官女のような出で立ちの女性たちが部屋に入ってきた。
タイミングを見計らって待ち構えていたのか。
あれよあれよという間に床は片付けられ、身に着けていた衣類を剥ぎ取られ、着物を着せつけられる。
『万尋様にはさすがに正式な装束では難しいと思い、略式のものをご用意させていただきました』
井桁に掛けてあった打掛は、略式というわりには目にも鮮やかで、いかにも高価そう。
それに袖を通せば、羽のように軽い。
神話に出てくる天女の羽衣のようだ。
それもこれも、きっと夢の中だからなのだろう。
三人官女の一人に髪を結い上げられ、しゃらしゃらと音をたてる簪を飾られる。
その一方で、唇には紅を引いて貰った。
『よくお似合いです』
よく喋る狐はここぞとばかりにほめ言葉を吐く。
誉め倒さんばかりに。
『さぁさぁ、ウカ様が首を長くしてお待ちです』
『夜は長くて短い。夜明けてしまいます』
なんだかよく分からないが、狐に急かされて差し出された手を取る。
三人官女の一人に手を引かれて、部屋を出た。