15 秘密の多い人
「で? 一体、何がどうしてそうなってるの?」
待ち合わせの駅に、先に着いていた葉月ちゃんに仁王立ちでそう言われる。
そんなこと言われても……と、横に立つ凪くんを見上げるが、彼はただひたすらニコニコしているだけ。
私の右手は、そんな彼の左手にしっかり絡め取られている。
「上手くいったの、御倉くん?」
「うん、まぁ」
「え、お友達からって言ったよね!?」
凪くん、もとい、御倉凪くんは、幼い頃に少しだけ仲の良かったお友達だった。
私はそんなことも忘れて、知らず知らずのうちに彼に惹かれていて、彼から告白をされた。
『お友達からなら』ということで、その告白の言葉を受け取ったはずだったんだけど。
どうも、その言葉の受け取りが彼と私で『齟齬』が起きているような気がする。
「でも、それってOKしてるようなものでしょ?」
「え、そうなの!?」
「俺は万尋といられるなら、なんでもいいけど」
なんでそんな甘いセリフをさらっと言えちゃうのかな、この人は。
いや、思い返せば、彼の言う所による『再会』してからは、割とそんな人だったかもしれない。
「予約のこともあるし、そろそろ行こうか?」
凪くんの言葉に我に返る。
右手は凪くんに引かれて、左の腕には葉月ちゃんが絡まっている。
まるで連行される途中の宇宙人の気分だ。
「本当は川床の方が瀬尾さん好みかなとは思ったんだけど」
まだ寒いかなと思って、と凪くんが言う。
これから行く先のお店は、夏季には鴨川に納涼床を出す所らしい。
私はテレビやネットでしか見たことがないけれど、鴨川の河川敷に張り出すように清水の舞台のようなバルコニーをしつらえて宴会とかするアレだよね?
確かに、まだ五月の夜にはちょっと寒いかも。
「納涼床も行ってはみたいけどさ、豆腐料理も気になるし」
納涼床も京都にいるうちには、一度は行ってみたい。
地方都市育ちの私と葉月ちゃんには、京都の文化や料理は興味深いものばかりだ。
「おいでやす、御倉はん。お待ちしてましたよ」
「こんばんは。無理を言ってすみません」
「いえいえ。御倉さんのお願いどすから。さ、どうぞ」
暖簾をくぐってお店に入るなり、いかにも顔馴染みといった風の出迎えをされる。
それもちょっとお高そうなお店で、大学生の身では場違いじゃないか? と不安になる。
「凪くん。ここってもしかしてお高い? 持ち合わせ、足りるかな」
「私も、そんなに持ってきてないんだけど」
凪くんのジャケットの裾を引いて、こっそりと尋ねる。
お財布に多目には入れてきたけど、足りるのかな?
普段は、学食とかファミレスとか居酒屋くらいしか行かないから、こういったちゃんとしたお店のお会計がちょっと怖い。
「? 今日は始めから、俺の奢りのつもりだけど?」
そんな私達に、きょとんとした顔で彼が言う。
『俺の奢り』って言っても、通された場所もちょっと良い席みたいだし、用意されているメニューもコースっぽいんですが?
「……あのさ、ずっと思ってたんだけど」
「何? 瀬尾さん」
「御倉くんて、実はいいとこのお坊ちゃんかなんかだったりする?」
「う~ん、どうだろう? ここは、ただ単に知り合いの店ってだけではあるんだけど」
葉月ちゃんと顔を見合わせる。
その答えだけでも、私の知っている大学生からはかなりかけ離れているんだけど。
私は、私の知っている彼のプライベートなことは、他の人に言ったりしていない。
彼が、出身地なのに実家暮らししていないことや、今のところ特にアルバイトをしてりしていないのは知っている。
母校が中高一貫の男子校だったことは、以前のサークルの合コンの時に自分で明かしていた。
それに、今日の予約を取るときのスマートな対応。
それくらいのことしか知らないが、それでも何かが違う? と感じるのは気のせいだろうか?
「まぁ、そういうことにしておくか。じゃ、今日はゴチになります」
「? なんだかよく解らないけど、そういうことにしておいて。そう何度も使える手ではないから」
オレンジ色の間接照明の明かりに、彼の瞳が揺らめいた。