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少年は世界を憂う

作者: みや

 ふと頭に何か触れた感じがして、立ち止まる。頭に触れ、違和感の正体を摘まんで取る。

 桜の花びらだった。そう言えばニュースで、今年は例年より早咲きだとか言ってたっけな。ここ数年の異常気象の関係でどんどんと早くなっていくから、もうすでに例年が例年じゃない気もするけど。まあ三月に入ってすぐなのにもう散り始めてるってことは、どう考えても早咲きだったんろう。

 そんなことを考えながら桜の花びらを離し、風に任せる。少しの間宙を舞った花びらは無事地面に着地し、直後に小型の自動清掃機に吸われて消えた。

 その自動清掃機は器用に方向を変え、周りの桜びらやゴミ等々も綺麗に巻き上げ、一通り役目を終えると、間近にあるホームに自動で戻り動きを止めた。

 公園内には桜がひらひらと舞い落ちる。お前らもよく舞い散るよな。どうせすぐに回収されてゴミと同じ扱いを受けるのに。……まあこいつらは自分の意思で咲いているわけでも、散っているわけでもないのだから、そんな風に言うのも酷な話だ。


「これが本来の姿なんだろうけどな……」


「何独り言言ってんだよ、あきら


 声のした方を向くと、親友のひさが立っていた。走ってきたらしく、多少乱れた息をゆっくりと正していた。

 彼はいつも通りだらしない態度と服装だったが、様子はいつもと少し違う。右手に持っている書類からして恐らく“適性”を受け取りに行っていたのだろう。


「おう、用事終わった?」

「ああ」


 ほら、やっぱり。


「ようやく俺も適性出てさ」 


 そう言いながら久は左手を自分の首の後ろに持って行った。


「結果良かったんだろ。テンションあがってんぞ」

「は、何がよ。別にいつも通りのテンションじゃん」


 久はそっぽを向く。

 久は機嫌がよかったり、何か良いことがあったら、無意識に左手で自分の首の後ろを触る癖がある。今もそれをやっているのだから、適性の結果が良かったのだろう。

 僕がそんな分かりやすいことにも気付いていないと思っているのだろうか。馬鹿め。もう何年の付き合いになると思ってるんだよ。

 

「まあ詳しくは帰りながらでも話そうぜ」


 そう切り出して先を行く久の後を、僕はゆっくりと追いかけた。




「何だかんだで高校生活も呆気ないもんだな」


 家まであと半分といったくらいの所で久が唐突に口を開いた。


「何だよ、突然」

「いや、俺さ、自分が高校卒業するまでにはこの世界は滅ぶか、もっと画期的な希望に溢れてるか、どっちかになると思ってたのよね。でも現実は全然。

 何も苦労しなくてもいいくらいに便利で、エネルギーさえあれば大抵は機械がやってくれて。こんな世界で俺らが生きてる理由って何なのよ、って思うわけよ……」


 “機械革命”、数年前この世界は大きく変わってしまった。始まりはたった一機の人工知能。世界中の研究者が手を取り合って作成したそれは、自らの意志を持ち、その意志を元に人類を凌駕する研究を進めた。

 その研究から生み出された新たな人工知能の設計図に従い、人類は何の苦労もなく新たな人工知能を生み出す。そして、その人工知能の研究に従う。

 そんな人工知能と人間の簡単な応酬の果てに、人類の知見は異常なまでの広がりをみてせ、その技術は大きく進化した。

 結果として、世界は豊かになった。特に人工知能を始めとする、既存物の機械化は目覚しく、人々の生活にも密接に関わるようになった。機械革命以前の職業の九割以上は機械に取って代わられうようになった。

 残った職業は、教師やカウンセラー等の人と密接に関わり人間味が必要な仕事、裁判官等の人の人生に関わる仕事、スポーツ選手、芸術家等の人間がしなければ意味のない仕事くらいに限られた。そうなると失業者が大量にでるのではないか、という懸念もあったが、案外世の中はうまく回る。人間がやっていた職業を代わりに担う機械達のメンテナンスや補佐をする仕事が新たに生まれたのだ。

 それに多くがオートマチック化されたことで色々な商品やサービスの値段が下落し、収入が少ない者でも不自由なく生きていくことが出来るようになった。こうして今に至るまで、世界は歪んだ均衡を保っている。

 こんな世界に生まれた僕らの人生は本当に簡単な物で、身の回りを機械に囲まれて何一つ不自由なく生きていく。高校まで人間としての倫理を人間から教わり、その後は皆機械によって割り振られた適性に従い就職し、機械と共にいき、死んでいく。皆そんな平凡な人生になんの違和感も持たず満足して。


 そんな世界では、僕や久は異端な存在だ。こんな満たされた世界にでも僕らは何かを欠落している気がしてならないのだ。


「……だからさ、俺はこの世界を変えたいって思ってたのよ。

 って、明。聞いてんのかよ」


 僕が一人物思いに耽っている間にも久の話は進んでいたらしい。まあいつも同じ内容を聞いているからいいでしょ。まあ僕はその度にこんな物思いに耽けるのだから似た者同士か。

 ちょうどいい所まで進んだかな。


「聞いてるってば。それで、そんな高尚な久君の適性はどうだったんだい?」

「お前……絶対馬鹿にしてるだろ」

「してるわけないじゃないかー、久君」


 久は口を尖らせながらも話を続ける。


「まあいいや。ほら、これ」


 久が素っ気なく手渡してきた書類に目を通す。

 高校卒業までに皆が受け取るこの通知には、今後の自分の人生が書いてあると言っても過言ではない。そんな場面で久のテンションが上がっていたのだから、どんな結果か正直気になっていた。

 書類は何枚にも渡って、何故この職業が適しているのか、みたいなことが書き記されているが、最初の一文さえ読めば全てわかる。


「えっと……適性:クリエイター、プログラマー。

 へー、すごいじゃん、久。お前にこんな才能あったんだな」


 クリエイターやプログラマーといえば、機械にはできない発想で、新たな機械や制度を創り出す、唯一機械の上を行く職業だ。お世辞にも学力が高いとは言えない久にそんな適性があるとは驚いた。やっぱり、こういう職業は学力より閃きなのだろうか。まあよく奇抜な発想をする奴だし、見てわかるようにこの世を変えようと常に思ってる奴だから、ある意味最適なのかもしれない。


「いやー、自分にこんな才能があるとは思ってもみなかったわ」

「そう? 僕は昔から久は普通には終わらないと思ってたけどね」


 それがこんないい方向だとは思ってなかったけど。


「そ、そうか? 明がそう言ってくれるとなんだか嬉しいな」


 そんな僕の含みに気付かず、また久は首に手を置く。全く、本当に面白いやつだ。


「そ、そんなことより、明はどうだったんだよ。俺が適性出たら教えるって約束だったろ?」


 久はぐいっ、と僕の方を向いてくる。


「別に僕のなんて面白くないよ?」

「面白くないかどうかは俺が決めるんだよ。ほら、見せろよ。別に整備員でも笑わねーからさ」


 その言葉に少しムッとした。別に整備員を見下している訳じゃない。クリエイターに適性があったからか調子に乗ってるみたいだったからだ。

 僕は鞄から自分の適性を取り出すと無言で久に手渡す。


「なになに……適性:error。……エラー!?

 なんだよそれ初めて聞いたぞ」


 久が驚くのも無理はない。こんなの僕だって聞いたことなかった。

 適性の下に続く説明を読めばわかるが、どうやら僕の生き様と適性調査のための質問に対する回答からして、僕は今の世の中には向いていないらしい。何に対しても何か物足りなさを感じ、充実感を感じていない。それはこんな満たされた世界では異端な、“社会不適合者”なわけだ。そんな僕がやりがいを感じ、楽しく生きていけれる職場はこの世界を築いた人工知能様にもわからないらしい。


「つまり明はプログラマーの俺の足元にも及ばない雑魚ってわけだ」

「馬鹿め。最後まで読めよ。いや、久には無理か。最後だけ読めよ」


 久は多少ムスっとしながら最後の一文に目を通す。


「尚、能力としてはとても高いため、望むならプログラマーを含む全ての職業から選択して働くことができる。

 ……はぁっ!? なにそれ、これまた初めて聞いたよっ!!」


 久は本日二度目のオーバーリアクションを取る。まあこれまた仕方ない。この結果もまた僕も聞いたことはなかったのだから。


「さすがは学力全国トップクラス。俺みたいな馬鹿とは住む世界が違うぜ」


 久は完全に自信を失ったようで大きく項垂れている。


「まあまあ。それに久だってプログラマーだろ? ほんの一握りの人間しか選ばれないすげー仕事の適性があるんだから、もっと誇らしげにしろよ」

「慰めは結構ですよ〜、だ。

 で、明は結局どうするんだ? そんな自由に選べるなら楽しいだろ?」

「……僕は……高校で終わることにしたよ」

「……はぁっ!? それって自殺するってことか!?」


 僕は静かに頷く。

 こんな世界で自殺という選択肢を選ぶ者は少ない。それでもたまに自殺を選ぶ人間はいる。でもその大抵は適性に恵まれなかった者や、突発的な勢いで自殺をする者だ。僕のように将来を約束されているのにも関わらず、真剣に死を望むものは珍しいだろう。


 でもこんな世界疲れたんだもの。

 なんでも便利であればいいってわけじゃない。全てが楽な世界なんて、努力もいらない世界なんて、反吐がでる。

 こんな世界で生き続けるくらいなら、今、すぐにでも死にたい。

 こんな僕の思いは間違ってるだろうか。久、君ならどう答えるだろうか。もしかしたら君なら僕のこの歪んだ価値観をこの世に合わせてくれるのだろうか。君は、僕の死という選択を止めてくれるのだろうか。


「はは、明らしいな。でも、いいんじゃねーの?

 少し寂しいけど、お前の選択なら尊重すべきだよ。死ぬことも自由さ」


 最後の希望が絶たれた気がした。

 いつから人間は死すらも容認できるようになったのだろう。


 こんな便利な世界で、僕らは何か大切なものを忘却してしまったのかもしれない。





どーも、みやです。

第十八期テーマ短編、なんとか間に合いました。

時間がないので後書きは後日、改めて書かしていただきます。


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