魔法少女と僕。
『目標、右方1008メートル、デス』
「きらりん☆ まじかるすいーとらぶぴーすびぃーむっ☆ 」
「ちょっ、まっ」
「ぴかぴか☆ はいぱーみらくるでーもんあたーっく☆」
「うわわッ」
「……抹殺☆ 奥義関節粉砕コンクリ沈没っ☆」
「なんか呪文変わった!」
アニメチックにデフォルメされた景色、空は桃色。目の前には正義の魔法少女。僕は正座して涙するこの女の子にため息をついた。慰めるつもりなどない。僕は彼女に殺されるところだった。
きっと「ちゅどーん☆」なんて効果音と一緒に爆殺され、空の彼方で一瞬輝いて退場する悪役として処理するつもりだったんだ。まったく、なんて恐ろしい社会的抹殺だ。
「ごめんなさいっ……てっきり、悪の組織『ダークワイルド』のヤツかと思ったから、わたし……!」
「僕のどのへんが、悪の組織に関係してると思ったわけ」
「ご、ごめんなさいぃ〜〜! だって必殺技も避けられたからぁぁ〜〜!」
………………。
あれは、必殺技というより抹殺技だった気がするけれど。
この子が割と本気で僕を消す気でいたのは分かった。魔法少女、恐ろしい。
『目標、右方1873メートル、デス』
「あーあ、遠くなっちゃった……」
「な、なにがですか?」
おそるおそる僕に尋ねる魔法少女。いまだに正座を崩さない。ジロリと上から見下ろすと、ビクッと体を上下させ指を交差させたお祈りポーズで僕を見つめる。心なしか、うるうるとした瞳で。
「あ、あのぅ。何か困ってるのなら、わたしに手伝わせてくださいっ!」
勇気を振り絞って言いました、という感じでプルプル震えてる魔法少女の様子に、思わず一歩引いてしまった。
「手伝いはありがたいけど、君……あわよくば不意をついて奇襲、とか考えてないよね?」
「考えてませんッ!!!」
草彅ヤマト、17歳。若干の人間不信。こうなったのも、理由があるのだ。
「へえー、だからヤマトさんは、紛れこんだ世界から帰るため、出口となるマジックアイテムを探してるんですね」
『目標、前方1042メートル、デス』
さすが魔法少女。ファンタジーな設定を自然に受け入れる。これはある意味才能かもしれない。
僕はよく、フィクションの世界に行く。本の物語の中、映画の中、今回のようなアニメの中。帰り方は、僕のスマートフォンが出口までの距離を教えてくれるから、それを頼りに出口を目指す。何事もなく辿り着けることもあるけど、こうやって身の危険にさらされることもままある。
「ていうか、なんで僕、名前教えてないのにヤマトさんなんて呼ばれてるの」
「えッ、それはお約束だからですよぅ!」
「なんの?」
まあ、僕も魔法少女のことは知っている。幼い妹がこの子が主人公のアニメをよく観ているから。
中学生になったばかりのヒカルちゃんは、ある日突然、魔法少女として目覚める。悪の組織『ダークワイルド』の地球侵略を食い止めるため、日々組織の手先と戦う。よせばいいのに、悪の組織『ダークワイルド』は誰も彼も律儀な奴らで構成されていて、仕事先を魔法少女と必ずドッキングさせるのだ。とんだドM集団である。物語の筋書きは覆らない。魔法少女に成敗されてめでたしめでたし、だ。
「ヒカルちゃんは同級生のコージくんが気になってて、来週の家庭科で作るカップケーキはコージくんにあげるんだよね?」
「なっ、なんでそれを! あ、えーっと! まだ好きとかなんかじゃないんです! それに、カップケーキはパパにあげるんですからっ!」
さすが魔法少女。みんなの期待を裏切らない。ここで三次元の女の子達は揃って「プライバシーの侵害、キモい、そんなこと知ってるなんてストーカーかよお前」と言うはずだ。
僕が聞いてる聞いてないを度外視して、魔法少女ヒカルちゃんは一人、顔を真っ赤にしながら言い訳中。ほうほう、この間コージくんと一緒に帰れたのは、別に校門で用もなく待ち伏せしてたからではない、と。へー、みなさん。ヒカルちゃんはストーカーの気があるようですよ。
『目標、前方29メートル、デス』
公園の林の奥に、光り輝く薄型テレビ。異様な光景だがヒカルちゃんは気にしない。
「あっ! あれがヤマトさんの言ってた元の世界への出口ですね! 無事見つかってよかったですねっ!」
わあ、笑顔が眩しい。さすが朝のゴールデンタイムを独占する主人公。なんていい子なんだ。と、そこに。
「グハハハハハハ、見つけたぞマジカル☆ヒカル! 今日こそはお前を倒し、優雅にバビョンとこの惑星を侵略してやる!」
「あっ! お前は『ダークワイルド』ね! 今日という今日は許さない、東京湾に沈めてやるから覚悟なさい!」
突然始まる悪の組織『ダークワイルド』と正義の魔法少女のバトル。……えーと、帰っちゃダメ? 液晶の外でちゃんと見届けるからさ。
『ダークワイルド』の悪役の台詞も中々痛いけど、ヒカルちゃん、君の台詞はちょっとやばいよ。