合戦中!? 僕は今日、死ぬかもしれない
ブオオオ、と法螺貝の音。よく聞き取れないが雄叫びとともにぶつかり合う男達。その手には、鎌や鍬ーーーー。
風にたなびく軍旗を眺め、草彅ヤマトはこう思った。今日、僕は、死ぬかもしれない。
「おめぇ、そげなとこで何してるだ?」
ハッとして振り返ると、裾の足りない小袖を着た男が立っていた。肌も着物も汚れている。足下なんか、泥だらけで、手もーーー。
「なんぞ変わっちょるーーーあ、おい、コラッ!!!!」
ヤマトは弾かれたように走り出す。男の手には弓があった。いつでも発射できるとばかりに、矢をつがえて。
「う、うおわあああああぁぁぁ」
早く、『アレ』を見つけなければ。今日、僕は、死ぬかもしれない。新品のスニーカーが汚れるのも構わず、ヤマトは全力で駆け出した。
『目標、左方向950メートル、デス』
無機質なアナウンスが下から聞こえる。ヤマトはズボンを探りながら、悪態をついた。喉の奥から血の味を感じる。
「くそ、アバウト過ぎるし、遠過ぎる。しかも僕の左って……」
『左方向、890メートル、デス』
ヤマトの近くに流れ矢が突き刺さった。「うわっ」。目を細めると、おいおい倒れてるあの人やその人は、死んでいるのでは?
『左方向、890メートル、デス』
「うるさいな! お前は僕に、戦場を突っ切れって言うのかよ!」
『………………』
ポケットから取り出したスマートフォンに怒鳴りつける。沈黙の黒い液晶画面。このナビゲーターは、まさに斬り合い•突き合い•殺し合いの真っ只中にルート設定してるのだ。
「おい、おめ、待てェ。いきなり逃げるたぁ敵ってことじゃろ」
追いかけてきたのは、さっきの弓矢の男だ。どうやら突然走り出したヤマトにご立腹のご様子。矢はヤマトを狙っていた。木の幹を背に、今更だがホールドアップで敵意がないことを伝える。
「い、いや、敵なんかじゃ……」
「おりゃーの話の途中で逃げよってからに、気に食わんやっちゃ!!!」
「な……」
何言ってるかなんとなくわかるけど、訛りが強くてよくわからん……! 昔の人ってこうなのか?
「っちゃあ!!!!!!」
「っわあ!!!!!!」
ヤマトが寄りかかっていた木に突き立つ一本の矢。
なんと、本当に弓を引いたではないか!
男はとにかく怒っていた。ヤマトは今まで生きてきた中で一番の瞬発力を発揮してその矢を避けた。心臓はバクバクと跳ねていて、汗が次から次へと流れ出る。
「ふんぬっ……」
鼻息荒い男は再び矢をつがえる。ヤマトは、覚悟をきめた。
『889、メートル、デス』
「あぁ、はい…はいッ!!!」
男に背を向け、合戦場に一直線に走り出す。赤いパーカーのヤマトは目立つ。敵か味方か判断できない少年に戸惑いながらも、弓を引く兵士達。ギリギリ当たらない矢の群れに、ヤマトは歯を食いしばる。
「さすがに、走って抜けれるとは思ってないからさ……!」
生き抜く勝算なく丸腰で戦場に出たりしない。ヤマトは最初から目当てのものがあったのだ。
「キタぜッ! お馬さん!!!!!」
乗馬経験などかつてなかった。ヤマトが走ってきた時点で、この馬は逃げ腰だったが、ヤマトは助走をつけて飛び乗った。
「危険ですからよいこはマネしないでください」
ふう、と息を吐き、誰にともなく呟くと、ヤマトは自身のアドレナリン全開状態と勘に任せて馬を駆った。
「ゆけっ、ポニータ!!!!」
ブフフン、と暴れる馬に構わず、そうしてヤマトはほとんど無理やり戦場を離脱したのであった。
馬上のヤマトは目の前で光り輝く『ソレ』を見つけた。
『ソレ』はB5サイズの本だった。開いたページは目が眩む程の明るさで発光している。
馬は前へ進もうとするヤマトに嫌がる素振りを見せた。ヤマトは馬を下り、手綱を離した。
「……ちょっと油断してたよ。今日、死ななくて、本当によかった」
ヤマトは本に手を伸ばした。触れた瞬間、その場は真っ白な光でいっぱいになった。
光がおさまった頃、そこには本もヤマトの姿もなかった。馬が一頭、首を振っているだけ。
「ヤマトくぅーん、お昼一緒に食べようぜー………………お前、なんか臭い。獣臭い」
「うるさい。誰がいじめっ子とメシ食うか。僕はぼっちで構わない」
「あ、ちょっとウソウソ、どんなフレーバーのヤマトくんでも俺は愛せるよ!」
「きもい」