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魔法の源

「――――!!なんで発動しないんだよ!!」

 青年は持っていた杖を勢い良く叩きつけていきり立つ。石造りの地下に反響して耳が痛いぐらいだ。膨れっ面で冷たい床に座り込み、いつもの「もうやめた!」の言葉を吐きだした。

「今日もダメでした?」

 ちょうど様子を見に下りてきた少女が苦笑して尋ねてくる。左手を軽く耳に当てていたので杖を投げた辺りからいたのだろう。

「ダメも何も、上手くいかねーんだよ!」

「そんなに簡単にはできないですよ。ゆっくりやりましょう」

 転がった杖を大事そうに拾い上げて青年に差し出す。それを渋々受け取るが素直には頷けない。弟子入りして三ヶ月、やっと初歩の魔法を教えてくれることになったが失敗の連続。魔法の源を感じ、それを自在に扱えるようにならなければならないのだが、それが上手くいかないのだ。

「だってよ。俺は普通の奴らができる魔法すらできないってのによ」

 愚痴を聞きながら少女は静かに微笑む。

「“魔法の源”を感じてますか?」

「……それがよく解らないんだよ!」

 国や場所によって濃度は異なるが、ほとんどの土地や空気中、森や水の中などあらゆるところにマナは満ちている。人間は元々マナを感じる力を持っているので手解きを受けなくても火を起こしたり、灯りを点けたりできる人も多い。それ以上のマナを使い、複雑な呪文を必要とする魔法を習得するには学校へ通い、師について学ばなければならないが魔法は比較的生活に密着しているともいえる。

「目に見えない物をどうやって感じたり、扱ったりできるんだ?」

「……ちゃんと勉強してますか?」

 逆に問いで返され青年は「し……してるよ!少しは」と苦しい言い訳をする。

「じゃあ少し精神的修行をした方が良いかもしれませんね。勉強よりも体で覚える方が得意でしょうから」

 少女は青年を立たせると隣の部屋の方へと入って行った。そこには薬草や色んな道具が置いてあり、魔法の研究や実験を行う場所だ。貴重な本や魔法の品が置いてあるので青年には入れない部屋だった。

「これを使いましょう」

 四角い箱を手に少女が戻ってきた。

 修行場として使用している地下のこの部屋にはマナを増幅する魔法陣と共に、部屋自体に圧縮の魔法がかけられている。そしてさらに結界が張られ魔法発動に失敗し、暴発しても外へ被害が出ないようにしてあった。

「それ一体なんだ?」

「楽しくマナを感じられるようになる……まあ遊びみたいなものですから」

 魔法陣の真ん中に箱を置いて警戒している青年を安心させるように説明する。猫が一匹入れるほどの大きさの箱の中から何枚も重なったカードを出して見せた。カードには柄と名前が書かれている。

「古代語で書いてあるのもあるんですけど……」

 一応聞いてみるが青年は拒否した。まだ古代語は読めない。古代語は難しく習得するのに時間がかかる。読めるようになるまでに個人差があるが一年はかかるとみていい。しかし読めるようになれば書けるようになるのは早い。

「魔法で一番大切なことは?」

「えっと、気持ち」

「そうですね。でも他にもあります」

 一番上のカードを取り少女は青年には見せずに掌に隠した。そして目を閉じて呼吸を整える。

 ゆっくりと。

「うをっ!?」

 床に置かれた箱の上にピンク色の小さな花が生えていた。さっきまでなにも無かったはずなのに、五枚の花弁を開いて可憐に咲いている。しかもゆっくりと葉が風に揺れた。

「想像力です」

 花の絵が描かれたカードを青年に向けて笑う。

「頭の中で花を想像して形作る。まるで触れることができるぐらいまで思い浮かべるのがコツです。そしてその姿を箱の上に乗せる。簡単ですよ」

 カードの束を青年に渡し「私も手伝いますから」と励ます。

 少女は青年の背後に回り深く息を鼻から吸う。そして口からゆっくりと吐き出す。それを聞いていると不思議と体から余分な力が抜けて行く。気付くと自分もその呼吸に合わせて吸ったり吐いたりしていた。

「……カードを引いて下さい」

 呼吸を乱さずに促す少女の声に応じカードを引いた。ちらりと見て眉を寄せる。

「犬……?」

「想像してください。犬の大きさ、色、耳の形や毛並。そして吠え方や性格、名前」

「そこまで!?」

 驚いた青年に少女が鋭く「集中が乱れていますよ」と注意する。慌ててもう一度呼吸を整えた。

 深く、ゆっくり。

「そういえば」

 近所に茶色の犬がいたのを思い出す。黒い瞳に耳の先だけが少し垂れていた。毛は短く硬かったが腹部の毛だけが柔らかく、触ろうとしてはいつも逃げられた。村に雪が積もった朝に喜んで飛び出したら、この犬が追いかけてきて突進してきたこともあった。悪戯好きの犬であちこちの畑を掘り返しては村人に怒られているのに嬉しそうに尻尾を振っていた。

 一度ふざけて犬を抱えて池に落としたことがあるのでそんなに大きい犬では無かった。名前もしっかり憶えている。

「懐かしいな」

 笑いを含んで呟くと体中を暖かな力が包んだ。急にぱあと目の前が明るくなって耳にあの懐かしい鳴き声が聞こえた。

「できたじゃないですか」

「え?」

 思い出に浸っていた青年を少女の声が現実に引き戻す。言われた通りに箱の上を見るとあの犬が座って尻尾を振っている。本当はとても優しい黒い瞳をしていたのだと初めて知ったほどにそこに存在していた。

 二年前に病気で死んだはずの犬がそこにいた。

「……嘘だろ?」

 成功したことと、再会の喜びに放心していると茶色の犬はすうと消えた。

 自分のことの様に喜んでいる少女が背中をぽんぽんと優しく叩いて「おめでとうございます」と破顔する。

「おめでとうって……俺全然マナってやつを感じてないんだけど?」

「そんなもんですよ。最初は夢中ですから。あとは練習あるのみです。マナは空気と似ているんです。息をするときに空気を意識しますか?」

「……全然」

「しませんよね。自然に呼吸する。マナも同じです。見えなくてもそこにあるんですよ。目で見るのでもなく、頭で考えるのでもない。感じるんです。力を抜いて心を開く。受け入れるだけでいいんです。それが自然なことなんですから」

「ふうん」

 複雑そうな顔の青年を見上げて少女が腕に触れる。一瞬ドキリとして身構えるが少女の瞳はその腕が掴んでいる杖の方に向いていた。

「形が無くて目に見えないから不安だと、理解できないと言うのならこの杖がマナだと思えばいいんです」

 捩じれた木の杖。それを“魔法の源”だと思えれば少しは苛立ちや不安を取り除けるだろうか。

 ふっと気づいて青年は少女の視線を辿る。菫色の瞳はぼんやりと杖を見つめ口元には微かに笑みを浮かべていた。今までのこと、とりわけ辛かっただろう修行時代を思い出しているのだろうか。

「この杖お前が使ってたんだったな。悪い。乱暴に扱っちまって」

 謝ると「いえ」と首を振る。そしていつもの表情に戻り「早く杖を贈ってもらえるように頑張ってくださいね」と少しの小言を言う。

「解ってるよ」

 青年は心の中で感謝の言葉を口にする。口に出して言っても少女は認めずに「自分の力ですよ」と褒めるだけだから。

 あの時犬のことを思い出す前に少女がそっと背中に触れて力を貸してくれたのを感じていた。

 優しい心地の良い力を。

 それを感じられるようになっただけでも成果はあったと思うことにしよう。

「よっし!もうひと頑張するぜ」

 気を取り直してもう一度カードを取る。

 失敗しても何度でも練習しよう。

 こんなに期待され、見守ってもらえることなど今まで一度も無かったのだから……。


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