幸運のお守り
旅立ちを迎えた兄弟子を青年は承服し難い思いで見つめていた。既に荷造りが済んでいたことも、師の顔に別れの悲痛さがひとつもないことに気付いて、自分だけが知らされていなかったのだと悔しくてたまらなかった。
一番好きだと言ってくれたじゃが芋のチップスは、山小屋を訪れた二人の少女の前に出され、兄弟子はほんの少しだけ食べただけ。
少女の為に作ったのに、遠慮しながら食べた数枚のチップスで満足したように微笑んだ。
突然の旅立ちに心乱されているのは自分だけだ。
いつもの依頼を受けた時と同じように腰に獣人達から譲り受けた初ダンジョン攻略の功績を讃えた剣を固定して、荷物を斜め掛けにしてマントを纏う。
「忘れ物はないね?」
師が少女の前に立ち最後の確認をする。すみれ色の瞳に一瞬の迷いを見つけて青年は胸が苦しくなった。少女は師に特別な想いを抱いている。きっと伝えたくても伝えられない想いを胸の中で持て余しているのだろう――そう思っていたら、何故かその視線をこちらへと向けて少女が歩いてきた。
「いつも美味しい食事をありがとうございました。先生は貴方が言ったようにズボラなので、傍で口喧しく世話を焼いてあげてください」
珍しく皮肉気に師を虚仮おろしにっこりと微笑む。小さなその身体で少女は魔法を器用に操り、時に腰の剣を使って困難を切り抜ける。
青年の村に魔獣が出て、それを退治して欲しいと村長が依頼した魔法使いがこの少女だった。今よりまだ幼く一人前になりたてだった少女はそれでも立派に魔獣と戦い、あるべき場所へと返すことに成功した。
青年の憧れで、目標だ。
どんな時でも諦めず、未来を切り開く努力を惜しまない少女は、これから先も成長を続け大きくなっていくに違いない。
「突然なんだな」
非難を込めて呟くと「すみません」と苦笑して謝られた。
「じゃが芋のおやつ、美味しかったです。また帰った時に作ってくれますか?」
「当たり前だろ。腹壊して寝込むぐらい作ってやるよ」
そうすれば暫く動けずにこの小屋に滞在しなければならなくなる。意地悪く思いながら言い返せば、少女が嬉しそうに「はい」と頷く。
そんな素直な姿が痛々しい。
大人びた言動をするのに、時折見せる従順な子供のような顔をするから。
「変な奴に付け込まれないようにしろよ?お前魔法ばっかり勉強して、人間の勉強はまだまだなんだからな」
「はい。気をつけます」
「世の中には悪い奴がいっぱいるんだぞ」
「知ってますよ」
くすくす笑って少女は何度も頷いて大丈夫だからと青年の心配を受け流す。
「ちゃんと聞けって」
兄弟子に弟弟子が口煩く説教する姿は滑稽だろう。ちらりと盗み見ると少女二人は興味深そうに、師は呆れた顔で行く末を見守っていた。
苛立った青年を少女が名前を呼んで落ち着かせる。
ポケットから何か小さな物を取り出して差し出してきた。
「これ、もらってください」
開いた掌の上に乗っているのは星の形をしたブローチだった。素っ気無いデザインで少女が持つには良く似合っているが、年ごろの女の子たちが好みそうな物ではない。
「私が小さい頃手に入れた流れ星の欠片です。といっても本物じゃないんですが」
シンプルだから男の人でも使えると思いますと左手で青年の手を取り押し付けてきた。
「夜に見た流れ星が近くの教会に落ちたんです。次の日探しに行ったんですが見つからなくて、疲れて眠ってしまった私を起こしてくれたその教会の方がくださって。それから私にとって幸運の御守りなんです」
「そんな大事なもんを、いいのかよ」
強く握り締めたら壊れてしまいそうな星のブローチは幸運をもたらす奇跡の御守りにはとても見えない。
「疑ってますね?でもそれをつけて魔法学校を受験して合格したんです。しかもその時の面接官が先生で。学校に行かずに先生の元へ弟子入りできたのはその御守りのお陰なんですから」
とってもご利益のあるものなんですよと熱心に伝えてくるので、青年はその場で胸の部分につけて見せる。
嬉しそうに破顔して少女が何故か「ありがとう」と礼を言う。
「お前、本当に」
行くのか?と問えば「はい」とだけ短く答える。
先生をお願いします。
深く頭を下げて、少女は師を青年に託す。
本心を言えばきっと少女も旅立ちたくないのだと容易に解る。師が万全の体調ならば憂いは無いが、弱っている師を置いて一番弟子が旅立つなど心が裂かれる思いだろうに。
平然とした風の師は「そろそろ」と旅立ちを急かす。
少女も頷き「今までお世話になりました」と師と青年の両方に頭を下げて少女達と共に扉の向こうに去って行った。
あれから四年が過ぎた。
色んなことが起きて、そして悲報は唐突に神殿から齎されたのだ。至高神ティルスの使徒で聖女と呼び声高い、あの日共に旅立った片割れの少女から簡潔な文章で少女の死が知らされた。
魔法使いの中では“星の魔法使い”としてその名を知られ、不可能だとされた魔界まで友を追い、そこで一年半ほど暮らした稀有な魔法使いでもある。
聖女と共に世界を救う旅をしたのに人々はその名を知らない。
聖女も悲しみの内に沈んでいるというのに英雄として讃えられ、民衆はその威光にあやかろうと押し寄せた。
こんな田舎の山奥にまで聞こえてくるほどの輝かしい英雄譚は脚色され、聖女の本当の姿を隠してしまっていた。
そして一年が経ち、聖女は神殿騎士を伴ってこの山小屋を訪れた。
その憔悴しきった顔には未だ濃く残る喪失の悲しみがあり、青年は聖女から伝え聞く少女の物語を必死で胸に刻みつける。生き生きと語られる少女の姿に涙が止まらなかった。
短くても、少女は自分のすべきことに一生懸命その炎を燃やした。
大人びた少女が年相応の少女へと戻ることができたのは、きっと聖女ともうひとりの少女と共に旅をしたからだと解る。
しみじみと幸せな人生だったのだと青年は感じた。
自分のようになんとなく、ダラダラ生きているよりもずっと意味があり、そして輝いている。
少女の最期は塵となり身に着けていた物も全て消え失せた。
ほんの一瞬の出来事。
聖女の手元には何も無い。
だから。
青年は胸につけていたブローチを取り聖女の手に握らせた。
少女を思い出す縁として。
そして幸運をもたらすお守りとして。
自分達にはこの小屋があり、少女が過ごした部屋にその痕跡は残っている。
打ちひしがれた聖女を励ますためならば少女も駄目だとは言わないはずだ。
友を立て続けに二人も失った聖女には沢山の人々が慕ってくるが、その中には会いたい人の顔はないのだ。
英雄とは孤独なのだと知る。
人の思いとはなんて残酷で、苦しいのか。
青年は平凡な自分の人生にほっとしながら、共に旅立てなかったことを、戦えなかったことをやはり後悔しこれからも生きて行くのだと痛切に感じた。
それが己の人生で、それが役割なのだと言い聞かせながら。
これにて魔法使いの弟子の物語を終わらせていただきます。
戦闘シーンは書いていて楽しいのですが、時間がかかるのが困り物。
ドキドキさせられるだけの文章力がないのが悔やまれます。
読みにくい内容と文章をここまで読んでいただきありがとうございました。
また新しい物語の世界で、お会いできる日が来ることを願っております。




