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星のかけら

 魔法使いの活躍する子供向けの本を閉じ、少女は夢想する。物語の魔法使いは炎を操ったり、甘いお菓子を即座に何も無い所から取り出すことができた。

 川で溺れた仔猫を助けて絆を結んで使い魔にしたり、空を飛んで自在に夜空を駆けたり。


 自分もそんな力を使えたら――。


 窓辺へ寄り、夜の更けた空を見上げた。寝苦しいほどの籠った空気が部屋にあり、それを理由に夜には開けてはいけないと注意されている窓をそっと開ける。涼やかな風が吹き込んで少女の細い髪を揺らした。

 ピンクのカーテンを握って窓から身体を乗り出させると、小さな頭を巡らせて満天の星を振り仰いだ。

 貿易都市として栄えるこの街は港に船があり、道を歩けば異国の人々とすれ違うことが多い。沢山の言語が飛び交う活気のある街は洒落た服で着飾った者と、それを売り買いする者とで賑わっている。

 それに伴い工業も盛んになり、多くの働き手が近隣の町から押し寄せてきた。

 腕のいい職人たちが次々と育ち、その結果貿易都市として潤うことへと繋がっているのだ。

「商売より魔法の方が素敵」

 東方と西方の行路が交わるこの国は当然両者の文化が交わり、独特の成長を遂げている。少女の父親は商人ではないが、多くの職人を束ねている繊維工場を経営していた。高価な物ではないが、良質で手に入れやすい値段が好評で卸して欲しいと請われることが多い。

 少女は姉と二人姉妹で、姉も経営や商売よりもお洒落や可愛い物に興味がいっている。女が跡を継ぐことは喜ばれず、将来は相応の男性を婿養子として迎えることになるだろう。

 それは姉の役目。


 それならば自分は――。


 降ってきそうな程の夜空の星を飽くことなく見つめていると、西の空に一筋光の帯が流れた。

「流れ星だっ」

 口に手を当てて少女は声を抑える。本当ならもう寝ていなくてはいけない時間で、扉の下から漏れないように、覆いをつけた角灯を部屋の隅に持って行って本を読んでいたなんてバレたら部屋の本を全部片付けられてしまう。


 そしてまた一筋。


「……近くに」

 途中でその流れ星は弾けて幾つもの光の粒になった。散り散りに飛んでいったその中のひとつが街外れの教会近くに落ちたのを確かに見た。


 流れ星の欠片が近くに落ちたなんてすごく胸がドキドキする。


 部屋を抜け出して教会まで走って行きたい気持ちを押えて、少女はじっと流れ星が落ちた方を見つめる。


 他の誰かが気付いた可能性はあるだろうか?


 もし自分だけが知っているのだとしたら――。


 興奮と好奇心で身体が震え、神経が昂ぶってとても眠れそうにない。

 明日朝一番で教会まで行こう。

 そして星の欠片を探そう。


 そう決めて少女は何とか落ち着きを取り戻し、頭を引っ込ませて窓を閉めた。本を本棚へと押し込んで角灯の火を消してからベッドに横たわる。

 目を閉じても何度も何度もさっきの光景が繰り返し思い出されて寝つけない。寝返りを打ちながら必死で眠ろうと努力したが結局一睡もできないまま朝を迎えた。




 少女は母親が起きるよりも早く起き出して、準備を整えるとパンを齧り牛乳を飲んで朝食を終わらせた。その頃にようやく寝室から出てきた母は驚いた顔で少女を見つめ、朝の挨拶を口にする。それに「おはよう」と返して今日はちょっと教会の辺りまで遊びに行ってくると言い置いて、椅子から飛び降りると「行ってきます」と元気に玄関へと向かう。

 母は「遅くならないように帰るのよ」と心配気な声で送り出し、それに「はい」と返事を返して家を出た。

 教会までの道のりは子供だけが知っている秘密の抜け道を使えば近道だ。少女は小走りで細い路地を入り、人様の庭先を横切りながら進む。枯れた水路の下を潜り、土手を這い上った先に教会が見えてきた。

 貿易と商業に力を入れているこの国では至高神ティルスよりも商売の神とされるメルクの教会の方が大きく信者が多い。この街外れにある教会はこの国では少数派になる知識神タウナの物だ。学者や研究者の中に信者が多く、賢者や魔法使いの中にもタウナを信仰する者もいる。

「流れ星が知識の神の元に落ちてくるなんて」

 すごいと興奮気味に少女は手当たり次第に怪しそうな場所を探し始めた。だがどこを探してもキラキラと輝く星の欠片は見つからない。

「お日様が出てて明るいからかなー……」

 暗くなれば輝いて直ぐに見つかるかもしれないのに。空を見上げて燦々と光を放つ太陽を恨めしそうに眺めた。

 少し疲れた少女は教会の庇の下に移動して座り膝を抱える。膝の上に右頬を乗せてじっとしていると、昨夜寝ていない所為かゆっくりと目蓋が閉じてきた。その目の端になにかが反射してキラリと光ったのが映ったが、睡魔には勝てず「また、後で」と呟いた後は世界が暗転して意識が途切れた。




「お嬢ちゃん」

 声が頭上から降って来て少女はゆっくりと覚醒した。だが重い瞼はくっついていてなかなか開かない。

「お嬢ちゃん、起きないと。日が暮れるよ」

 呆れたような声に変わり肩がそっと揺すられる。そうしてようやく身体が起き始め、少女は「はあい」と生返事を返しながら頭を起こした。

「随分良く寝てたね」

「昨日……眠れなくて」

 目を擦りながら立ち上がると足が痺れていてふらついた。灰色のローブを纏った年老いた男が苦笑しながら支えてくれる。

「恐い夢でも見たのかな?」

 眠れなかった理由を挙げて男がくしゃりと皺を刻んで微笑んだ。少女は小さく頭を振って「昨日の夜、流れ星がここに落ちたのを見たの」と説明すると男は「おや?」というような顔をするので馬鹿にされているのかと少女は唇を引き結んだ。


 確かに見たのだと言葉では無く態度で示すと男はローブのポケットから何かを取り出した。

「それじゃあお嬢ちゃんが探しているのはこれかもしれない」

「え?」

 思わず呆気に囚われる程、男は柔和な顔で笑み崩れその手の中の物を少女の手に持たせた。掌を広げてみるとそこには星の形をしたブローチ。

「流れ星は幸運を運ぶと言われているから、きっとお嬢ちゃんにも幸運を運んできてくれるに違いない」

「でも……」

 戸惑い受け取れないと返そうとする少女を男は「星の導きだよ。星界の王タウナからの贈り物だ。受け取っておきなさい」とやんわりと押し止め、何事も無かったかのように教会の入り口の方へと歩いて行く。

 手の中のブローチを眺めてから少女はその輝きに昨日の流れ星の姿を見た気がした。

「ありがとうございます」

 お礼を述べると男が振り返り「早くお帰り。心配するよ」と帰宅を促す。少女はぺこりと頭を下げてから帰路を急ぐ。


 なんだかいいことが起こりそうな気がして。


 今ここから何かが始まったような気がして。


 胸を弾ませながら少女は星を抱いて駆け抜けた。


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