女賞金稼ぎ 後編
計画は大雑把だったが賞金稼ぎの女は慎重に情報を吟味して、複数ある隠れ家の中から次の競売の場所を割り出していた。遺跡に近い町外れの隠れ家近くで張り込んでいると、頻繁に動きがあり大きな荷物を積んだ荷馬車が何台も入って行くのが確認できた。
少女はそっとその場を離れて近所にある食堂の扉を開ける。昼時を過ぎた店に客は少なく、カウンターの中で新聞を開いて見ていた中年の男が大儀そうに立ち上がった。
テーブル席では無くカウンターの一番奥の席に腰かけると、中年男が目の前に立つので勧められたランチを注文する。そのまま男が奥の厨房へと入って行くのでどうやら今の時間はひとりで切り盛りしているらしい。
店の中には冒険者と解る三組のパーティと住民らしき男がひとり。どちらも怪訝そうな顔で少女を見ているので背中が緊張するのを覚られないように必死で平静を装った。
この町の子供では無い事は服装と腰に剣を帯びており、更に杖を持っていれば解る。だが冒険者では無く、連れもいない様子から不審がられても仕方が無いだろう。旅人でもない、冒険者でもない魔法使いの少女はかなり浮いている。
「お嬢ちゃん、連れはどうした?」
冒険者の中のひとりである坊主頭で痩せた男が気安い口調で尋ねてきた。少女は座ったまま身体を捻って振り返り「後で合流することになってます。その前にお腹が空いたので」と笑顔で応える。
「あんた魔法学校出か?」
疑わしそうに投げかけられる少女の杖への視線に首を横に振った。三人組の中の美しいエルフの男が眉を顰めて「その杖、本物か?」と更に疑惑を抱かれ流石に苦笑する。
「紛れも無く、本物です。因みに私のですが、なにか?」
「なにかだって!?」
坊主頭の男が頓狂な声を上げて首を竦めて見せる。その様子に分厚い筋肉の鎧を着た男が身体を揺すって笑う。嫌な笑い方に侮蔑が込められている。エルフも薄い唇に嘲りの笑みを浮かべていたので、自信ありげな態度もまた今までとは違う意味で馬鹿にされるのだと少し落ち込んでしまう。
「おかしいですか?」
問うと「当たり前だ」と笑い飛ばされたので、これ以上の会話は無意味だと判断して座り直し食事が出てくるのを待つ。
「女が何かしらの技術を磨くのは悪くない。だがな、お嬢ちゃん」
いつの間に移動したのか坊主頭の男が隣に立ち、カウンターに頬杖をついてこちらを見ていた。脅すように据えられた瞳の険しさとは真逆の表情が少女への警告と忠告を語る。
「あんたみたいな子供が単独で行動するのはいただけない。連れの傍から離れずに居ることが自分の身を護る唯一の手段だぜ?」
「心配して下さってありがとうございます」
ぺこりと頭を下げると照れたように顔を歪めて男は捨て台詞を吐く。
「まあ、魔法使いってのは口ばっかりで実際には使えない奴が多いからな。実践では御自慢の魔法を発動させることも出来ずに終わる。あんたもそうならないように頑張りな」
ぽんぽんと肩を叩いて席へと戻る坊主頭と入れ替わりに厨房から中年男が出てきた。目の前に出されたパンと鶏肉のトマト煮込みを前に手を合わせてスプーンを器に入れたその時だった。
「火事だー!」
通りから大きな声が聞こえ、中年男が「なんだ!?」と取り乱して扉を開けると同時に焦げ臭い臭いと共に熱気が入って来た。住民の男がまさか我が家か?と泡を食って飛び出して行く。冒険者たちもやおら立ち上がって様子を見に動いたので、少女も慌てて杖を掴むと立ち上がり入口へと向かう。
空に向かって勢いよく吹き上がる炎と黒い煙が通り向こうの奥の建物の間から見えていた。そう遠くは無いが飛び火してくることは無い距離だ。
「あっちは確か自警団のある方じゃ……」
食堂の中年男が気付いて青くなる。町で出火した時は自警団が中心となって消火活動にあたるが、出火元が自警団だとしたら現場は騒然としているだろう。
「いつも世話になってるからな、消化の手伝いに行かにゃ!」
店の入り口に閉店の看板を下げて鍵を閉めると中年男は自警団のある方へと走って行く。住民の男も一緒に向かうので、やはり自警団への信頼は篤いのだと承服し難い思いで見送る。野次馬があちこちの家からぞろぞろと出てきて火災現場へと皆が向かう中、少女はそっと離れて町外れへと足早に歩いた。
遺跡側の隠れ家の付近には商品の運び入れが済んだのか人影も少なく、火事の喧騒もここには届いていないようだった。だが手下である自警団の火事は遅かれ早かれ伝わるだろう。
「……今のうちに」
正面からでは無く建物の脇から入って裏口へと向かう。途中で窓があったので中を見ようとしたが厚いカーテンがかけられていて様子を窺うことは出来なかった。諦めて先へと進むと裏口の戸が乱暴に開かれる音がして「大変だ!自警団が」と叫ぶ声が響く。
どうやら火事の情報が届けられたようだ。
「一体誰の」「報復か?」「裏切りか?」等と騒ぎが起こるが浮足立った手下を宥めるような鋭い一喝がその場を支配する。
「今日の競りは中止する。暫く様子を見るぞ」
穏やかそうな声なのに有無を言わせず従わせる力があった。きっと賞金首の“競り売りの牙”だろう。
ここで逃げられるとまたどこで競りを行うのか探るのに時間がかかってしまう。地下に潜られてしまえば探すのも追うのも難しい。
「逃がさない……」
少女は大きく深呼吸して目を伏せる。先程目に焼き付けた炎と煙のイメージを投影してマナと古代語を組み合わせ練り上げた。少女の力では視覚のみの幻術を生み出すことしかできない。だが風に乗って木材の焼け焦げる匂いがここまで濃厚に運ばれてきている。黒い灰も、熱風も少女の魔法に力を貸してくれるはず。
「“心の像を視覚化し想像の海にて解放せよ!”」
開け放たれたままの戸口から炎と煙が躍る様に飛び込む様を生々しく想像し、そこへ魔法の息吹を吹き込む。突然の炎に部屋の中から叫び声が上がった。
「“現実に虚構の世界を介入させ、混乱の引き金となれ!”」
最後に印を結んで完結させると魔法が一気に加速する。音も無く火が燃え盛り、戸口から数人の男が転びながら逃げ出してきた。それぞれが身体に纏いつく炎を消さんと狂乱し、酷く取り乱している。
冷静になればその火に触れても熱も痛みも感じないのに気付くだろうが、近くで火災が実際に起こっていることが彼らから判断力を奪っているのだ。
ここまでは計画通り。
後はどう“牙”が動くのか。
用心深い男はきっとこれが幻術であることを直ぐに見抜くだろう。そして魔法をかけるには術者も近くにいるはずだと手下を動かす。
「……逃げたら、逃げられる」
賞金稼ぎの女からは幻術をかけて足止めをしたら引いても良いと言われている。だがここで少女が逃げれば間違いなく“牙”を逃がしてしまう。せめて相手の出方を見て、もし賞金首が逃げるのならばどこへ逃げたのか見届けなくては意味が無い。
迷いは一瞬。
自分の師はどちらも優秀で高い技術を持っている。
魔法の師も、剣の師も。
どんな時でも、どんな状況でも切り抜けるだけの技術を教え込まれている。
だから大丈夫だ。
壁から身を起こして少女は戸口へと走る。床に転げまわり火を消そうと躍起になっている男達がいたが、その中に似顔絵の隻眼の男の姿は無かった。
「何処に?」
見回し奥にあるドアが半開きなのに気付くと誘われるまま走り出す。その隙間に手をかけて開けようとした手を後ろから掴まれ、少女は反射的に背中側に固定している短剣を抜いて振り下ろす。
「待て、待て!お前正気か!?」
「危なっ!」
「え──?」
怒鳴りつけたのは先程の食堂で声をかけてきた冒険者の坊主頭で、なんとか少女の手首を押え込んで短剣を凌いで胸を撫で下ろしているのは筋肉隆々の男だった。
「どうして?」
「どうしてとはこちらの言い分。狙っている賞金首を横から奪われては困る」
エルフが渋面で答えたので、“牙”を追っているのは他にもいたのだと漸く思い至る。この混乱に乗じて討とうと思ったわけでは無く、少女がひとりで隠れ家の方へと行くので心配して追ってきたのだと坊主頭がため息を吐いた。
「大丈夫です。ちゃんと、本当に合流する手はずになっているので」
裏口から少女が、表からは賞金稼ぎの女が侵入して挟み撃ちにする予定ではある。勿論危なくなったら引けと約束させられているので、少女の戦力を当てにはされていない。
だが幻術で足止めだけでは十分な働きではないだろう。最後まで協力して、賞金首を捕まえなければ。
「すみません。急がないと」
「だから!ちょっと待てって。半開きの状態のドアは不自然だろうが!」
腕を引くが立派な筋肉を持つ男の手から自由を得ることは難しかった。逆に引きずられるようにしてドアから遠ざけられ、そこに坊主男が滑り込み念入りに調べ始める。
男の手がドアの上部に伸ばされ何かを見つけたのか、懐からナイフを取り出して何かを切る。それから手繰り寄せるような仕草をするのでじっと見ていると細いが特殊な編み方で強度を増している縄が扉の隙間から出てきた。
その先に鋭く曲がった鎌がついていたのでぞっとする。
「迂闊にドアを開けて出たらこの鎌でざっくりやられる所だったぞ?」
「……危ない所をありがとうございます」
「こういう悪人の隠れ家にはえげつない罠がわんさかある。そこに無闇に飛び込めば――」
「命が幾らあっても足りん」
「過信は判断を誤らせる」
三人がかりで無知と軽はずみの行動を非難され少女は小さくなるしかなかった。師は優秀でもやはり弟子は未熟者なのだ。
「失敗上等です」
「お前な!」
反省の色を見せないような発言に坊主頭の男は声を荒げる。
「でも今回の失敗は取り返しのつかない物に入る部類なので、助けて頂いて本当に良かったです」
にこりと笑う少女を前にがっくりと肩を落として坊主頭を撫でる。呆れた表情のエルフと筋肉男の苦笑。
「ああ……なんじゃそりゃ」
思わず脱力した男の声に「私は愚か者なので失敗からしか学べないんです。後悔と経験は成長には欠かせない物だと教えて頂いたので失敗上等です」張り切って答えるともう一度腕を引いて放して欲しいと意思表示をする。
大きな掌がそっと解放してくれたので短剣を収めた。
「それを教えてくれた人が今、窮地に陥っているかもしれないんです。行かせてください」
懇願すると三人は顔を見合わせてから弱々しく笑った。それぞれの顔に仕方ないなという諦めを見つけて「それでは」と会釈してから廊下へと出る。窓の無い薄暗い廊下は真っ直ぐ続いていて、しんと静まり返っていた。どこかで戦闘が起きているような雰囲気は全く無く、“牙”がどこかに身を隠している様子も見えない。
沢山の賞金稼ぎに狙われている男が隠れ家に隠し通路や逃げ道を用意していないはずが無い。ましてや賞金稼ぎだけでなく国からも追われている人物だ。
少女にその男を追うだけの能力は無く、また隠し通路を見つけられるだけの経験も目も備わっていない。
慎重に歩を進めながら曲がり角へ差し掛かると、また腕を引かれて少女は後ろを振り返る。坊主頭の男が自分の唇に人差し指を当てて静かにするようにと合図するので小さく頷いた。
場所を入れ替わり男が、危険が無いか確認するのを待つ。
蹲った男は透明な糸があるので、これに触れないように進めと指示して手本としてゆっくり脚を上げて乗り越えて見せる。少女がそれに続き、エルフ、筋肉男も同様にして進む。
等間隔に糸は張られているらしく坊主頭は薄らと汗を掻きながら、その都度合図して報せてくる。
「……良かった」
思わず洩れた小さな声でも神経を尖らせていた男達には届いたようで、一斉に三方向から視線を向けられて苦笑いする。
「私だけなら大怪我して動けなくなっていたか、死んでいましたから」
「オレに魔法が使えないのと一緒で、オレには盗賊スキルがある。それだけだ」
「本当に魔法使いは大した働きもできないと評価されても仕方が無いです」
事実として感じたことを述べると卑下していると思ったのか「よせよ」と坊主頭を勢いよく横に振る。
「今度機会があったら盗賊スキルも勉強してみたいと思います」
「おいおい……やめてくれ。そんなことされたら商売あがったりだぜ」
「でもきっと私には無理かもしれません。私細かい作業は苦手なので――あれは?」
足元の罠を抜けきった先の廊下の途中にぽかりと開いた空間があった。人がひとり通れるほどの幅で、よく見ると壁の一部が内側へ折込まれているようだ。
「逸るなよ。見てきてやるから」
今にも動き出しそうな少女を諫めて男が進んで行く。後ろからエルフの男が少女の肩を掴んでいるのでおとなしく待つことにした。
「どうやらこの先で戦闘してるみたいだ!行くぞ」
手招きされて少女はエルフの手を振り切って走り出す。戦っているのだとしたら女賞金稼ぎに違いない。
早く行って一緒に戦わなくては。
隠し通路は真っ暗で少女は“灯り”の魔法を素早く唱えて杖を翳す。細い通路は直ぐに階段へと姿を変えていて、その先に白く切り取られたような細長い光が見えるので部屋があるのだろう。
階段の真ん中で坊主頭の男が座り、罠を解除すると再び立ち上がって先へと進む。その頃には剣を打ち合う音が聞こえていて少女の胸が大きく鼓動して苦しいほどだった。
どうか、無事でいて。
少女などより経験も豊富で腕も確かな女を心配するのは失礼かもしれないが、それでも祈らずにはいられない。
打ち合いが止んで、どさりと重い物が落ちたような音が響いた。
階段を下り切った先で坊主頭の男が立ち止まり、少女の行く手を遮る。押え込むような仕草に焦りと恐怖を覚えて身を捩りながら灯りの先へ目を凝らした。
「そんな……!」
灰色の石床に散った黒い髪。投げ出された小麦色の四肢。皮鎧を身につけた豊満で魅惑的な肉体からは力が完全に抜け切っている。取り落とされた突剣と最後に抜いたのか右手の中から零れ落ちた短剣が虚しく光を弾いていた。
「お前の連れ“孤独の鎖”だったのか」
エルフが同情するように呟く。それが女賞金稼ぎの通り名なのだろうが少女は知らない。だから頷くことも出来ずに倒れた女の姿を見つめていた。
「独りで“牙”に立ち向かうとは無謀に過ぎるだろっ」
筋肉を軋ませて男が悔しそうに唸る。
「まだ……まだ間に合うかもしれません」
灰色の床を赤く染めている流れ出た血の量を見ればその願いは儚いかもしれないが、希望を捨てたくは無かった。
「お願いです。協力してくれませんか?」
見上げた男達の目に浮かんでいるのは了承の意。
大柄な体に豊かな筋肉を身につけた男が戦棍を構えて坊主頭を押し退けて躍り出た。少女もそれに続いて飛び出すと女の元へと走る。坊主頭も剣を抜き、エルフは通路から弓を構えた。
部屋にいたのは八人の男達。
だがその中に“牙”の姿は無い。
「目を開けて下さい!お願いですから」
名前を呼んで軽く揺さぶると鳩尾の部分から赤黒い血が噴き出した。同時に口の端から血が溢れ少女は「ひっ」と悲鳴を上げて手を引く。
「ああ……あんた、逃げな、か……たの、か」
「すみません、来るのが遅くなって」
苦しげに寄せられた眉の下で薄らと目を開けた女の顔を覗き込む。笑おうとした女は逆流した血を喉に詰まらせて激しく咳き込むと顔を横に向けて血を吐き出した。その衝撃で傷口から大量の出血をして床に新たな血の海を広げる。
「ああ、動かないで」
なんとか止めようと両手を傷口に強く押し当てるが、妙に熱い血が指の間からどんどん滲み出ていく。
「どうしよう……どうしたら」
「い……いよ……も、いい」
「そんな!大丈夫ですよ、まだ。戦闘が落ち着いたら直ぐに神殿に連れて行ってもらって治癒魔法をかけてもらいましょう。だから諦めないでください」
滲む視界を振り払うように激しく首を振り、流れる涙を散らすが後から後から込み上げてくる所為で直ぐに目の前が見えなくなる。
古代から脈々と受け継がれている魔法も今回は役には立たない。今必要なのは女の傷を癒す力で、命を繋ぐための神の回復魔法だ。
罠に時間を取られて出遅れ、女の危機に間に合わなかった少女には傷を押えて声をかけることぐらいしかできない。
無力だ。
これが自分に必要なのだと信じて学んできたのに、古代語魔法は役に立たない。
「あ、んた……に、あたしの、ゆめ……たくし、ても、いいかい?」
「夢?なんですか?」
「せ……かい、じゅ、の、悪に……て、つい……を」
世界中の悪に鉄槌を。
悪を赦しちゃいけない。
「ゆう、しゃに」
請われて、なれないとは言えなかった。だから泣きながら頷く。何度も何度も頷いて勇者にはなれないが、勇者を支える者として微力ならなれるはずだから。
「こど、く、のくさ……り、よ……やく、たち……き、れ」
「駄目です!目を、閉じちゃ!」
最期に微笑んだ女の白い歯は血で赤く染まり、顔の半分が血と涎や涙で汚れていた。安堵に彩られた美しい表情はまるで眠っているようで――。
少女は自分の服の袖で女の顔を丁寧に拭うと、落ちていた突剣を拾い胸の上に置いてその腕に抱かせた。自分の短剣を鞘ごと腰から外して女のベルトに差し入れ、代わりに女の鞘を抜き傍らに転がっていた短剣を収めて立ち上がる。
「まずは最初の悪を討ちます。見ていてください」
涙を拭いて少女は身を翻す。エルフの矢が風を切って部屋を横切り男の胸に刺さるのが見えた。坊主頭の男が剣を払って二人目の男を床に沈める。そして戦棍を振り回して柄頭で同時に二人の男を薙ぎ倒す。
残りは四人。
「“空気を震わせ荒れ狂い、雲と大地の間を裂いて光の道を作れ”」
不思議と今までにないほど集中力が高まっていた。女が少女の背中を護ってくれている。託された夢の思いが動揺しているはずの精神を落ち着かせてくれていた。
杖の先でマナを掬うように右から左へと動かして、そのまま真上まで持ち上げる。光の粒子が青白く明滅してエネルギーを蓄積していく。放電し始め、魔法として形を変え身震いするように空気を振動させた。
「“響け!轟け!貫け!電撃!!”」
力の限り叫んで全力で魔力を注いだ。掲げていた杖を目標である方向へと振り下ろし雷が空間を裂いて走る。音が轟き青白い光が見えたと思った後には電撃が襲っていた。四人それぞれが武器を振りかざし、男達と戦っている最中に雷に打たれて床に転がる。
「おいおい…………おれたちまで巻き添え食うかと思ったぜ」
戦棍を振りかぶったままで男が慄き、雷が落ちるのを恐れて剣を放り出した坊主頭の男も大きく頷く。
「魔法に関しては自信があるので」
少女は男達の身体を乗り越えて進みながら奥の扉へと向かう。一応そこで立ち止まって坊主頭の男を振り返り「お願いしても良いですか?」と頼む。
呆気に囚われたまま頷いて、剣を拾い鞘に戻してから扉を調べる為に走ってきた。
「驚いた。本物の魔法使いだとは」
エルフが弓を背に担いで少女の魔法力を驚きと共に控えめに褒める。
「食堂で言ったはずですが……。まあ信じて貰えないのはいつものことなので気にはしてません」
誰が疑っても自分自身の努力を疑ってはいけないと賞金稼ぎの女が教えてくれた。胸を張って堂々としていろと諭してくれたから。
「大丈夫か?」
戦棍を腰に固定して心配そうに窺ってくる男を見上げてにこりと笑う。
笑えるのが不思議だが、めそめそ泣くよりも今は相応しい気がした。
「悪を討つだけです」
泣いて失われた物を嘆くのは今では無い。
「問題ない。行ける」
男が扉を開けた。
この先に赦し難い悪が居る。
それならば、追うだけだ。
少女のできること等微々たるものだが、沢山の人達の力を借りれば成しえぬことは無い。女の意思を受け継ぎ、英雄たる者の力になれる日がもし来るのだとしたら喜んでこの力を差し出そう。
協力しよう。
力尽きるまで。
全力で。




