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女賞金稼ぎ 前編

「あんたがあの、銀の狼のお気に入りかい?」

 初めて会った賞金稼ぎの女は長い黒髪を高い位置に結い上げ、剥き出しにされた美しい額の下で意志の強そうな太い眉を不可解そうに歪めた。

 翡翠色の瞳は鋭く、小麦色の肌には黒の上下の服と皮鎧を着ている。豊満な胸が窮屈そうに鎧に収まり、細くくびれた腰からきゅっと上がった美しい尻のラインまでの見事な曲線に少女は思わず見とれながら「いえ……お気に入りかどうかは」と口籠った。

 左の腰に下げた細身の突剣と右の腰に短剣を差している女が嘲笑するかのように少女を見下ろす。

「女嫌いの狼が子供と言えども最近よく女を連れているって聞いて依頼してみれば……こんな小娘とはね!」

「……すみません」

 恐縮して謝るとその態度が気に食わなかったのか、鼻を鳴らして女賞金稼ぎは頭の先から足の先までじっくりと眺めるようにして視線を注いでくる。

 肩に着くくらいの茶色の髪は真っ直ぐだが手入れはされていないので少し痛んでいるし、すみれ色の瞳には自信など微塵も無い。小さな鼻と唇は自分でも悔しいほど子供っぽい輪郭に包まれていて、侮られる理由として一番に挙げられた。

 斜め掛けした鞄の上に着けたマント、質素なワンピースに皮鎧。手には魔法使いの象徴である杖。

「使いもんになるのかねー……」

「もしお役に立てなければ、依頼料はいただかないので」

「そんなこと言って逃げ道つくってりゃ成長しないよ!」

 弱音に対する厳しい正論に少女は背筋を伸ばして「すみません」と謝罪した。

「あんたにだってプライドってもんがあんだろ?それを失敗する前から保険かけてるようじゃ、あんたの実力たいしたことないね」

 腰までのマントを翻して女は待ち合わせに指定していた冒険者の宿のカウンター席を立つ。少女はこれでまた依頼された仕事は解約されたのだと意気消沈していると、女が入口で立ち止まり「なにしてんだい!さっさと来る!」と大声で呼んだ。

「は、はい!」

 慌てて返事をして後を追うと女賞金稼ぎは顔を顰めて睨んでくるが、ちゃんと待っていてくれ先に外へと出された。この町は近くに巨大な古代遺跡があるので冒険者の数が多く住民の人数を軽く超えている。

 この町は冒険者が落とす金で成り立っており、荒くれ者が多い彼らと商売をしている者が多いので住民は大らかだが中々に強かだ。冒険者上がりの住民も居て、独自の自警団を立ち上げて冒険者と住民の揉め事に介入してくる。

「だから厄介なんだよ」

 舌打ちして女は大股で歩きながら説明していくが、身長差の所為で少女が小走りになっていることに気付いていながら無視をしている。懐から羊皮紙を取り出して後ろの少女へと差し出すので受け取り畳まれたそれを広げた。

「賞金首“競り売りの牙”35000シルバール」

 通り名と共に本名と似顔絵が描かれた下に賞金額が乗せられている。最低の生活をして一日で10シルバール。35000シルバールもあれば暫くは仕事もせずに暮らせるには十分な金額だ。

 しかし賞金額が高ければ高いほど難易度は高くなる。

「そいつは通り名の通り競売で稼いでる男だ。扱う商品は盗品から美術品、宝飾品、船、魔法道具――それから、奴隷だ」

「奴隷……」

「一番高く売れるのは船と古代遺跡から発掘された魔法道具、そして一番安く取引されるのは奴隷だよ。物よりも命の方が軽いなんて胸糞悪い話だよ」

 少女は描かれている男の似顔絵をじっと眺める。どこにでもいるような顔立ちの男だが一番特徴的なのは額から左目を縦断し頬まで走る傷痕だ。その傷の所為で目は開かず、隻眼となっている。どちらかというと平凡で柔和な男の顔を厳めしく際立たせていた。

「若い女や子供がどれほどの数攫われているか知ってるかい?」

「……いいえ」

 少女はずっと山の中で修業をして生活をしてきた。一人前と認められて漸く仕事の為に山を下り、小さな村から大きな街まで沢山の場所を訪れることが許されたのだ。

「この周辺だけで言えば一カ月で50人程。去年一年間では750人に上るそうだ」

「そんなに?」

「驚くのは、それはここだけに限らないって所だよ」

 忌々しいけど多くの国で沢山の行方不明者が毎日うなぎ上りで増えてるってんだから嫌な世の中になったもんだよと吐き捨てる。

「国はなにもしてくれないんですか?騎士や警備隊は、」

 税を納める大切な国民が忽然と姿を消す状況を国は何もせずにただ見ているわけではないだろう。その為の騎士や警備隊があり、法があるのだから。

 女賞金稼ぎは苦い笑いを浮かべて首を振る。

「まともな世界ならばそれも期待できるんだろうよ」

「それはどういう……」

「あんた一体どんな田舎で暮らしてんの?今この世は乱れ、再び悪しき力が満ちようとしている――って噂を聞いたことないのかい?」

「再び悪しき力が……」

「魔帝復活の兆しが見えるとティルスの王が危ぶんで、秘蔵の聖女を送り出したって話を最近聞いたしね。間違いないのかもしれないよ」

 この大陸の名前は太古の昔この世界を闇の支配下に治めようと、魔界から侵攻してきた魔帝と戦い世界の平和を取り戻した英雄の名前から付けられている。その時四大元素の王、妖精や光の側の者達の力を借りて戦ったが、完全に打ち破ることは出来ず封印するのがやっとだったと伝えられている。

 その悪しき者の復活が近いと、至高神ティルスの王が動き始めていると言う。

「賢王だと言われていた王の統治にも綻びが見え始め、停戦していた国同士がどうも武器を買い、傭兵を雇い始めたって話もちらほら聞くしね」

「この世の終わりが……近い」

 あまり実感が湧かないがあちこちの国を渡り歩いて、賞金稼ぎとして生活している女が言うことに間違いはないのだろう。噂は流れ、実際に行方不明者に対して国が動かないのだから女が嘆く通りまともな世界ではなくなってきている。

 高度な文明を築いた古代の魔法王国も滅んでいるのだ。永遠に続く文明などはないのだと魔法を研究する者達は知っている。

 知っているからこそ、亡ぶことを畏れ逃れようと努力し解決策を探ろうと過去の文献を読み漁るのだ。日々研究されているが未だに朗報は齎されないのだから、逃れる術は無いのかもしれない。

「なんだい?素直に受け入れて、抵抗もせずに諦めるのかい?」

「いえ、そういうわけでは」

 ジロリと睨みつけられて少女は慌てて首を振る。

「きっとその聖女様が世界を救ってくれるんでしょうから、私があれこれ思い悩む必要も無いのかなと思って。ただの他力本願です」

「我こそは勇者の生まれ変わりだ!とか名乗りを上げるつもりはないと」

「まさか!」

 一介の魔法使いが勇者を名乗ろうとは片腹痛い。今日まで勇名を馳せた者に魔法使いの名前は無いのだ。殆どが剣を揮う戦士や剣士で、それを支えて共に歩んだ者の中に優れた魔法使いが居るのみ。

 魔法使い単体で勇者になるなど不可能だ。

 間違いなく瞬殺。

「恐ろしい……」

 ぶるりと身体を震わせると女は「情けないね!」と大仰にため息を吐いた。

「そんなんで女が身一つで生きて行けるのかい?」

「うぅ。すみません」

「魔法使いだろうが、女子供だろうが己の身は自分自身の力で護れなきゃ、これからは生きていけない。見た所あんたはひとりで行動してるみたいだけど、あたしから見りゃ襲ってくださいって言ってるようなもんだ。よく今まで無事だったね?」

「いえ、えっと。一応移動手段に乗合馬車を使って複数の人達と行動していますし、無理して夜の道を行ったりしませんし」

 再び女の翡翠色の瞳が光る。その鋭さにびくりと固まっている少女を容赦なく大声で叱責した。

「あまーいっ!」

「ひっ」

「乗合馬車自体が盗賊の隠れ蓑で、街から出た途端拘束されて売られることもあるんだよ!危ないのは夜道だけじゃなく、昼間でも人攫いは簡単にかどわかす!」

「す、すみま」

 あわあわと唇を震わせて謝ろうとした少女の顎を女が掴んで止めさせた。その勢いと力に思わず目を閉じたことをすかさず注意される。

「簡単に謝ったり、目を閉じれば自分の身を危うくするよ」

「はい。す、」

「また!」

 残りを言わせずに女が眦を上げる。

一人前と認められて師の代わりに仕事をするようになってから、依頼主に落胆されることが多かったからか「すみません」と謝罪して萎縮することがいつの間にか癖になっていた。

 気付かぬうちに謝り、相手の顔色を窺って。

「あんたがどれくらいの魔法使いなのか知らないけど、その杖。見習いの持つ杖とは違う上質の樫の木で作られた杖だろ?それを持ってるってことはそれだけの力を持っているってことだ。その為の努力を惜しまずに一生懸命やって来た今までの自分を簡単に軽んじて、自信無く振る舞う姿は謙虚では無くただの暴挙に見えるよ」

 指摘されて少女は杖をぎゅっと胸に抱き寄せる。

「他人があんたの能力を信じられなくて疑っても、あんた自身は自分の力と今までの努力を信用して胸張ってなきゃいけないんじゃないのかい!」

 力づけるように、勇気づけるように両肩を掴まれて揺さぶられる。子供だと侮られ、その力を疑われることがあっても、自分を導いてくれた先生とそれに応えようと辛い修行の日々を乗り越えてきた経験は自信を持ってもいいのだと改めて諭されて。

 初めて会った相手なのに、少女を想って真剣に叱ってくれる女は真っ直ぐな瞳で視線を向けてくる。

「あたしはあんたを最初に使いもんになるのかと言ったけど、それは見た目の所為じゃない。あんたの目に自負がないからだ」

「……はい」

 そうかもしれない。

 今までの依頼主の中にあった期待を裏切られたような瞳の中に自分がどのように映っていたのか解る。自身の無さそうな子供。弱そうで、たいした魔法など使えないのではないか……。

 六年間みっちりと信じてやってきた魔法の能力を疑われることを、今まで受け入れていたのだと思うと恥ずかしくて堪らなくなる。もしかしたら自信に満ち溢れていたら、子供だとしても依頼主の対応は少し違っていたのかもしれない。

 見た目だけでは無く、自分の心にも問題があったのだ。

「ありがとうございます」

 視線を上げて女を正面から見ると「良い瞳になった」と笑って頷かれた。解放された両肩が少し頼りなくて、そんな気持ちになっている自分に喝を入れる。

「それで、なにが厄介なんですか?」

 最初の女のぼやきの意味を問う。

「いい質問だ」

 再び歩き出した女の速度は少女の歩幅に合わせてゆっくりだった。そしてそれ以上は何も語らずに一軒の宿屋へと入って行く。どうやら女はここに部屋を取っているらしくカウンターの主人が会釈をした。

 詳しい話は部屋でするのかと思ったら女は少女の荷物を奪い取って主人に預けると、二階に上がる階段を通り過ぎて更に廊下の奥へと進んで行く。

「まずは旅の疲れを癒すのが先だ」

 何故か連れて行かれたのは風呂。他に誰もいないのは昼間だからか。女はさっさと突剣を下し、皮鎧を外しさっさと服も脱いでいく。呆気に取られている間に裸になると武器を手に浴室の方へと歩いて行った。

 困惑しながら仕方が無いので少女も全て脱ぎ、短剣だけを持って中へと入った。

 石の床の洗い場には木で作られた小さな椅子が三つ。右側に石で囲まれた湯船は五人程が入れば窮屈なぐらいだが現在貸切なので気にはならない。女は手前の椅子に腰かけて手早く身体を洗うと湯船の入り口側に浸かる。水のかからない壁の手を伸ばせば届く絶妙な距離に突剣を立てかけていた。

 少女は女が使っていた椅子に座り石鹸を泡立てて身体を擦る。

「あんた、その傷痕どうしたんだい?」

 不意に掛けられた声になんのことだか解らずに顔だけで振り返ると女が「背中の傷だよ」と指摘した。

「ああ……これは、崖から不注意で落ちたんです。私の焦りから生まれた愚か者の証です」

 自分では見えないが少女の背中には、崖を転がり落ちる途中で折れた枝や鋭い岩でできた傷痕がある。肩甲骨と背骨の間から掌くらいの大きさで深く抉れていて、見ていて気持ちの良い物ではないだろう。

「よく無事だったね……」

「魔法の師が浅慮な弟子を心配して使い魔を通して見守っていてくれたのと、途中で木に引っ掛かったので助かりましたが……下まで落ちていたら今ここにはいませんでしたね」

 あの山百合の崖を毎日行き来して清水を汲みに行く作業を弟弟子に引き継いでからも、少女はあの時決意した想いを忘れぬように頻繁に足を運んでいた。

 賢者は他人の誤りから学び、愚者は己の誤りから学ぶ。少女は愚者だったが、痛みと傷痕を得て経験から学んだ物は心にしっかりと刻み込まれている。他人から見れば痛ましく見苦しい傷痕でも、少女にとっては証しであり勲章でもあった。

「痛い思いや失敗をしないと気づけない、愚か者なんです。私」

 少女がにこりと微笑むと賞金稼ぎは翡翠の瞳を丸くして、にやりと口角を上げて笑った。

「そりゃいいね」

「いいんですか?」

「ああ。この世は愚か者で溢れてるのさ。失敗上等。殆どの人間は後悔しながら学んで行くものなんだよ。取り返しのつく失敗や痛い目にはあっていいけど、それは命を粗末にしているのとは違う。生きて行くための行為と経験は必要だ」

 速く湯船に来いと誘うので少女は泡を洗い流し、短剣を握って温かな湯の中に座る。そうすると肩は出るので短剣を湯につけずに持っていられるのだ。

「狙ってる獲物はこの町の自警団と癒着してる。表向きはあの男を追っているが、競りがあっているという場所に乗り込むとそこはいつも蛻の殻。奴は別の場所で競売を行い、沢山の商品が売り買いされるんだ。内通者がいると言うよりも、自警団その物が“牙”の手下って感じでね」

「だから厄介だと……」

 賞金首を狙って打ち取っても、無事にこの町を出ることは難しいだろう。

 通常は賞金の掛けられた人物を捕まえるか、殺してその首を騎士団やギルドがあればそこに、無ければ警備隊や自警団持って行き照合してもらって認定を受ければ報酬を受け取れる。勿論多額の報酬の場合は辺境の村や小さな町では一括で支払われることは難しく、賞金の一部だけが支払われその時に渡された書類を持って大きな街へと行き残りが支払われることになっていた。

だが自警団と癒着している人物を捕まえても後で逃げられる可能性があり、その場合は報酬の二割しか払われず、残りを手に入れるためにはまた追いかけて捕まえるか、逃げられないように首を取るしか方法は無い。

「この町には国が派遣した警備隊があるはずでは?」

「確かにあるよ。でも住民が支持してるのは身近な自警団だ」

「そんな……」

 賞金首を匿っている自警団の方が国の警備隊よりも信頼されているとは。

「自警団そのものの働きは冒険者との荒事に対する処置対応で、犯罪者を排除することじゃないからね。そっちの仕事は警備隊の仕事だ。だから“牙”が暗躍している現状を住民は警備隊の力不足であると批判し、なんとかしろと責め立てる」

「不甲斐無いからという理由で自警団が職務を超えて“牙”を追えば、住民はそちらへと期待する。共謀関係にある自警団が“牙”を捕えることは無いけれど、目に見える形で動いているから更に支持される……」

「そんなこんなで警備隊と自警団の仲はよろしくない」

 警備隊からすると余計な事をする自警団を疎み、自警団は住民の信頼を笠に着て堂々と賞金首を追うふりをする。

「悪の方が正義だと見られる。信用と思い込みってのは恐いね」

「どうしてそんな危険な男を選んだんですか?」

 賞金首なら他に幾らでもいる。

 女はふっと笑い両手で湯を掬って顔を洗う。

「………………許せないからさ」


 それで十分じゃないか。


 女はそれから自分の計画を少女にそっと耳打ちする。不可能ではないが、上手くいくのかは五分五分の策に乗るかどうかは問題では無い。

 これは仕事だ。

 与えられた少女の役割をこなすのみ。

 頷いて見せると女が破顔して「よろしく頼むよ」と肩を叩いた。


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