剣士の弟子
焚火に枝を入れ火の調節をしながら、鮮やかな手つきで調理をする獣人を改めて尊敬する。街道沿いの河原で二台の荷馬車が停まっており、それぞれが焚火と自前の調理道具を使って料理の腕を揮っていた。
獣人は芋や人参玉葱を剥き、切りこんだ後で川の水を使って鍋で煮込む。干し肉をナイフで千切って入れると蓋をして更に火加減を見る。
「……冒険者の方はひとりで何でもできないといけないんですね」
あちこちから良い匂いがするので鼻を動かしていると獣人が「いつも何食ってんだ」と呆れた。恥ずかしながら料理は苦手で、先生も味など気にせず腹が満たされれば問題ないという質で、料理上手の新しい弟子が来るまでは悲惨な食生活をしていたのだ。
「あはは……」
乾いた笑い声を上げて少女は恐縮すると、見ているばかりでは申し訳ないので何か手伝えることは無いかと尋ねる。
「荷物からフライパンを出してくれ」
「はい」
腰を上げて獣人の荷物を開けて中から小さなフライパンを出して渡す。受け取ったフライパンを暫し火に翳して温め、ずいっと少女の前に突き出す。
「あの……?」
「卵を割って入れろ」
「え!」
指差されたのは野菜が入っていた袋とは別のコロコロと膨らんだ革袋。恐る恐る開けてみると中には干し草が詰められていて、それをそっと除けると下から白い卵が姿を現す。
よく割れずに持ってこられた物だと思いながら中からひとつ取り出して、どうやって卵を割り入れればいいのか悩んでいると、フライパンの縁に当てて罅を入れたらそこに指をかけて左右に持ち上げるようにすればいいのだと教えてくれた。
「成程……」
それではと卵を縁に当てようとすると「もたもたするから冷えた」と舌打ちしてもう一度焚火に戻されたのでおとなしく待つ。
再度突き付けられたフライパンの縁に軽く当てるが力加減が弱かったらしく小さな罅すら入っていない。急がなくてはまたフライパンを加熱し直さなければならなくなる。えいっと勢いよくぶつけたのが悪かった。
大きく抉れた殻からトロリとした白身が流れ出る。
「わあああ!」
慌てながらも急いでフライパンの上に移動させ、左右に持ち上げるようにして落とせば殻塗れの卵が黄味を崩しつつも無事にじゅわっと音をさせた。
どきどきする胸を押えているともう一個割るようにと急かされて今度は慎重に落とし入れる。
「……気の毒なほど鈍臭いな」
「……すみません」
項垂れつつ川べりまで行き手を洗っていると若い戦士の男が「お嬢ちゃん」と声をかけてきた。見上げると炎に照らされた精悍な頬を緩めて人懐こい笑みを浮かべている。着ている板金鎧は良く手入れされているが傷だらけで、腰に差している両手剣は重厚でかなり年季の入った物に見えた。
若そうだがそれなりに経験を積んだ戦士のようだ。
「狼の連れが君みたいな可愛い子だなんて意外だけど、それ以上に剣を扱うなんてもっと意外だ」
「あ、いえ。本業は魔法使いなので」
今回獣人に連れられて仕事を受けた内容は護衛だった。剣を教えると約束した通り獣人は少女の住む山の麓の村を本拠地にしてくれている。毎日山道を登って来ては手解きしてくれていたが、練習よりも実戦経験が必要だなとこの依頼を受けてきた。
そしてこの依頼中魔法禁止を言い渡され、杖を山小屋に置いて来させられたのだから不安で仕方が無い。
「魔法使い?」
「でも魔法禁止なので、もし盗賊や野盗に襲われても戦力にはならないかもしれません」
少女の腰にあるのは初ダンジョン攻略で功労賞だと渡された魔法のかかった剣だった。あの日ゆっくり眠った後、どんな魔法がかけられているのかとスペルを読み解いたが永続的な“魔力付与”が施されていたのでアンデットと戦う時には助かる。
通常のモンスターが相手でも打撃に魔力が付与されているので、未熟な少女の腕を補ってくれる優れた剣だ。
「しかし、護衛をつけるだけの価値がこの商隊にあるとは思えないんだけどな」
男が言うような商隊と呼べるほどの規模では無い。大きな馬車だが二台しかなく、更に荷台に乗っている商品も日用品ばかり。高価な商品と言えば上等の葡萄酒ぐらいだが。
「普通食事は商隊持ちで、振る舞われることが多いんだが……各自で用意しろってんだからケチなのかと思えば、依頼料は破格の値段だしな」
そこは獣人も疑問視していた。二台の商隊の護衛に冒険者を五人も雇い、三日間の護衛の依頼には不釣り合いの依頼料。なにかあると知っていてこの依頼を受けたのだと少女も薄々勘付いていたが、この男も気味の悪い依頼に戸惑っているようだ。
獣人の腕は確かなので、何事かあったとしても切り抜けることは可能だろうが不安はある。
「お互いに、気抜かないようにしようぜ?」
「はい、ありがとうございます」
手を挙げて男は自分の焚火へと戻る。少女も手を拭いて戻ろうと顔を向ければ獣人がじっとこちらを見ていた。案ずるような目にやはり頼りなく見えるのだなと苦笑し慌てて戻ると、パンの上に目玉焼きを乗せた皿とスープの入った椀を渡される。
「知り合いか」
「そんな」
まさかと首を振ると獣人は少し離れた場所で食事をしている男をちらりと眺めた。少女も何気なく視線を向けると男が気付いて干し肉を食べながら笑顔で手を振る。
「何を喋った?」
「この商隊に護衛をつける価値を疑っていました。お互いに気を抜かないように気をつけようと声をかけてくれて」
「成程」
膝の上に皿を乗せて先にスープを荷物の中から出したスプーンで掬いあげて食べると、程よい塩味と干し肉の奥深い旨味が合わさって美味しかった。夢中で食べていると獣人が「ゆっくり食べろ。誰も取らん」と笑うので、少し速度を落としたがそれでも手を動かすのを止めない。
「汁物を先に食べると腹がくちくなって他が食べられんようになる」
「う、はい。でも美味しくて」
皿からパンを取り頬張るとそれも美味しかった。そういえばと殻の入った黄味が割れた卵の方では無い事に気づき慌てて顔を上げれば、獣人は先にパンを食べてしまったらしく時すでに遅し。
「すみません……」
「気にするな。弟子の失敗は師が尻拭いする。お前の魔法の師もそうだろう?」
「……はい」
獣人は剣の師匠だ。少女を人に紹介する時に必ず獣人は弟子だと先に強く相手に伝える。そうしないと人間の、どう見ても剣を扱うようには見えない子供と獣人の二人は異色過ぎて誤解されることもしばしばだった。
一度は誘拐されたのだと騒がれて警備隊に連れて行かれそうになったこともある。
必死で少女も周囲の人や警備隊の人達に説明をしたのだが、獣人の報復が恐くて庇っているのだと不憫そうに見られたことから、剣をわざと見せるようにして歩くようになった。自信の無いような顔をしているとまたいらぬ疑いを買うので、堂々と振る舞うように心がけているが今回のように杖を取り上げられてしまえばそれもできない。
ため息を吐くと「腹いっぱいか?」と牙を見せて笑うので、少女は急いで残りを胃の中に収めた。確かにパン半分辺りで苦しくなったが揶揄するように笑われては意地がある。
「残りは朝食だ。先に寝ろ」
鍋に蓋を被せて火から下ろすと寝るようにと促して自分は葡萄酒の入った革袋を取り出す。疲れているわけでは無いが、休める時に休むのも冒険者に必要な技術であると口を酸っぱくして言われている。ベルトの留め具を外して腰の剣を一旦地面に置く。毛布を取り出して包まり荷物を枕にして目を閉じながら剣を手元に手繰り寄せて眠った。
途中で肩を叩かれて起き上がると獣人の他に、声をかけてきたあの若い男が居た。若い男と少女二人で見回りと警戒の為の火の番を言い渡し、獣人はさっさと横たわり直ぐに寝息を立てる。
「行こうか」
促され剣を腰に固定すると男と連れ立って歩き出す。あちこちに焚かれた火の届く範囲の外に異変が無いか窺いながらゆっくりと回る。他の護衛二人も地面に横たわって眠っているようだ。
「異常は無しっと」
男は真ん中にあるひときわ大きな焚火の前で座り、少女にも座るようにと勧めた。二台の荷馬車の傍だが、商隊を率いる人達は荷台の中でぐっすりと寝ているのだろう。鼾が微かに聞こえてくる。
今回の商隊は三人の商人が集まってできており、それぞれの商品を大きな街へと運んでいる間だけ編成しているようだ。顔見知りの間柄のようだが、特に仲良くするでも、誰がリーダーになるかで揉めることも無い。
護衛対象は商人三人と連れている従者が六人。
それから勿論商品だ。
腕利きの護衛が五人ついている商隊を襲うのは、夜陰に乗じてもリスクは高い。危険を冒してまで目ぼしい商品が無いのならば普通は避けるだろう。
でも護衛の中に自分のような小娘が混じっていたとしたら?
見るからに弱そうで、剣も不似合な子供が見張りの時ならば?
有り得るかもしれない。
膝を抱えていたのを解き、いつでも動けるように緊張感を纏うと目の前に座る男が苦笑いした。
「恐い?」
「……恐いと言うよりは、緊張してます」
「そうか……恐くないのか」
少し残念そうな顔の男を少女は怪訝そうに見た。子供の不安を煽って喜ぶような男には見えなかったが、恐がらない子供は可愛げがないのか。
「君の連れは何を考えて俺と組ませたんだろうね」
「……どういう?」
意味かと問えば、普通見張りや見回りは二人一組で行い、連れがいるのならわざわざ別の者と組まないのだと説明した。そう言われれば今回の護衛で連れがいるのは少女と獣人のみ。少女が寝ている間に獣人は他の護衛と見張りを済ませたに違いない。今少女はこの若い男と焚火を挟んで向かい合っているのだから。
「君を信頼しているのか――見くびっているのか」
「!?」
火の向こうから音も無く抜剣し男が横殴りの攻撃を仕掛けてきた。板金鎧の表面を炎が炙るが男は気にした様子も無く突っ込んでくる。
受け止めることは不可能で、反射的に地面に転がって躱すと更に数回転がって距離を取った。
「よく避けたね」
驚いた様に目を瞠り剣先を地面につける。片手で操るには重すぎる両手剣を少女の見間違いでなければ右手一本で抜剣し、それだけでなく素早く横に凪いだ。
軽々と。
「師匠が、素晴らしい人なので」
重い剣を軽々と揮えたとしても、重い分速度は落ちる。
獣人の長剣捌きは目で追うことができないので、近づいて来る刃の恐怖に肌が粟立つのを頼りになんとか逃れるという傍で見ている人が慄く様な修練の結果男の剣筋くらいならば反応は出来た。
だが回避は出来ても攻撃を受け止めることは出来ない。あんな重い一撃をまともに食らえば剣諸共叩き斬られてしまう。
いとも簡単に、呆気なく。
教え方は荒っぽいが、獣人の剣は技が多彩で切れがある。指導は丁寧だが実戦に行かせなければ意味が無いと少女の力量より遥かに高い相手と戦わせようとするのが難点で、モンスター退治の依頼を受けて来ては毎度神経を擦り減らす無茶な修行を強いてくるのは正直辛い。
しかも今回は相手がモンスターでは無く人である。
「お願いです……引いて下さい」
男の狙いや理由など解らないが、護衛の仕事を請けている以上依頼主に何らかの危険が降りかかる場合は排除しなければならない。
でもモンスターを倒すように、人を斬るなど――。
「甘いね」
腰を落として剣を斜めにする。
引いてくれと頼んで止めるくらいなら、最初から剣など抜かないだろう。
どうする?
どうすれば──。
「ふっ!」
剣圧だけでも威力があるのか振り回された切っ先が届く距離にないのに少女の皮鎧を切り裂く。皮膚まで達していないが、ひりひりと焼けつくような感覚が全身を駆け巡り気持ちが悪い。
きっと情けなど掛けずに男を斬り伏せることを獣人は望んでいる。
冷徹なまでに仕事に徹せよと。
相手が剣を抜いた時点でそんな生温い感情など捨て去れと。
「……できない」
手加減等許される立場では無い。
そもそも目の前の男の方が経験も腕もあるのに、殺すつもりで容赦なく揮われる剣に対して迷ったままの少女の剣では太刀打ちできないのだから。
一線を超える覚悟を持て。
獣人から無言のメッセージが届けられているような気がする。
さもなくば死ぬぞ。
そんなこと解っている。解ってはいても腰に帯びた剣を抜くことに躊躇いがあり、じりじりと後退している先が川なのを自覚して絶望する。
「その剣はお飾りか?」
「……いいえ」
挑発されて少女は左手で鞘を握り震える右手を柄に伸ばす。下げた左足がぴちゃりと濡れた。これでもう後ろへは退けない。
目を閉じて大きく息を吸う。
「……目の前のやるべきことを成せ。そう、大丈夫」
これを超えられないのなら、きっとこれから先にも必ず訪れる数多の危機を乗り越えることは出来ない。
だから。
「目の前のことに集中するだけっ」
魔法は想像力が必要だが、自らの肉体と技術と剣を使って戦う時には足を引っ張るだけだ。相手の痛みや、自分が受ける痛み、流れ出る血や肉の感触、匂い――。そんなことを気にしていては命を失ってしまう。
今必要なのは集中力。
無駄な事は考えず、身体を動かすのみ。
例え後で苦しんだとしても。
後悔したとしても。
「うわああ!」
一息で剣を抜き放ち、少女は地を蹴る。丁度男が振りかぶった所に飛び込む形になったが、一瞬早く少女の剣が斜めに切り下す。男は上体を反らして剣を鎧の胸当てで滑らせて避けると、両手剣を右腕の膂力だけで薙ぎ払う。
咄嗟に後ろに飛び退きながら剣の平で切っ先を受け流すが、剣圧で更に吹き飛ばされて川に叩き落された。
音が消えた真っ暗な世界で水の流れに揉みくちゃになりながら、がむしゃらに水面へと顔を出そうともがく。ザクリと脹脛に走った痛みに我を忘れそうになったが、右手に握っている剣が自分の足を傷つけたのだと気づくと少し冷静になった。
まだ武器はある。
まだ戦える。
落ち着け。
冷静になれ。
「はあっ!」
抵抗を止めると川はそんなに深くは無く、膝を着けば顔は出る。咳き込んで顔を上げると川を覗き込んでいる男と目があった。
「生きてたか」
残念だと続けてくしゃりと笑う。
「大丈夫、次で楽にしてあげるさ」
水を吸った服は重く自由を奪う。ふらりと立ち上がったが水と一緒に流れて行く右脹脛の出血で寒気がする。
好機を待て。
焦るな。
集中しろ。
「さよなら。お嬢ちゃん」
男がまた剣先を下につけて腰を屈める。そう何度も片手で操れば腕だけでなく、腰や膝も痛むはずだ。
きっとこれが最後。
空気を薙いで向かってくる衝撃が迫る中、少女は剣を両手で握ると平を水面に向けて勢いよく振り下ろす。魔力の籠った剣の威力は少女の力を倍増させてくれる。 派手に跳ね上がった水の壁が姿を隠し、また男の剣圧を削ぐ。
「なに!?」
怯んだ男の声を聞きながら少女は全速力で川を走り抜けた。動きは鈍いが男の死角からの攻撃には成功する。
「くそっ!」
男が半身になって躱した所を突き上げるようにして追う。重い両手剣に漸く左手を添え、少女の剣に絡めるようにして押え込む。小さな少女を上から睨みつけながら奥歯をギリギリと鳴らすその顔には余裕は無い。
純粋な腕力ならば男の方があるが、少女の魔法剣にかけられた魔法は意外と強い。男との差を補って余りある程なのだから驚きである。
「ん?怪我してるじゃないか」
脹脛から流れる血に気付いて男がにやりと笑う。押し合って均衡が保たれていたはずの腕が不意に引かれて少女は体勢を崩した。そこに男が回り込んで後ろから脹脛へ靴底を当てて強く押す。
「っああう!」
傷口に砂利が靴底によって擦りこまれていく。焼けるような痛みと、失われていく脚力に膝を着きながらも左足だけは堪え腰を捩じって剣を振る。
男が離れて下卑た笑いを浮かべたまま優勢であることに安心しきったように肩を竦めた。
「あまりにも未熟すぎて相手にならないよ」
ガクガクと震える膝になんとか力を入れて右足を庇うように構えた。
息の上がった呼吸をなんとか鎮める。
「せめて、一太刀」
浴びせなければ獣人に申し訳ない。
弟子がこんな無様な戦い方をしては恥ずかしいだろう。
「止めだ!」
「はい!」
雄叫びを上げた男に対しての返答がそれでは滑稽すぎるが、少女は至極真面目に向き合い男の剣を見極めるべく目を凝らす。重い剣が唸りを上げて上段から振り下ろされた。きっと避ければ軌道を変えて追ってくる。
ギリギリで避けてから反撃する方がいい。
「未熟者め!」
「っ!?」
哄笑し男はギリギリで避けた少女を読んでいたのか途中で止め、そこから跳ね上げてきた。
無理だ。
悔しいが無傷で反撃は出来ない。
ならば。
「あうっ!」
剣を腹部目掛けて突き立てる。硬い装甲も魔法を帯びた剣と体重を乗せた攻撃を防ぐことは出来ない。男の筋肉の鎧を貫通して柔らかな場所まで到達したが、同時に横からの衝撃に息を詰まらせて地面に倒れた。剣が手から離れた心細さに震える。
脇腹から腹部にかけて血が流れて行くのが解った。熱い左脇腹に手をやるとぬるりと滑ったので出血しているのだと目を閉じた。そのまま傷口を辿るが腸には問題が無いことにほっと安堵する。
脚と胴体が分離することにならなくてよかった。
「くっ、子供が!」
少女の剣を引き抜いて腹を押えながら男がギラギラと目を光らせる。甲高い音を響かせて剣が地面に放り投げられた音で薄らと目を開けた。
「許さん」
死ね、と剣を振り上げたその後ろに黒い影を認めて少女は口元に笑みを刻む。
「死ぬのはお前だ」
冷たい声を男はきっと聞くことは出来なかっただろう。獣人の長剣が銀色の光の筋となって斬りつけ、男が斬られたと気づく前に絶命したからだ。
「大丈夫か?」
微かに頷くと獣人はまず足の傷を診てから、次に押えていた手を退けさせて脇腹を診ると再び少女の手で押えさせる。抱え上げられ川に脚をつけられて傷口を洗われた。
その後は寝ていた場所まで戻ると、他に雇われた護衛が二人起きてきて厳つい顔の中年男が自分は神官戦士で治癒魔法を使って治そうと言ってくれたので獣人が場所を代わる。
温かな回復魔法に癒されほっと息を吐く。
痛みは徐々に消えて行く。傷口と共に。
「どうして他の護衛を起こさなかったんだ?」
もう一人の雇われ護衛がむすりと聞いてくるので、あの男の仲間かもしれない可能性を挙げ、更にあの騒ぎで起きなかったことから何らかの眠り薬を飲まされていたのかもしれないと思ったこと。もしくは獣人になにがあっても手を出すなと言い含められていたか。
実際は後者だったらしい。
「今回の依頼は単なる護衛では無く誘き出しだ。あの男は依頼者のひとりに個人的な恨みを持っていた。脅迫状を送りつけたり、実際に襲ったりしていたらしい。業を煮やした依頼者は商隊を組んで移動するので護衛を雇うと募集した」
「高額な金額と好機だと飛びつくのを期待してな」
獣人の言葉尻を待ったように神官戦士が笑って続けたので、どうやらあの男と少女以外は全員知っていたようだ。
「じゃあ……ご飯を振る舞わなかったのは」
「同じ飯を食ったら、その中にさっきお前が言った眠り薬を入れられちまったらあいつの思うつぼだからな」
そういう事か。
護衛全てが寝入ってもらっては困るから対処法として各自で調理と食事となったのだ。
「まあ、なんとなく裏がありそうだと思ってたが、誰が動くかは解らなかったからな」
神官戦士は苦笑いして獣人を見る。
「その子がどんな状況に陥っても手出しするなと言われて驚いたが」
「すみません……」
きっとはらはらしながら寝たふりをしていてくれたに違いない。
「無茶苦茶な試練を与えて死んだら何もならん!」
ギロリと睨まれた獣人は平然と「むざむざと殺させはしない」と応えたので一気に空気が冷え込んだ。
何はともあれ疲れた。
目を閉じようとしたら揺り起こされ、風邪を引くから服を着替えてから寝ろと言われたので怠い身体を起こして荷物を探って着替えを出す。どうやらその間に男達は気を利かせて中心の焚火へと移動していた。
ちゃんとこちらに背を向けているのを見て荒くれた戦士たちなのに紳士なのだなと笑って張り付いた服を脱いで簡単に身体を拭ってから着替えた。濡れた服を絞ろうと腰を上げると肩を押されて座らされる。
顔を上げると獣人が火にかけてアルコールを飛ばした葡萄酒を手渡してくれた。代わりに服を奪われて川まで去って行く。
今回は一線超えることは出来なかったが、それでも肉を裂く感触を両手に刻みつけることは出来た。
葡萄酒を飲みながらぼんやりと燃える炎を見ていると自然に目がくっついてくる。一生懸命堪えていたが戻ってきた獣人が「もう寝ろ」と手の中からコップを引き上げてくれたので促されるまま横になった。
その隣に剣を置いてくれたので抱き寄せて毛布に包まると安心して眠りに落ちた。




