表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/28

ダンジョン攻略への道 前編

 松明の燃える匂いと音が洞窟内に響き、奥から吹いてくる風によって背後へと炎が動く。ゴツゴツとした岩肌にしゃがみ込んでいる小人族の男が、獣人にもう少し手元を照らすようにと指で伝えた。

 少女はチラリと後ろを振り返り来た道を見通そうとするが、地図によるとここは入口からは遠くダンジョンの中程まで進んでいるので、外の新鮮な空気も豊かな緑も感じられない。

「どうした?恐くなったか?」

 ドワーフの男が顎鬚を撫でてにやりと笑う。臆病者だと嘲っているのではなく、ただ単に元気づけようとしてくれているのだ。「いえ」と答えると彼は分厚い鎧を揺らして笑う。「それならよいわ」

「……ふう。終わったよ」

 立ち上がった小人族の男は細長い幾つもの針金を懐に戻し、先の尖った耳を掻いて得意げに少女を見る。その横を獣人が松明を翳しながら進んで行く。

 そしてドワーフが少女を促すので小人族の後ろについて歩き出した。殿しんがりは屈強な身体と戦闘力の高いドワーフが務める。

「ねえ。ダンジョンは初めて?」

 トラップやモンスターの多いダンジョンを進んでいるのに、小人族の男は声高に話しかけてくる。普通はこういう場合私語は慎み、来たるべき瞬間の為に神経を尖らせておくはずではないだろうか。

 モンスターが棲んでいる事は解っているので、できれば不意を突き楽に戦闘を終わらせたいと思うはずだが陽気な性格の小人族は喋れる時は口を動かさなければ損だとばかりに話しかけてくる。

「はい。大体は個人で行動することが多いので、こういうパーティを組んでの戦闘や行動も初めてで」

 せめてもと小声で返せば手先の器用な小人は、前を歩く獣人の担いでいる矢筒の紐をぐいっと引っ張った。そうするとしっかりと背中に固定されていた筒が緩んで腰の位置まで下がってくる。

「おい」

 咎めるような声だけを背後に向けて素早く右手を伸ばし、紐を掴むと前方に引き寄せて元の位置に戻す。獣人のそのわずかな隙をついて矢筒の中から矢を一本奪った小人はニヤニヤと笑いながら少女に羽の部分を向けた。

「あんたは魔法使いだから攻撃魔法にするか、補助魔法にするかその場の判断が求められるから大変だ。俺っちはトラップ除去要員だから元々戦力に数えられてないしね」

「戦闘が始まったらどうするんですか?」

「やれー!それー!右だ!そら左だ!て応援するのさ」

 片眼を瞑って小人は拳を振り上げて応援している様子を再現する。狭い空間に明るい声が響き渡り、これで不意打ちは不可能であると決定づける。

 大丈夫なのかと獣人の後頭部を眺めていると視線に気づいたのか振り返って「いつもの事だ。気にしなくていい」と首を振った。

 ほっと胸を撫で下ろしていると後ろでドワーフが快活に笑う。

「大丈夫じゃ。こやつの喧しさは今に始まった事ではないからの。わし等はそれを承知でパーティに誘っとる。盗賊の腕はピカイチじゃが戦闘ではからっきし当てにはできん。それより嬢ちゃんの魔法の方がよっぽど頼りになるわい」

「俺っち達小人族はドワーフや獣人と違ってか弱いからね!ダガーぐらいしか持てないんだ。そんな俺っちに戦え!なんて拷問としか思えないよ」

 人懐こい小人は栗色の瞳を丸くしてドワーフに抗議する。

成人しても人間の5、6歳児くらいの身長しかない小人族は手先の器用さと、すばしっこいのが特徴の種族で部族を持たないので家族単位で各地に住んでいる。好奇心旺盛な性格で楽天的なのでどこでも直ぐに馴染んでしまう。妖精族の流れをくんでいるので30歳で成人し、軽く100歳を超えて生きる。長寿な者は200歳にまで及ぶというので人間とは違う時の流れを生きているのだと改めて思う。

「だから当てにはしとらんと言っとるだろうに」

「どうだか!いつもダンジョン攻略した帰りに、俺っちだけ怪我もせずにぴんぴんしてるの恨みったらしく見てるくせに」

「それはお主が草臥れ果てとるわし等を更に疲れさせるような行動をするからじゃ!」

「疲れさせる行動って?全く身に覚えがないけど?」

 底意地の悪い笑顔に彼は確信犯なのだと少女は苦笑いする。ちらりと前を行く獣人の漆黒の容姿を見て耳が後ろと前に左右で違う方を向いているのに気付き、彼だけは常に警戒を怠っていないのだと安堵した。

 ちゃんと前を警戒し、後ろの仲間も気にしてくれている。

 魔法屋の主と“一角獣の角”を手に入れる初仕事の折に知り合った獣人と別れて、そう日時も経たぬ間に連絡が入った。魔術師ギルドから魔法連絡で仕事の依頼が届けられたのだ。一週間後にある村に来て欲しいと。仕事内容はダンジョン攻略。

 初めてのダンジョンに受けようか迷っている少女に、先生は「いい機会だから行ってきなさい。そして沢山の事を学んできなさい」と背中を押した。

 誰しも初めての事には尻込みをしてしまう。

 それにあの森で連絡の取り方を伝えたのは少女自身。依頼内容によって断るなど駆け出しの魔法使いに贅沢は許されず、色んな経験を積まねば優秀な魔法使いになるという夢など叶う訳も無い。

 不安を胸に村に行くと待っていたのは無愛想な獣人だけではなく、ドワーフと小人が笑顔で迎えてくれた。聞くと常に行動を共にしているのではなく、普段は別行動をしていてダンジョン攻略や依頼の規模によってパーティを組むのだそうだ。

「お主が能無しならば今すぐにでもパーティ解消するんじゃがな」

「俺っちみたいな腕が良くてあんたらみたいな奴とでも上手くやっていける奇特な奴が他にいるもんか」

 べーっと舌を出しておちょくっている小人をドワーフは鼻で笑い飛ばし、獣人の背中の筋肉が緊張で盛り上がったのに気付くと背中に担いだ強大な斧を手にして身構えた。お喋りな小人も口を噤んで前方を向く。

 少女は杖を握り締めいつでも呪文を詠唱できる態勢と整えて、なにが現れるのかと息を飲んでその時を待つ。

「……竜牙兵だな」

 暗闇を払うように高々と松明を掲げて獣人が奥にいる影を確かめる。その数は5体。少女の目には影が5つある事しか解らないが、獣人は相手を竜牙兵だと断言したのは灯りなど無くても見えるからだ。元々地下や洞窟の中で生活しているドワーフも暗闇を見通す能力があるので松明など必要ない。

 灯りを灯しているのは暗闇では視界が効かない人間の少女と小人族のためだ。

 竜牙兵は竜の牙に魔法を施したゴーレムの一種なので、暗がりの向こうから奇妙な魔力を確かに感じて少女の身体は微かに震えた。

「数が多い。短期決戦で行く」

「心得た」

 獣人が持っていた松明を前方に放り投げると、ゴーレムたちの姿が顕になり武装した骸骨の暗い眼窩がこちらを向いた。慣れた手つきで背中の弓を取り、矢をつがえると手前の動き出した竜牙兵を射る。骸骨は丸い盾と曲刀を手に歩み始めた所を射抜かれて仰け反るが、直ぐに持ち直して足を前へと動かし続けた。

その後ろにゾロゾロと3体の竜牙兵が続きドワーフが少女と小人の間を縫って前に出る。

「えっと……どうしよう」

 洞窟は二人並んで少し余裕があるぐらいの広さしかない。獣人とドワーフが並んで武器を揮うには狭すぎる。逆に数は多いが竜牙兵も一斉にこちらへと襲い掛かる事は出来ないので戦い易くはあるだろう。

 攻撃魔法か補助魔法か。

「どうすんの?」

 浮き浮きした声を聞きながら少女は杖を右手に横にして持ち、左手を胸の前に移動してゆらりと動かした。呪文の詠唱は短い。その代わりに丁寧にマナを織り込んで、集中と精神力を強める。

「“炎を帯びよ”」

 獣人が弓を捨てて大剣を抜いたのを確認してから少女は呪文を発動させる。白刃が真っ赤な炎を帯びて燃え上がった。白い牙を閃かせて一瞬の視線を少女に向けた獣人は目の前の竜牙兵に斬りかかった。

同時にドワーフの大斧も炎に包まれる。

「え?両方に補助魔法?」

 小人が驚いた顔で少女を見上げた。普通補助魔法を同時に複数かけることはしない。できないわけでは無いが魔法も万能では無く、沢山の制約があり、条件と熟練度が必要となる。

 少女は別段優れた魔法使いではない。

「長くは持ちませんが、お二人とも強そうなのでそれで十分かなと思って」

「へえ。俺っち初めて同時に補助魔法がかけられたの見たよ」

「魔力も二人分かける事を思えば半分で済みますし、これから先まだモンスターもいるでしょうから無駄な魔法は使えないですしね」

 ただ心配性が過ぎるせいで、魔力を温存したいという小賢しい考えから編み出した結果でありその分持続時間は極端に短い。

 目の前の竜牙兵を切り倒し、その上に脚をかけて更に奥の敵に挑む獣人の靴の下で象牙色の頭蓋骨がぐしゃりと潰れた。

 ドワーフは炎の斧を振り回しながら押し進み、松明の向こうで戦闘を繰り広げている。竜牙兵の曲刀はことごとく弾き飛ばされ、ドワーフの斧を防ごうと前に出された盾が剛腕に耐えかねて弾き飛ばされた。乾いた音が木霊して「ふんっ!」と気合の籠った一閃により左肩にめり込んだ斧は鎧の肩あて諸共粉砕しながら右脇腹までを叩き折る。

 ガラガラと音を立てて崩れ落ちた竜牙兵を蹴飛ばして、左から腰を落とした新たな竜牙兵の繰り出した曲刀を腕の小手で滑らせて流し、すかさず腰目掛けて炎の斧を横殴りに打ち込む。

 武器を操る技術が高いのではなく、持っている身体能力の高さに絶対の自信を持っているドワーフの荒々しい戦い方に少女は痺れた。

 そして動体視力の良い獣人のしなやかな動きと、無駄の無い剣裁きには竜牙兵の攻撃など恐れるに足らずであっという間に3体目も斬り伏せる。長身からは想像もできない俊敏さに目を奪われ少女は戦闘中だというのに杖を持ったままぼうっと眺めていた。

「……すごい」

 少女の補助魔法などなくても簡単に勝負は決まっていただろう。このダンジョン攻略に自分の細やかな魔法の力など必要なのかという疑問を抱いて焦燥感が疼く。


 ああなんて自分は弱く無力で、世界を知らないのだろう。


 贈られた一人前の意味を持つ杖は未だ相応しくなく、あの山小屋で学んだ事を実戦において使えるほどの機転も働かない。そもそも師に教わったことは基礎であり、それを応用して使いこなせるようになるにはやはり経験しかないのだと思い知る。


 もっと知りたい。


 純粋な渇望に少女は胸を弾ませ、瞳を輝かせる。

「期待以上だ」

 獣人が弓を拾って肩に掛けながら少女の前に立つ。見上げると大きな掌で頭を撫でられた。松明を掴んで「宝箱があるぞ」とドワーフが促して、小人が「トラップがあるかもしれないから」と慌てて走って行く。獣人もすぐに身を翻して二人を追う。

 叩き潰された竜牙兵の骸を跨いで続こうとした時だった。あの奇妙な魔力の流れが微量に漂っているのに気付いて少女はそちらへと顔を向ける。

 ドワーフが倒した2体目の竜牙兵の方――。

「ああ……っ!」

 悲鳴は喉の奥で凍りつく。振りかざされた曲刀のくすんだ刃に自分の顔が映っているのを見て少女は咄嗟に杖を揮って後ろへ下がる。曲がった刃に絡め取られるように杖が掌から逃げて行く。

「ちゃんと留め刺してなかったのか!?」

「すまん。確かな手ごたえがあったから確認まではしておらんかった!」

 財宝に気を取られていた戦士たちが武器を手に駆けつけようとしている気配を感じながら、少女の右手は無意識のうちに腰の方へと動いていた。

 ベルトに添って真っ直ぐ固定された短剣の柄を握って、胴が半分砕かれた不安定な状態でも侵入者を排除しようと襲い掛かる竜牙兵の執念を断ち切るように抜く。左手でマントの裾を握って引き寄せ腰を低く落とす。

 竜牙兵は傾きながらも右手の曲刀を斜め上から切りおろした。重い鎧を着た体重を乗せた攻撃を受け止める事は短剣ではできない。少女は息を止めてじっと剣先の動きを捉える。肌が粟立つほどギリギリまで近づいた刃を左手を振り上げてマントで包むようにして止め、身体をくるりと回転させて竜牙兵と背中合わせになる。

短剣を持ったまま指でマントの留め具を外して取ると身体がふわりと軽く自由になった。両手で柄を握りドワーフが痛めつけた場所を思いきり責める。

『グオオオ』

 空気が震えるような怒号と悲鳴が合わさった声に慄いて抜こうとしたが鎧と骨の間に入ったのかびくともしない。仕方なく地に足を踏ん張り身体ごと押し込むと、ごとりと鎧の中で重い音がしたと思うと竜牙兵の胴体と下肢が割れて離れた。

「うわわっ」

 支えを失い少女は竜牙兵の下肢共々地面に転がった。衝撃に息が一瞬詰まり、肺が空気を求めるので大きく口を開いて吸い込むと、石と竜牙兵の骨の欠片が口に入って来て驚いて今度は咽る。

「大丈夫か?」

 獣人が背中をそっと擦ってくれるので、咳き込みながらも頷きそっと身を起こす。ドワーフが「すまんのう。嬢ちゃん」と悄然として謝る。

「……いえ。私の注意力が足らなかったからで」

「違うだろ!絶対ドワーフのおっちゃんのせいだろー」

 小人が財宝を入れパンパンに膨れ上がった革袋を肩に担いで近づきながらドワーフを指差す。申し訳なさそうな顔をして反省しているのに更に責めるようなことはできない。

「あの。本当に気にしないでください。戦闘では色んなことがあるんだと学ばせて頂いた、今後に行かせる良い経験でしたから」

「前向きすぎるー!」

「そんなことないです。前向きなんて私には不似合な言葉ですよ」

 首を振ると疑わしそうな目で小人が見てくるので、その視線から逃れるべく立ち上がり短剣をしまうとマントを拾って無事なのを確認してほっとする。

 身に纏って留め具を止めると影が差したので顔を上げると、獣人が表情の読めない顔で見下ろしていた。

「あのー……なにか?」

「筋は悪くない。どこで習った?」

「えっと、短剣の扱いは村を根拠地にしている冒険者の剣士の方に教えていただきました」

 こればかりは師匠でも少女には教えることができないので、必要だからと冬以外は週に二度通って習った。

「戦士では無く剣士に、か」

「はい。先生は女性が剣を扱うなら力を使う戦闘よりも、剣の技術と自分に合った戦い方を学んだ方がいいと」

「今もか?」

 主語が無いので解りにくいが、きっと今もその人物に習っているのかと問うているのだと判断して「いいえ」と首を振る。

 冒険者は根拠地として村を選んで行動していても、仕事柄遠くへ行かねばならぬことも多く、謝礼の少ない少女への指導などよりも実入りの良い依頼をこなす方を選ぶ。丁寧に教えてくれたおかげでそこそこ扱えるぐらいにはなったので感謝している。

「そうか。なら俺が教えよう」

「え?」

「まだ先があるが、行けそうか?」

 ダンジョンはまだ奥まで続いている。少女はぽっかりと空けた空洞を見てからしっかりと頷く。

「お願いします」

 白い犬歯を覗かせて獣人が笑う。

「行くぞ」

 鋭い声に励まされて心を奮い立たせる。少しずつ経験を積んで自信をつけたい。その為にはいかなる危険も困難も避けては通れないのだと己に言い聞かせて少女は前を向いて進んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ