一角獣の角
鬣を掻き分けるように額から突き出た角は幾度もの戦いを経て傷つき、元々は白かった色が象牙色に変色していた。角には螺旋状に溝があり、斜め上を気高く向いている。少しむずがるように頭を振り、首を下げて地面に角を押し付けた。
その鬣と体は満月の光を受けて青白く輝いていた。
「……綺麗」
少女がほうとため息を吐き、屈んでいる草叢からよく見ようと身を乗り出す。その隣で髭面の熊のような顔を綻ばせ魔法屋の主人が「嬢ちゃんは幸運だ」と囁いた。その言葉にしっかりと頷く。
魔法屋の主人から依頼が来たのは少女が杖を受け取って帰った一週間後。記念すべき初仕事を餞別代りに依頼しようとわざわざ山小屋までやって来た。しかもその内容が「一角獣の角を取りに行く」という物で、少女は驚いた後すぐに不安を覚えた。
ユニコーンの角には万病に効く不思議な力がある。どんな病も忽ち治すその効能に目をつけ、手に入れようとする輩は多い。乱獲された時代があり、それから数は減少した。目撃情報も減り、勿論角が出回ることも少なくなった。ユニコーンは警戒心を強め、人を嫌い、巧みに姿を隠す。
そんな一角獣を見つけ、角を手に入れるとは難しい依頼である。
「大丈夫だ」
得意げな顔で請負、主人は任せておけと太鼓判まで押す。理由を問うと20年前に角が生え変わったユニコーンを知っているという。
一角獣の角は20年周期で生え変わる。彼らは自分達の角にどんな価値があるのか知ってか知らずか、満月の夜水辺の近くで古い角を落とし、身を清めるためか水浴びをして去って行く。その為、魔法屋や薬師、金目当ての輩がこぞって満月の夜の水辺に集まってくる。
「よっぽどのことが無い限り一角獣は場所を変えない」
だからこその自信。
少女はほっと胸を撫で下ろし、初めて見るユニコーンを想像して鼓動を弾ませた。そして魔法屋の主人と山小屋を出立して一カ月。ようやく辿り着いたその森は深く、人の手の入っていない木々が鬱蒼と生え、藪や木の根が行く手を阻む。山に住み、多少の悪路でも平気な方だが、その森は少女でも歩きにくい場所だった。
まず道など存在しない。
あるのは獣道だけ。
枝を払い、草を掻き分けながら進み、その湖へと出たのは森に入ってから3日後だった。上手いことにちょうど満月の前の晩。魔法屋の主人は元々名の通った腕のいい冒険者だったので、行程を計算していたはずだ。少女を連れての旅は自分ひとりで行くよりも時間がかかる。主人は魔法にも精通し、自らも魔法を操る。それだけでなくその大きい身体と、太い腕から繰り出される体術は森を棲家にしているだろうモンスターすら退けてしまう。
少女のように未熟な魔法使いに依頼などしなくても、ひとりで一角獣の角を持ち帰ってくるなど朝飯前のことである。
魔法屋の主人はユニコーンを見るという貴重な機会を少女に与える為にここまで連れてきてくれたのだ。
わざわざ金を少女に払ってまで……。
目の前の一角獣は長い首を反らして茶色の瞳を空へと向けた。月光を浴び気持ち良さそうに鼻を鳴らして蹄を柔らかな草に打ち付け足踏みする。しっかりとした胸筋と、しなやかな筋肉が脚と腹部、そして尻にかけて流れるように美しい線が続く。そのユニコーンは真っ白な毛並みに灰色の斑模様が入っている。鼻と脚の先だけが黒く濡れたように光っていた。
この世の者とは思えない神々しい姿に見惚れていると、撓った細い枝を打ち下ろしたような音が空気を震わせた。音は少女たちの左手、北の方から聞こえた。顔をそちらに向けるより早く目の端に細長い物が勢いよく飛んでいくのが映る。
矢だ。
そう思った瞬間主人が舌打ちをし、中腰のまま音も無く北へと移動する。その速度は恐ろしく早く、少女が全力疾走しても追い付けないほどだ。それをこの足場の悪い道なき道で音も無く遣り遂げる主人の後ろ姿を追うべきか悩み、足手纏いになるのが解っているのでその場に留まった。
「……一体誰が」
少女は再び視線をユニコーンへと向け、そこに姿を見つけられず狼狽えた。月光浴をしていた場所に矢が刺さっており、警戒心の強いユニコーンはどこかへと逃げてしまったらしい。
「そんな」
少女が目を離したのはほんの数秒だ。主人と同じように音も無く、気配も無く忽然と消え失せた。どの方角へ行ったのかも全く解らない。このままでは角を手に入れることができず、魔法屋の主人は旅費と少女に金を払った分損をする。
そんなことさせたくない。
しかも初仕事が失敗に終わるなど先生の名前に傷がつく。
「……どうすれば」
考えるのだと自分を追い込む。今まで習った魔法や技術、知識を全て頭の中で引っ張り出し検討し少女はさっと立ち上がると茂みから出た。そして満月に照らされながら柔らかい草を踏みしめて歩き、矢の刺さっている場所へ行きしゃがみ込んで地面を調べる。
「……南東の方」
矢が飛んできたのは北、少女たちは西寄りにいた。いくら音も無く逃げ出したとしても矢が飛んできたのに驚き何度かその場で足踏みをしている。そして踏み荒らされた地面には草が抜け、地面が抉れていた。その焦りは暫く続いている。足跡が南東の方へ続いているのをユニコーンは隠すことはできなかった。
少女は急いで立ち上がりその痕跡を追って走り出す。広大な森の中でユニコーンを見つけることは困難だが、今ならまだ追うことはできるかもしれない。このまま魔法屋とはぐれたらどうなるかを考えて一瞬躊躇したが、今はできることをしようと心を無にして再び茂みへと飛び込んだ。
「……こりゃなんだ?」
魔法屋の主人は眉を寄せて大きな楡の木の下で立ち止まった。愚かにも矢を射かけた男を捕えて近くの木に縛り付けた後で戻ると少女の姿が消えていた。名を呼んだが返事は無く、少女の足跡を追うと一角獣のいた場所へ向かっており、その後は南東に向けて走り去っている。
そしてユニコーンの足跡も。
つまり少女はユニコーンを追ったのだ。
幼くとも彼女は一人前の魔法使いとして師匠に認められている。ここで魔法屋と別行動する危険は解っているはずだ。その結果命を落とすことになっても少女は後悔しても納得するだろうし、師匠も魔法屋を責めることはしない。
だが師匠が大切に少女を育て上げたことも、少女が必死に修行に励んでいたことも知っている。みすみすその命を散らせてしまうことは魔法屋の本意ではない。
軽はずみな行動を責めながらも魔法屋は森へと入った。森は湖から発生する芳醇な湿気で満たされている。地中の根から吸い上げた水を夜の内に外へと放出するため、少し動いただけでも身体がじっとりと湿ってきた。
汗を拭いながら慎重に足跡を追う。ユニコーンの足跡は走っているようで力強い前脚と蹴り上げる後ろ脚との距離がある。馬と変わらない姿だが一角獣は乗馬用の馬に比べると一回りは小さい。人や荷を運ぶようには元々なっていないから当然だ。小柄な体は身軽で風のように走る。白っぽい体毛をしているものが多いが、葦毛や黒いユニコーンもいると聞いている。
今まで真っ直ぐ歩いてきたが楡の木が見えてきた所で足跡が消え、少女の靴跡さえ見失った。
目の前には倒れた木が二本。まるで道を塞ぐように互いが重なり、根の張った巨大な楠に寄り掛かっていた。そして倒木に寄生木が何本も生え、蔦性の植物が絡みついている。倒木と楠の間には少女が通り抜けられるぐらいの隙間があるが、どう考えても魔法屋の身体では無理があった。
隙間を調べると少女が通ったと思われる痕跡があった。楠の肌の苔が少女の付いた手によって剥がれ、倒れた木の上を乗り越えようと置いた足の裏の土が残っている。
主人は迷ったが目の前の壁を乗り越えるよりも迂回する方が安全で確実であると判断し、楠の根に掴まりながら斜面を登る。木に右手を当て、下を覗き込むと倒木の向こうは丸く抉れたようになっており、猟師や旅人が野宿をするのに快適な場所になっていた。柔らかな下草が生え、薪をするのに丁度よい枝や落ち葉が沢山ある。そして巨大な楠の枝葉が屋根のようになり雨風を凌いでくれるはずだ。
蔓草を頼りに滑り降りるとそこは非常に居心地がよく、多くの者達に利用されている薪の跡や寝床の跡が残っていた。
しかしユニコーンが人から逃げるのに、人の痕跡が残っている場所を通って逃げるとは奇妙である。それほど動転しているのか……。
動転しているのならば逆に少女が危ない。ユニコーンは道を選ばずに逃げ回るだろう。良く知った森の中を、冷静な状態では近づかない危険な場所でも少女を振り切るためになら立ち入る可能性がある。
例えば切り立った崖の斜面や、深い亀裂のある場所。そしてモンスターの縄張り。
想像するだけで鳥肌が立ち、生きた心地がしない。
追わねば。
そして少女を止めなくては。
「畜生……楽勝な仕事だったのに。あの野郎」
ギリッと奥歯を噛み魔法屋は矢を射った男の澄ました顔を思い出す。表情が読みにくいが、あの冷めた黒い瞳を見ればなんとなく解る。邪魔したのはどっちだと言いたげに魔法屋を見ていた。
「……なんだ?」
肌の上がそわそわとする奇妙な感覚に誘われるように森を進むと、大きな楡の木の下へと出た。その木の傍で魔法の源が渦を巻いている。マナは丁寧に集められ、古代語の力を得て魔法へと変化していた。だが発動はしておらず、その呪文が行き場を無くしてぐるぐるとその場を回っている。
「なんのつもりだ?」
そっと手を翳しマナに練り込まれた古代語を読もうと目を細め集中する。魔法は魔法の源であるマナを使い、言葉自体に力のある古代語を合わせ、術者の持っている魔力を込めて発動するものだ。マナが少なくても多くても駄目で、言葉や詠唱、複雑な印を切る動作を間違っても、集中力と魔力が足らなくても発動しない。ほんの少しの失敗が、致命的な物になる。
だが目の前の魔法は失敗したわけではない。普通失敗した魔法はマナと古代語、魔力がぶつかり合い霧散する。マナは空気と同じで使用されると補充され、基本的には消えることは無い。だが魔法が使われた痕跡は残る。
「……“鍵開け”?」
組み込まれた古代語のスペルの一部に鍵開けの言葉を見つけ更に眉を寄せた。“鍵開け”や“施錠”、“灯り”の魔法は基礎中の基礎だ。扉の鍵を開けたり閉めたりする魔法を、この森の中で使用することになんの意図があるのか。
完成された魔法が発動する対象を見つけられずに迷子になっている。
害も無いので放っておけばそのうち消えるだろう。
「なんのつもりだ……?」
首を傾げると東の方からまた奇妙な気配を感じた。暗闇の中目を凝らすと同じように迷子になっている魔法が見えた。足跡を追うよりは早い。魔法屋は考えるのを止めてその魔法を追いかけた。
少女は集中して五度目の魔法をかけた。ユニコーンは森の中を優雅に飛ぶように走って行く。それとは対照的に木の根に足を取られ、低い位置にある枝に顔や体を引掻かれながら無様に進むしかないが、引き離されることなく後を追うことができているのは奇跡のようだ。
楡の木から東の方へ少し進み、次にまた南東へ。それから南西に駆け、今は北西へと向かっている。魔法屋の主人はちゃんと魔法に気付いてくれただろうか。森を彷徨いながら歩いている内に満月は西の方へと傾いていた。
大きく息を吐き出して魔法が孤を描いてぐるぐると動き始めたのを確認すると少女は安堵してユニコーンを追う。
魔法屋の主人に自分が進んだ方向を知らせるためには色々な方法があったが、魔法の心得があることを知っていたので魔法の痕跡を残そうと考えた。古代語魔法は戦いを助ける補助魔法と破壊を重んじる攻撃魔法がある。
だがここで必要なのは攻撃魔法ではない。ユニコーンを見失わないで済むように短い詠唱で簡単にかけられる魔法。そして発動しても森に影響のない物でなければならない。もしくは魔法を故意に失敗して痕跡を残すか……。
魔法をわざと失敗させるのは非常に疲れる仕事だ。言葉を間違えたり、動作をひとつ飛ばしたり、途中で集中を途切れさせたり。意外と普通に魔法を使うより神経がすり減り、疲弊する。修行では確実に魔法を発動させることを学び習得するのだから当然だ。
ユニコーンを追って何度魔法を使うかは解らない。そして何度も繰り返して間違うことはできない。
となると取るべきはひとつ。
魔法は完成させなければならない。
“鍵開け”か“施錠”で悩んだが、そのどちらでもかけた魔法が発動することはない。成功した呪文がすぐに消え去る可能性はあったが、マナと古代語と魔力がひとつになった状態の物がそう簡単に消え去るとは考えにくい。対象を探そうとその場に留まるはずだと期待して完成させると、案の定魔法はぐるぐると回りながら発動しようともがいた。
そう長くは持たないだろうが魔法屋が追いつくまでは持つだろう。
「……この方向」
ユニコーンがひらりと身を翻して曲がったのを確認して、少女も少し遅れてその場所に辿り着き六度目の魔法をかけて曲がるとその方角が北東であることに気付いた。師が星の研究者なので少女もおのずと詳しくなる。星の位置でどちらの方角へ進んでいるのかすぐに理解できた。
草を掻き分けるその手にしっとりと水が付く。空気が湿ってきて、土の匂いが濃くなり前から吹く風が冷たく感じられた。水の匂いが混じったその風に確信して少女は先を急いだ。
「やっぱり」
最後の茂みを超えて出たのはあの湖だった。森の南側をぐるりと回って元居た湖まで戻ってきたのだ。
少し離れた水辺にユニコーンが立ち、少女をじっと見つめている。その澄んだ瞳がキラキラと光り輝き、鼻を鳴らして首を振るとポロリと象牙色の角が音も無く落ちた。草に抱き留められ万病に効くと言われる一角獣の角が無造作に転がっている。
どうしたんだ?と言いたげに首を傾げ、ユニコーンが少女を招くように鼻を動かす。湖に満月の光が反射し、静かな湖面には美しい星座が映っている。長い鬣の隙間から覗く知的な瞳と滑らかな毛並みを持つ、しなやかなユニコーンは角が取れた今は純粋無垢な仔馬のようにも見えた。頭がくらくらするほどの神秘的な場面に少女は困惑しながら誘われるように近づく。
「……きれい」
うっとりとその顔を眺めると、その顔は馬よりも短く、額には新しい角の先端が覗いているのが見えた。黒く濡れた鼻先を下げて己の角を拾い上げると、少女の胸に押し当てる。左手で鼻に触れ、その滑らかな毛並みを堪能していると掌から魔法のような不思議な力が流れ込んでくるのが感じられた。
それは奔放で楽しげに跳ね回り、少女の心を擽り笑わせる。ユニコーンは神的な生き物だとされている。豊かな感情を持ち、人よりも優れた知識を持っているとも言われているのだ。
解る気がする。
流れ込んでくるこの力はユニコーンの意識だろう。どうやら少女との追いかけっこが楽しかったらしい。
「くれるの?」
ぐいぐいと掌に角を押し付けてくるので、それを受け取ると満足したのかユニコーンは飛び跳ねて湖の中へと飛び込んだ。弾けた水滴がまるで宝石のように辺りに散り一切の音が消える。スイスイと泳ぎ去るユニコーンの鬣が風に靡いていた。いつしかうっすらと霧に包まれその姿は見えなくなる。
「嬢ちゃん。やったな」
ぽんと肩に大きな手が乗せられ少女は我に返った。左手にはしっかりと螺旋状の溝の入った一角獣の角を持っている。まるで夢でも見ていたような心地だったが、どうやら現実の物だったらしい。
「ユニコーンが」
先程のやりとりを語ろうとしたが言葉にならずに少女は戸惑い、そして諦めた。とにかく初仕事が無事に終わったのだ。それ以上はなにも言わなくてもいいだろう。
「これ。ユニコーンの角です」
差し出すと魔法屋の主人は「ありがとな」と破顔して受け取り、厚手の布に包んだ後で革の袋に入れると大事そうに懐に入れた。それから少女を促して北の方へと歩き出す。その後をついて行くと、どうやら矢の放たれた場所らしい。
そこには木に括り付けられ胡坐を掻いて座っている男がいた。黒い瞳は値踏みするかのように少女を見ている。その眼は丸く眉は無い。鼻は犬のように突き出て、そのすぐ下にある口からは鋭い牙が覗いている。蟀谷のやや上にこれも犬のようにピンッと立った耳があった。肌が露出している場所は恐らく掌と足の裏ぐらいだろう。身体中を漆黒の毛が覆っている。
少女がその相手を男だと判断したのは服装と身体つきからだ。がっしりとした体躯をゆったりとした旅装に身を包んだその男は獣人で表情が変わらない。
「なにか?」
あまりにもジロジロと見られているので居心地が悪くなり尋ねると「似ていないな」とちらりと魔法屋と少女を見比べる。その言葉の意味を計りかねていると魔法屋の主人が「オレたちは親子じゃねえからな」と答えた。魔法屋は青灰色の瞳に苛立ちを浮かべて獣人を睨む。
「あの……どうしてユニコーンを逃がしたんですか?」
「……どういう意味だ?」
獣人の黒い眼が少女を再び捕える。魔法屋もなにを言い始めたのかと怪訝そうにしている。
「貴方はユニコーンの角が欲しかったわけじゃないんでしょ?」
質問を重ねると獣人が驚いた様に耳を動かして、その眼に興味をそそられたかのような鋭い光が浮かぶ。「何故そう思うんだ?」尋ねたのは魔法屋の主人。少女は苦笑して地面に放置されている弓と矢を拾いあげた。
「獣人は鋭い嗅覚と聴覚、視覚、高い運動能力を持っているんですよね?だから身を隠してその時を待っている私たちにも直ぐに気付いたはずです。角を落としたユニコーンが去った後で、のこのこ取りに出てきた私たちを矢で襲い力づくで奪うのは簡単だったはず」
だって私たちは矢が放たれるまで貴方に気付かなかったんですから、と続けると獣人は目を細めて口を少し開いた。そうすると笑っているように見える。
「でもそうしなかったのはユニコーンの角を私たちに渡したくなかったから。それは何故ですか?」
「万病に効く薬を手に入れられるのは金を持った奴だけだ。本当に必要な者の所には行き渡らない。だから世の中に出回らせるのが嫌だった。……つまりただの嫌がらせだな」
肩を竦めて獣人は悪びれもせずに言い放った。少女はその言葉にまた苦笑し、あの美しいユニコーンの角が金銭で売り買いされることを思うとちょっと残念に思う。だがそれが商売で、もしかしたら何かの気紛れで本当に必要な者に届けられることもあるかもしれない。
そう願うしかないのだ。
「全く簡単な仕事がとんだ厄介な仕事になったもんだ。無事に手に入れられたからよかったものの……嬢ちゃん、あんまり向う見ずな行動は命取りになるぞ!」
突然向けられた魔法屋の叱責に身を縮めると素直に謝罪する。主人は獣人の縄を解きながら「初仕事で死んだらなんにもならん」と嘆く。「初仕事?」獣人がまたも興味津々で見つめてくるので右手に持った最近贈られたばかりの杖を翳して見せる。
「修行を終えたばかりの新米魔法使いなんです」
「魔法使い?お前が?」
「子供にしか見えんだろうが、これでも独り立ちした立派な魔法使いだ。そんじょそこらのひよこ魔法使いと同じにしたら黒焦げにされちまうぞ」
獣人の言葉に嘲りの色を感じたのか、魔法屋が少女の肩を抱いて何故か胸を張り忠告する。だが獣人は胡散臭そうに少女を眺めたので「黒焦げになんかしませんよ」慌てて否定した。
「……“できません”じゃなく“しません”なのか」
「……あ」
「当たり前だ!できるけどしないんだよ」
獣人がまた目を細めて口を開いた。そして毛の覆った手を伸ばして少女の頭を優しく撫でる。
「もし魔法使いが必要になったら依頼しよう。名前は?」
「ありがとうございます!」
少女は自分の名前と依頼する時は魔法屋か魔術師ギルドに行くか、直接山小屋に来てほしいと告げた。獣人は頷き弓と矢を取り、挨拶も無く去って行く。魔法屋が「オレたちも帰るか」と促したので少女は「はい」と返事をして森を出るべく歩き出した。森の中には朝靄が立ち込め、空が薄らと明るんできている。初仕事の成功とユニコーンとの触れ合いを胸に帰れることを感謝して少女は前を向いて歩いた。
しっかりと真っ直ぐに。




