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イノベイトブルー  作者: 九重ユリ
第一章
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海のエージェント 4

 補足しよう。

 これは世界中の全アクアトピアに共通する事項だが、浮島は大体がいくつかの区で構成されている。島の形が真円状であるため、まずドーナツ型に刳り貫いた中央にブレインタワーが建築されている。そこを基盤とし、五つ、六つの地区に分けて人口を分布しているのだ。

 第三アクアトピアには五つの区があって、私や先輩が住んでいるのは桜沢区。おそらく島内では最も発展している都会と呼べる地域だ。

 次が深山区。桜沢ほどではないが、高層ビルの立ち並んだオフィス街が集中している。

 銀行の本店なんかが深山区にあったりするもんだから、私もたまーに用事がてら散策することもある。住み慣れた土地に比べたらまぁ若干不便ではあるが、環境整備の行き届いた素敵な土地だと思う。

 でも聞くところによると、先輩は深山区にほぼ足を運ばないという。

 ──理由はどうやら、これらしい。

「大人しく海に散れ根暗野郎!!」

「だが断る」

 深山高校美化委員との集合場所にて。

 桜沢埠頭の岸壁で、二人の男子生徒が睨み合っている。

 一人は我が先輩、神前涼太郎氏である。

 しかしもう一人は、当たり前だが赤の他人、完全な初対面だ。

「まさか北高の美化委員と合同だなんてな……会いたくなかったぜ陰険男……!!」

「気が合うなー。俺も会いたくなかったから帰っていいか」

「おー帰れ帰れ!! お前と一緒にいるとオレまで潮風で錆びちまうからな!!」

「……へぇ、脳みそはまだ無事だったのか、チョー意外ー」

「馬鹿って言ってる!? それって遠まわしに馬鹿って言ってる!?」

「遠まわしじゃ理解できない? じゃあバカ」

「誰も言えとは言ってねぇだろうがあああああああああああああ!!」

 ……おお、こんな先輩は初見である。貴重だ。

 むしろ先輩はいつものよーにやる気のない、炭酸の抜けた炭酸飲料のようだが、相手の性格を知り尽くしているのか抉るように挑発している。一方的だな、と第三者の私でさえ理解できるくらい、相手の男子はナメられているようだった。

 それにしても、派手な容姿だ。

 外側に跳ねた金髪に無数のピアス、ブレザーの下はこれまた派手なカラープリントシャツで、ズボンにはじゃらじゃらと小物がぶら下がっている。先輩に比べると身長はかなり低めだが、すらっとした体型で口さえ開かなければ異性からモテそうなイケメン君だ。ただしチャラい。

 言動から察するに……その、あまり頭は良くなさそうだ。

「相変わらず無駄にデケェ身長しやがって……!!」

「お前は相変わらずキャンキャンうるせー……少しは大人になったらどうよ」

「自分が大人になってからものを言え、オタク男が!!」

「じゃあ大人になってから言うわー。悪かったな、負け犬」

「屁理屈オタク!!」

「犬」

「犬じゃねえよ!!」

「米」

「そこまで小さくねえわクソがああああああああああああああッ!!」

 ……黙っていればカッコイイのに、もったいない……。

 先ほどから先輩の後ろに隠れて事の成り行きを見守っていた私だったが、デバイスがミッション開始時刻十分前を告げたのを合図に、先輩の背後からひょっこり顔を覗かせた。

「あのー……先輩? この人は……?」

「ん? あぁ、ちょっとした知り合いだけどほっといていーよ。俺には関係ない」

「言われるまでもねーよ。それに他人が口挟むんじゃ──」

 便乗するように文句を口にしかけた深山高美化委員は、そのとき初めて私を視界に入れた。

 すると、なぜか大きめの瞳をさらに大きく見開いて、硬直したのだ。なんか、その、とても嫌な予感がするわけですが、彼はとにかく私を凝視して動かない。さっきまでの勢いがすっかり鎮火している。

「──ストライク」

 ぼそり。よく聞き取れなかった。

 何でしょう、と小首を傾げると──一瞬で距離を縮められ、しかも両手を握られてしまった。

 ……あれ。左手が指先から手首、もしかしたら腕全体の広範囲が包帯によりぐるぐる巻きになっている。怪我でもしているのか、それとも奇抜なファッションなのだろうか。

 私のささやかな疑問は彼の情熱によって押し流された。

「結婚しよう」

「しません」

 いや意味がわからない。

 理解不能だったが、私は迅速かつ的確にお断りしていた。

「好みです、超ドストライクです、結婚しようハニー」

「しませんってば」

「ちっくしょ……君がいると知っていたらオレだって北高受験したっていうのに!!」

「あの、もしもし……?」

「オレは将来有望だし、そんな大木より成績も良いし、ルックスだって完璧だ。手続きとか全部任せてくれていいから! だから深山においでよ、幸せにする!」

「あの……人の話を……」

「大丈夫だ!! 書類にパパパッとサインしちゃえばあっという間にオレたちは夫婦に」

「おいこら、いい加減にしとけ」

 そのときだった。

 圧倒される私を解放してくれたのは、新たな闖入者だ。

 先輩は関わりたくないのかそっぽを向いて他人のフリを貫いているわけで(助けてくれよ)、代わりに暴走機関車を止めてくれたのはまたまた見知らぬ男子生徒である。

 キャラの濃い二人に気を取られて気が付かなかったが、先輩と同じくらい身長の高い男子がいたのだ。私に迫る金髪頭を後ろから鷲掴み、引き剥がしてくれた。先輩、あとで覚えとけ。

「申し訳ない。悪気はないんだ、悪気は」

「こっ、離せユキハル!!」

「挨拶もなしにプロポーズはねえだろ。必死すぎだ」

「さすが犬っすねー、祥悟(しょうご)君ってば発情期ですかー?」

「さりげなく人を貶めるようなこと言わないでくださる!?」

 先輩、すごく意地悪だ。

 ……いや、今は冷酷無比な先輩より恩人に感謝すべきだろう。

 ユキハル、と呼ばれたその人は、うねった髪をうなじで束ねていた。背の高さは先輩に引けを取らず、深山高校の制服をきちんと着こなしている。爽やかな雰囲気の好青年で、目が合うと「やぁ」と人懐こい微笑で応えてくれた。

「ども。えー、深山高校三年、美化委員長の由岐(ゆき)治樹(はるき)です」

「あ、どうもご丁寧に……桜沢北の茅ヶ崎ナノと申しま──」

「ナノちゃん!! 名前も可愛いね、結婚したら中萱(なかがや)ナノになるのかぁ」

「米は喋るなよ」

「せめて人間扱いしろよな!?」

 ……無視。キャラの濃い二人は無視。

「そっちのうるさいのが、二年の中萱祥悟。悪いな、初っ端からやかましくて」

「いえ、まー……いいです、慣れます」

「おお、前向きな姿勢は好ましいぞー」

 ぽんぽん、と頭を撫でられた。

 あ、ちょっと嬉しいかも。兄がいたらこんな感じなのかしら。いやいやそれより、高校入学後ようやく真っ当な人間と知り合えた気がするんだ。だって一週間後には強烈な美人教師に拉致されて、空気が抜けてお役御免になった風船のような男にこき使われて、さらに特技は会話のドッヂボールですみたいな男の子にナンパされるなんていう環境で、由岐先輩との出会いは奇跡だ。嗚呼眩しい、どんなイケメンよりもイケメンに見えます……!!

 などと感動していると、由岐先輩はハッとした顔で気まずげに手を離す。

「……っと、悪いな。妹がいるからつい、クセで」

「大丈夫です、大歓迎です、やっとまともな人と出会えた喜びの方が大きいです……!!」

「おーい、俺はー?」

「先輩は黙ってて」

 素っ気なく切り捨てると、先輩は拗ねた。

 別にさっき助けてくれなかったことを根に持ってるとかそういうわけじゃないですよ、多分。

「えっと……由岐、先輩?」

「ユキハルでいいぞ、みんなそう呼んでる」

「じゃあユキハル先輩。この二人って顔見知りなんですか?」

「おう。小学校六年まで幼馴染だったんだってよ、こいつら」

 ……え。想像つかない。

「先輩、そうなんですか?」

「……そう思いたくないけどなー。俺が桜沢に引っ越すまでは、家が隣だったもんで」

「あの頃は地獄だったぜ……何をやるにも「お隣の涼君と一緒はぁと」だったからな。親同士が大学の同期生だとかで仲良くて、イベント関係はぜーんぶ一緒!」

「懐かしいなー、小学校五年のときのおねしょ事件とか」

「涼太郎、お前、プライバシー侵害って知ってるかオイ……!!」

 ここまでくると、先輩は意識して中萱先輩を煽っているわけではなさそうだ。単純に、彼の触れてはいけない部分に触れているだけというか……それもある種無神経なのかもしれないが、最早じゃれ合いのように思えてくるから面白い。これが幼馴染の関係性なのか。

 外見で判断するのなら、中萱先輩こそ勝ち組だ。口さえ開かなければ、口さえ開かなければ彼は正真正銘の美男子なのだ。街頭広告に載っているモデルとか、ロックバンドのボーカリストやギタリストとか。異性が放っておかない容貌だろう。

 それに比べて我が先輩の地味なこと……。

 なんだか物凄く、深山高校が羨ましくなってきた。

「と、に、か、く、だ!!」

 小学校高学年でおねしょをしていたらしい中萱先輩は、茹蛸のような顔で吠えた。

「今回は仕方ねーから協力してやっけど、涼太郎と馴れ合うつもりはないからな!!」

 宣戦布告。中萱先輩の瞳は真っ直ぐ幼馴染を射抜いている。

 けれど先輩は挑戦的な眼差しを肩を竦めて受け流し、私を連れ立ってその場を離れた。

 ──ミッションが始まる。



 ウォータージェット──私たち美化委員が海上作業で愛用している水上バイクだ。

 私は免許未取得なので、先輩の後ろに乗せてもらっている。最初、この人本当に大丈夫かしらと不安に思ったものだが、意外にも技術は高かった。考えてみれば当然だ、先輩は私より一年早く美化委員に抜擢されて、実際に活動していたのだから。

 先輩と背中合わせで相乗りし、現場に向かう。

 過去の水上バイクは箱構造ではなくスタイリッシュである分危険だったようだが、大水害による海難救助の必要性と多用性が言及され徐々に改良が進んだそうだ。おかげで現在は以前のような船体の露出した構造はアレンジされ、さらに特殊加工されたガラス張りのルーフを付属することで、より安全な乗り物として一般でも広く活用されている。

 加えて、近代どの交通機関にも普及しているオートパイロットシステムにより緊急時の対応も迅速で、余程の扱いをしない限り重篤な事故に繋がることはまずないというのだから、最近はすっかり便利になったものである。

「展望台フロアが溜まり場になってるみたいですね」

 私は風に煽られる髪を手で押さえながら、ルノアデバイスに表示されている情報に目を通す。そこには今回のミッションの詳細がつらつらと記載されているのだが、読めば読むほど厄介な案件であるのだと知り少々嫌気が差していた。

 爆走するウォータージェット上で、いつものように話したとしてもエンジン音と水飛沫にかき消されて先輩に届く筈がないのだが、ルノアデバイスの通信モードを常時起動しているためイヤホンマイクを通して会話はつつがなく交わすことが可能だ。

 先輩は応える。

「待機者がいたらめんどくさい……」

「素直に解散してくれるようなタイプの集まりじゃないですもんね」

「第一、祥悟がいるから平和的解決なんて到底無理だろうなー……鬱だ……」

「そうなんですか?」

「アレが話し合いで済ませるような人間に見えた?」

 ……見えませんでした。考えるまでもなく。

 中萱先輩、ユキハル先輩の深山高コンビは、南側から侵入し順次中を制圧する段取りになっている。私たちは北側からで、要するに待機者がいても退路を塞いで逃げられないようにしよう、という作戦なのだ。

 そういえばウォータージェットに乗り込んだときも、中萱先輩が随分騒いでいた。

 私が無免許で先輩と二人乗りだと知ると突如噴火し、自分が乗せるだのぬけがけするなだの散々ごねて、最終的にユキハル先輩の手馴れたゲンコツ一発に沈没しそのままミッションスタートと相成ったわけだ。

 一目惚れとか本気なのかなぁあの人……。

「祥悟はしつこいよ」

 私の思考を読んだように先輩が言う。

「な、何ですかいきなり」

「あいつは勘違いと思い込みの天才だから。妄想に関しては神がかってる」

「わっ私にだって選ぶ権利がありますっ!!」

 先輩が笑い声を漏らす。

 ……すごくすごく失礼な言動だった気がする。中萱先輩ゴメンナサイ。

 旧ブレインタワーの内部を頭に叩き込んでいると、その外観が視界に飛び込んできた。

 色褪せた建築物は、空を突き刺すように聳え立ちその貫禄をかもし出している。第三アクアトピアのタワーもなかなかの風格だが、さすが旧時代の要所と言われていただけに物々しい雰囲気だ。人の手が入らなくなった分、廃墟としての迫力は群を抜く。

 周囲には高層ビル群の屋上がいくつか頭を覗かせている。

 接岸するにはそちらの方が楽だが、肝心のタワーに続く道は当然ながら水没しているためやはり直接接岸する他術はない。外に設置されている作業員専用の階段と梯子を使うしかなさそうだ。

 出動の際必ず身に着けているレザーグローブを着用する。先輩とお揃いだ。

 すると、

『──おい、涼太郎』

 中萱先輩からの通信が入った。

「ん、何」

『オレたちは一階から入るから、お前ら二階から降りて来い』

「はいはい……もう着いたの?」

『お前らが遅いんだっての。先に行くぞ』

「二人乗りに文句つけんな。お前の可愛い茅ヶ崎さんを振り落としていいわけ?」

『ンなことしたら髪毟るぞハゲ』

「毟ってもいないのにハゲ呼ばわりするな米」

『米じゃね──』

 ブツッ。

 問答無用でブチりやがった。先輩、それはちょっと、哀れです……。

 でも、そうか。先輩、一応スピードは自重してくれているのか。ちょっとこそばゆい。

「少し加速するから、その辺てきとーに掴まって」

「はーい」

「俺には掴まんないで、気が散る」

「……はーい」

 テンションダウン。

 任務中であることを忘れ浮き足立とうとした私に、容赦なく釘を刺してくる。それは、現場においては当然の配慮であって、まだ半人前にすら至っていない私を鍛えるためならば、まぁ頷ける話だ。先輩の発言の意図するところが別にあるとしても、結果的に私は物凄く冷めた。冷静に、酷く静かに現実に帰って来た。

 だっ、大体、別に自転車で二人乗りするカップルに憧れてなんかいませんけど。そもそも先輩相手にそんなめくるめく展開なんて微塵も期待しちゃいませんけど。だとしても、もうちょい言い方ってものがあるんじゃないですかね、この無神経男!!

 ──ただ、私はこの瞬間、ようやく気づいたことがある。

 神前先輩は、この三ヶ月間一度たりとも物理的接触を許してくれたことがない。

 服越しに引っ張るとか、今みたいに背中越しなら、何度かあったけれど。

 そう。正確には、『先輩から触れてくることがない』のだ。

 所詮三ヶ月だ。たかが三ヶ月。仕事の先輩後輩という関係でたった三ヶ月経った程度なら、連絡先を交換してたまに食事に出かけるとか、それでも近しさよりはまだ赤の他人という素っ気無さが肌に刺さる、そのくらいのレベルだ。

 ……けれど。この、先輩から漂ってくるやけにぎこちない空気は、何だろうか。

 先輩後輩として過ごしてきた中で、私たちの間柄が進展するような要素は何もなかったのだし、かといってぎくしゃくするような事件も起きちゃいない。ただ先輩が、少々潔癖すぎるのではと不思議になるほど私との接触を拒んでいるような、そんな気がしなくもないのだ。

 これってまさか……警戒されている、のだろうか。

 触れる背中からは確かな体温が伝わってくるのに、まとう空気は硬質で、隙がない。

 人に懐かず、媚びることもせず、遠巻きに相手を威嚇する──ちょっと怯えた顔の野良犬が、脳裏に浮かんだ。

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