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イノベイトブルー  作者: 九重ユリ
第一章
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海のエージェント 3

 ──とまぁ、入学後すぐにそんな出来事があり、私は平凡な生活をあっさり捨てた。

 一ヶ月の血反吐を吐くような凄まじい訓練期間をやっとの思いでクリアし、MIの特徴たる身体能力とちょっとした特技に磨きをかけて現在に至るわけなのだ。

 三ヶ月間で随分慣れた。

 例えば同僚である神前涼太郎とは、いかなる生態系の人物なのか、とか。

「──あ、ロン」

「ぎゃー!?」

 今日も今日とて、私たちたった二人の美化委員会は、割り当てられた社会科講義室で放課後の余暇を満喫している。

 会議用テーブルを挟んで向かい合って座り、机上には先輩御用達の最新型携帯ゲーム機──イデアステーションが置かれている。傍目はPDAと似ているが、これはゲーム用アプリケーションに特化したマシンで、バーチャルディスプレイとキーボード、コントローラ、無線LANを完備しているためどこでも気軽に楽しめるのだ。

 何しろ現代では、余程の圏外エリアではない限り、ファイバーラインと呼ばれるネットワークシステムにより家でも外でも通信デバイスを使用できる。昨今、3Dやバーチャルの精密化が非常に発達しているため、仮想空間でもリアリティに富んだ感触を可能にしている。

 現在進行形でプレイ中のバーチャル麻雀などもそのひとつだ。

 牌を混ぜる音、組み立てる音、捨てる音。牌そのものは仮想の産物なのに、不思議と本物の牌を摘んでいるかのような錯覚を起こす。先輩に言わせると「麻雀はアナログ対人戦に限る」らしいのだが、私は未経験なのでコメントのしようがない。

 しかも麻雀自体、美化委員になってから覚え始めたわけで、まだペーペーの初心者だ。

「あー、裏のったから、数え役満だ」

「先輩ってさりげなくドSですよね……」

「手加減したら茅ヶ崎さん怒るじゃないか……」

「勝負事で手を抜かれるのは性に合いません!」

「でもこのままだとまた東場でとぶよ?」

「先輩が私ばっかり狙うからでしょー!?」

 しかも先輩、親だから。親っていうと確か、あがると他の人より点数高くて、ええと……。

 だめだ、サッパリわからん。第一役が多すぎると思うんだ!

「俺だけじゃないだろー……他の面子にも振り込んじゃうから」

「皆さん面白がって私を標的にするからです……優しくない……」

 えぐえぐ泣き真似をしてみるが、ネットワークで繋がっている残り二人の男子生徒含め、みんなに軽く笑い飛ばされてしまう。目の前にいたら思わず蹴り上げているところだ。

 ──と、このようにだ。

 神前涼太郎はとにかく勤務態度が不真面目だ。

 いや、出動時にはそれなりに働いてくれる。……ときもある。

 やはり私たちは学生なので、兵藤女史の説明にあった通り本格的な戦闘ミッションなどはほぼ回ってこない。メインである海の清掃も、不法投棄物の報告あっての活動なので、海が平穏であれば美化委員の存在意義など無きに等しい。

 つまり、放課後は大体暇なのだ。

 となると、先輩はゲーム機を取り出してはネット対戦に精を出しているし、同じく時間を持て余している私も参加する他暇潰しが思いつかない。当初はこのあまりに暇な時間をバイトに費やそうかと考えたが、美化委員は放課後六時まで待機するのが規則だとかで、外出できても近所でお買い物、くらいしか許されないらしい。

 そもそも、始めようと思っていたアルバイトは三ヶ月前にとっくにクビになってしまっているし、求人広告を漁るのも正直面倒だ。

 そうなれば先輩と一緒にこの講義室にひきこもるしか道は残されていない。

 先輩は典型的なインドアで、必要じゃない限り絶対に部屋から出ない。ゲームをしているか、飽きたら愛用の寝袋で寝ているかのどちらかだ。私が来なければカーテンは閉め切ったまま、換気をしようという考えすら浮かばず、じめーっとした暗がりの中で過ごすのみ。

 この前なんて、気温に暑さが混じり始めたというのに水分補給を怠っていたようで、放課後の講義室で今にも干からびそうな先輩を発見して気が遠のいた。急いで窓を開け放ち、全速力で第一棟の売店に飲み物を買いに行ったのだ。

 もう、なんていうか……この男、本当に世話が焼ける。

 制服のブレザーもシャツもよれよれ。ズボンだってしわだらけ。

 髪は無造作で手入れもしていないし、指摘しなければメガネも拭かない。

 趣味は昼寝とゲーム。ずぼらの達人。棲みかは暗所。お前はなめくじか。

 でも、こんな人でも一応先輩で、同僚で、どんなに面倒でも仕事はこなしてくれる、……いや、こなしてもらっているのだし、放っておけない以上は私がお世話するしかない。

 なめくじというよりは、介護認定を受けたご老体のような男である。

 ……本当にMIなんだろうか、この無気力男は。

 私たちMIの中には、身体能力にプラスして個々の能力を持つ者もいる。肉体の一部もしくは全身が魔動粒子により異常な発達を遂げたことで得られる力だが、これは現存するMIでも特に希少とされる存在だ。多くは身体能力、治癒再生の著しい向上が主である。

 それだけでも十分魔法使い足り得る要因だ。

 では、彼ははたしてどの程度のMIなのだろうか。三ヶ月間一度もそれらしい異能にお目にかかれていないので、非常に興味深い疑問である。

『んじゃ、俺はそろそろ帰るわー』

 麻雀面子の一人が画面の向こうで席を立つ。どうやら第一棟の教室で相手をしていてくれたらしいが、帰宅の旨を告げたため今日はここで解散になるようだ。

 ……言うまでもないが南場突入前に私の負けが確定したタイミングである。くすん。

 先輩は画面をスライドさせて麻雀卓を収納すると、通信相手に言った。

「あぁ、付き合わせて悪かったな」

『イエイエ。神前との対戦はやりがいあって面白いからな。後輩ちゃんもまたな』

 ついでになるが、彼らは先輩の同級生だという。

 根暗オタクまっしぐらな先輩に友人がいた事実にも失礼ながら驚かされたが、本人いわく「自分は対人関係に薄情なわけではない、数が少ないだけ」とのこと。

 その貴重な友人たちは、顔も中身もよく知らない後輩である私にさえ丁寧に挨拶をし通信を切った。なるほど、先輩は広く浅くではなく、人柄を見た上で狭く付き合うタイプなのだろう。たかが挨拶程度で大仰な評価かもしれないが、挨拶は基本中の基本だと思う、うん。

 通信終了と共に、ゲーム画面が待機モードに切り替わった。

 でも先輩は即座にディスプレイをタッチし、バーチャルキーボードを取り出した。タタタンタタタン、滑らかなキー操作で内部のクリーンアップを開始する。

 ……ふと、思いついた疑問をぶつけてみた。

「先輩って、どうして美化委員になったんですか?」

「んー?」

「いくらMIだと知られても、先輩なら煙に巻いて逃げ切れそうな気がして」

 彼の視線はクリーンアップに集中しているが、声は届いているようだ。

 その証拠に、視覚化しているディスプレイ越しに、私をちらりと見た。透き通る仮想スクリーンのあちら側で、長い前髪の隙間から覗かれている。

「……まー、茅ヶ崎さんと同じ」

「私と?」

「あの給料は釣りだとわかっていても釣られずにはいられない」

 ……なるほど把握しました。

 先輩を茶化す資格など私にはない。あれだけ渋っていた私ですら主張をコロリと変えてしまうほどの好条件だったのだ。一ヶ月の地獄訓練や勤務体制、内容を差し引いてもあの金額は思わず涎が溢れるレベルである。

「この部屋も好きに使えるし、関係者以外まず誰も来ないし、昼寝もゲームも好き放題。そりゃちょっとは働く気にもなる」

「ほとんど私が潜ってる気がしますけど」

「そりゃー、茅ヶ崎さん向きの仕事ばっかだし。俺はほら、後処理担当ってことで」

「……私が来るまでどうしてたんですか、あんたって人は……」

 これは兵藤先生も頭を悩ませるわけだ。

 先輩はとにかく動かない人だ。必要がなければ動かない、必要でも動かない。

 おかげで見かねた周囲が代わりに動く。きっとこの調子で今までの一年を過ごしてきたのだろう。これからも自分のペースは崩さず、このまま過ごしていくに違いない。

 ……次の任務は絶対にサボらせないようにしてやる。

 私は影ながら決心した。するとそこで、講義室の扉がスライドする。

「揃っているな。仕事だぞ、二人とも」

 兵藤先生だった。ま、ここに訪れる人間など私たち以外では先生くらいだけど。

 先輩も、丁度メンテナンスを終えたらしいイデアステーションをシャットダウンさせた。私は彼の正面から隣の席へと移動し、先生から各々SDメモリカードを受け取る。

「今回の任務は、旧ブレインタワーの内部調査、及び清掃活動になる。どうやらMIをリーダーとする不良グループが廃墟となった内部を無許可で使用しているらしい」

「ブレインタワーって、旧都市跡にあるアレですか?」

「あぁ。海上に突き出ている特別目立つ高層建築群があるだろう。中でもタワーは展望台から上が広場になっているからな、不法待機者が後を絶たないんだ」

 思い描く。

 旧ブレインタワー。旧、と付くくらいなのだから、当然新しく建築されたものもある。新規の方は第三アクアトピアの中央に建てられている鉄骨仕様の電波塔で、民間人の立ち入りも可能な一種の観光施設でもある。ファイバーラインのメインサーバーも置かれ、浮島の心臓部として名高い。

 旧ブレインタワーも災害前は似たような役割を果たしていたようだが、現在は海抜百メートル付近まで水没しており、地上から観測できる数少ない都市遺跡だ。崩落の危険もあるため行政局は禁止区域に指定しているのだが、行き場のないアングラな類の人間は自然とそういった廃墟を根城にする。今回の不良さんたちのように。

 巨大な骨組み建築は、長年に渡り海水と海風に晒され非常に危ない。海底都市が劣化せずに保持されているのは、海中の魔動粒子濃度が地上より比較的濃いためだという。しかし海面より飛び出た部分はその限りではない。いつ足場がポッキリ折れてしまうかもわからない。よって一般人は寄りつかず、行政局もそう頻繁には立ち入れないのだ。

 そこで私たちの出番、というわけだ。危険であることには変わりないが。

「内部の詳細はメモリに移しておいた、向かう途中にでも確認しておいてくれ」

「はーい」

「んで? 違反者を見つけた場合の対処は?」

 先輩が、ルノアデバイスを装着しながら先生に問う。

 答えは極めてシンプルだ。

「速やかに撤去しろ」

「イエッサー」

 デバイス、オン。起動。

 私も同様に、起動。

『Set up. Complete』

 流暢な機械音声。メモリを差し込み口にセットして、準備完了だ。

「あぁ、そうだ。神前」

 気だるげに伸びをしていた先輩が呼び止められる。

「へい?」

「占拠している不良グループはウチの区以外にも出没しているらしくてな」

「はぁ」

「今回の任務は深山区の美化委員と合同作業になる。平和的解決を頼むぞ?」

 ──深山区。

 その単語を聞いた瞬間、今まで目にしたことがないほど先輩の顔が歪んだ。

 行きたくない。顔中にそう書いてあるように見えるんですが……これは何事ですか。

 先輩は沈黙。そして二分後、珍しくキリっとした口調で私に告げた。

「茅ヶ崎さん。俺、これから腹痛予定です」

「はいはいはいはい、お仕事ですよーしっかり働きましょーねぇぇぇぇぇっ!?」

 論外だ。

 私は自分より二十センチ以上でかい男の腕を引き摺り、講義室を出たのだった。

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