長官の遊びに付き合わされる補佐官
※BLを揶揄する表現があります。
「ふーん。仕事放棄したと思ったら、恋人と逢瀬してたんだって?」
仕事部屋に渋々戻ったカルーナを迎えたのは、菓子を片手に背もたれに寄り掛かるフィラドだった。
「長官………」
何度言えば分かるんだ、この人。というか、情報早くないか…?
「カイル、俺としても無下にされては寂しい」
「は…?」
意味不明な言葉に、カルーナは文字通り目を丸くした。
何を真顔で言い出す。
「いくら愛人だとはいえ、俺も悲しいものだよ。たまには君から来てくれないと」
フィラドは悲しげにふぅ、と額を押さえた。その仕草は哀愁が漂う色気のある姿なのだが…発言がおかしい。
「…仕事して下さい」
カルーナは冷めた目で横にある書類の山を指差した。
また遊んでいるに違いない。…苛立つことに、この自分でだ。
「お前はそう言って俺を素気なく扱う。だからいつも俺から襲うはめになるんだよ」
そう言うと椅子に座っていたフィラドは下から上目遣いのようにカルーナを見上げ、手首を掴むと自分へ引き寄せた。
「ちょっ……何するんですか!」
不覚にもカルーナは突然のことに対応が出来ず、前へよろめいてしまう。
カルーナだって女だ。さすがに、こんな大人の色気やらフェロモンやらがむんむんの男に前触れもなく、急接近すれば緊張する。…中身はともかくとして。
「お前のその唇、とても魅力的だ…以前の風呂でのお前は可愛いかったよ」
風呂って何だ!と、カルーナが思っている間にもフィラドの顔は近づいて来る。
え、え!?どういうこと!?
「な、な、な…何するんですかぁぁっ!!」
「ちょっとした冗談だろう」
フィラドは後頭部を摩りながら、カルーナを睨む。
「冗談は嫌いです」
カルーナはしゃがみこみ、衝撃で落下した書類を拾う。
カルーナは徐々に接近してくるフィラドに本格的に危機を感じ取り、条件反射でフィラドの肩(もしかすると顔かもしれない)を思いっ切り押したのだ。カルーナの自慢は腕力だ。これがあったからこそ、男としてやってこれた、とも言える。その全力で押されたフィラドは勢いで、後ろの壁に後頭部を直撃。その勢いは書類の山が崩れ落ちる程の衝撃があったのである。
「俺としても、カイルの反応が面白くて止まらなくなりそうだったから止めてくれて良かったよ」
フィラドは痛い…、と呟きながらも怪しく笑う。
その言葉にカルーナは顔を上げた。
「…嘘ですよね」
「さぁ?」
しかし相手は首を傾げて、にやりと笑うだけだ。
「…いくら上官でも恋愛対象にされるのは嫌です。同性ですし」
カルーナは眉を寄せ、即座に立ち上がり後ずさった。
「冗談冗談。ただ、この台詞を言ってみたかっただけ」
そんなカルーナにフィラドは笑って、例の冊子を翳す。
「それ、捨てたらどうです」
「いやー勉強になるよ、コレ」
フィラドはまたも、パラパラと冊子をめくりだす。
「……」
「お前も言ってみる?"やめて下さい!あれは長官が無理矢理…っ"だって」
あれって何なんだろ、とか楽しそうに呟く神経が分からない。
「い、言いませんよ!何のために言うんですか!!」
カルーナは鳥肌が立ったのを感じながら叫ぶ。
「そんなの、暇つぶしに決まってるじゃない」
するとフィラドは、さも当たり前のように子供じみた言い分を口にした。
「っ…し・ご・と!――暇つぶしなんかしてる暇のない、山のような仕事があるじゃないですか!ここに!」
カルーナは机の上の存在感溢れる書類の山たちを指差した。自分のこめかみには青筋が立っているだろう。
「カイル、こめかみに青筋。――だって、今日の分はやったでしょ?」
カルーナのこめかみを指差し、その手を横へ開いた。
「知っています!今日の分って…あなたの場合、溜め込んでいる仕事があるんですから!消化しなければ消化しないほど、また溜まってゆくんですよ!」
こめかみに青筋が立っているのは誰のせいだと…!
フィラドは溜まりに溜まった書類をいつも常人離れした速さで終わらす…というはた迷惑な仕事の仕方をしている。仕事をするだけ良いではないか、と言いたいところだが、その始末のとばっちりはカルーナにやって来る。なぜなら、フィラドが処理した書類は再び元の各部署に返却せねばならないのだ。
大量に処理された書類=全て返却
…無論、その煩雑な事務仕事は補佐であるカルーナの仕事だった。
それはカルーナにとって迷惑窮まりないことであるため、毎回毎回とばっちりが回って来ないよう、フィラドに仕事をさせようと努力しているのだった。
「分かった分かった!明日やるよ、ちゃんとね。だから今日は勘弁してくれないかしら…」
フィラドは諦めたように顔をしかめ降参とばかりに両手を上げる。そして背もたれに勢いづけて寄りかかると、こめかみを右手で押さえ、心底嫌そうに呟いた。
「…迎賓館で舞踏会があるんだよね」
「今の発言、撤回はなしですよ。――ああ、長官も出席なさるんでしたね。…確か、陛下直々のお誘いだとか」
カルーナは今の言葉を頭に刻み付けたことを確認してから、頷いた。
「あの方も人が悪いよ。全く…俺が"そういうこと"を毛嫌っているのをご存知で誘うんだから」
「何を言いますか!とても光栄なことでしょう。そもそも、あなたの立場であれば出席することが当然です。それにも関わらず出席しないが為に恐れ多くも陛下が御自ら、お誘いして下さってるのですよ!」
あくまでも嫌そうな顔をするフィラドにカルーナは噛み付いた。
「…何その差?陛下と俺、タメなんだけどねー…」
熱弁を振るうカルーナを見ながら、フィラドは目を細めた。カルーナから見れば上官であるフィラドも国王と同じく尊敬すべき対象であるはずなのだが、フィラドの扱いがあからさまに軽い。
「ぐうだら長官と陛下に差があるのは当然です」
「あっそう。…陛下と俺がどんなに仲良くても?」
カルーナの言い分にフィラドは納得いかなげに口を尖らせ、机の横にあった板チョコを銀紙をめくり、口に運ぶ。
「はい」
「陛下と俺、飲み比べするぐらい仲良くても?」
「はい」
「同じベットで寝るぐらいでも?」
「はい……って、は!?」
「何その顔。言っとくけど同性愛者じゃないから」
「……」
「飲み比べしてたら、いつの間にかキングサイズ…なんか目じゃない広さのベットで寝てたわけ」
「……」
「それくらい…信じようよ。疑われるとか悲しい」
「…相手は陛下ですもんね。陛下がそんなことなさる訳ないですし」
「俺の立場ないねー…」
自分の認識の酷さについて、フィラドの悲しい呟きが部屋に響いた。