ぐうだら長官
※BLを揶揄する場面があります。
「お前たち…何でも、朝っぱらからイチャついていたらしいじゃないの」
カルーナの上司、国務戦術参謀局長官フィラド・イェ・ザクスィタ中将はカルーナが仕事部屋である彼の部屋に来た途端、そんなことを言い出した。
「長官…何ですかその、イチャつくって」
カルーナは顔を引き攣らせた。黙っていればこの上ない色男なのに…。
アレクサンドとはまた違う輝きを持った茶色がかった黄金色のくせ毛の長い前髪を中央で分け、軍人にしては長い後ろ髪も襟足で軽く結んでいる。深い紺碧色の瞳は鋭く知的な雰囲気を醸す。
がしかし、その正体は軍人としての規律を破ってばかりの軍部の問題児であった。
「うん?そんな言葉の意味も知らないのかしら」
フィラドはコロンと大きな丸い飴玉を口に放った。このフィラドというひねくれ者は部下カルーナが何を言いたいか分かっているにも関わらず、違うことを聞いてくる人間だ。
掟破りその一。
飲食は食堂又は野外のみ禁ず。菓子類も同様。
「そうではなくて!なぜ男同士でイチャつくんですか!気持ち悪い」
カルーナはフィラドの大机に両手をバンッと叩きつけた。手の平はジンジンと痛いが、そんなことは二の次だ。
「気持ち悪いって…お前たちのことなのに」
そんなカルーナに動じることなく、フィラドは机の上で指を組む。
「断じて違います。アイツとは友情しかありません」
カルーナが女だと知った上でアレクサンドは抱き着いてくるが、アレは彼なりの友情表現だと信じて疑ったことはない。
「でも、最近噂になってるみたいだよね。主に女性たちに」
フィラドはそう言って、椅子の背もたれに寄り掛かる。
「噂………ですか?」
「"セィルーガン中尉とファルクス少尉は恋人同士"っていう噂。知らなかった?」
「――はぁっ?冗談じゃありませんよ!」
左右の肘掛けに両肘を置いたフィラドは、目を見開いたカルーナを面白そうに見やる。
「くく…彼女たちはこういう話が好きだからね」
「笑わないで下さい。女性たちの趣味なんて知りませんよ」
呆れたカルーナは両手を横に広げた。自分も女だが、そんな趣味はない。
「知ってた?男同士でもヤれるらしいよ。全く、彼女たちの想像力には閉口してしまう。いや、むしろ尊敬に値するよね。そう思わない?」
フィラドは酷く感心した様子で、口をへの字に曲げた。
「……どこからの情報ですか」
「この本から」
フィラドが示したのは机に裏のまま置いてあった冊子だった。さっきは気にも留めなかったが、今はフィラドが持ち上げたお陰で題名が読めた。題名は"軍部恋愛事情~それは禁断の~"。
「………入手先は」
この男…なぜ、そんなもの持っているんだ。
「軍部の女性たちが制作してるんだけど、気になったから貰ってきたの」
しかも、読む?と促して来る始末。
「貰っ…貰う気にならないでしょう、普通」
即座にカルーナはいりません、と睨みつけた。健全なる男子であれば、むしろ嫌うべきではないのか?
「そう?ああ、因みに俺とカイルもあったよ」
「ひっ!!」
カルーナは瞬間的に叫んだ。まさか長官と自分とは!うげげ。
「ああ傷付くなー。そんなに嫌そうな顔しなくたって良いのに」
フィラドはパラパラと冊子をめくる。全て読んだらしい。
「長官は構わないんですか!?」
「うーん…」
フィラドはあるページで手を止め、唸る。
「…俺が攻めなのも間違ってないし…うん、多種多様な攻め方も好きだしね」
そして数回左右に視線を動かしてから頷いた。
「………そんなこと、知りたくありませんでした」
段々と嫌気がさしてきた。こんな人間が参謀長官なんてやっていて良いのだろうか。いや…以前から、こんな人間であることは知っていたけれど。
「良いの?情報は入手したもの勝ちなのに」
「そんな情報は要りません」
「ふーん…で、カイルは受けであってるの?」
「はぁっ!?」
この反応は正しいはずだ。
そんなカルーナの反応を見たフィラドは納得したように、
「……あ、童貞くんか」
と冊子を机に投げ捨てた。
もう無理。――もう耐え切れない。
「…長官!!いい加減!仕事して下さいっ!!!」
堪忍袋の緒が切れたカルーナは部屋が揺れるほど大きな怒鳴り声で叫んだ。
「童貞くんは…やっぱり受けなのかしら。受けだよね」
それでもフィラドは恐ろしいことをぶつぶつと呟いている。
もうどうにかしてよ。この人。
「知りません!失礼しましたっ!」
そのままカルーナは足音荒く、部屋を退出した。
「カイル!」
カルーナが苛立ちながら歩いているとアレクサンドが声をかけて来た。
「………」
「…って無視!?カイル!」
アレクサンドは何事も無かったように自分を通り過ぎて行くカルーナを慌て追う。
「…アレクサンド。俺は今、自分でも驚くぐらい怒ってんだ」
カルーナはアレクサンドへ振り向くと怒気を含んだ声を向けた。これは言外に、お前が来ると余計に怒りが募るから近づくな、と言っているようなものだ。
「あー長官におもちゃにされたんだな。また」
察したアレクサンドは視線を泳がす。
「っ……アノ人!一体どうすれば仕事すんだ!つうか、高官の癖に何菓子とか当たり前のように食ってんだ!何で参謀長官でいられるんだよ!?」
"おもちゃ"と"また"という地雷に反応したカルーナはアレクサンドに息継ぎもせずにまくし立てた。
「……お疲れ様」
アレクサンドは目を見開き、ぽつと呟いた。友のために地雷をワザと踏んだアレクサンドだったが、今だ息の荒いカルーナについ圧倒されてしまった。
「…天才と馬鹿は紙一重だったよな……正にその具現化だ、アノ人は」
カルーナは溜め息を深くついた。あのフィラド・イェ・ザクスィタという人はこの国一の戦術の天才として、一般兵卒から尊敬の念を得ている。その上、国民には恐れ多くも王族方と共に周知されている…とんでもない人物なのだ。アレでも。
「それは納得。まぁ…俺にしてみれば、カイルもカイルだと思けど?あの"天才軍師"に、こうも口答え出来るのはカイルだけだって」
アレクサンドは、俺は無理だと首を振る。
「それこそおかしいだろ。お前だって散々迷惑受けてるんだから、文句を言えば良い」
カルーナにはそれが謎だ。
「そりゃあね。しかし簡単に言うなよ。あの人に口答えして左遷されたなんて話、そこら中で良く聞くんだぜ。無理無理」
アレクサンドは心底嫌そうな顔をする。
「……俺は左遷されてないぞ」
「お前は良いんだよ。きっと」
「いや…むしろ、他の職務にして欲しいぐらいだ…」
頭を抱え込むカルーナ。
「俺だって部署変えあんのに、お前ないよな。何年たってる?…5年目か?」
「馬鹿、違う。その2倍の10年目だ」
「うっわー。俺、その間に5回も異動あったぞ」
「アレクサンドは多すぎ」
「カイルは少なすぎ」
そんなこんなで親友と笑い合っていると、カルーナはふと先程の噂話を思い出した。ちら、と辺りを見れば心なしか視線を感じなくもない。
「アレクサンド…」
「あ?」
「お前、俺たちの噂って知ってるか」
「噂ぁ?んなこと知るかよ」
「……あっそう。そうだと思った」
「何だよ。教えろよ…って、どこ行く!」
「仕事中だろうが。あと、お前は軽はずみな行動をするなよ。迷惑だから」
「はぁ?何がだよ!カイル!?」