魔王様と魔法使いさんと、元一般人2
読まなくてもわかるように書いたつもりなんですが、
前回の「魔王様と魔法使いさんと、元一般人」を読むと話の内容がよく分かります。
どうも皆さん、元一般人です!いや、今でも自分は一般人だとおもってるんですけどね?
例え、異世界に転生トリップしても日本人としての心は忘れてませんよ。
いつか日本に行ける様に、鍛錬は怠ってません。
さぁて、今日もお仕事頑張りますか~。
魔王様の下に生まれて、約20年と3ヶ月が経ちました。
人工妖精のピクシーという種族に生まれたあたしは、今日も魔王様の連絡係として働いています。
連絡係といっても、書類運びや伝言を伝えるだけの簡単なお仕事です。
15cmぐらいしか身長がないけど、人間の姿になれるので困った事はほとんどありません。
今日は自分の金髪を二つに分けて、お兄様たちから貰った紫色のリボンで結んでます。
服はいつも通り、男物の黒いスーツです。
背中には黄緑色の半透明な羽が生えてます。隠そうと思えば隠せるんですが、今はお仕事中なので隠してません。
「魔王様、おはようございます」
「おはよう、イオン」
目の前で玉座に座ってニコリと笑うのは、あたしの生みの親で魔界という場所を治めている魔王様です。
イオンって名前は、あたしのこちらでの名前です。
紫色の美しい髪が少し絡まっているので、近づいて櫛で梳きます。
体が小さいままだとやりづらいので、人型になって空中に座ったままでやってます。
最近、これが朝の日課になってきています。別にあたしはかまわないんですけど。
「あぁっーーー!!またイオンにやってもらってるーー!!」
「……ずるい」
玉座の間に入ってきた、魔王様の部下で宰相、僕の中で一番最初に生まれた、女淫魔のルージュお姉様と魔王様の執事で狼人間の執事さんが、何故か不満そうに頬を膨らませて魔王様を睨んでます。
魔王様は反応を楽しんでるのか、ニヤニヤ笑ってるだけですけど。
てか、あたしの今やってる事って執事さんがするべき事じゃないんですか?
「……毎朝逃げられる(ショボン)」
うわ~、執事さんの耳と尻尾が下に下がっちゃった。
さすがにすまないと思ったのか、魔王様が執事さんの頭を撫でたらすぐに元に戻ったけど。
うん、まるで忠犬。かわいいな~。
「……犬じゃない。狼」
尻尾をぶんぶん横に振ってる状態でそう言っても、説得力ほとんどないですよ?
魔王様の髪を梳き終わって、元の小さな体に戻ったらいきなりルージュお姉様に抱きしめられた。
胸、胸で窒息死する…っ!
「イオン~。今日もとっても可愛いですわ~♪」
「ル、ルージュお姉様。ルージュお姉様の方が可愛いですし、綺麗だと何度言えば……」
「もう!そう言ってくれるのは、貴女だけよ?」
いや、本当に可愛いし綺麗ですよね?
真っ赤な髪や赤い瞳に魔王様と同じ褐色の肌。スタイルも抜群で、出てるところは出てるし引っ込む場所は引っ込んでる。
そして、色気のたっぷりなのに子供らしい素直な部分もある。
可愛いし、綺麗で羨ましい。
「イオンも可愛らしくて、美しいですわよ?お人形のようですわ」
「……食べたいぐらい(じゅるり)」
頬を赤く染めながら言わないで下さい!心臓に悪いですから。
執事さんは涎拭いてください。別の意味で心臓に悪いです。
今日も平和?な日常です。
「イオン、すまないけどライとあいつを呼んできてくれないか?」
「了解しました。すぐ行ってきますね~」
ある程度話が収まったところで、魔王様から今日最初のお仕事を貰いました。
というわけで、羽で飛びながら玉座の間から出て行きます。
このお城は広すぎるので飛んでいくのが楽なのです。
一度お城全部を歩いてみましたが、自分の部屋に戻るのに6時間掛かりました。
飛んで約3時間ぐらいなので、飛ぶほうが効率がいいのです。
多分ライお兄様とあの人は、研究室にいると思うので中庭にあるビニールハウスの中に入ります。
そこから転移の魔法を使って、研究室の前まで飛んで人型の姿になって扉を開きます。
扉を開くと、床の絨毯にはたくさんの本が散らばり、何かの実験器具がたくさん並べられています。
いつものことなので、さっさとそこを通り、奥の部屋の扉を開くと目当ての人が二人、ソファの上で眠っていました。
「ライお兄様、魔法使いさん。起きてください」
「…誰だ?」
「あたしです。イオンですよ、ライお兄様」
そう言うと、勢いよくお兄様が起き上がりました。
薄水色の髪がぼさぼさのまま、暫し周りの様子を眠たそうな目で見て、あたしの姿を見つけると
「イオン、ごめん。コーヒーを入れてくれるかな?」
そう言って服を脱ぎ始めます。
あたしは言われたとおり、この部屋の中にある小さな台所でコーヒーを2つ入れ終わると、すでにライお兄様は髪も整えていて、いつもの綺麗な服を着ています。
ほぼ毎日こんな感じですけど、お兄様は身支度がとても早いです。
「はい、どうぞ。今日は砂糖は入れますか?」
「ありがとう。いや、今日はいいよ。このままでいい」
お兄様にコーヒーを渡すと、あたしはまだ眠ったままの魔法使いさんの体を揺すります。
「魔法使いさん。起きてください」
「…………んー」
「起きてくださいー。もう朝ですよ~」
「…………まだ眠い」
そう言って毛布にもぐる様子が可笑しくて、ちょっとしたイタズラが思いつきました。
気付かれないよう、そっと毛布を捲って魔法使いさんの耳元に口を近づけて
「ふーっ」
と息を吹きかけると、魔法使いさんが勢いよく起き上がって、真っ赤な顔で耳を押さえたままあたしを見てきます。
その様子にはさすがのお兄様も爆笑。あたしはイタズラ成功♪と思いながら、口元を押さえて笑いを堪えてました。
いや~、2780年も生きた人とは思えない反応でしたから。ふふふふふふ。
「…………普通に起こしてよ」
「普通に起きない魔法使いさんが悪いんです。はい、コーヒーはミルク入りがよかったんですよね?」
不満そうに口を尖らせる魔法使いさんに、コーヒーを手渡します。
魔法使いさんはコーヒーが大好物のひとつなので、手渡した瞬間周りに花が生えたみたいに嬉しそうに飲み始めました。
無表情なので気付きづらいけど。
もうすでに飲み終わっていたライお兄様は、笑いすぎて息苦しそうです。大丈夫かな?
「はははは、ひー……笑いすぎて、お腹痛い。くっ、ははははっ!」
「…………殺す」
「殺せるものなら殺してみればいいよ。その代わり、負けて血を飲み干されてもかまわないなら、ね」
おう…一瞬で二人の間にブリザードが吹き始めました。寒っ!
片方は本職で魔法使いだし、片方は吸血鬼の純血種。魔力もあたしとは桁違いです。
なので、止めるなら死ににいくのと同じなのですが……。
魔王様に呼んでこいと言われてますからね~。このまま放置してたら本当に殺し合いそうだし、止めますか。
「ライお兄様」
「イオン、危ないからさがっ……!?」
お兄様がこちらを見た瞬間、額にちゅっと音を立ててキスをしてあげました。
こういうことは、向こうの世界でまだ生きていた時よく弟達にしてあげていたので、慣れてます。
だけど、ライお兄様は慣れてなかったのか、口を魚みたいにパクパクさせて真っ赤な顔になりました。可愛いな~。
「な、ななななななななな、何をするんだ!?」
「何って……額にキスしただけですよ?」
「だから、何でしたの!?」
「魔力には差があるので、こっちの方がお兄様には効果的かなと思って♪」
「…………イオン」
魔法使いさんに名前を呼ばれたので、耳まで真っ赤に染まったお兄様を放置して近寄ります。
む~、もうちょっとお兄様をいじっていたかったんですけど、一旦中止です。
「なんですか?魔法使いさん」
「…………俺にも、頂戴?」
そう言ってあたしの唇に触れてきました。
しょうがないな~と思いつつ、魔法使いさんの額にもキスをしてあげます。
そしたら、嬉しそうに頬を綻ばせるのでこちらも嬉しくなっておまけで頭の上にもしてあげました。
ハーブティーのような優しい匂いが、魔法使いさんの灰色に近い銀髪から香ってきました。
「さてと、結構時間掛かっちゃいましたが、魔王様がお呼びなので行きましょう?」
「…………わかった」
「…イオンがキス…イオンがキス……男に……」
「お兄様~?戻ってきてくださーい。ライお兄様ー」
仕方なく、まったく正常にならないお兄様を引っ張りながら、玉座の間に戻りました。
魔法使いさんはいつも通りローブを纏って、杖を持ってのほほんとしてます。
どうせなら、引っ張るのも手伝って欲しかった……。飛びながら引っ張ったから、やけに疲れた……。
「魔王様…つ、連れてきましたー」
「あぁ、ありがとう…ライはどうしたんだ?いつもと違うみたいだが」
「…………イオンがキスしたから」
ちょっ、誤解を招きそうな言い方しないで下さいっ!
「「はぁっ!?」」
「……お仕置きしないと」
ほら、やっぱり誤解した~。魔法使いさん、微妙にドヤ顔しないで。勝ち誇った顔しないで!?
そこからが大変だった、大変だった。怒りMAXの皆さんがライお兄様に向けて、殴ったり噛み付いたり鞭で叩いたり。
さすがのお兄様も、正気に戻って「僕が何をした!?」って叫びながら、交戦し始めましたけど。
魔法使いさんは止めようとしないし、あたしは参加したら瞬殺されるので遠くで観戦することしか出来ませんでした。
と、そこに救世主登場。
「……何をやってるんですか?」
「…私には本気で殺しあってるようにしか見えないんだが?」
「ジラールお兄様ぁっ!椋己お姉さぁああああんっ!」
もうほとんど涙声で二人に抱きつきました。
新婚さんですけど、こんな状況だからそんな事関係ありません。助けてぇ。
事情を簡単に話すと、二人は呆れて同時にため息をつきました。そりゃあ、つきたくなりますよね。
だけど、ドラゴンのお兄様と元勇者のお姉さんなら止められるはずだと思ったのです。
どうか止めてください!!
「魔王様は怖いんだけどねぇ、可愛い妹の願いですし。…頑張ってみましょうか」
「なら、魔王は任せろ。たとえ義理の父だとしても、容赦しない」
「殺さないようにしてくださいね?殺したら、私も死ぬ事になりますから」
「殺さないさ。その……お前が消えるのは……嫌、だから、な」
「……椋己」
はい、はーい。目の前でノロケないでくださーい。見詰め合わないで~?
てか椋己お姉さん、ツンデレか。まさかの熱血クールからツンデレですか。萌えの提供ありがとうございました。くふふ。
「――っ!行ってくる!」
「照れなくてもいいのに……イオン、お土産がたくさんあるんです。楽しみにしててくださいね?」
「はい。ジラールお兄様、椋己お姉さん、お気を付けて」
満面の笑みで二人を見送った後、見てるのも飽きてきたので魔法使いさんと食堂のキッチンに行って、人数分のお茶とケーキを作ってました。
何度か爆発音とか窓から何かが飛んでいくのが見えたから、当分かかりそうだなって思ったのです。
魔法使いさんが珍しく笑顔で作業を手伝ってくれたので、結構豪華なケーキができました。
うん、自分一人だったら絶対出来ないぐらいの出来栄えです。見てるだけで涎が(じゅるり)
「…………終わったみたい」
作業を終えて、のんびりと二人で外の景色を楽しんでいると魔法使いさんがそう呟きました。
確かにさっきまでの爆発音や破壊音は聞こえなくなっていました。
「じゃあ、ケーキとお茶運びましょうか。魔法使いさんはケーキをお願いできますか?」
「…………ん」
ケーキと食器を載せた台車を押し進め始めた魔法使いさんの横をあたしは歩きます。
もちろん、お茶を載せた台車を押していますよ。
今日のケーキは、苺をふんだんに使って作ったミルフィーユと飴細工を飾り付けた抹茶のロールケーキです。
ほとんど魔法使いさん作成です。薔薇や牡丹の花の飴細工が本物みたいで綺麗です。食べるの勿体無い…。
「…………今日のお茶は、何?」
「今日はですね~。特別にあたしのオリジナルブレンドティーなんです」
普段はあんまり人に出さないんですが、今日だけは特別にあたしがブレンドしたお茶を出す事にしました。
実はハーブとか茶葉を育てたりするのが趣味になったんです。
時々品種改良のためにお兄様の研究室に行ったりするほど、はまりました。
魔法使いさんは薬草や植物にも詳しいのでアドバイスをくれる事が多いのです。
鼻歌まじりにそう言ったら、魔法使いさんが少し驚いた顔で首を傾げました。
「…………へぇー、珍しい。どうして?」
「ふふ、それは後でわかりますよ。ほら、急がないとお茶が冷めてしまいます」
少し急かすように笑いながら言うと、魔法使いさんは頷いて二人で早歩きで廊下を進んでいきました。
半壊になった玉座の間を進んで、奥でぼろぼろの状態で倒れていた皆さんを起こすと治療します。
さすがに片腕が無くなっていたライお兄様にはビックリしましたけど。
その後、にょきっと新しく腕が生えてきた方がもっとビックリしました。生々しかった……。
お仕置きとして、魔王様とルージュお姉様と執事さんにはブレンドティー無しになりました。
理由、玉座の間の天井を吹っ飛ばした所為。見事に天井が無かったです。空が見える~。
泣き付かれたけど、罰は罰なので無しです。…まぁ、後日入れてあげますけどね。
青空の下、皆でティータイムです。
「う~ん♪魔法使いさんの作るケーキはいつも美味しいです」
「…………ありがとう。イオンの入れたお茶も美味しかったよ」
「うぅ、イオンの入れたお茶が飲みたかったわ……」
「椋己、腕大丈夫?傷なんてついてないですよね、ね」
「うっとうしい!大人しくしてろ。茶が飲めじゃないかっ」
他愛もない会話をしながら、ゆったりとした時間がすぎる。
新しい家族との生活に、充実した日々を過ごしていると自覚できる。
あぁ、この人たちのところに生まれてよかったと思った。美味しい物も食べられるし。
……ん?そういえば、なんで皆集合することになったんだっけ?
「そういえば魔王様。なんで皆をここに呼んだんですか?」
そう聞くと、魔王様は思い出したように手を叩いて大きな声で宣言した。
「人間の国へ、旅行に行くぞ!!」
………………
「「はぁっ?!」」「はぃっ?!」
旅行!?それもまさか人間の国!?
いや、嬉しいですけど。外に初めて出られるからむしろ歓迎ですけど。
貴方、一応人間の敵で、魔界を統べる王様ですよね!?
「大丈夫だ、問題ない(キリッ)」
「問題大有りだ、このお馬鹿魔王ぉぉおおお!!!!」
おぉ。ほとんど叫ばないライお兄様が叫んだ!
ルージュお姉様も同意のご様子。執事さんはケーキに今だ夢中。おーい、執事さん働けー。
魔法使いさんは通常運転。ジラールお兄様と椋己お姉さんは、のんびりとお茶を飲んでますね。
うん。反応の差が激しい。おほほほ、混沌と書いてカオスだね。
「人間達に顔を知られてるのに、何でわざわざ敵陣に突っ込む!」
「大丈夫、大丈夫。変装するから平気」
「魔王の魔力が特殊なのは、自分自身だから知ってるだろ!?どうやって隠すつもり?」
「魔力減らす道具使うし、案外ばれないもんだぞ?何度か行った事あるからな」
「何時の間に行ってるんだよ!僕そんな事知らなかったよ!?」
「魔王のなせる技だ(ドヤァ)」
「魔王のなせる技だ(ドヤァ)じゃないだろ!もう、頭痛い……」
さすがに疲れてきたのか、ライお兄様が深いため息をついて椅子に座った。
その顔は、完全に呆れ顔。正直言うと、あたしも少し魔王様に呆れてる。
緊張感というか、危険なのに気にしてないから。気持ち、分かりますよ。お兄様。
「はぁ……んで?何で人間の国に旅行へ行くのさ。理由がきちんとした物じゃないと、認めないよ」
「そうですわ、魔王様。わたくし達が納得できる理由をお聞かせ願いましょうか?」
ライお兄様とルージュお姉様がそう言うと、魔王様は何故かニヤリと笑ってあたしの肩に手を置いた。
……なんだか嫌な予感がするんですけど。
「魔界だとイオンの肌に合った服が作れないからな。人間の国へ行って、イオン専用の店を探すのが目的だ」
「「行きましょう。魔王様!!」」
「…………賛成」
即答ですね!お兄様、お姉様!何気に魔法使いさんも参加してるし。
ツッコミ所多すぎて反応しようにも、反応できません。
何度も魔王様と、何か相談し合っているライお兄様とルージュお姉様の顔を見ることぐらいしかできませんよ。
だって、魔王様の顔、有無を言わさない顔なんですもん。怖いぃー!
「それなら、何件かオススメのお店がありますよ。案内しましょうか?」
「私たちの家もその近くにあるから、宿の心配はしなくてもいいぞ」
「おぉ、ありがたい。それじゃあ頼むとしよう」
ジラールお兄様と椋己お姉さんも協力的なんですね~。
てか、人間の国に住んでたんですね。ちょっとビックリです。てっきり森の奥とかに住んでるのかと思ってました。
「…姿を変える事なんて簡単だろう?魔力を身に付けた私も例外ではないさ」
あぁ、なるほど。
つまり、元勇者だった椋己お姉さんは本来の姿を魔力で隠して、別人としてジラールお兄様と暮らしている、という事ですか。
納得、納得。
「じゃあ、別の姿になってる時の名前って何なんですか?」
「リュミー・クレイス・ドラゴニュートだ。リュミーでいい」
「ちなみに、私も名前を変えたんで向こうでは、ジル・シュヴァルツ・ドラゴニュートです。ジルでいいですよ」
「わかりました。じゃあ向こうでは、リュミーお姉様ジルお兄様とお呼びしますね」
そういうと、何故か椋己お姉さん、いや、リュミーお姉様が口元を押さえて顔を背けた。
何故か体がフルフルと震えています。え、何かまずいこと言った?
あ、ちなみにいうとジラールお兄様の本名はジラール・シュヴァルツ・ドラゴニュートです。
魔王様の魔力で作られた僕は本名に必ず「シュヴァルツ」が付けられているんです。
理由はわかりません。聞いたことないので。普通、本名なんて全部言いませんからね。
こっちの世界だと、結婚相手か家族同然の人にしか話しません。悪用されるかもしれませんからね。
「あ、あの…あたし何か失礼な事をしましたか…?」
「違うっ!違うんだ…その、な?」
困った表情でジラールお兄様の方を向いて、助けて欲しいとでも言いたそうに目を潤ませるリュミーお姉様。
いつもの凛とした表情も好きですが、その表情もなかなかグッジョブです。
ジラールお兄様は何かを押さえ込むように胸を押さえて、一度深呼吸をしました。
「…椋己は、可愛らしい人や物を見ると照れてしまって、いつもこんな風になるんですよ」
そう言うと、お兄様はリュミーお姉様の頭を撫でました。
顔隠してますけど、耳が真っ赤なのでよく分かりますよ~、リュミーお姉様。
微笑ましいなと思っていると、いきなり横からルージュお姉様が現れて
「まぁ!貴女もイオンの可愛さが理解できるのですね?!同士になりましょう」
「よろこんで同士となりましょう、ルージュさん。いえ、ルージュお姉さん」
なんかいきなり同盟組んだー。がっちり握手し合ってるー。
う~ん、これってシスコンがさらに一人増えたって事になるのかな。
………これ以上増えないで!?一人減ったかと思ってたところだったのに、また増えないで!?
3人でもこりごりしてたところだったのに。いや、魔王様と執事さんも含めて5人か。
嬉しいのか嬉しくないのか、複雑な気分になってしまった。
「うぐぐぐ……でも姉妹が増えるのは嬉しい。嬉しいんだけど…」
「…………イオン?」
「ふぎゃぅっ!び、びっくりしたー。いきなり耳元で名前を呼ばないで下さいぃ」
魔法使いさん、貴方の低音ボイスは体に響くんですよ!
首を傾げながら「…………ごめんね?」と謝る姿が可愛かったので許しましたけど。
片手を口の前に添えてたらもっとよかったです。
「何かご用でしょうか。お茶のおかわりですか?」
「…………違う。このお茶を入れた理由、まだ聞いてない」
「そういえばまだ言ってませんでした!ちょっと待って下さいね~」
言われるまで完全に忘れてました。色々ありすぎて思い出せなかったよ、まったくも~。
そう思いながら、腰につけていたポーチの中を探ります。
実はこのポーチ、魔王様の奥さんのお姉さんからお詫びとして頂いた物なのです。
中は異次元になっていて、なんでも収納してくれる便利物です。
入れたものを取り出すときにはいつも苦労してますが、大きいものを持ち運べないあたしにとって欠かせない物になりました。
「ん~、どこだろう。なかなか見つからないな」
「…………何探してるの」
「この3年頑張って育てて、ようやく成果が出たものたちですー。…おっ、あったあった」
ポーチの中からキュポンッという音と共に出てきたのは、小さな苗木です。
カプセル型の透明の器の中で、ふよふよと浮遊している物が3年の成果の一つです。
腕の中に納まるぐらい小さいけど、葉は青々と茂っているし小さな実を付けるまで成長しました。
その樹を見た瞬間、リュミーお姉様が顔を上げて目を見開いて驚いてるのが分かりました。
ふふふ。だってこれは、こっちの世界ではないけど向こうの世界では馴染み深い物ですもんね。
特に日本人にとって。
「…それは梅の木なのか?」
「ピンポ~ン♪そうなんです!この3年、何度も品種改良を繰り返してようやく梅の木に近い物が作れたんです。他にも…」
嬉しくなって次々とテーブルの上にカプセルを置いていきます。
カプセルの真ん中には『蜜柑』『柘榴』『梨』『桃』『柿』と日本語で書いてあります。
それぞれ本物よりも少し小さめの実ですが、美味しそうに実っています。
蜜柑の木のカプセルを開けて、実を一つだけもぎ取ると、皮を剥いて一つだけリュミーお姉様の口の中に投げ入れます。
すると、まぁ予想通りの反応。
「甘いっ、本物の蜜柑だ!うぅっ…」
「椋己っ?!な、なんで泣いてるんですか?イオンが泣かせたんですか?」
ジラールお兄様、何言ってやがりますか。
日本に戻る可能性がほぼ無いに近いこの世界で、日本の果物を食べられたんですよ!?
あたしもこれを食べて、一人で泣いちゃいました。懐かしくて、向こうでの思い出がフラッシュバックしましたよ。
残りの蜜柑もリュミーお姉様に渡すと、泣きながらも嬉しそうに笑って「ありがとう」とお礼を言われました。
実は、あたしが元日本人だと知っているのはリュミーお姉様と最高神姉妹のお二人だけです。
最高神お二人も、元は日本人でリュミーお姉様と同じ「勇者」みたいな感じで召喚されたそうです。
あのお二人にも送ってあげないとな。
桃のカプセルを開いて実を一つもぎ取ると、ナイフで皮を剥いて、一口サイズに切ってしまいます。
「魔王様、奥様の故郷の果物でございます。どうぞ、お召し上がり下さい」
「む?……それじゃあ、頂く」
好き嫌いの多い魔王様でも、奥さんの名前を出すと頑張って食べてくれます。
魔王様、好き嫌い多すぎなんですよ!果物類は全部駄目だし、魚は頭があると無理。お肉は脂少なめ、野菜は苦いと駄目。
お子様か!って言いたくなるほど、子供舌なんですよね~。
あ、でも桃は大丈夫みたいです。美味しそうに食べてくれてます。
「うむ、甘くて美味しかった。休憩の時間にでも、別のも試してみたい」
「わかりました。今度は梨を剥いてお出ししますね。もちろん、桃を使ったデザートも」
それに反応したのは、やっぱり女性陣で(執事さんが一番しつこかったです)、何度もお願いされました。
それぞれの希望にそったデザートを作らされる事になり、少しため息をついたら、何故か口を塞がれました。
「…………幸せ、にげちゃうよ」
そう言ってニコリと笑った魔法使いさんに、胸がドキッとしました。
何故でしょうか、最近魔法使いさんの笑顔を見ると胸が苦しいです。
……不整脈かな~。今度お医者さんのところ行ってみよう。
「……イオン、いい加減気付いて?見てるこっちが泣きそう」
えぇ~、何がですか?執事さん。全く意味がわかんないんですけど。
後、あたしが育てた木の実全部食べないで下さい。しょぼんと耳と尻尾を垂らしても、駄目です!
「いいじゃないか。イオンの鈍感さは筋金入り、ということさ」
魔王様、呆れ顔で言われるとなんだかむかつきます。一発頭叩かれたいですか?
この前、新技開発に成功したんですよー。大丈夫です。魔王様のシールドも叩き割れますから。
「イオン、一言言いたいの。貴女は女性として生きてますわよね?」
「なにが言いたいんですか。あたしは男性じゃないですよ」
胸はあるし、男のアレなんてついてないもん。それに夫になる人は男性がいいです。
そう言ったら、何故かルージュお姉様とライお兄様がホッと胸をなでおろした。
……もう泣いていい?
「…………来る?」
自分の胸を叩いて腕を広げている魔法使いさんに、思わずタックルしながら抱きついてしまいました。
新婚夫婦は二人の世界に入ってるから、味方は魔法使いさんだけですよぉぉ。
「うわ~ん、ルージュお姉様とライお兄様なんて大ッ嫌い。魔王様も執事さんも、嫌い。家族の縁なんて切ってやるぅー!!」
「「「「ごめんなさい、僕(私、俺)が悪かった!!」」」」
「もう男にでも生まれ変わってしまおうかな……ぐすっ」
「…………それは俺が嫌」「「うぐっ………」」
なんか想像して鼻血出してる人が2名いるー!!
「っ!やっぱり椋己お姉様も嫌い!!ルージュお姉様はさらに嫌いになりましたっ」
「すまないっ!だから、どうか嫌わないで!」「嫌わないでぇー!」
あたしの機嫌が直ったのは、それから3日後の旅行の日当日の朝だった。
不機嫌の間は仕事なんてストライキして、自室にこもってました。
時々心配して魔法使いさんが様子を見に来てくれました。ライお兄様やルージュお姉様達の存在は無視しましたけど。
今思うと、大人気ないなと思ってます。一応24歳生きてたし、こっちで20年も過ごしてきたのにね。
精神年齢まで幼くなったかな。やばい、やばい。大人っぽくしないと。
そういきこんで旅行で訪れた人間の国で、あたしは大ピンチに陥るのであった。
暇なときに続きを書くかも?




