幻夢抄録―目覚め―休息
呂山の街で、迷子になってしまった氷魚。
さあ、どうする!?
足早に歩きながら、氷魚は、瑪瑙に話しかける。
「ねえ、この衙から、瑪瑙の村までって、どれくらいなの?」
「そうだな…この呂山から、歩いて一日だ」
「呂山、変わった名前の衙ねぇ」
今、二人は、衙の大通りに立っている。氷魚は、周りを見まわしながら言った。
衙は、どちらかというと、中華風で、去年、友人と行った、中華街を思わせた。
「すごいのね、いろんな店が並んでる…なんか、お祭りみたい」
楽しそうに言う氷魚に、瑪瑙は、片眉を上げる。
「ん、見ていくか?」
「ほんと!?」
「ま、いつまでもそんな格好じゃ、過ごしにくいだろ?夜は特に」
「え?そういえば…そうだった気もする、けど…もう慣れちゃったし、忘れてたわ」
(へえ…結構、細かいとこ、見てるんだなぁ)
「ここんとこ、ずっと厳しかったからな…息抜きだ」
言い終えたとき、隣にいたはずの、氷魚が、どこかに消えていた。
「氷魚!?ったく、なんか大人しいと思ったら!」
瑪瑙は、人群れを、縫うように進み、走り出した。
その頃、氷魚は、人波に、流されるまま進まされ、やっとの事で、流れから抜けたのはいいが、瑪瑙と、はぐれてしまっていた。
「マズイ…これって、迷子ってヤツ?」
そのとおりだった、相変わらず、人通りは激しい。氷魚は、人群れに目を走らせて、瑪瑙を捜すが、見つからない。
『迷子になったときは、動かないのが一番』というが、黙っていても、何も始まらないような気が、してならない。
短絡に考えた末、再び氷魚は、人混みに飛び込んでいった。
(動いていれば、瑪瑙に会えるかもしれない!)
同時、瑪瑙も、氷魚を捜して走っていた。
(くっそぉ…俺としたことがっ!氷魚、どこだっ)
「チッ!」
瑪瑙は、屋根に跳び上がると、再び走り出した。
「やだなぁ…なんか、アヤシー雰囲気。こりゃ引きかえ…きゃっ!」
「っと!気をつけろ!」
「ご、ごめんなさい」
角で、ぶつかったのは、茶髪の男だった。年の頃は、瑪瑙と、大して変わらないように見えた。
内心、氷魚は『そっちこそ、気をつけやがれ!』と毒づいた。
「おい」
行こうとした氷魚の腕を、男は掴む。
「なっ、なによっ…ちょっと放してよ!」
腕を掴まれ、暴れる氷魚に、男はニヤリとした。
「ここがどこだか、分かってンだろ?それとも、迷子か?」
「うるさいわねっ、放さないと、蹴るわよ!」
「おっと、気ぃ強いな、気の強い女は好きだぜ、大人しく、こっちこいよ」
「やだってば!ちょっと…こらっ、やめろっ」
(うわ、息くさいっ!不っ細工なカオ、近づけんなよ)
氷魚は、必死に憤りをこらえていたが、ついに、堪忍袋の緒が、音を立てて切れた。
「やっ…やめろって、いってんだろが、このゲス野郎――――っ!」
氷魚の怒声と、その後に、何かを殴打する音が、路地裏に響いた。
「いたっ!氷魚…裏かっ」
二、三軒、屋根を飛び越えてから着地すると、瑪瑙は走る。
「氷魚―――っ!」
「あ、瑪瑙」
「あ、じゃねえだろうが!散々捜したんだぞっ、大丈夫か!?なにも、されなかったか!?」
瑪瑙は、氷魚の双肩に両手をあてがう。
「見てのとおりよ、酔っぱらいに絡まれちゃって…靴で、殴ってやったけどね」
氷魚が、つま先で示した先には、男が伸びている。
「行くぞっ、こんなとこ、長居したくもねぇ!」
「う、うん…」