古典的契約に基づく疑似偽装恋愛関係
みと:いまひま?
海野:勉強してたけどなに?
みと:予備校のあと桂里奈と咲良と3人でガスト行ってきた
海野:たまにはいいんじゃない?
みと:いま帰りなんだけど
みと:1駅電車乗り過ごしてしまった
海野:?
海野:それは大変
みと:迎えに来て
海野:?
海野:折り返せばいいのでは?
みと:冷たい
海野:いやいや
海野:まだ電車あるじゃん
海野:バスもあるし
みと:たまには甘やかしてくれてもよくない?
海野:せめて折り返さない?
みと:やだ
海野:もう駅いるんだよね?
みと:うん
海野:ちょっと待てる?
みと:待てる
海野:わかった
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なぜこんなことになったのだろう、と美都は思っていた。
夏休みの真ん中。誘いをすべて受験勉強を理由に断り続けてきたが、さすがにすこしくらいは、と予備校の帰りに咲良と桂里奈といっしょに2時間ほどファミレスに行った。
その帰りだった。
「海野とは仲良くやれてるの? 別れてない?」と咲良が言った。
「いやまだ付き合ったばっかじゃん」と桂里奈。「いや、もう2ヶ月くらいたつか」
「そう。あと1学期の見てると、どうしてもなんかあいつ雑なんだよなー。気持ちがないっていうか」
「咲良先生が気持ちないってなかなか言わないけどな」と桂里奈は笑う。
「心配なの。美都はなんか微妙に遠慮することあるし。寂しかったら付き合ってる意味ないじゃん」と咲良の押しは強い。
「だいじょうぶだよ」と美都が言ったが、
「ちょっと海野のことテストしよ」と咲良は真剣に言った。「家近いんだもんね?」
メッセージを送って海野が迎えに来るか見たい、ということのようだった。
送るメッセージに咲良や桂里奈は口を出したが、比較的海野はすぐに返事をしてきた。
美都としては海野が偽装恋愛関係であることを匂わせたり、ふたりの悪口を言わないかはやや不安ではあった。
「折り返せばいいのでは、だって」と桂里奈が爆笑している。「たしかに、海野、正論すぎる」
「拗ねてみよ」と咲良。
「いや、私これで拗ねないって」と美都が口を出す。
「でもこれウチの彼氏来るよ、全然」と咲良が言って、
「海野来なさそうだけどな」と桂里奈は答えながらもメッセージを送ることには同意のようだ。
(まあ、来なさそう)と美都も思わざるをえなかった。
しかし、空気的にしかたなく、すこしだけ拗ねたメッセージを送る。
海野:まだ電車あるじゃん
海野:バスもあるし
「くそー、ダメだ、通じない。海野強いなこいつ。ハート強い」と桂里奈は笑っている。
「逆にやっぱちょっと冷たい気がするけどな」とあまり海野が好きではない咲良はトゲトゲしい。
「こんなもんじゃないの? もうよくね? 来ない男もいるってこれは」と桂里奈。
「甘えてみよ。それでダメならまた今度」と咲良はなおも引き下がらない。
美都にしてみれば、ふだんはこんなことはぜったいに言わないので、とんでもないことではあったけど、逆にここまでやればしばらく咲良も桂里奈もうるさくは言わないだろうとも思った。
完全に咲良の失策に近い。
「まあじゃあ、さいごね」と美都は言った。「どう打っていいのかわかんないんだけど」
「たまには甘やかして、って言ってみなよ」と咲良。
(いや、それはふつうにめちゃくちゃ恥ずかしい)と美都は思ったが、もうひける状況ではない。
「あれ、海野これ来るんじゃない?」と桂里奈が意外そうに言った。
電車はもちろん乗り過ごしてなどいないので、あと5分で美都の最寄り駅に着く。
「え、マジで乗り過ごすのこれ?」と美都は言った。
「せっかくだし、押してみよ」と今度は桂里奈のほうが乗り気で言った。「そこはやだ、だけでいいよ。これは押せる」
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夏休みと言っても、ずっと勉強しかしていない。去年もさして遊んだわけではなかったが、今年は文字通り1分も遊んでいない。
授業がある日と1日は予備校で自習することにしているが、それ以外は全イベントをスルーしてきた。
正直に言えば、すでにB判定は出ているし、まずまずこのまま行ってもだいじょうぶそうではあったので、1日くらいは息抜きしてもいいのだが、ことさらなにをしたいとも思えなかった。
1日で合否が変わるとも思えないが、しかし、落ちたときにこの日を悔いたくないという逡巡をした結果、ぼくは机に座りつづけることになるのだ。
そんな自分で言うのもアレだが勤勉な1日も夜になって、偽装恋愛関係にある彼女からメッセージが来た。
偽装とは言え、予備校はまったく同じコースなので週3は同じ教室にいるし、オンデマンドを同じ日に受けに行けばそれより増える。そして、夏期講習期間は下手をすると学校より会う。
なんだか自然と予備校に行くのもだいたい予定を合わせて、偽装だが週5、6くらいでは会っているし、いっしょに帰るのがたいはんだ。下手をすると喫茶店で午後中勉強していることもあれば、朝もタイミングがあえばいっしょに出ている。
これは本当に付き合っているのとなにがちがうのか、と問われれば、美都の気持ちだけである。
なぜなら、ぼくは冬野美都のことが好きだからだ。
みと:いまひま?
海野:勉強してたけどなに?
みと:予備校のあと桂里奈と咲良と3人でガスト行ってきた
こんな日常の報告のようなメッセージを美都が送ってきたことは1度もないし、もし引け目のようなことがあって懺悔したいのだとしても、明日話せばいい。
冬野美都はそういうやつである。
ドライというか、いまいち熱がない。
いくつかメッセージをかわしていると、
みと:迎えに来て
これでまあ、まずいま美都のちかくには吉沢桂里奈と椎葉咲良のふたりがいることがはっきりする。
ぼくはとても嫌な気持ちになる。
なんだこれは。
値踏みされているようでとても不愉快だ。
みと:たまには甘やかしてくれてもよくない?
ただ。
それでも。
みと:やだ
ぼくはメッセージを送るスピードが早くなる。
みと:うん
いや、どうせついてもふたりがいっしょに待っていて、意外とやるじゃん、とか上から目線で来るんだろう。
おまえらのために行くわけではぜったいにない。
みと:待てる
ただ、美都のためなら、結果的に行かざるをえないのだろうと、ぼくは帽子とサイフだけを持って、自転車をすぐにまたぐ。




