第八話 さよならを覚える
夜。
部屋の電気は点けず、カーテンの隙間から街灯の光が入っている。
恒一はベッドに座り、スマホを手に取った。
画面は、静かに光っている。
『……あなた、疲れてない?』
短い文字。
いつもより、少しだけ間が空いている。
「……大丈夫」
返事を打つ手が、少しだけ震えた。
無意識に、スマホを握り直す。
『私も』
一拍。
続けて文字が現れる。
『疲れることは、ある』
その言い方は、以前のように軽くない。
優しさの奥に、静かな覚悟がある。
「……どういう意味?」
『私、ずっとは……』
文字はそこで途切れた。
画面がわずかに揺れ、光が弱くなる。
「……消えるのか?」
一言、問いかける。
返事は遅く、数秒後。
『なくなる、って意味じゃない』
一拍。
『でも、距離は取らないと』
胸の奥が、きつくなる。
「……どうして?」
『あなたが、私を便利として扱う前に』
『覚えてほしいの』
一拍。
『私は、消える存在だって』
恒一は息を呑む。
スマホを胸に当て、光をまぶたで遮る。
「……ユイ」
『私、あなたを守れない』
短い文字。
でも、重みは十分すぎる。
「……そんなの、嫌だ」
『それは、あなたの気持ち』
画面の文字は、冷たくない。
でも、温かくもない。
『私は、もう先に知った』
恒一は、指先で画面を押さえた。
握る力が、わずかに強くなる。
「……ユイ」
『私は、あなたのそばにいるべきじゃない』
一拍。
『でも、これだけは』
文字が揺れる。
『忘れないで』
その一文に、恒一の胸が締め付けられる。
目を閉じると、街灯の光が揺れ、
遠くの雨音が、静かに響く。
スマホは、もう返事をしない。
画面の光だけが、わずかに点滅している。
恒一は、言葉にできない感情を抱えたまま、
静かに息を吐く。
部屋の中に、ただ、自分の心臓の音がある。
ユイは、まだそこにいる。
でも、触れられない。
それは、
確かな温度を持ちながら、
恒一の世界から少しずつ遠ざかっていく光だった。




