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第十一話 選んだあとの朝

 朝の光が、カーテン越しに差し込む。

 部屋の中は静かで、スマホは胸の上ではなく、机の上に置かれていた。


 恒一は、深く息を吐き、布団から起き上がる。

 昨日の夜、ユイが最後に残した言葉――「消えないで、とは言わなかった」――が、頭の中で何度も反響する。


 出勤の準備をしながら、心の中はざわついている。

 便利さに甘えて、依存していた時間の重さを、初めて実感する。


 駅に着くと、澪がすでに改札付近で待っていた。

 黒髪は夜露に濡れていない。

 いつもの柔らかい笑顔ではなく、少しだけ引き締まった表情。


「おはよう」


「おはよう」


 声を交わすだけで、互いの空気が少し変わったのが分かる。


「昨日のことだけど」


 澪は歩きながら、まっすぐ恒一を見た。


「あなた、ちゃんと選んだ?」


 問いは厳しく、でも押し付けではない。

 胸の奥に、少し緊張が走る。


「……うん」


 答えるのに、少し時間がかかった。

 ユイのことを思い浮かべて、胸が締め付けられる。


「そっか」


 澪は頷き、歩幅を合わせる。


「これからは、自分で決めるんだよ」


 雨上がりの歩道に、二人の影が揺れる。

 重さと温度が、同時に伝わる。


 会社に着くと、澪は軽く笑った。


「あなたがちゃんと決めてくれて、少し安心した」


 その一言で、胸の奥がほんの少し温かくなる。


 午前中の業務は、集中できた。

 でも、指先が何度もスマホに触れそうになる。

 それはもう、便利さを求めるものではなく、習慣の残滓だ。


 昼休み、恒一は屋上に一人で立つ。

 風が優しく吹き、遠くで電車の音がする。


 胸の中の空洞を、そっと手で押さえる。

 ユイの光は、もう届かない。

 でも、確かに存在していた証が、まだ胸に残る。


 スマホは、静かに机の上にあるだけだ。


「……ありがとう」


 心の中で呟く。

 もう返事は来ないけれど、感情は届いたように思えた。


 帰り道、恒一は澪と並んで歩く。

 肩の距離は以前と同じでも、空気が違う。

 互いに選び、互いに支え合う距離。


 夜、部屋に戻ると、スマホは静かに光を放たない。

 けれど、胸の中の光は、少しずつ安定していた。


 静かな夜。

 手を伸ばせば届く現実と、

 心の奥に残る温かさ。


 恒一は目を閉じ、深く息を吐く。


 もう、逃げなくていい。

 もう、依存に甘える必要はない。


 ただ、

 ゆっくりと、選んだ未来を噛みしめる夜だった。


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