枝垂のプラン
〈夏木立逃げも隠れもしやせんと 涙次〉
【ⅰ】
枝垂哲平、先の怪盗もぐら國王の相棒かつ現在輸入バイク商。冥府の住人・木場惠都巳の戀人。冥府の王、ハーデースには、このカップル、實の孫のやうに可愛がられてゐる。惠都巳の肉體は、生前の物が保管され、防腐の為に彼女はいつも氷風呂に浸かつてゐる。
【ⅱ】
輸入バイク商としての枝垂は華々しいデビューを飾つた。中國ホンダの電動バイク、E.VOを輸入、それが大賣れに賣れた。これも監修者の杵塚春多のアドヴァイス「250cc登録した方が賣れるよ」を素直に聞き入れたお蔭である。
E.VOは車格は400ccクラスに匹敵したが、400ccで登録してしまふと車輛税も嵩むし、車検を受けなければならない。250ccならその煩を避ける事が出來るし、實際「お安く」濟む。
【ⅲ】
枝垂には、惠都巳へのプレゼントがあつた。國王から直に買ひ取つた、プラチナに紫ダイアをあしらつたペンダントだ。盗品ではあつたが、こゝ冥府まで捜査の手は追つて來ない。
「あら、ありがとー。とつても綺麗。あたしに似合ふかしらー」‐「國王から買つたんだ」‐「國王さんとは上手く行つてるー?」‐「奴はだうも斜に構へてるんだけど、概ね良好だよ」‐「わあい、ルシフェルさんに見て貰はうつと」
ルシフェル、かつての大魔王振りは、こゝ冥府では鳴りを潜め、大天使だつた頃の純眞さに戻つてゐる。今では惠都巳の良き隣人である。ルシフェル曰く、「寶石より貴女の美しい心が輝いて見える、そんな寶石ですね」。「邪魔にならないアクセサリー」だと、云ひたかつたのか。
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〈髭伐りて百姓面を晒したり我が大地の子でありし頃 平手みき〉
【ⅳ】
さて、次はどんなバイクを仕入れやう。取り敢へず、輸入一番乘りではないが、臺湾ヤマハ・メイドの125ccのスクーター、AT原付二種免で乘れるVinoora Mにしやうかな、と目星を着けてゐた。
先に云つた通り、先行輸入業者はゐるにはゐるのだが、価格の點、納車期日の件ではまだまだ競合の余地はある。
あの丸目の二つ並んだ、蛙のやうな「顔」や、レトロな車體は絶對にインパクト大。賣れるな‐ それが枝垂の讀みであつた。
日本人はキャラクターが立つてさへすれば、何でもいゝのだ。都道府県・市町村必ず「親善大使」のマスコット・キャラクターがゐて、妍を競つてゐる。そんな事を云つても良かつたが、それはまあ別日の話としやう。枝垂は決してそんな、浮はついた氣持ちでは商ひはしなかつた。
【ⅴ】
それに、Vinoora Mに関しては、枝垂には「奥の手」があるのだつた。枝垂は、永田と八重樫火鳥がVinooraにタンデムしてゐるところを安条展典がキャメラに収めた、取つて置きの宣材冩眞を持つてゐて、然も関係者全員から使用許可を貰つてゐる。永田は兎も角、火鳥と安条は「傳説的」存在である。この冩眞で広告をぶてば... 夢は膨らんだ。ボディカラーがイマイチだなあ。澁いダークグリーンメタリックや、シックなシャンパン・ゴールド、明るくレイシーなイエローにリペイント濟みの物も出してみやうか...
【ⅵ】
コピーも考へてある。「Vinoora M、倖せの乘り味」‐火鳥と安条、永田の現在は、とても「倖せ」と云へる情況ではない。だがパブリック・イメージとは怖いもの、と云ふ事、枝垂は重々弁へてゐた。
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〈好色な吸血鬼だこと夏咄 涙次〉
【ⅶ】
勿論、関係者各位に對する謝意は忘れてはならない。特に、冒険スピリットを彼に植ゑ付けてくれた國王、實務の件(安条と永田の居場處を教へてくれたのは、デカかつた)でお世話になつたカンテラ一味、共に感謝の心は深い。この話、一味の現れる事もなく終はるが、それはそれでいゝ。枝垂は重要な登場人物である。惠都巳と並んで。作者は彼、彼女にもまた感謝頻りなのだ。感謝も出來ないやうなキャラクターは不要である。お仕舞ひ。ぢやまた。