第8話 早食い、ゴリラ、怪人
▽品浜商店街通りラーメン屋 これくってけ▽にて
ラーメンのメニューは一種類。
藍色の暖簾をくぐった二人は迷わず同じラーメンを注文した。
赤いテーブルはもはや想像するラーメン屋の雰囲気、クラシックで馴染みやすい。
丸椅子のカウンター席につきながら、メニューが一種だからかすぐに出てきたラーメンをさっそくいただいていく。
「にしても、レコード会社ってのは初めて辞めてみたがあっさりしすぎだろ。(契約はあんなに苦労したってのに)ずずぅー、あんたらの飯のタネをずずっっ作曲ってきたんだぞ? もっと引き留めてもいいだろうずずぅにぃーー」
「ん。こってり」
「ラーメンの話じゃねぇよ。────…なぁっ、カイザーってのは一度なっちまうと。殴られた痛みもすぐに沁みなくなるものなのか」
いつかのつい今日ドラマーに殴られた頬を夢露は抑える。ラーメンのスープすら沁みない、そんな痛みを手探るが──そこにはもう微かにもない。
「……。カイザーは怪人を倒すために、────たたかうから」
「ハッ。なるほどな…」
黒セーラーはそう言った。会うたびに彼女の口から何度も聞いたような台詞だが、足りずともそこからは色々な意味が今の夢露には読み取ることができた。
「んー、こってりはいいがちょっと飽きちまうな。よし、そこで天才は閃いた! 刮目しろよJK、このラーメンをもっと美味しく輝かせるにはたっぷりの胡椒とはっ、はっ、は! そしてきわめつけがこれ────ダ!!!」
「「あ?」」
乳白色のスープへとたっぷりの胡椒を振るい、極めつけの卓上の酢を手に取ったのは──ゴリラとよもぎ。
隣席の剛力梨喜と半田夢露はなかなか取れない卓上の酢を片手に目を合わせてしまった。
よもぎ餅男とゴリラの怪人先生との決着はラーメン早食い対決で。
急に店中で暴れ出した2人に強面店主が提案したのは漢のラーメン早食い対決。
ラーメン屋これくってけの熱熱の一杯を今回は特別ルールで先に完食した方が勝ち、普段ルールでは制限時間2分以内に食せれば料金は半額になるサービスだ。
そして後で負けた時の言い訳をされないように細かなルールの確認も『完食の定義は?』という客の怪訝な質問に。
店主はラーメンばちを片手に握りしめ底にある店の紋様を見せて言う、『無論、スープまで』、と。
「ハッ、うほうほ急いで火傷するんじゃねぇぞゴリラ男!」
「そっちこそ、ずるずる慌てて喉を詰まらせるなよよもぎ男!」
両者挑発しあい睨みつけ、一杯しか許されない水を互いのちいさなちいさなコップになみなみにくみあう。
新品の割り箸をまっぷたつの綺麗に割り、どちらも自信あり気な笑みを浮かべ。
(ん、なんかはじまった。ずずぅ…)
ストップウォッチを取り出した強面店主の号令ではじまった漢の勝負を、どうじに麺をすすりながら黒セーラーは見届けていく。
▼
▽
ゴリラでもカイザーでも手こずるほどの熱さと、さっき店主がもっていたものとは違う気がするラーメンばちの深さ。それでも勝負はずるずると麺とチャーシューを先に攻略しながら進み……レンゲでちゃぷちゃぷしていては遅い、意を決してラーメンばちを持ち上げてスープを漢らしくいただいていく。
強面オヤジと黒セーラーの女子が見守るなか、2人の男の勝負は佳境へと。
そんなとき────
いきなり隣のゴリラ男はラーメンばちを卓上に置き、席を立った。
もう数10秒でどちらかに決まる勝負を捨てて、急に店の入り口へと向かったのだ。
「ぬぬっ? さっきから外がやけに騒がしいぞ」
剛力梨喜先生はその勘その耳で、何か異質な騒がしさを感じ取った。
こういうときの彼の勘はだいたい当たっているのだ。若者たち生徒たちがたむろして人の迷惑気にせず騒いでいたり、よからぬ大人たちが悪事を働いていたり、何かとトラブルな場面にでくわすのだ。
ならば先生の出番、品浜ミナミの教員としてその鍛え上げた剛腕でこの街で何かあれば解決しなければならない。
剛力梨喜先生は汗をぬぐい、暖簾をのけて外へと繰り出した。
「誰だ! そこで奇怪に騒いでいるのは! いくらにぎやかがモットーな商店街とはいえ、さわぐ節度をマ────」
奇怪な音を鳴らし続ける後ろ背の肩に手をかける。
ゆっくりと振り向いたソレは────人間の顔ではなかった。
『離れろ!! ゴリせん!!!』
昆虫顔の灰色の怪人が鋭い爪で彼に襲い掛かろうとしたとき、唐突に横から差し込まれた右ストレートがソレを人の喉を掻っ切る前に吹き飛ばした。
肩を掴んでいた手は強張り固まる。突っ立つ大男の汗粒を吹き飛ばすほどのストレートを放ったのは、よもぎ色の髪の男。
「ハァ、なんでラーメン食ってたら怪人がって…痛っっテぇえええええ!? フゥーフゥー…!! 俺自身はたいして強くなってねぇのかよ?」
「そう、だからカイザーになった方がいい、半田メロ、──ん!」
夢露につづき遅れて出てきた黒セーラーは黒の番傘を巧みにつかい、潜んで出てきたもう一体の昆虫怪人をレイピアのように突くとともに不思議な風で吹き飛ばした。
「確かに情けねぇことになりそうだ。仕方ねぇ…じゃぁ────ヤっか!!!」
覚醒し顕れた白獣のカイザー、カイザーレオ。
ぞろぞろとあらわれるこの商店街に潜んでいた奇怪な鳴き声をはなつ悪意に、今一度拳に息を吹きこんで、──────漲るその覚悟を構えた。