第7話 あらたなステージへ
強烈なパンチをもらい吹き飛ばした怪人はやがてゆっくりと立ち上がった。
しかし透明になろうとはしない、衝撃で装置がイカれたのかなろうとはしなかった。
透明でなければ料理方法はいくらでもある。カイザーレオはこの機を逃すまいとまた勢いに乗りしかけた。逃げる怪人を追いかける、追いかけて────
ステージ外。
なんと死神クンはこだわっていたカイザーとの戦いの舞台、死のステージから易々と降りたのだ。
「おい待ちやがれえええ!!! コイツ逃げや──アァ!!?」
「フフフフフフ!! フハハハハハ!!」
そして怪人は狂気の行動に出る。どこからか取り出した真っ黒なレイピアで動かずにいた観客を串刺しにし始めたのだ。
待てと言われても止まらない次々と突き刺し、針にささった魂を抜き取り狩っていく。
黒セーラーがまだ避難させそびれていた置物の魂を狩り駆ける。
魂を抜き取られた人間の肉体は異様な色に褪せていく。
そして怪人の狙いは、もっと価値ある魂を。眠る王様のもとへとその黒刃で客席をかきわけ突っ込んできた。
黒セーラーは突如向かってきた凶刃に対して王子練馬玲央の盾になるように傘を開き構えた。
傘にぐさりと穴があき、傘の中に収容していた観客が2、3飛び出してしまうも、これ以上そのレイピアの刃を進ませない。
が、しかし──開いた傘盾を飛び越えて怪人は無防備な彼女の背方へと、傘に突き刺さっていたレイピアを不思議にも取り寄せ、向け直す。
「舞台はこっちだ、戻りやがれ怪人野郎!!!」
追いついたカイザーが黒セーラーと玲央にそのレイピアの刃が届くよりも速く、黒い怪人をステージ方へと殴り飛ばした。
「テメェ……!! なにしてやがる…!!」
「これは失礼。あなたの価値を少々見誤ってしまいついつい魂の調達を。ですが、お待たせしましたフフフフフ」
そう言うと、噴きあがるように膨らんだ怪人の纏うその紫のオーラ。それは尋常ではなく、異様。
「カイザー気を付けて、あつめた魂でオーラを供給している、お菓子のときといっしょ」
「チッ、また怪人の土壇場ってやつかよ(お菓子のとき……あの馬鹿げた応援と同じってことか)」
舞台はふたたび、舞台上。
構える黒いレイピアの切っ先はカイザーが指差すのを真似たのか。怪人の向ける切っ先が今度はカイザーを鋭く襲った。
しかしカイザーはその身に突き向かう針のひとつひとつを見極めて、全て避けた。
「土壇場のこけおどしはそうそう当たらねぇぜネタバレの透明人間!!」
「フフフ土壇場などではなく──」
「──!?」
「こちらの方がミエないかと、フフフ、フハハハハ!!!」
黒い針の剣筋にはよく目を凝らしていた。しかし途中から剣筋を見失ったカイザーレオはその身を2、3黒レイピアに貫かれてしまった。
さらに休まず死神クンのレイピアは襲い掛かる。
また針の雨のように突き刺すラッシュにさらされたカイザーレオは何とかその針をタイミングよく絡め取る。ディスクセットした薔薇の鞭を両手で引っ張りもち鎖鎌の鎖のように扱い、その身を貫こうとした刃を硬く巻き取る。
しかし、黒い刃は急に紫の炎を纏い──絡まっていた薔薇の蔓を焦がし燃やした。
慌てて避けようとするもまたその身を刻まれてしまう。火花散る白い装甲に傷跡が増えていく。
読めない太刀筋、見えない太刀筋、読めても止まらないそのレイピアがカイザーレオを痛めつける。刃を一瞬透明にするだけでその剣を見切るのは困難と化し、刃に集めたオーラを纏わせるだけでその怪人のパワーは跳ね上がる。
そしてまた斬られ続けた白獣はやがて膝をつく……それはまた見たような光景。
正真正銘の舞台は整う、怪人ののたまう死の舞台が。
「魂を高め愛、あなたカイザーの価値はワタシの課した幾度の死の試練を乗り越えてまさに今をもって最高に──ようこそ死の舞台へそしてサヨウナラァァ!!!」
助走をつけて一直線に駆けた死神。
トドメを刺さんと切先を向け、死の舞台を一歩一歩靴音鳴らす。
手負いの白獣に死の足音が一歩一歩──走る存在が白獣の見据える視界に失せた。
「以上ォ!! 死神クンたるゆえ──」
「──そう来ると思ったぜ、透明チキン野郎。芽吹け【ライブラリー】!!!」
「ナッ、ナゼ咲き!??」
死神が透明になる、確実な死をお届けするために。そんな悪事を見越していたのか、カイザーレオは花を咲かせる。
カイザーレオはまた怪人に透明になられては困ると実は最後までそのパンジーの花を咲かせずに、拳で埋め込んだ技の種を発揮させずに残しておいていたのだ。
ソレが今遅れて花開き、死神がとった透明化は仇となる。
その身にカラフルな花飾りなどをしていては、その存在を透明人間と言うことはできない。
気配に振り向いたカイザーは、走ってきた方向とは逆側の背方から襲いきた細い細い死の刃を……その左手に握りしめる。
「はッ、ハナレなっっ!?? ハ、ハナセええええ!!!」
「そうかよ、あらよっ!!!」
必死に引き抜こうにもピタリとも黒いレイピアの刃は動かない。
その白手を刃に伝わす紫の炎で焦がそうとも、離れない。
腹にセットしたディスクは緑光を放ちながら、カイザーのパワーをぐんぐんと上げてゆく──そして下からアッパー気味に鋭く放った右の拳が黒いレイピアをついにへし折った。
「アッ、アリエナイぃぃいこんなっこんなカイザーのチカラはッッ!?? コンナ魂がぁああ!!!!」
「Are you ……ready──!!!!」
砕いた刃がひらひらと舞い落ちる。
宙をただようその黒の針ごと、カイザーレオは拳にノセて放った。
翠に灯るその眼、オーラ唸る白獣に睨まれた怪人には──
敗北あるのみ──
「【カイザーファング…】────お前をぶち抜いたこの技がカイザーたる所以だ」
カイザーたる…カイザーレオたる所以の大技【カイザーファング】は炸裂し。覚醒した白獣のその牙の餌食になった死神クンはやがて爆発するエメラルドの閃光に呑まれた。
最後の最後の土壇場に冷えゆく死の色を塗り替え彩られたのはカイザーの色、鮮烈なエメラルドにフラッシュするカイザーの舞台。
カイザーレオと死神クンとの長きにわたる闘いの決着は派手に眩く、ロックホール増川をその熱い光で満たした。
死の黒針は白獣の拳とともに死神のカラダへと突き刺さり、その魂を取り立てる。
カイザーレオが叩き込んだイチゲキにより、魂の性質はまた朽ちずにいた元の肉体へと引き寄せられ、褪せていた色が元通りになっていく。
「【グラビティコート】……汚れてもミエナイ透明人間の正体は重力がミソか」
死神の魂を封印したディスクを指に挟み、やっと怪人を倒したという実感を改めて得る。
いぜん勝利を祝福する青い流星のように魂が人間たちへと降り注いでいく。
そして中には戻らず──カイザーの目の前に一列に浮かぶ奇妙な魂もあった。
「ナンダ? お前らも…いっちまうのか……。────ハッ」
火玉のような魂がみせた拳を向ける幻影たちに、覚醒をといた半田夢露は怪人を屠ったその拳でこたえた。
見知らぬ幻影たちは天へと召されていくように、やがて消えゆく。
荒れ果てたステージにただひとり残された緑髪は、いつかのように消えゆくまで天を見上げていた。
すると突然、見上げていた天が黒に覆われた。
正面を向くと黒セーラーの彼女が番傘をさして突っ立っている。
「カイザーレオ、つよい怪人を討つつよいカイザー」
「それ……褒められたって認識でいいか」
「ん」
「ってそうだ……! 観客たちはどうなった…んだ? ……」
「カイザーが死神の怪人からみんなの魂を取り戻した、ん──【魔風鬼・空逢】」
彼女が番傘を揺らすと、降ってくるのは雨ではなく、摩訶不思議にも異空間に避難させていた人が──どさりどさりと降ってくる。
「ハァ…とんだ相合傘だな……なんだそりゃ────ってア?…レ…ぇ………」
もはや苦笑いとんで笑うしかないそんな光景に。
わらってしまっていた夢露は突然カラダが重く、瞼がおもく────────
やわらかな感覚に抱かれながら、おだやかな夢を見る。
しかし、そんな良い夢の中でも誰かがじぶんを呼んでいる。それは助けをもとめているのか、その呼び声に夢露は目を覚ました。
目を覚ますと────黒猫と目が合う。
しかしそれはぼやけた眼をこすり、よくよく凝視すると黒猫ではなく黒髪黒目の……黒セーラー。
つい最近色違いの状況があった気がする、今回はあまり愛想のないクールな黒で統一されたひざ枕に……緑髪の家主はあくびをイチドし──また目を閉じていった。
『カイザー、話がある』
閉じたその目は開かない。
『半田ロメ、話がある』
「どっちも俺じゃあねぇな」
それでも彼は目を開けない。用意されていた枕を遠慮なく使い、憩う。
『半田夢露』
「てめぇわざとか!」
「ん──ロメが、ニックネーム?」
「ちげぇ!」
思わず飛び起きた半田夢露は、すっとぼけ首を傾げる黒セーラーの顔を見てツッコんだ。
一言で彼女の誤認識の訂正をし、眠気が失せた夢露はちいさな冷蔵庫から水のボトルを取り出し一気にその冷たさを飲み干した。
「どこにいくの」
「どこでもいいだろ。────ラーメン屋」
冷蔵庫には何もない。家にはまだ消費しきれずにいた大量の駄菓子しかない。
そうと分かれば玄関に空腹のからだを導き、靴を雑に踏み履いていく。
「何してる、おごってやるからとっとと準備しろ。──3分以内な(しまっちまう)」
時刻午後8時47分
ドアにもたれ振り返る緑髪に、正座していた黒セーラーは立ち上がる。
激闘明けのカイザーはひどく空腹だ。
立ち止まっている時間は3分ともない。美味しい方のラーメン屋が閉まる前に、2人は外の世界へと繰り出した。
東帝都増川エリア、ロックホール増川で起こった怪奇事件から数日後。
ボーカリストの練馬玲央が突発性難聴のため、しばらくの間活動休止と公表していた人気バンドLEO。
この日、所属するポニーミュージックに話をつけ半田夢露が向かったのはもう幾度も足を運んだことのあるあの白い地下室、練馬玲央の個人スタジオであった。
そんな防音機能と楽器の完備されたスタジオに流れる音は、──怒声。
同じく居合わせて待っていたLEOのドラマーのタイガが、半田夢露の胸元のシャツをぐいと掴み怒れる表情で詰め寄った。
「オイ!!! なんで抜けるにしてもこのタイミングなんだよ!! てめぇまさかレオの顔に傷ができたからってか!?? メロ、テメェ!!!」
強く掴んだ手はそれだけにはとどまらない。タイガは押し黙るメロの顔をぶんなぐった。
気持ちのいいほどの痛い音を鳴らしたドラマーの右拳が愚かな決断をしたギタリストを練馬玲央にかわりぶん殴っていた。
「────…っ……これで出る理由がもひとつできたぜ。ありがとな天才ドラマー」
「メロおまえはかったのか!?? ってんな屁理屈!!!」
口元の血を拭いながら、盛大に床にぶっ倒れていた緑髪は起き上がり、──わらう。
ギターをぶらさげ横を向いて椅子に座る練馬玲央はそんな愚かな男にやっとその目線を合わせた。
「本気か」
一言それだけ、その金髪の端正な顔には今もなお治らずに残る傷がある。
しかし傷だけではない、じっと睨むそれは見せたことのない表情、夢露が見たことのない玲央の表情であった。
その黄金の眼差しは殺気を帯びている。穏やかではない。
最終通告であったのかもしれない。
殴られた痛みにまだうまい具合に引き返せる道があったのかもしれない。
だが、半田夢露は迷いをすべて拭い、決断した。
「あぁ。これ以上ここには、いれねぇ。それにその傷じゃしばらくバンド活動もできねぇだろうからな。俺はもっと広い────他に行くことにした」
その思いは覆らない。赤い赤い彼の瞳が、もはや見つめる黄金にまじわり染まることはなかった。
「半田夢路、オマエの立つステージは────俺様が潰す」
椅子からおもむろに立ち上がった金獅子はなおも睨み、見据えた緑の野良獣をとおくその開いた手のなかに────握りつぶした。
「ハッ。じゃあな────」
それ以上何も言わない。拳は突き返さない。
荷を背負った緑髪は背を向けて白い地下スタジオの階段を上っていく。もうここに来ることはない、一段一段をその足裏に鳴らしながら……。
『おいおいレオ本気かよ!!?』
『ってメローーー!!! テメェだからまてええええ!!! LEOじゃなくなったらお前なんて!!! 0.1わ────────』
その道をもう振り返ることはない。
半田夢露は練馬玲央のLEOのメンバーから脱退した。
色んなご挨拶を済ませてきた所属するポニーミュージックと、アパートの大家とも。
心残りの無いように。
冬でも春でもない、ぬるい風の通り道をゆきながら品浜エリアの匂いに、だが思いを馳せる。
そんなすこし寂びれた昼間の商店街をくぐりながら、視界には黒セーラー。
ぽつぽつ行き交う人の中、道の真ん中で誰かを待ち構えていた。
肩と肩がすれ違った黒髪はとうぜんのように緑についていく。
「どこにいくの、カイザー」
「さぁなってカイザーじゃねぇよ。とりあえずまだ……誰の息もかかってないところだな、あとここより治安のいいとこ」
「なら西旺府。強いカイザーたちが集いはじめている」
「強いカイザーか。なるほど──じゃぁその大船で楽させてもらうのもありだな。今度こそ作曲活動に集中できそうだ、ははは」
「楽ではないと思う、カイザーは怪人を倒すのだから」
「ならしばらく休んでろ怪人ども。ははははは」
「なら──ラーメン」
「どこがならなんだよ…。しゃぁねぇ。いっちょラーメンにも最後のご挨拶しておくか? ハッ──いつものな」
肩と肩はやがて並び歩く。
半田夢露と黒セーラーの少女は次のステージを目指す前に、彼女の指差すレトロなラーメン屋の看板ではらごしらえをすることにした。