第5話 LIVE開演
「これがカイザーの味。ん……フクザツ? 大人のあじ? ん──」
「食べて大丈夫なのそれ…あ、これバラのかおりも? ……」
がま口から降り頻るコーヒー色のおしゃれな雨が止む。薔薇の香りを秘めたコーヒーチョコの味に、黒セーラーはパクパクと堪能し、智花はその一粒を手に取りおそるおそる嗅いで確かめた。
DOMEの主にして巨大お菓子のカラダで顕現したドリーム駄菓子ネットワークおかしな怪人たちを率いていたその正体、怪人フルモリーを倒し空間のひずみは元へと戻る。
▽駄菓子屋Dばぁーばぁー▽にて
中は膝下まで浸かるコーヒー色の海、陳列した商品は埋もれて。レジ前に佇む老婆の鋭い眼光が帰ってきた彼らを見つめている。
おもむろに手に取ったその塩分は味噌味。覚醒から醒めて、緑髪を優雅にかきあげる。
レジへとことり置いた小さなカップ麺に、いつものフォークとお湯を要求し。
「大人買いで」
男は振り向かず後ろをクールに親指で指差した。
▼
▽
お支払いは20といくらだったか。払えない分はツケにしてもらい、店の商品を全てロックに勢いで買い上げた。
「ロメってもしかして金持ち?」
「おいおいLEOの作曲家を舐めるなよJK。これで今日一日ヒーローになれるならさっきのイノチ賭けより効率よくて安いもんだろうが」
「ぅーん…そうなのかなぁ? あははそうかも? ところで、作曲っていくら貰えるの? あ、もしかして! 実はレオ様より稼いでたり??」
「ま、まぁな! 作詞とちょろっと編曲だけやってるヤツがLEOの心臓部! メロディーライン作ってるヤツに勝てるかよーー!!! ははははは(今月はめざし一本へらすか…)」
駄菓子屋の商品すべてを3人では捌けない。
子供たちを集めた夢路たちは各々手に持てるだけ持ち帰るようにミッションを下した。
怪人を倒した夕暮れの帰り道には、ビッグサイズのフルフルグミモチをスクールバッグからはみ出る程に詰めた女子高生と、スルメイカをかじりながら歩く緑髪。
そしてコーヒーチョコを透明袋にたんと詰めた……
「カイザー、話がある」
「誰だよ、俺はカイザーじゃねぇ」
「あなたはカイザー。カイザーレオ」
「それ人違い。カイザーってヤツのファンか」
「ファンじゃない。でも応援はする」
「なんだそれ…」
ペンライトではなくスタンガンのようなものを手持ち応援するという黒セーラー服の女がいる。夢路は隣に歩幅を合わせてきたソレを見て……さらに歩くスピードを上げた。
「なら、家に泊めてほしい。それから話す」
「なら馬鹿を言えんなことできるか! お前と俺の分かれ道だ──コッチについてくんじゃねぇぞ」
左の狭い路地へと急に方向転換し夢路は背を振り返り指差し牽制し、しつこい黒セーラーの女に釘を刺した。
さすがに立ち止まった黒セーラーの目に、狭い建物と建物の影の中をゆく緑髪が遠くなっていく────。
ぼーっと緑のゆらめきが暗く消えるまで眺めていた黒セーラーは、ゆっくりと左を振り返り──隣にいた制服ちがいの女子高生のことを見つめた。
急に見つめるその瞬きもない黒い眼差しに、智花は何かと首を傾げた。黙ったままさらにパーソナルスペースをゆうに侵し肩に手を乗せられる。
「──泊めてほしい」
「え??? ──ええぇ…」
真剣に見つめる瞳は冗談ではないらしい。
肩が、両肩が見知らぬ彼女の手にがっしりとロックされている。
逃げ場を探すも首の可動域は思ったより狭い。川波智花は時が止まったように同じ格好で見つめる謎の黒セーラーの瞳に……あっちこっち何度向き直しても吸い寄せられてしまった。
▽集合住宅プルミエール シナハマ209号室▽にて
疲れが癒える……とても心地良い気分なのに、ハッと目が覚めた。
天を見上げると白服の女と目が合った。その金髪と目の青みを少しどこかで見たことのある気がするが、家主はまた柔らかな枕にゆだねながら目を閉じた。
『救星教、入られる気になられましたか?』
「あっ、あのなぁ……まずなんで中にいる聖職者が」
『鍵をかけておいてとたまわりましたので』
「あぁーたしかに? って何日前のことだよ(それでここ最近俺の家の鍵がなかったのか)ってかえせ」
片目を開いた家主はちょこんと吊られたその鍵をギターピックのキーホルダーごと手に取り、ポケットへとしまった。そしてまたそのまま目を閉じた。
『では今日はパンフレットの4ペー』
「あとで読んどく、今は念仏」
『では、簡単な質問の方を────あなたはこの星に棲み、星を救うために何かをなされたことはありますか?』
「ゴミを増やさないように食べ物を粗末にしないようにがんばってはいるな。あ、特段褒めなくていいぞ」
『ふふふ、はい。では次に────あなたはこの星を救うをために、何があっても第一に星のためになることそれを優先し、最後まで全うすることができますか?』
「あぁ? それを優先し、さいごまでまっとう……」
『ふふ──例えばあなたひとりの犠牲で時にさだめられた星の運命を救うことができるとすれば?』
「あぁ、なるほど?」
「そうだな……売れずに困っている駄菓子屋があったら大人買いするし。学校で一曲演奏してくれって血まみれで懇願されたんなら、まぁ渋々には引き受けるだろうし。とおりすがりの若者に俺ん家に一泊させてって言われたら、ちゃんと家に帰れって言うだろうし」
「できるなら……心の赴く当たり前のことが綺麗なんだろうな。あぁ、つまり────それが俺目線の犠牲、せいいっぱい。それ以上要求してくるヤツ絡んでくるヤツにはそうだな、時に牙を剥く──」
目を不意に開けた緑髪の男は、形相を変え白い牙を見せて天の声の持ち主に笑った。
そしてまたおもむろに目を閉じて語りくわえていく。
「それはそれとして星なんて救ってらんねぇよ。こんなに苦心してるミュージックだってまだすみずみにまで行き届かなくて星どころか人を救えてる実感が全然ねぇんだぜ?」
「それを考えたらどんな凄腕ヒーローもひとりの犠牲じゃ救えねぇよ。名もしらねぇヒーローなんてどだいな(百人ぐらいいて後ろで指示だし楽できるならちょっとは考えてやるが)」
アンケートはその質問で終わったのか、やけに静かになった。
肯定も否定もされない。
そんな時が過ぎ、黙り寝入っていた顔に何かが降りかかった。
目を開け、夢露はその顔についていた白い紙ぺらを剥がし確認する。
「そちらお布施のひざまくら代です♡」
「膝枕…代っ…!?」
しずみこむ寝心地の良い膝は甘い罠だったか。
分単位で利用料を請求する、世知辛い世の中であった。
▽ポニーミュージック 第2会議室▽にて
この日LEOのメンバーの3人は久方ぶりに3人で顔を合わせた。
貸し切りの会議室にて、偉そうに足を組み椅子に掛けていた豊かな金髪がマイペースな足取りで、部屋に入って来たばかりのギタリストとドラマーに近付いていく。
「今度のライブのサプライズで披露する予定の新曲だ。リハまでにある程度できるようになっておけ」
渡されたのは最新型の携帯音型再生機。そこにLEOの新曲が入っている、いつもの練馬玲央のサプライズでのバンドメンバー2人への発表方法だ。
さっそく渡された再生機を各々確認し表示されているのは────半田夢路の知らない題名の曲、その名を読み取ってもいつもはあるはずの納得感がないので玲央に預けた曲のメロディーのどれとも合致しないと思われ。夢露は思わず首をかしげた。
「俺は売れると思った曲の方を採用する──以上だ、後はマネージャーから仕事道具を受け取れ」
緑髪の男を睨んだリーダーはまた早くもこの場を去ってゆく。
パタリとグレーの無機質なドアが締まり、気を引き締めるように促すかのような音を鳴らす。
「よかったなぁ〜。お前の仕事がへって、LEOの1割くん♡(今は0.1かな?)」
「はははは馬鹿言え、上からねじ込まれただけだろうが。俺はドラムしばいてるだけのお前とちがって、いつか充電がてらこうなることは予・想・済・み♡」
肩に組みかかった鬱陶しい腕を払い、いつものドラマーの安っぽいいびりに対し飄々とした態度で予想済みであったと返した。
「はぁ!? 俺っちの美技ドラムを馬鹿にしてんのか。万年ヘタッピのくせに!!! ──あれ!?」
「その美技まだまだだな、ははははは」
ドラマーのパンチは空を切り、拳を覗いてもヒットした感触はない。いつの間にかもう既に荷をまとめた緑髪は遠く──
「おい待てえええもう一発勝負だメロ!!!」
「やるかよビギナーははは」
グレーのドアはパタリとまた強烈な音を鳴らし閉まった。
呼び止める馬鹿声に手を振り、煽るように小刻みにさようならを告げながら。
「あいつ、俺の熱演したPenseeを捨てやがった? ふんっ、まぁいいさ。これも大人の苦さってか。確かにありゃ、まだまだ深みが増しそうだぜ? あの感じ耳と鼻の詰まった王様にゃあの花の良さがわかんねぇだろうがはははは。どれどれアイツの厳選した新曲とやらがどんな軽くて聞きごたえのないものか────そこそこぉ…ヤルじゃねぇか? ふぅん♪」
イヤホンを耳にさし、課題の新曲を再生する。
予想外に悪くないメロディーに多少の嫉妬と納得とお勉強をしながら半田夢露はレコード会社の事務所を後にした。
いつかの駄菓子屋のツケを現金払いで済ませたある日。イヤホンに学習しながら口ずさんでいた昼の帰り道。
真正面に待ち構えるように立っていた黒セーラー、黒髪をそしらぬ顔で通りすぎてゆくそんな路地。いつの間にか早歩きどうし並び歩いていた黒尽くめの女が、何かを手に握りしめていた。
それは彼も見るのははじめてのチケット────見慣れたバンド名の書かれたチケットだった。
イヤホンを外した半田夢露は入手方法の気になったソレを指差し、ついてきた彼女に話しかけた。
「ほぉ、よく取れたなソレいくらした」
「それは知らない、その日予定のある川波智花のかわりに譲り受けた」
「あぁー、あいつか。なるほど? ──はいよ」
「カイザー、このお金は? あ──」
「ライブなんかよりそれで一緒にうまいもんでも食ってろ苦学生」
財布から取り出したピンピンのお札を三枚。
それを手にすんなりと受け取ってしまうほどに困窮した様子の黒セーラーに、握り力の緩んだライブチケットと引き換えに押し付けた。
手を上げ紙ぺらを揺らしながら、用事を済ませたバンドマンが遠く去っていく。
そんな彼の事を黒セーラーの女は握りしめた三枚のお札と交互に、立ち止まり見つめてしまっていた────。
▽東帝都増川エリア ロックホール増川▽にて
ステージに上がったからには堂々と、緊張をスパイスにして。LEOのギタリストとして生放送を思いっきり遂行する。
LEOのメンバー、いつものギタリスト、ドラマーは暗がりを互いにケンカし競い合うように盛り立てる。
しかしまだ序章ですらない、観客たち女子たちの期待感を高め続けるその激しい音の雨が止む……。
静寂を共有する当たり前かのように、人のざわめく声も止んでゆく……
そのよくできた静寂にこつりこつり靴音鳴らし、ステージ中央に移ろったシルエットが真っ直ぐにあなたへと指をさす。
「Are you ready──?」
暗闇の中、一筋の細いスポットライトに照らされたのは金髪のボーカリスト。
彼の一声放つお約束の開幕宣言に、静寂を切り裂くようなコールアンドレスポンス観客たちの抑えきれない歓声が鳴り響く。
ギターをかき鳴らし、ドラムがスティックを叩きつける。奏でる爆音と騒がしい光の演出が真の幕開けを宣言する。
始まった最高のライブ。
LEOによる練馬玲央による絶対的なステージが始まった────。
▼
▽
計10曲の演奏は終わり、舞台袖にて熱気冷めない鳴りやまないアンコールを聞きながら、緑髪は金髪のリーダーのお叱りも聞きながら。
「おい、3つだ。半田夢路、今日お前の犯した罪の数だ」
「……」
『あぁーあそことあそことあそこだな、ははは』
「それとさっきの曲少しテンポが速い、危うくマイクを後ろに投げつけるところだった」
「……」
『そうそうそう、ありゃ俺っちも思わずバチをぶん』
「タイガお前のことだ」
「そ、そそそそそそう! そうなのよ!! いやぁ、そう思ったのよレオ! いやぁーついノっちゃってさ!! 俺っちの好きな曲がかかっちまうとなるとエンジンかかっちまって!! あはははは」
「お前の好きな曲は客の好きな曲じゃねぇ。肝に銘じておけ。──ラストだ準備ができたらいけ」
そう睨み告げると練馬玲央はさらに奥の暗がりへと消えていった。
その背が消えてもアンコールの声は消えない。
やがてずっと黙りこくる半田夢露にドラマーのタイガがまた耳元でちょっかいをかけだした。
「……」
「おーい、罪人くん? あもしかしてレオに言われたことが分からないのか? ははは天才ドラマーがナニ罪かていねいに教えてあげようかーもしもーし?」
「…なんだソウロウくん」
「はぁ!? ソウロって…お前メロふざけ!!」
「ははははは、お先にいくぜぃ!!」
王様のステージを温め直すために準備の出来たギタリストとドラマーはまた客席の前へと現れた。
続々とバックメンバーの準備が重ね奏でられ、またもったいぶる期待感を煽っていく。
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▽
良い音色がそろった場にそいつは遅れて現れる。
またステージ中央のマイクスタンドの前の王座に立ち、レオ様節と言われる間で客へと語り掛けてゆく。
「お前らアンコールなんかでいいのか? ────こいつはサプライズだが、しんきょ」
『レオ様レオ様、カイザーレオとは貴様か?』
存分に温めもったいぶって披露したレオ様節を台無しにする男のものらしき声が差し込まれた。
そんな馬鹿げた声を上げた愚か者のことをその耳はその眼は見逃さない、練馬玲央は黒フードの男を睨みつけた。
そして客であろうとなんであろうと邪魔するヤツには容赦はしない。静かな怒りを秘めた声で、黒フードに指を差した。
「レオは俺だ、なんだお前は? 俺様のステージに水を差すとは相応の覚悟はできているというこ」
離れた満杯の客席の黒フードは指をぱちんと光照らされたステージに向かい鳴らした。
『【ピクシスウインド】』
漂い始めた嫌な風、嫌な殺気をぞわり……感じたギタリストは前へと飛び出した。
「まさか……玲央ッッさがれええええ!!!」
右後ろを振り向いた金髪は緑髪に背のシャツを掴み引っ張られ後ろへと倒された。
鋭く下ろされた殺気に反応し、ギターを咄嗟に盾にした。
吹き飛ばされた夢露は、弦が切れおしゃかになったギターを見るより、隣に倒れていたリーダーのことを見た。
抑える顔から血をぽたりぽたりステージ上に垂れ流した……練馬玲央の姿がそこにあった。
「痛ててぇ……ハ、玲央っっ!!?」
「ぅぐっ…………」
絶対的ボーカリストがステージ上で唐突に血を流し倒れる。しかし悲鳴すら鳴らないおかしな周囲の様子に、夢露はさっき仰々しく指を鳴らした黒フードの客を探したが────いない。
「アレ? ご挨拶すらできない。ジャァ、貴様かな──」
いつの間にかステージ上に侵入していた表情がまっくろで読めない黒フードはまた指を鳴らすようなジェスチャーを構える。
「んなろ!!?」
慌てて玲央を抱えながらまた漂いはじめた不気味な殺気のベクトルから逃れる。
玲央を助けた夢路が汗吹く必死な形相を浮かべたそのとき、
『【魔風鬼】』
「カイザー、今のうちに早くジュゾウして覚醒。ん──」
白傘がパッと咲き開かれた。
鋭い風の刃を間一髪で防ぎ、玲央を運ぶ夢露2人の前に盾になるように現れたのは、──黒セーラー。近頃夢露がよく見かけたその女だった。
いきなり現れた黒セーラーはすぐさま夢露へとカイザーへの覚醒を促す。
だがしかし……半田夢露は動かない────。
冷汗垂らし、脳がパンクするほど一瞬に考えた末に彼が導き出したアンサーは────
「で、できるか今はできるか!! 一旦逃げるぞおおおおおおお!!! こっちこっち!!!」
「──!?」
練馬玲央を抱えた半田夢露は黒フードのいる側と反対の舞台袖へと走り向かった。
黒セーラーは彼の取った行動に驚きながらも広げていた傘を仕舞い、後に走りついていく。
▼
▽
「なんでカイザーにならない」
「俺は…ミュージシャンだ! ミュージシャンで…ギタリストだ!!」
「あなたはカイザー、カイザーレオ」
「さ、さっきから何を言っている! 半田夢路! レオはぅぐっ……」
「お前がややこしいこと言うからァ!?? くっそ……それよりダカラ一旦逃げるぞ! 避難が先だもろもろは後だ」
「客は」
「狙うならなんでかご指名のカイザーなんだろ! ヤツがまともなイカれた頭してんなら追ってくるはずだ、例えヤるにしてもあの箱の全部なんて守れるか!! こっちのカードの方がきっと安全だろうが!! それに……ッ!! あんなステージで闘えるか!! あそこは…」
「たたかえるカイザーなら」
「だから違うって言ってんだろ!! このまま一旦開けた外に出りゃぁ──!!?」
やけに長い舞台袖を気にも留めず駆け抜けた。夢露と黒セーラーが噛み合わない問答を繰り返し走りたどり着いたのは────
ド下手なドラム音が鳴り響き彼らを出迎える。
光る景色は元の景色。
ドラムセットを遊び鳴らす黒いのっぺらぼうの怪人が出迎える、暗がりに光照らされたステージ。
「以上、作曲:死神クン そうですネェ……これから捧げるメロディーは、『悪戯な死の舞台』とでも名付けてミマしょうか、フフフ────」
「DOME内では逃げられない」
「さき言いやがれ!!!」
怪人の支配するDOME内では逃げられない。
怪人を打ち倒さないかぎり……。
異常な舞台へと足を踏み入れてしまった半田夢露はその伝う冷汗を拭うこともできない、壊れたギターに空気椅子をし動かないドラマー、物言わぬ観客、背に背負う王様。
彼の目に映る素晴らしき今日という日は、知らぬ存ぜぬ悪意にイマ穢され、目をいくら凝らしても元通りに戻ることはなかった────────。