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第1話 ソウゾウ、ジュゾウ、覚醒!?

時は西暦2000年一月一日、その秒針は絶望と希望の入り混じる第0歩をきっかりと刻み過ぎた。

20世紀最後の年、世紀末ライブ。

ついに人類は絶滅しなかった。

俺たちはその喜びと(かな)しみを野音でかき鳴らした。


コールはもちろんレオ。人気急上昇中の俺たちのバンド名LEOにして絶対的ボーカリスト、練馬玲央(ねりまれお)を熱くコールするファンたちの声が、欠けてもなおギラギラと輝く月夜の野外ステージに響いた────────。







東帝都(とうていと)品浜(しなはま)エリア野外音楽LIVE会場 控室▽にて


少し売れても相変わらずの狭苦しい相部屋で、ギター担当はドラム担当の男のうるさい語りを耳半分に入れ。

紙パックのトマトジュースを飲みながら特別なLIVE後の熱気と疲れをクールダウンしていた。


「やっぱレオについてけばっっ俺たち天下取れるんじゃねーーーー!!」


「その天下、作ってんの俺だけどな──はんぶん」


ストローを含み赤い甘さをさらさらと吸い上げながら、暗い緑の前髪をかきあげる。

横向いたギター担当の緑髪は、子犬のような顔をした天をおおげさに仰ぐドラム担当の叫びの後にさらっと言い足した。


「はあぁ!?? はぁ…お前なー、ハンブンはおおきく出すぎだっての!! 1だ1!! せいぜい1割!! 俺たちゃレオがいなきゃ成立しないのだよバンド名はLEOまさにレオのための俺たちッてこと、だから裏でコソコソせいぜい1割野郎が言ってんじゃねーの馬鹿!!(ちなみに俺っち1.5割) それにさっき特等席から見たろオメェも。ファンどもはレオの世界観、圧倒的なレオ様ワールドに酔いしれたいのよ! ビジネスとミュージックが分かってないねーお飾りのシロウトくん。それにお前ちょっと曲っぽい曲つくれる以外のセンスちっともないんだからさ。世の女子どもをキャーキャー言わせるレオ様節の歌詞もオシャレもギターもハナも」


「まぁたしかに…一理。ってシャレは関係ねぇ! オ飾りのオ馬鹿はてめぇだよギンギラダサベルト!(ドラムしばいて隠れてるだけの0.2割っち)」


語りだしたドラム担当のオ馬鹿なケツを足で打つ。どこで売っているか分からないギンギラベルトが動く度にチカチカと煌めいて客の目障りであると喝を入れた。


そんな突然の蹴りに、よろめきながら前進したドラマーがバッと振り向いたと思えば──

蹴りよりも破壊力のありそうな右ストレートの拳が、尻よりも硬くて柔い……緑髪のギタリストの顔面視界間近に怒り迫った。


「痛てェっ!? おまっやんのか!! お前こそおおおおおトマト農家みたいな真っ赤なダサベルトしやがっ!!!」


「────たしかにな」


そんな遠慮なく放たれた右ストレートは────見開いたギタリストの視界に不意に差し込んだ、大きい右手の平に良い音を鳴らした。


「レオ!?? いたのかよ!? いっ……言えよなーーぁ…いつもちょっぱやで帰るのに」


現れた豊かにウェーブした金髪はレオ。ドラマーの調子乗りが調子よく急いで取り繕うほどの存在だ。


「俺の耳は地獄の釜がぐつぐつ煮えたぎる音も澄ませばよく聞こえるぜ? ステージと同じくなかなかパンチ力のあるドラムだな」


きつく受け止めた右の手は、やがて飲み込むほどにドラマーの拳を覆い。そのドラムスティックを握るにも大事な手をやさしく労わりながら突き返した。


「はっははははははーー、だろ? レオが止めなきゃあやうく天国送りだったナ!! ちっ惜しかったぜ! ははははーー」


返品された汗ばむ右をもみ拭いながら、笑えない冗談を笑い飛ばしつつ言う。

そんな不遜で不注意なドラマーにはもう構わず、絶対的存在はその髪色と同じ金色の眼で振り返った。


「さて半田夢路(はんだめろ)、お前は俺のファンならぬファングだ。研がれてきた商売道具がくだらねぇことで欠けちゃいけねぇ。今日という退廃を免れた俺様のセカイで早々にくだらねぇことをシてくれるな」


レオ様節で年明け早々のLEOのギタリストの無様なあり様に釘を刺す。

睨む金獅子に、いつものフルネームで呼ばれた半田夢路は緑髪を意味もなくゆっくりとかきあげることしかできず。


「おおおおおおおはいはーいレオ俺は? 俺っちもファング??」


「テイル」


「うっうおおおおおテイルッ、イかすぜええええ!!!(……テイルってなんだ?? スープ??)」


子犬のような表情をしたドラマーを一瞥し、その豊かな金髪を揺らし無言で突っ立つ緑髪の左を掠めるように近づいてゆく。


『ただ近頃俺の喉笛に噛みついてくるようだ、生意気にも、俺様に流れるお前の挑声(リズム)は』


左で凄みささやく王獣の爪が食い込む。緑髪は刺すような痛みに顔を顰めながら、ぐにゃりと歪に曲がったその顔を防衛本能か笑わせた。


緑のデコから左頬に冷汗を流しながら、流れ落ちるまでもなく練馬玲央はちいさな控室を去っていった────────








世紀末ライブ後。退廃的で憂鬱な思考を爆音に吹き飛ばし、クリアに幕開けたはずがよくよく考えればまだ……新世紀一歩手前。


ある種の憂鬱はまだその左肩の痛みにずきずきと鬱陶しくのこる。

この男にとって最悪のスタートダッシュだったのかもしれない。


そんな深夜尖った月夜、行きつけのラーメン屋も開いていない。

微妙に嫌な空腹感を腹に、背にギターケースを背負い。男は〝さんかく公園〟へとやってきた。


そんなどうにも冴えないストレスを解消するためには、やはりやるしかない。誰もいない自分だけのステージに跨る。

ギターを片手に頼りげないスポットライトを浴び、いざっ────


『ちょ待って!? アレってアレじゃない!? ほらLEOのミドリのっっ』

『だよねだよねー!? きっとそうだってぇあはははは』

『ヤバっ、なんかひとりでびょんびょん遊んでてウケルんだけど、あははッっ』

『ねぇねぇさゆり…ちょっとサインもらってきてよ。あんたレオ好きじゃん』

『えぇ? なんか…どうしよ? えぇどっちでもだけどぉ…なんか怒りそうじゃなぁい? あはは』


ミドリが跨ったライオンの遊具が乗り心地悪くスプリングをしならせ、びょんびょんと揺れている……。




(迷ってるぐらい欲しいのかよ)


「あぁ、いいよ。背中かして、ペンある」


公園の入り口でこそこそ笑い合っていた若い風貌の女子二人組に半田夢路は獅子からひょいと飛びのき近づいた。そして友人につつかれながらもぞもぞ迷っていた1人に怒ることなく笑みをつくり話しかけた。


何故かこんな深夜に徘徊する若者にも用意された可愛らしいペンはあったようで、彼は影で練習したサインを背中ではなくコンビニのレシートの裏にフルネームで書いてあげた。既にイカした店員の名前の書かれた裏に……。


「めっ、メアドも! 交換…できたり?」


また友人Bに背中をつつかれたのか、LEOのギタリストのメルアドを要求する。そんな商品はくしゃついたレシートにはまだ書かれていない。


「あぁー……いいよ。ここに一緒に書けばいいか?(冷やしカスタードたい焼き113円だと…? よさげだな)」

「え!? マジ!? ムロさんムロさん! はいはい私もー!!!」


「あー、ダメ、お支払いの商品はかわいい俺のファンだけ。(誰の俺がどこのツヨシだ)」


「ええええ!?? ──は?」


即興で唱えたキザな詩の意味が分かったのか、友人女子Bの顔が一瞬引き攣る。


(してやったり。帰り道にギスるがいい)


半田夢路は豪華なレシートをファン女子Aへと丁寧に畳み預けて。

2人の間を悠然とすり抜けながら、さんかく公園を後にした。




「ふぅ、いい夜風だ────────って、俺のギター!!」




半田夢路21歳、男。

売り出し中のバンドLEOのギタリストにして作曲担当。

ギターの腕はあまり褒められない、レオの後ろの緑髪。

赤いベルトをトレードマークにし認知されるように密かに努める。

彼はきっと今日も明日も明後日も輝かしいLEOの一席にすがりつき、あの絶対的存在のための曲作りに勤しむことだろう。







▼▼▼

▽▽▽







▽品浜ミナミ高等学校▽にて


5時限目の授業のじかん、授業料を払っているはずの先生は遅刻しているようだ。こんなときはクラスの誰も職員室に呼びにはいかない。この時間の雑談おしゃべりが一番たのしいのを彼らは知っているからだ。


「あぁもうムロってレオ様とちがって性格悪ぅ。今思い返してもムカついてきたぁー! メアド交換なんてこっちからお断りだってのぉー」


「んーー、そうかなぁー?」


「はぁ?」


友人女子Bは後ろ席の友人女子Aへと振り向きながらいつかの愚痴を垂れたが、反応はイマイチ悪く。


「ここだけのはなし? てかここさいきん毎日? なぁんかLEOのカップリングにするよていって曲電話越しに弾き語りしてもらってるし、──だって?」


携帯電話を夢中にいじりながら、友人女子Aはそんな突飛もないことをさらりと告げた。


「はぁ!?? 電話越しにヒキガタリぃ!? さゆり何嘘っぱち言ってんのそんなのあるわけないじゃん!(その取ってつけたようなだっての使い方ナニ!?)」


「べつに嘘じゃないよ、ふふぅん、なんかフ・ァ・ン・特・権? ってやつみたい? このメロディ、イケてるかどうかキミのすなおな感想をおしえてほしいんだってぇ、えへへ(ちなみにメロさんだよ)」


「ありえないんだけど……。あっ、あのさ…ソレってなんかロメに利用されてない? さゆり心配になってきたんだけど…?」


「めぐりめぐってLEO(練馬玲央)に利用されるならそれでもいいかなぁって…にゃははぁ……。あ、ちなみにこの曲は一曲たりともゼッタイ他人に教えちゃダメなんだって? だからごめんねともか」


「やかましいんだけど!!」



『ヤカマシイ』



「「は?」」


さゆりとともかは変な声の聞こえた前を振り向いた。

すると誰もいなかった教壇にはいつの間にか遅刻していた日本史の教師の代わりに──


「何アレ、コスプレ?」

「さぁ? ナカミが織田先生(おだせん)だったり?」

「「あはははは」」


青い薔薇を擬人化したようなコスプレ女がいる。見慣れた中年男性教師の代わりにまさかの謎の人物のコスプレ登場に、たまらず教室は生徒たちの笑い声に包まれた。



【人類殲滅計画】



そんな子供達のざわめきに青薔薇アタマは口角を上げ、チョークを取り出し、黒板には大きくそう書かれていた。


「これをなんて読むか、理解(わか)るヒト」


「はいはーい! ──じんるいせんめつけいかく。せんせいはイマなんちゃい?」


「「「あはははははは」」」


明るい男子生徒がそうおどけて手を上げながら答えると、また教室はどっと賑やかな笑いに包まれた。単純で壮大な計画を黒板に色チョークでかかげる、コスプレ女のことがとても笑えたのだ。


そんな元気な笑いの渦のさなか、コスプレ女はその元気のいい答えに満足気の様子で……教卓にうっとりと頬杖をついた。



「セイカイ♡」



チョークの雨が振る。赤、白、黄が黒板のチョーク入れから噴水のように突然ふきあがった。

頭をつつく突然の痛いチョーク飛沫に、ともかは思わず鞄を傘にした。


訳の分からない雨が降りやむと────────


黒板は無茶苦茶に、それどころか教室中、生徒たちの机に至るまでチョークまみれに汚れている。

この世のものとは、学校の授業とは思えない光景に、伏せていた目を開けたともかは絶句する。


しかし絶句しているのは自分だけではなく、様子がおかしい……彼女が振り向いたさゆりも、クラスメイトの皆が時が止まったようにその場からぴたりとも動かずにいる。


ともかがさゆりの肩を何度つよく揺らしても反応がない。

彼女はおそるおそる首を振り、取り残された訳の分からない状況のなかで、変わり果てたクラスのことを見渡していく。


「ウフフふ」


時は止まってはいなかった。

青薔薇頭と目が合う……その瞬間にともかの全身がゾッと冷えていく。

未知の恐怖に自分ひとりだけ、呼吸が心音が速まる、どうすることもできない、椅子から転げ落ちることさえ、支配されてゆく恐怖の光景に動けない。


そして理解不能な青薔薇女がやがて頬杖をとき……コツコツとその妖しい足音を立て────



『まさか学校まで…既に怪人の…これがDOME内というやつか……』


そんな密室の教室に風が吹き抜ける。

後ろの戸が唐突に勢いよく開き、知らぬ男子生徒が現れた。

しっかりと怪しい青薔薇のことを見据えた彼はかけていた眼鏡を構わず投げ捨てた。まるで日常を投げ捨てるように。

そして────



「この(おもい)枯れゆくまで……ジュゾウ、────覚醒!」



教室にあるはずのない花がぶわりと一面に咲いた。

掲げた男の右手は黄色く染まり、左は青く、ショルダーは赤く色づく。

白紫の面を上げた──未知の存在が覚醒し顕れた。


「な、なんなの……」


花びらを模ったような仮面は人の顔のように、

どこからともなく光り召喚した厚い本を片手に、黄色い拳を力強く握りしめ……身に吹くオーラの風に本のページが捲り靡く。


咲き誇り覚醒したカイザーパンセは、不敵に笑う青い薔薇の怪人へと勇む力で挑んだ────────








優雅にギターをかきならす。

しかしちがう。

ロックにでたらめに、──ちがう。


こうして半田夢路の創造したものもボツになった楽曲たちの方が多い。レオ様の耳の穴の審査を通れずに9割の創造物が墓場行きになるのだ。

そんな亡きメロディーのひとつひとつを覚えてはいられない、人は簡単に忘れてしまう。だがぼーっと窓に映る景色を見ながら、またふと思い返しリサイクルしてみたりする。


社長と社員のような関係か、それとも主人と奴隷か、今日も半田夢路はギターをかきならし曲を作りつづける。その術しか彼は知らない。


「アイツ、もしかして年一でしか耳かきしてねぇんじゃねぇか? はぁ……チクショウ! かわいい子兎の耳は満足させられても、ってか?」


「何が〝かるい〟だナニガ〝聴きごたえ〟だ。俺のせっせと苦心して作った曲はお前の食事かよ」


「そんなにお好きならお前がコウシテ作ってみろってんだ ヨッ! ♪────」


それでもギターをかきならす。そこにそこそこのギターと狭い自分だけのアパート部屋があるかぎり。


ときにミュージックとはなんとも身勝手で、怒り愚痴を吐いたあとは、けっこう上手くいったりする。半田夢露はかきならしたその初対面のメロディーにノリながら、指先に模索してみる……もっともっと深く深く次へつぎへと。


やがてその目を心地良く閉じながら────────鳴り響くシンプルな携帯の着信音にノリながら。



「ってノれるかバカヤローーー!なんだよハイハイ!! 今カレーを煮込み始めたいいところだったんですが!! あいにく今手がはなせな──」


『ハァ…ハァッ…て────助けて!!』


「は? もしもーし、だれだ? どうした??」


『──助けて!!! がっ、学校にへんな怪人が!! 襲って!! さゆりも急に動かなくなって!!! む、ロメたすけて!!! どこにも通じ────』


電話越しの迫真の演技に、若い女の必死な声のする携帯電話を思わず耳にイチド外し睨めっこした。


「何言ってんだこいつ。(誰だよロメって)ふざけてんの…か?」


「あー、そんでなになに怪人?外人? もしもーぉし、────しかも切りやがった、おい!」


「はぁ? 助けてほしいならなんで警察じゃなくて俺? いたずらにしてももっと世界観を……ってコイツ、さゆりってたしかぁ…? この声もしかしてこないだの公園前のタムロ女か? おいおい…今度はロメってお前、友達の携帯借りてやる仕返しがまたそれかよ。ははは、学校に怪人が? ははははそいつは日本史の授業より楽しそうな青春だな笑える」


「さぁて、なんだかしらねぇが笑わせてもらえて気分がいい。大人の俺は煮込んでいたカレーのつづきを──」


ベッドに腰掛けた家主が上機嫌にギターを構えたそのとき────

天井がどたどたとのたうち走り回っている。きっと学校から帰ってきた子供たちが遊んでいる。

少しおおきな名も知らぬあの鳥が窓木にとまり、汚い鳴き声をプロに向けて披露している。


「ぬぬぬぬぬぬ…なーーーー思い出せねぇーーー……っーーークソっ! ってさっきから一定間隔でぬるいチャイムを鳴らすな!! ハイハイ今でますよーー!!」


急に一斉に騒ぎ出したこの部屋で仕方なくギターを抱えたまま、怒った形相の家主は誰かも確認せずに家のドアを開いた。


「お出向きいただきありがとうございます。わたくし救星教のシスターCです、まずはこのパンフレットを一度お目通しいた」


「んなことより! さっき浮かんだよさげなメロディをさっ、思い出せないんだ! きゅーせーきょー??? んだよそれ! えーなになに──星なんて救ってる場合じゃねぇだろ、俺だろ? Marsはオレオレ! ってだからさ今はチャイムも説教も鍋敷きのパンフレットもいっぱいいっぱいで俺いらねぇの! カレー…じゃなくて失ったメロディーを俺の曲をッ探すべきッ一刻も早く頭ん中のモヤついた手がかりが失せないうちにぃぃ救うべきなんだよ!!」


「ふぅ……なるほど──ならひとつよいですか? あなたのする創造とは天よりその身に授けられしもの、今のあなたの奏でる口先や爪先からはしょうしょう孤独な傲慢さが見受けられます。いちど落ち着いて自然に身を委ねられてみてはどうでしょうか? この星の厳かなあふれる自然と対話することで──」


「なるほど!!! サンキュー!!! 自然にゆだねる、それだ!!! んーとんと、お布施はその辺からとってくれ! ────ついでに鍵かけといて!」


ギターを引っ提げた家主は慌てた様子で靴を踏み履き、ドア前に佇んでいた白いシスター服の聖職者にパンフレットを返し家の後始末を任せた。

やがてギターを試し鳴らす音が半開きのドアの部屋から遠のく……。


半田夢路は階段を急ぎ降り、曇り空の外へと繰り出した。









(どうしてこうなったのか分からない。──気になっちまったんだろう。サッカーボールの延々転がり続けるさんかく公園の自然に浸るには、その耳にまだこびりついていた比較的新鮮な怪談情報っていうヤツが気になってまったんだろう)


半田夢路はさんかく公園を抜け出し、品浜ミナミ高校へとやってきていた。どっぷりと自然に浸りあの失ったメロディーを探すためにはまず、ひとつひとつ身や耳にふりかかった小問題を解決していくことにしたのだ。


そして今何故か気付いた時には白から灰黒に移ろっていた……異様暗雲の下、お邪魔した学校のグラウンドに突っ立ち。

相対する緑の蔓でその身を覆った青薔薇頭のコスプレ女へと、半田夢路はもう一度その設定にまちがいはないか問いただした。


「えーっともう一度聞くんだけど……なんだってぇ?」


「人類殲滅計画。フェイズ1。人を効率良く滅ぼすために、このDOME内で雑魚を足切りして効率良くあなたのような活きのいい点数を集めているのよ♡」


(ほんと何言ってんだ…? これは劇か撮影か? あたらしい避難訓練の一環か? ──にしては)


半田夢路は後ろに怯え青ざめた表情のともかと、ぴくりとも動かない死体の演技をしつづけるさゆりを今一度振り向き見た。


「おいおいお姉さん、先生か? 即興にしちゃまぁまぁよくできてるけど気合い入れ過ぎた朝の特撮みたいなコスプレはさぁ。徹底してやるのもいいけどきっとこういうのは引き際が大事だぜ? 生徒たちももう冷めて乗り気じゃ」


その時──何かが一瞬にしなり地を打った。

前からやってきた咄嗟のことに夢路は身を後ろに捩り、反応したが。


「おっと!? あっぶねぇナ!?? ちょ、なんだそんなとこまでこだわりのギミっ──」


流れ伸びてきた青い蔓鞭を咄嗟に避けた。

咄嗟に避けたつもりだったが、何故か胸が熱い。

ゆっくりとその熱を手になぞると赤い色が、見下げると焦げついたTシャツが────。


「うがああああああーーーーーーッ!!!??」


痛みさえ分からなかった。分かった時には、猛烈な痛みが一気にその体に押し寄せた。胸が焦げるように痛い。


激痛に立っていられず前に倒れ、砂利つくグラウンドをのたうちまわる。

そんな活きのいい虫ケラを見下した青薔薇の怪人は、いつまでも寝転び這う虫を再び手元から伸ばした蔓で絡め取った。



規律(きりつ)


虫を強制的に起き上がらせる。


私刑(きをつけ)


もう片方の手元に蔓鞭を興奮気味にうねらせて、



「レレレレれれれれレイっっ!!! あはははははははは生肉を(しば)くの最高おおおおお!!!」


(なんで…俺がッ…ナニがッ…こんな目に……。クソいてぇ……痛てぇ…イテェ…!!!!)


容赦なく打ち付ける、尖った棘が肉に食い込み、訳の分からない青い電流が肉を焼き流れる。

思う存分ズタボロになった生肉は……


「──廃棄(ちゃくせき)


絡め取られた肉が、宙を浮き青薔薇頭の後ろに放り投げられた。


宙を高く舞いながら、やがて激しい音を立てて堕ちる。


椅子と肉の廃棄された山へと、またひとつ……積み重なった。



(なんだよこれ……なんなんだよ……俺は…死ぬのか……曲作りで全身鞭打ちの死刑なんて……きいてねぇ……)




(──────ららん…らららー……ららん…らららー……らっらー…らー…………)




(そうか……はは……こんなわけわかんねぇ地獄にあったんだな……部屋にいちゃ…みつからないわけだ……)






『た、たのむ……この(おもい)を……手を……』


(なんだよ……せっかくカレーによく合う唄が見つかったってのに……邪魔するなよ……)


うつろな目をし笑い口ずさむ男の指先に、隣にもたれるボロついた男の指が絡もうと触れる。


やがて、鬱陶しく求める手が求められる右手に重なった。


「おもい……ソウゾウし…ジュゾウし…覚醒するんだ……。それが人を救う……カイザーだ……。お前の中にもミエル……内なる獣が……その鼓動が……うっ……」


重なったその手は、半田夢路の体を伝いちいさな花を咲かせてやがてそれもすぐに枯れてゆく。

だが不思議と夢路にあった全身のだるい痛みが、すこし和らいだ。


「はは…一曲だけだぞ……」


となりの血塗れの男の顔を覗いた夢路はそうだるそうに言いながら、まだ痛み軋む重い腰を上げてゆく。右手に籠る熱に引っ張られるようにふらふらとグラウンドの方へとまた、ぎこちなく歩き出した。





「ウフフふ、怯えなくていいわ、顔はキレイなまま廃棄()てあげ──」


グラウンドにスカート尻を汚し引きさがり逃げてゆく女子生徒を見下ろしながら、つる鞭をうねうねと……その恐怖に支配された若い顔肌に伝わせる。


そんなお楽しみの最中の青薔薇頭うしろに、何かが不意に突き刺さった。

青薔薇の怪人は頭に刺さったそれを蔓で取り除き、視界に入れた。


それは三角のカタチをした……血濡れのギターピック。



突拍子のないそれが飛んできた方向にゆっくりと怪人は振り返る。

そこにはさっき気持ちよく廃棄したはずの男が、荒い息をしながら赤く起立しグラウンドに立っていた。


「ヘッ、──へんな怪人にはイッキョク仕返しだぜ……」


「ウフフふ……再私刑(きをつけ)えええええええ!!!」


可憐に咲く青を傷付けたその怒りをうねらせ溜め、真っ直ぐに飛んでゆく。

青い薔薇の蔓鞭が容赦なく死に損ないの肉を襲いゆく──




「創造、」


「ジュゾウ!」


「────覚醒!!」




半田夢路は灼けるように熱い右手を、拳にし天を貫くように掲げた。

すると悪意の伸びゆく先に、光の柱が降りゆき、眩き光が突然に咲き誇る。

暗雲の支配する学校を白く白く染めてゆく程に。

やがてその熱量が明けて顕れたのは────



「俺がカイザー……〝カイザーレオ〟だ!!!」



ぬるいスピードの蔓を地に踏みつけながら、捻り焼き切る。

創造ジュゾウ覚醒し顕れたのは白き鎧纏う獣、カイザーレオ。

怪人へと仕返しするために内なる眠る鼓動を今咲かせ、半田夢路はカイザーレオへと覚醒を果たした。

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