フレストール王国
読んでいただいてありがとうございます。フレストール王国の大人組はお気に入りです。
~クラリス&シモン&デヴィット~
「ついに……ついに降ってきたか……」
窓の外を見ながら、ソファーに座っていたシモンが絶望に満ちた声でそう言った。
「そなたが服に埋もれる季節だな」
反対側のソファーに座っているクラリスは、すでに服を重ね着して夏場より一回り太ったシモンを見た。
雪が降り始めたらもっと重ね着をするのが、シモンの毎年の恒例だ。
「相変わらずなそなたに、私からの贈り物だ」
クラリスが出してきたのは、真っ白でふわふわしたスリッパだった。
「中も暖かい素材で作られているのだ。そなたは寒いのが苦手ゆえ、取り寄せた」
「それは、ありがとうございます」
足先が冷えるので、すでに靴下を二重で履いているがまだまだ寒い。
「ふっふっふ、私も私室で使用しているが、暖かいぞ」
さすがに急に誰が来るか分からない執務室では履いてないが、奥にある私室では女王も愛用しているもこもこあったかスリッパだ。
「それ、すごく暖かいよ。シモンは寒がりだから、ここで履いていてもいいんじゃないかな」
なぜかシモンの隣に座っているデヴィットが、そんな風にのんきに言った。
「ここで使っていたら、他の者に示しが付きません」
「え?何で?だって、君、すでにそんなに着ぶくれしてる姿をさらしているのに、今更な気がしない?君がそのあったかスリッパを履いていたって、誰も気にしないって」
ははは、と笑ったデヴィットにシモンは反撃したいところだったが、部下たちが毎年シモンの服の厚さでその日の寒さを計っているのを感じていたので、何も言えなかった。
「そうよの。私もそなたの服が厚くなるにつれ、冬が本格的に来たと実感している。まぁ、このスリッパを使うことによって、さらに寒さ到来を告げるモノになってくれればいいのではないか?」
「陛下まで……」
デヴィットの言葉に頷くクラリスに、シモンはちょっと悲しげな顔をした。
「昔はここまで寒がりではありませんでしたが、文官になってから机仕事が多いせいか、いつの間にか寒がりになっていたんです。そう、これは一種の職業病です」
「冷えが職業病かー。じゃあ、私が温めてあげよう」
名案を思いついたとばかりに、デヴィットは急にシモンをガバッと抱きしめた。
「ちょ!離してください!」
「クラリスもこっちにおいでー」
呼ばれたクラリスがソファーを移動すると、デヴィットは左手でシモンを抱きしめて、右手でクラリスを抱きしめた。
「ほら、こうすれば温かい」
「だから、そういう問題ではないと!」
「ふむ、温かいな」
デヴィットの言葉にあえて乗ったクラリスがその温かさを堪能していたら、ノックの音がしてこの国唯一の王子が入ってきた。
「宰相、この書類なんだが……何をしていらっしゃるんですか?父上」
宰相の執務室で、なぜか宰相と母女王を両腕で抱きしめている父の姿に、王子は呆れた顔をした。
「んー、私の大切な愛する女性と男性を愛でてる最中。何だったら、君もどう?」
「遠慮いたします。ごゆっくりどうぞ」
ここにいたら確実に巻き込まれると感じた王子は、素早く状況を判断して逃げて行った。
「逃げるの速いなー」
「状況判断が素早くてよろしいかと。殿下、いつまでこうしている気ですか?」
「んー、どうしよっか?春までとか?」
「重ね着にスリッパの方がマシです」
「しょうがないなー」
しぶしぶといった感じで、デヴィットはシモンを離した。
「何だ、もう終わってしまうのか?」
「シモンが嫌だって、寒がりのくせに」
「そうだな」
デヴィットは、しぶしぶクラリスも離した。
「温かかったのだがな」
「そうそう。温もりは分かち合わないとね」
「……出来れば、こういうことは、他の人には見られないようにお願いします」
温かいのにねー、と言う夫婦に、シモンはせめて人目だけは気にしてくれ、と心の底から思ったのだった。
~コンラート&セルフィナ~
「雪が降り出す前に戻って来られてよかったよ」
「本当ですね。しばらくはこちらにいらっしゃる予定ですか?」
「冬の間はいるよ。普段は君に任せっぱなしになってしまっているけど、たまには伯爵の仕事をしないといけないからね」
コンラートはそう言って、隣に座っていたセルフィナを抱き寄せた。
船の上にいる間、気が付けばセルフィナのことばかり考えていた。
陸地に降りれば市で無意識にセルフィナに似合いそうな髪飾りなどを物色していたし、食事をすれば、セルフィナと一緒に食べたいな、と思っていた。
失った存在はもう戻らないけれど、セルフィナもコンラートも生きている。
すぐ傍にいてくれる存在に、心を許すようになっていくのは、当たり前だ。
ましてセルフィナは、コンラートとは気が合う妻だ。
「セルフィナは、セオリツ国を知ってる?」
「セオリツ国?確か、東の方にある文化も何もかも全く違う国、ですよね?」
コンラートに抱き寄せられるまま彼の胸に頭を預けたセルフィナは、聞き慣れない国名に、この国に来てから勉強したことを思いだそうとしたが、セオリツ国についてはあまり知らない。
「知らないのも無理はない。あの国はちょっと遠いから、あまり貿易もしていないしな。でも、あの国の人間と知り合いになってね。何年後かに船で送って行くことになっているから、その時は一緒に行かないか?」
「私もですか?」
驚いて夫の顔を見ると、いたずらが成功した子供みたいに楽しそうに笑っていた。
「そうそう。俺も行ったことがないのだが、せっかくだから一緒に行こう」
「……よろしいのですか?」
「あぁ。行く時は、あっちも女性連れだし、初めて行く場所って、なんか冒険っぽくてワクワクしないか?」
「まぁ」
結婚する前は大人の落ち着いた男性だと思っていた夫が、時々こうして少年のように目を輝かせてる時がある。セルフィナは、そんな彼を見るのが好きだった。
色々なものを失った者同士の慰め婚だというのに、セルフィナは夫が帰ってくる度に、その辺が少し曖昧になってきている気がしていた。
それは、コンラートの方でもそうではないかと感じられた時もあった。
こうしている時間をお互いがとても楽しんで、満足している。
「行きたいです」
だからか、気が付いたらセルフィナも同じようなワクワクした気持ちで答えていた。
「決まりだ。セルフィナは、それまでに何度か船に乗っておくといいよ。多少慣れておかないと、船酔いがなー」
「……思い出させないでください」
この国に来る時に初めて船に乗ったセルフィナは、船酔いを起こしてずっと横になっていた。
陸上に上がってからも、しばらくの間は頭がフラフラしていた。
「でも、絶対に慣れて見せます。だって、私は船乗りの妻ですもの」
「まずは穏やかな海から始めような」
冬の間、コンラートとセルフィナは仲良く伯爵夫妻として仕事をし、春になって波が穏やかになった頃、船の上のコンラートの隣にはちょっと涙目のセルフィナが一緒に立っていた。
~ミュリエル&アンジェラ~
図書室の窓から見える空はどんよりとした雲に覆われていて、いつ雪が降ってきてもおかしくない天気だった。
祖国にいた時だって、冬の天気はそういうものだったが、同じ天気でもアンジェラの感じ方は全く違っていた。
「アンジェラ、ここの問題ってこれで合ってるかな?」
「見せてください」
アンジェラは、クラスメイト数人と試験勉強のために図書室に籠もっていた。
「雪……そうだ、雪が降って、明日の試験が中止にならないかなぁー」
「多少の雪では無理だろう。休んだ者は容赦なく追試だ」
クラスメイトのぼやきに、ジェラールは諦めろと告げた。
「一縷の望み」
「そんなものはない」
「だよな」
王都では毎年、雪は降るが、それほど積もることはない。ちょっと歩く時に気を付けましょう、と言う程度の雪では試験は中止になんてならない。
「試験が終わったら冬休みね。アンジェラは、休みの間はどうするの?」
成績優秀者なので追試や補習とは無縁のミュリエルが、同じくそういったこととは無縁のアンジェラに聞いた。
「そうですね。寮にいるか、思いきってどこかに行こうかと。王都以外の場所にはまだ行ったことがないので、観光に行くのもいいかもしれません」
寮には休みの間も滞在していてもいいが、年末年始は職員も家に帰る者が多いので、食事などの用意はしてもらえない。寮に残るのは、毎年ほんの少数だ。残っている者には、近くの食堂で安く食事が出来る券をもらえるので、そこで食べるか自分で何かを買ってくるかして過ごしている。
アンジェラは当然、寮に残る組だ。
けれど、せっかくの長期休暇なので、アンジェラは少し遠出して旅行するのもありかと考えていた。
アンジェラは貴族ではないのでそういった貴族的な催しに出る必要もないし、家族もいないので後見人の宰相に報告さえしておけば、わりと自由にさせてもらっている。
宰相は、年末年始も忙しいと言っていた。
「なら、うちに来る?お姉様もアンジェラならいいって言ってくれるわよ」
「遠慮するわ。年末年始は皆さんお忙しいでしょう?それに実は、ちょっと楽しみにもしてるのよ」
「楽しみ?」
「えぇ」
アンジェラの家族はアンジェラを忌み嫌って顔も見たくないと言っていたくせに、こういう時だけ干渉してきた。
単純に、嫌がらせだ。自分たちが華やかな夜会などに出ている様をアンジェラに自慢したくて、わざわざその日の出来事を自慢しにきていたくらいだ。
いつだったか、そういうのが煩わしくて図書館に逃げ込んでいたら、帰った時に酷く罵倒されて折檻された。それ以来、嫌でも部屋にいるようにしていた。自慢するだけで満足するのだから、聞いているだけなら身体を痛めつけられることもない。
なので、年末年始に憂鬱にならない自分の時間を持てるということが、アンジェラにはとても楽しみだった。
「街中、華やかに飾り付けられると聞いています。それを見て回りたいですし、お祝いの特別料理が出る食堂もあると聞いているので、食べてみたいんです」
「……何か、夜会に行くよりそっちの方が楽しそうなんだけど……」
アンジェラが本当に楽しそうに笑うので、ミュリエルは毎年の恒例行事である夜会や親族との食事会などの日々より、アンジェラと一緒に街中の雰囲気を楽しみたくなった。
「ミュリエル、さすがに年末年始の予定は空かないよ」
「分かってるわ」
ジェラールの婚約者として初めて迎える年末年始は、どちらの家にも行って交流を深めなくてはいけないので、スケジュールに余裕はなかった。
クラスメイトたちもそれぞれ予定があるらしく、勉強の手を止めて話をしていた。
「うちは貧乏男爵家だから、そこら辺の庶民と変わんねーよ。アンジェラ、年明け最初の日に、中央広場にある女神像に花を捧げに行くのが庶民流だよ。その年の幸福を祈るんだ」
「貴族だと大聖堂だな。正直、司祭様の話を聞いていると眠くなる。前日に夜会に出てたりするからな」
「分かる!何か司祭様の声って、こう眠気を誘う落ち着きがあるっていうか……」
「話も似たようなもんばっかりで、変わりばえもしないしなー」
どうやら学生たちは、司祭の有難い話に飽きているようだった。
「お前たち、その前に試験だろう?点数が悪かったら、家族から何を言われるか分からんぞ」
「うっわ、嫌だー。というわけで、アンジェラ、ここの問題の解き方を教えてくれ」
「はい。がんばりましょうね」
ジェラールに現実に戻された学生たちは、年末年始の休みの前にとりあえず試験だー!、と嘆きながら勉強を再開した。
アンジェラはそんなクラスメイトたちと一緒に勉強出来るのも、実は嬉しくて楽しかった。
誰からも気にかけられずに図書館で一人で過ごしていた時は、確かに勉強はかどったけれど、今思うと寂しかった。けれど、今はこうして一緒に勉強をする仲間がいる。
もう、一人じゃない。
「アンジェラ」
「何?ミュリエル」
「あのね、寂しくなったら、いつでもうちに来てくれていいからね。遠慮はいらないから」
「……えぇ、ありがとう」
ミュリエルの言葉に、アンジェラは心が温かくなった気がした。
初めて一人で好きなように過ごす休暇もいいけれど、友人がこうして気にしてくれるのも初めての感覚で嬉しい。
窓の外では、ちらちらと雪が舞い始めている。
今までは、雪が降ると寒さで心も体も震えて、お前は孤独なのだと突きつけられているようで嫌いだった。
けれど、寒いからこうして暖かい場所で誰かと一緒に文句を言いながら勉強するのも悪くない。
友人たちとたわいもない話をしているアンジェラの口元は、小さく笑みを浮かべていたのだった。