第8話 データから見る問題
チームの問題。
まずは昨シーズンのデータから着目する。
「愛華さん。昨年の我がチームの成績の詳細を」
彼女を信頼し、友人として扱うため、私は下の名前で呼ぶことにした。彼女もまた私のことを名前で呼んでくれるようになっていた。
「はい。こちらになります」
提出されたデータを頭からナメるように見る。
得点: 541点
失点: 560点
打率: .231
防御率: 3.76
143試合のリーグ戦での成績である。
成績的にはギリギリで3位だったが、決して褒められた成績ではない。何よりも失点が多いのが気になった。
「今シーズンは、得点と失点の数を逆転させます」
「それはそうですが、現状では難しいです」
「それでは、優勝するためには、どうすればいいと思いますか?」
彼女は、ホワイトボードの前に立ち、そこにマーカーで示してくれた。
そこに複雑な計算式を書き込んで行く。
正直、私にはよくわからない計算式だったが、その複雑な計算式から弾き出された答えが。
「7月のオールスターまでに最低、首位と5ゲーム差まで詰めるのが理想ですね」
「5ゲーム差。去年は確か……」
「10ゲーム差です。ただし、最終的にはですが」
「そう考えると、なかなか厳しいですね」
「ええ。このゲーム差に入るために、理想では7月末に4位に入り、後半戦で追い上げて、プレーオフ、つまりファイナルシリーズに出場できる3位以内に入ることです」
「わかりました。では、愛華さん。現状のチーム状態を把握したいので、スタメン選手の特徴と欠点を徹底的に洗い出して下さい」
それが私が与えた指令だった。
これは別に野球に限らないが、勝つためには、「現状の問題点」を洗い出し、そこに顕在する「欠点」を潰し、「長所」を生かしてやればいい。
父が教えてくれた理論、そして私が勉強してきた数々の本にもそう書いてあった。
私は彼女に、
「1週間でお願いします」
と言ったが、たったの3日後には彼女からデータが上がってきた。
そのデータ類を見て、私は頭を抱えるしかなかった。
「これじゃ勝てない」
と。
問題点は山積みだった。
チームの主砲を務めていた北浦源五郎が抜けたため、実質的な「主砲」は桜庭宗俊という男だった。
背番号3。右投右打。長らく千葉ユニコーンズ一筋でがんばってきた三塁手で、かつてはホームラン王のタイトルも取っていた。
だが、いかんせん年齢が響く。
34歳。
プロ野球では、「脂がのった」年齢を過ぎてきて、落ち目に入ってくる頃だ。
それが影響してか、昨年の成績は、打率.231、12本塁打、71打点に過ぎなかったのだ。
次は、キャッチャーだ。
大道寺明。年齢は38歳。背番号27。右投右打。かつては強肩のキャッチャーとして知られていたが、彼もまた年齢的な問題で落ち目に入っており、打率が低かった。
昨年の成績は、打率.225、1本塁打、15打点。
ただし、彼のデータから、出塁率が高く、選球眼がいいのが目立った。おまけに彼に代わるような若手の有望株のキャッチャーが誰もいない、という問題があった。
実質的なエースピッチャーは、高坂太一。年齢は32歳。背番号18。右投右打。スリークォーターから投げる本格派で、かつては剛速球投手だった。最速は158キロを誇ったという。
しかし、やはりかつての栄光はなく、最近は球速が落ちてきていた。問題は年齢と共に衰えているのに、反発するように未だに速球にこだわっていたことだと私は見ていた。持ち球は、スライダー、フォーク、チェンジアップなど。
昨年の成績は、防御率4.56、10勝14敗。
足利優太。背番号9。右投左打。26歳。外野手。俊足を買われてドラフト3位で大学から入団したが、打率、出塁率共に低く、そもそもその俊足を生かすチャンスすらなかった。
昨年の成績は、打率.158、1本塁打、5盗塁。
長野蒼。背番号4。右投両打。24歳。二塁手。守備の名手として、ドラフト1位で入った大卒大物ルーキーだが、打率が低いため、ほとんど2軍暮らしだった。昨年は、わずかに1軍で活躍するも、成績は奮わず。
昨年の成績は、打率.192、2本塁打、11打点。
一条晴風。背番号8。右投左打。19歳。外野手。高卒で入った、ドラフト1位ルーキー。つまり1年目だ。通称「ハルカちゃん」。可愛らしい名前に似ているのか、彼はどうも「プレッシャーに弱い」という一面があるらしく、チャンスに極端に弱いという噂があった。性格は穏やかで、愛されキャラだった。
昨年の成績は、プロ入り前なのでなし。
仙石次郎。背番号41。右投左打。39歳。投手。技巧派のアンダースロー、しかも左腕ということで、いわばワンポイント中継ぎとして活躍していたが、さすがに年齢的な物があり、さらに怪我もあって、不振。もはやいつ切られてもおかしくない状態と言える。決め球は、2種類のカーブとシュート。
昨年の成績は、防御率6.89、1勝5敗0H。
安斎利光。背番号55。右投右打。41歳。一塁手。かつては強打者で鳴らし、複数の球団を渡り歩き、高額年俸をもらっていたが、さすがに年齢的な物があり、成績は下降。それでも現役にこだわってしがみつく姿に、一部ファンからは「さっさと辞めろ」、「晩節を汚すな」とまで言われているらしい。近年、千葉ユニコーンズに戻ってきた「出戻り」だ。
だが、その技術、経験は貴重で、球界の「生き字引」的な存在の大ベテランだ。
昨年の成績は、打率.175、2本塁打、5打点。
谷村総司。背番号6。右投右打。31歳。遊撃手。かつて将来を期待された、5ツールプレイヤーと言われたドラフト1位の有望株だった。アベレージヒッターとして、期待されていたが、怪我により打撃不振に陥る。
昨年の成績は、打率.258、5本塁打。18打点。
真田将太。背番号21。右投右打。22歳。投手。鳴り物入りの大物高卒ルーキーとして期待されて入団するも、コントロールが悪く、四球を連発して自滅するケースが多い。おまけにスタミナがないため、活躍の場がほとんどない状態が続いていた。ただし、MAX155キロの剛速球と高速シュート、140キロ近いスライダーを投げる。
昨年の成績は、防御率2.68、5勝5敗、0H。
これに先日、トレードで入手した、柏木俊太郎と蒲生虎太郎、新外国人のブライアン・ロペスが入る。
ちなみに、昨年は北浦源五郎に加え、ゴンザレス、ノーマンと言う両外国人打者が打線を引っ張っていたおかげで、彼らが得点源になっていた。
北浦がFAで抜け、ゴンザレス、ノーマンも帰国した今季、現状のままだと打線は絶望的だとわかる。
私は溜め息を突いていた。
(どこから手をつけるべきか。それに開幕まで時間がない)
それでも何とかしないと、私はクビになりかねないのだ。