第4話 優秀な頭脳
年が明けた。
私、神宮寺美優の初めての挑戦が始まった。
まず考えたのは、「優秀な頭脳」を入手することだった。
だが、これがもちろん簡単なことではない。
民間企業は、どこも人材の確保に苦労しており、人手不足の現代日本において、この「優秀な存在」を手に入れること自体が、どの分野でも至難の業だ。
一見、優秀そうに見えても「猫を被っている」だけで、有能とは程遠い人物が多い。いかに「人を見る目」があるかが試されるのだ。
(応募したくらいじゃ来ないし、時間がかかりすぎる)
真っ先に入手したくてたまらない頭脳が、手っ取り早く手に入る手段を考えないといけない。
そこで考えたのが、「挨拶周り」だ。
GMに就任したことで、一応、世間的に、というより球界的に名前を知ってもらう必要があるので、各球団に出向くことにしたのだ。
同時にこれは、「トレード」の前段階として、相手に探りを入れる目的もあった。その過程で、優秀な人材を他の球団から直接スカウトする。
(面倒だから、近場から行くか)
想定したのは、同一リーグで、近くの埼玉から始め、仙台、札幌、大阪、福岡の順に回ることにする。
当然、移動は公共交通機関に限られる。
おまけに、私はまだ16歳だから、未成年者扱いで、時間外労働や休日出勤が出来ない。
すべて平日に行くことになり、学校を休みがちになってしまう。
いわば、芸能界に入ったのとあまり変わらないくらい忙しくなるのだ。
ひとまず埼玉に行ってみるも、当然、相手にいい顔はされず。というよりも、若すぎてナメられていた。そのためか、トレードの話どころではなかった。
同じく、仙台、札幌、大阪もハズレ。
だが、最後に福岡に行った時だった。
福岡パイレーツの本拠地は、福岡西鉄ドームといい、福岡市内の一等地にある。ドーム球場で、いかにもお金がかかっていそうな豪華な球団施設や設備が揃っている。
(お金あるなあ)
見上げるくらい大きな球場施設、豪華な内装に私は早くも面食らって、うらやましいと思っていた。
しかし、通されたオーナールームでは、相手の50代くらいのGMが、意外なくらいにこやかな表情で出迎えてくれるのだった。
「これは神宮寺美優さん。わざわざご足労ありがとうございます」
やたらと丁寧な挨拶に、私は逆に警戒する。
「どうも」
「あなたの父のことは、現役時代からよく知ってます」
聞いてみると、このGM。年齢は47歳で、父、神宮寺奎吾とは7歳違い。だが、一時期、千葉に所属していたこともあり、同じチームで戦っていたらしい。名前は、吉保大吾。
現役時代から離れ、さすがに腹が出てきて、髪も薄くなっていたが、筋肉質で大柄な男だった。
「それでは、トレードの件ですが」
早速、私は本題に入る。
目下、我がチームの最も「痛手」になっているのが、FAで放出した、スラッガー、北浦源五郎の「穴」だ。
彼の昨年の成績が、打率.295、38本塁打、99打点。それだけの成績を残した選手の「穴」を補わないといけない。そのために、私は事前にいくつかの選手をリストアップしていた。
今回、福岡に来たのも、その選手をトレードで獲得するのが目的だった。
特に肝付武蔵という、28歳の内野手がターゲットで、昨年の成績は、打率.278、10本塁打、55打点、2盗塁。
それに対し、私がトレード要員として打診していたのは、32歳の内野手で、勝山貴明という男だった。昨年の成績は、打率.265、8本塁打、56打点、4盗塁。
そこそこ打っているし、悪くはない成績だし、肝付とも釣り合いが取れると見ていたが、いかんせん彼は「素行不良」で問題の選手だった。
競馬、麻雀などの博打はもちろん、酒に女に、真偽は定かではないが、麻薬の噂まであった。チームにとって、悪影響を及ぼしかねないことを私は危惧していた。
だが、
「お断りします」
私の提案に答えたのは、彼、吉保GMではなく、その傍らにいた、若い女性だった。
GMの補佐的な立場なのか。黒縁眼鏡をかけて、黒いスーツを着た、黒髪ショートボブのビジネスマンのような女性だった。
「何故ですか?」
「肝付選手は、将来性の高い有望な選手です」
「勝山選手も優秀だと思いますが」
「そうは思いません。勝山選手の素行不良の件を考慮すると、こちらにメリットがありません」
回答は、にべもなかった。
取り付く島もない、とはこのことで、トレードの話はあっさりと破談になる。
しかし、帰る前に私は、「彼女」に注目したのだ。
私が提示したトレード案に対し、彼女は理路整然と、実に論理的に自論を展開していたからだ。
実にあっさりと断られたことで、逆に私は彼女に興味を持った。
そのため、会合が終わった後、個人的に彼女の「座席」まで足を運んでみた。
「何か?」
どこか冷たい目つきを眼鏡を通して見せ、突然の来訪者を警戒するような態度を見せる彼女に、私は聞いてみた。
「あなた、前職は何ですか?」
「社長秘書です」
「へえ。大学は?」
「東京大学です」
「学部は?」
「経済学部です」
「何故、勝山を断ったのですか?」
畳みかけるように尋ねる私に、彼女は表情を曇らせたが、理路整然と説明を始める。
「先程ご説明しましたように、我がチームにメリットがありません。そもそも勝山選手は素行不良です。成績以上にチームに悪影響を与えます。それに出塁率も高くなく、三振も多いです」
「わかりました。では、あなたを雇います」
「えっ」
冷静に見える彼女が、珍しく目を見開いていた。
「私は未熟です。あなたのような優秀な頭脳が必要です。すぐにGMに掛け合います」
そう言って、私はあっさりとGMの元へ向かう。
「ちなみに、年俸はいくら欲しいですか?」
去り際に投げかけると、彼女は苦笑していた。
外国人はこういう時に、自分の評価を上げるために、大袈裟に主張したりするが、基本的に日本人は控え目だ。
なお、福岡のGM、吉保大吾は、てっきり渋るかと思いきや、私が提示した金額を見て、あっさりと彼女を手放した。
彼女の名前は、棚町愛華。現在、30歳の独身。元・外資系企業の社長秘書で、経済学に明るく、TOEIC900点を誇る才女だった。さらに空手の有段者だというから、まさに文武両道だった。
外国人選手の通訳代わりにもなるし、私は彼女の外資系企業時代の年俸、約600万円を超える、破格の800万円で彼女をヘッドハンティングしたのだ。
福岡パイレーツから彼女に支払われている年俸700万円よりも100万円も高かったから、その影響もあって、福岡は彼女を手放した。
その800万円を自分が球団からもらっている1000万円で補填。つまり、実質的に私は200万円の年俸ということになる。もちろん、オーナーや母にも反対されたが、私は有無を言わせず、決定する。
いくら外資系の元・社長秘書とはいえ、通常あり得ないくらいの破格の年俸と言える。しかし、この決断が、後に色々と影響してくるのだった。




