第18話 激怒作戦
7月下旬。
交流戦が終わり、再度リーグ戦が始まってから、1か月。ようやくチームは少しずつ前進し始めた。
5位を脱出し、4位に浮上。それでも首位である福岡パイレーツとのゲーム差は未だに8.0。チームとしての借金も残っており、勝率は5割に届いていなかった。
そんな状況の中、重要な戦いが福岡西鉄ドームで行われることになる。
対福岡パイレーツとの3連戦。
対戦成績は、12戦して4勝8敗と大きく負け越していた。
私は、GMとして今回も試合を直接は見に行かない。そもそも場所が福岡だったこともあるし、学校もあるからだ。
そのため、今回も愛華に神戸を同行させた上で、監督に「指示」を与えた。
チームが福岡に出発する直前の前日。愛華、神戸を従え、その作戦を監督に説明すると、誰よりも驚いて、まるで「この世の終わり」を見るかのような目で私を見つめたのは、他ならぬ、その島津監督だった。
「マジで言ってんのか、それ?」
「マジです」
「おいおい、GMさんよ。どうかしてるぜ。そんな作戦、聞いたこともないし、絶対に打たれて終わりだろ?」
私が考えた作戦。
それは、足利優太を登板させること。
足利優太は、外野手だが、学生時代にピッチャーとして、というよりチームのエースとして、投手をしていた。
もっとも、プロ入り後に、一度も投手として投げてはいない。
普通なら、あり得ない作戦だが、これにはもちろん私なりの「意図」があった。
それを彼に説明する。
「ただし、1イニングだけで構いません。もし、連打されたら、すぐに投手交代して構いません。打たれなかったら、そのイニングだけ投げさせて下さい」
「1イニングどころか、1アウトも取れんぞ」
「それでも構いません」
「何故だ? 何故そこまでする?」
「目的は、『彼女を怒らせる』ことだからです」
「怒らせる?」
私が説明する。
相手の福岡パイレーツのGMは、私と同じく、就任して間もない、吉保花梨だが、彼女は福岡パイレーツの圧倒的戦力を従え、ある意味、「余裕で」試合を見ているだろう。
そこで、まさかの「野手による投手登板」をやり、相手の気持ちを揺さぶる。動揺を誘う。
そして、これには、それ以外にも重要な作戦があった。
「それに、条件があります」
「条件?」
「はい。明日の先発は、エースの高坂投手でしたね。高坂投手がクオリティスタートで6回まで3失点以内に抑えた場合のみ、8回か9回に足利選手を登板させて下さい。点差は何点でも構いません」
もちろん、この作戦自体が、私が愛華と協議して決めたものだ。
彼女は、福岡の前GM吉保大吾の元で秘書をしていた経験から、その娘の花梨の性格も熟知していた。
つまり、
―怒りっぽい―
性格だと知っていたのだ。
「怒り」という感情は、人間の「冷静さ」を失わせる。
まともに戦って、勝てないのなら、せめて「奇策」で相手を翻弄する。
それが弱小チームの戦い方だ。
島津監督は、ものすごく不服そうな表情だったが、一応は頷いてくれるのだった。
対福岡パイレーツ3連戦が始まった。下馬評では、もちろん福岡が圧倒的に有利。
ネットでの応援コメント欄も、福岡の方が圧倒的に多かった。
野球に限らず、チームスポーツでは「強いチーム」が人気が出る。
しかし、ネットから自動更新のテキスト結果を画面に出しながら、宿題をやっていた私の目に、予想外の事実が飛び込んできた。
(6回まで無失点。3塁さえ踏ませないピッチング)
エースの高坂太一投手が、クオリティスタートどころか、完封ペースで大活躍していた。
高坂投手には、かつて「速球ではなく、軟投派」になるように投手コーチの山県が言っていたが、私もそれには賛同するものの、彼の多彩な変化球には注目していた。
そのため、高坂投手には、投手コーチを通じて、事前に一言だけアドバイスを与えた。
「速球に頼ってもいいですが、出来れば緩急を生かしたピッチングで、相手を翻弄して下さい」
と。
結果、その日の最速は152キロを計測していた高坂は、ストレート以外に、スライダー、フォーク、チェンジアップを多用。
特に、「決め球」としてのフォークの切れがいつも以上に素晴らしく、強力打線の福岡から奪三振の山を築いていた。
当然、普通なら完投させて、完封を狙わせるところだろう。
しかし、8回裏。
ネットニュースのコメント欄が「大荒れ」の展開となる。
―マジで! 足利登板!―
―あいつ、外野手だろ。何、考えてんだ、島津監督?―
―福岡相手に狂ったか。高坂の完封もったいねえ―
それもそのはず。ある意味、これは「無謀な賭け」だったからだ。普通ならまずやらない「博打」に近い作戦だ。
チームは、この時までに、その足利選手の四球と足を生かした盗塁、大道寺選手の四球、そして谷村選手のタイムリーで1対0とリードしていた。
一方、この日の福岡パイレーツの先発は、同じくエースの山名翔という投手で、去年15勝も上げていた選手だ。
カットボールやツーシーム系の「芯を外す」投球をする投手で、互いにエース同士の投手戦になっていた。
つまり、かなりの僅差だ。玄人の野球観戦的には、一番面白い「投手戦」だが、監督としては一番緊張する展開と言える。
テレビの地上波では、太平洋リーグの試合はまずやらないし、ネットでも有料サイトでしか、プロ野球の試合中継はやっていない。
そして、私はジンクスを恐れて、その有料サイトにも入っていなかった。
つまり、テキストでしか試合展開を追えない。
足利選手が、マウンドに上がったのは8回裏。相手はちょうど、下位打線の7番からの打順だった。
恐らく、島津監督としては、ここが一番いい「頃合い」だったのだろう。これが上位打線に当たると、リスクが大きすぎるからだ。
何しろ福岡パイレーツには、天才アベレージヒッターと呼ばれる、大友正樹選手や、去年の盗塁王でもある、俊足の1番バッター、殿村一郎太選手、そしてクリーンナップには去年45本塁打も打っている、サンタナ・ガーフィールド選手という強力打線がある。
しかも、驚くべきことに、その足利選手が、一人目のバッターをピッチャーゴロに討ち取っていた。
―すげえ、足利―
―140キロ以上出てないか―
ネットのコメント欄に、多数のコメントが出ていた。
直接見てはいないが、足利選手は、私の予想外の投球を見せていたらしく、ストレート以外に緩いカーブ、チェンジアップを使っていた。
そして、私の作戦通り、相手のGMである、吉保花梨がこの「ピッチャーではない足利登板」に激怒。
あろうことか、その日は調子が良かった8番バッターに、代打を出して、ベテランの「代打の切り札」を投入。
ところが、そのベテラン選手をも、足利はサードフライに打ち取ってしまう。
とうとう、3人目の9番バッターをも空振り三振にして、1イニングを無失点で乗り切ってしまう。
これには、私ももちろん、ネット民たちが過剰なまでに反応した。
―恐るべし、足利―
―ピッチャーやった方がいいんじゃねえの―
―福岡、メンツ丸つぶれ―
もちろん、私は足利優太選手の経歴を知っていたし、投手コーチに事前に根回しをして、この日、登板させることを告げていた。
さらに、完璧な対策として、愛華に資料を出させ、福岡の1軍野手すべてのデータを送っていたのだ。
その上で、相手の弱点を突く、苦手コースだけに投げさせるようにしたのだ。
もちろん、すべてが完璧なコースに投げられるほど、彼はコントロールが良くはないが、作戦としては成功した。
さらに、この時までに足利選手は、1番バッターとして機能しており、盗塁を15個もマークして、太平洋リーグの盗塁王に成長していた。
こうして、強豪の福岡パイレーツに、初戦から1-0の僅差で勝利。高坂投手が勝利投手になり、足利選手は野手登録されているのに、まさかの1ホールド。セーブは真田投手が無難に持っていった。
この勢いが、翌日以降も影響して、苦手としていた、福岡パイレーツにこの3連戦で2勝1敗と勝ち越し。
状況は、前半戦の山場、オールスターゲームへと続いていく。




