第5章 14 終焉
六百体もの異形獣に立ち向かった自警団「青い疾風」と護衛隊員達。その中でも最後まで粘ったヒース、ミツヤ、ジャックの三人は、それからそう時間は経たずに仲間に発見された。
「いたぞ!」
最初に森の中で見つけたのはクロードだ。
「ミッチー! ヒースもいた! ドク――ッ!」
最期まで見つからなかった三人が同じ場所に固まって倒れているところへ、ジェシカが先に走り寄った。
「バカなの!? 誰がこんなになるまで続けろって言ったのよ!」
相変わらずの怒号だ。
「……その声は、ジェシー……?」
ミツヤが先に気付いた。
「ああ、よかった! 生きてる!」
ルエンドとジェシカは、どちらからともなく両手を差し出し抱き合う。
「ヒース、ヒース! しっかりして!」
今度はルエンドがヒースを揺さぶる。
「うぇぇ……気持ち悪い……。ミッチーは……?」
「ミッチーも大丈夫。ああ、よかったよー。もう心配したんだから!」
「ジャックー!」
少し遅れて来たヴァレリーが血相を変えてジャックに駆け寄ると襟首を掴んで揺さぶった。
返事がないのでそのまま頬に、往復プラス一発追加で計、三発ビンタを浴びせる。
「ジャック、生きてんのか!? 生きてんだろ? しっかりしろ――ッ!」
「……ヴァレリー、か……?」
「よかっ……。て、無理すんなっつったろ! あんたも相当バカだなっ」
ポカっと頭を小突いた。
「てっ」
◇ ◇ ◇
国境付近の森が静まり返る頃、もう辺りはすっかり夕焼けの色に染まっていた。
護衛隊各隊員は馬車で順次六百体もの異形獣を運ぶ手配をする為、既に引き上げていた。
また、トージの張った罠のために木々に吊るされた人々は、護衛隊員によって教会へ運ばれそこで供養されることとなった。
まずは、トージの陰謀でバスティールに長年幽閉されていた王を解放する手配が最優先だ。そのため、既にジャックがトージを幽閉し、リシューに緊急の謁見を申し出ていた。勿論、その際は例のボイスレコーダーを再生して証拠を印象付けていた。
その小さな黒いケースから流れるトージの声を聞いたリシューの胸中には、機能ではなくその内容に対して、驚愕と焦燥が交互に押し寄せて来たであろう事は言うまでも無い。
ジャックの素早い手配により、一足先に出発したウォーカーはリシューに報告する手間が省け、早急に対応することが出来たのだった。
また、ウォーカーは異形獣化されたイントルーダーのマージを引き取り、研究施設でひと月責任を持って保護すると自ら名乗り出ていた。
後日王宮から褒美が出ると聞き、小躍りしたジェイクを含む「ストーム」も全員この森から引き上げていた為、森に残っていたのは「青い疾風」メンバー、クロード、ジャック、それにヴァレリーだけになっていた。
ヴァレリーは動けないヒース、ミツヤ、ジャックをドクに診せた後、森から出た街道沿いで休ませていたところだ。
周辺の岩に各自座り、専らルエンドが気になる点を掘り返している。
「じゃぁジャック隊長、トージの企てを知ってたんですか? あっきれた……! 知っててムーランの町を異形獣に襲わせたんですか!?」
その質問にはジャックが答える前にすぐにヴァレリーが応じた。
「あれは、あんたがムーランの町に自分で危険を伝えたんだろ? それで掲示板に依頼が出てしまった。あんな早く自警団や君達が現われる想定じゃなかったからな。本来はあたしがフォローするはずだったんだよ」
「ええ? どういう事ですか?」
「トージの思惑どおりに動いたように偽装したら、直ぐにあたしの第六隊が出向いて逃げ遅れた町の人を救出することになってた。出番なくなったぜ。見たよ、君達の腕前。正直ビビった」
と、ヴァレリーは腰に手を当て、ヒースに称賛も含めた言い訳を投げる。
「まだあります。この前『なんちゃってブルーゲイル』が村を襲ってましたが?」
ルエンドはなぜあのような輩が名前を騙っていたのかを問い詰めた。
「ああ、あれね。ジャックー、いくら適当にって言っても、キャスティングもうちょっと何とかならなかったのか? ルエンドの偽者、二の腕タプタプのオバチャンだったぜ?」
「そんな話じゃなくって!」
「はは、すまんすまん。あれも一旦トージの計画を遂行したように見せ掛けて、第六隊が直ぐにフォローする手筈だったんだ。怪我人が出る事態にするつもりもなかった。しかしあの時も君らの仕事が早くて参ったぜ。優秀だな」
ヴァレリーはルエンドにもヒース達にも頭を下げた。
ひと月ほど前まではジャック自らが対応していたが、ここ最近のトージの悪事に対してはジャック一人では手が足りなくなっていた。彼のスタンスには反するが、仕方なくヴァレリーを巻き込む事態となり、基本的にはジャックの遂行に対し、彼女が対応をしていたのだ。
「けど、アビニオの町を異形獣に襲撃させる手配もしてたんだろ?」
ミツヤはまだどこか信用しきれていない。怪訝そうな顔をして聞くと、それに対して今度はジャックが口を開く。
「ルエンドを追跡してあの町を見つけたのは本当だ。だが、爺さんと話してカーボンファイバーの釣竿作ってもらう約束しただけで、異形獣は出任せだ」
「……へ?」
と、一言絞り出したヒースは両肩を落とし、口をぽかんと開けたまま拍子抜けだ。
「あの距離だぞ、テレポートのドナム使って異形獣を数体ずつ送り込むにも限度がある。誰がそんな面倒な事するか」
「ええー!?」
ヒースとミツヤ、ルエンドは取り越し苦労にも程があるとばかり、三人そろって項垂れた。
「マジかよ、そんな事も出来んのか。こえーな」
と、アラミスは安堵しつつも、ジャックのチカラに改めてゾッとしていた。
ただ、ヒースには許せない件がひとつあった。
「だがな、ミッチーを攫って俺を殺そうとしたよな!」
(あの時は確かに殺意を感じた)
「確かにな、すまなかった。言い訳になるだろうが、トージへの信用に楔を打つにはああする以外他になかった」
ジャックは二人に深く謝罪し、ヒースの体力についても触れた。
「実際驚いたよ。何をどうしたか知らないが五日で復帰しやがったじゃないか。だがな」
煙草の煙を細く吐き出し、ジャックは続ける。
「悪いが、やる時はやるさ。中途半端だと積み重ねてきた成果が全て無に帰す。バレたらそこでお終いだ。慎重にしないと……だろ?」
そう言って、ルエンドを見て口元を少し上げた。
「なんて無茶苦茶で大胆不適」
ジェシカはジャックを横目で睨みつつ、ぼそりと呟く。
「ああ……全部バレてたのね」
ルエンドは肩を落とし、顔を赤らめながら言った。
「ジャック隊長、いつからトージのことに気付いてたの?」
「俺がこの世界に転がりこんで来たのが約二年前。トージにしてやられたよ、フフ。そこからそうだな、ひと月もしないうちに護衛隊の全貌が掴めた。それからは体に染みついた捜査の習癖が出て自分でもウンザリだ」
ジャックは誰にも知られないように水面下で動いていた。
特に「ルエンドの独自調査」に気付いてからは、隣国王女の身に万一の事態が起きないよう気を配っていた。つい動いてしまう自分に辟易としながら、周囲の動向に注視しつつトージの悪事を暴く時期を待っていたことは、今でも誰も知らない。
「あっきれた!」
ルエンドがまた同じことを繰り返す。
「もっと早くあたしらに教えてくれても良かったんじゃないか? 正直、何やってんのか不思議だったぜ。信じろとしか言わねぇしな」
そう言ってヴァレリーがジャックに鋭い視線を送ると、クロードはもっともだという表情で頷いた。
「言った筈だ、リスク回避の為だと。こういう事はギリギリまで周りは知らない方が成功の確率も上がる」
ジャックは遠くを見ながら、忘れたくても切り離せない、どこか郷愁にも似た感情と一緒に煙を吐き出した。
「さて、これをどう処理するか。リシューがどう納めるか、見ものだぞ」
ジャックはニヤリ、顎に手を持っていく。
「リシューってやつに裁かせていいのか?」
「そうですね。一番大事な部分ですが、今はまだ王の判断に任せるしかありません」
ヒースの直球に対し、クロードは真剣な眼差しを向けた。
「幽閉されていた王はすぐに解放されるでしょう。しかし問題はそれからです。恐らくは全てトージの悪だくみとして終結させてしまうのでしょう。また大教皇と結託して画策しないとも限りません。猊下からは目を離すべきではないでしょうね」
「そのためにも、護衛隊のトップを早くどうにかしろ。そうだクロード、あんたがやればいいだろ」
ヒースの一言にその場が一瞬静まり、空気が変わった。
「さっきから聞いてりゃてめェ、どこから目線の指示だよ?」
そのアラミスの容赦ないツッコミに次の瞬間、全員が大爆笑に包まれた。
少し休むとイントルーダー達は何とか動けるようになったので、クロードが立ち上がって切り出す。
「そろそろ動けるかな? 帰ろう。申し訳ないですが君達は自分の足で帰ってください。我々は馬で駐屯舎へ戻ります。追って国王謁見の案内状が出ます」
「だってよ! 皆んな、帰るぞ!」
ヒース、ミツヤ、ジェシカ、アラミス、ルエンド、それにドクも皆、クロードの「帰る」という言葉に心から安堵していた。
全員で力を合わせて止めた六百体弱の大量の異形獣は、すぐにでも手の空いている護衛隊員達が銀の枷を持ってやってくる手筈になっていた。
全てをその日のうちには運びきれない為、簡易的な仕切り付きの檻を森に設置してひと月間、見守ることになった。
夕暮れの街道沿いを全員帰途につく――。
皆、同じ方向に歩いていた。
その先にヒース達の馬車を繋いでいる場所がある。
ヒース達六名は疲労困憊とはいえ、軽い足取りだ。
その後方から三人の隊長はそれぞれゆっくりと馬を歩かせた。
ヴァレリーが長い髪をほどいて頭を数回横に振る。
「疲れた――。ジャック、後で一杯やる?」
解いた長い髪に包まれている小さな顔は、とても護衛隊の隊長格を務めるような女性に見えない程優美で、かつ愛らしい。
「断る理由ないな。クロードも来るか?」
「そうですね。場所と時間は任せますよ」
「えええ――?! 三人ともその体で今から打ち上げですか?」
数歩先を歩いていたルエンドに後方から隊長三人の会話が聞こえてきた為、振り向いて呆れ顔を見せる。
「おおっと、ルエンド。君も来てくれるのか? ああ、上官が誘ったらパワハラだったか?」
ジャックはニヤニヤしながら、その答えも分かっているのに敢えて聞く。
「該当しませんが、遠慮します!」
◇ ◇ ◇
それから数日が過ぎた。
「青い疾風」のアジトとなっているアバロンにも平和な朝が訪れていた。
いつものように、ジェシカが大声で男子部屋に猛然と突入し、ヒースとミツヤを叩き起こす。
「えー、もうちょっと寝かせろよぉ。昨日遅くまでミッチーと花札やって眠いんだよ」
「バカなの!? 何呑気なこと言ってんのよ、今日は『国王の謁見』の日でしょ! 『ハナフダ』って何よ! それ謁見より大事なの!?」
ジェシカはいつもの剣幕で、ぐるぐる巻きにした掛け布団を剥いでヒースを床に落とした。
「いて――!」
「なんだよ、ジェシー。朝っぱらから」
ミツヤもようやく目が覚めたようだ。
「朝じゃないし! もう昼前だし! 大急ぎで身支度すんの!」
「青い疾風」は王宮から招待されていたのだ――。
ようやくブルタニーの国は一部の不安要素(リシューの今後の動向)を覗き、問題解決へと進み始めた。
そしていよいよ、「青い疾風」一行は国境の国を回り、「揺らぎの穴」の調査を始める。
そこで彼らを待ち受けているものとは・・・?