第4章 5 第二隊隊長「処刑台のジャック」
暗がりの中、アラミスの撃った弾は犯人の腕あたりに命中したようだ。
だが手負いにもかかわらず、男はミツヤを抱えたまま木の上から地面に降り立った後も街道を猛スピードで遠ざかって行く。
およそ人ひとり抱えて走っている速度とは思えない。
ヒースは走った。景色が後ろへ吹き飛んでいく。
後ろの三人が見えなくなってもスピードを緩めず後を追った。
そして街道の十字路に来た辺りでついに男を追い詰めた。
月明かりで街道にヒースと男の影が伸びる――――。
「てめぇ、誰だ!! ミッチーを離せ!」
ぐったりして気を失っているミツヤを道端に落とし、黒いマントを羽織ったその男は背から大剣を左手で抜いた。
(何だあの剣……! デカ過ぎだろ?)
長さは190センチの持ち主の身長とほぼ同じ、幅は15センチ以上もありそうだ。
ヒースは一気に炎斬刀に炎を這わせ、怒りのままにその男の正面に立った。
その距離約10メートル。
瞬時に男の前まで間合いを詰め、下から刀を振り上げる。
男は咄嗟に切っ先をかわしたが、ヒースの刀身から揺らぐ炎が男の髪をジリッと焼いた。
片目が隠れる程長い前髪がサラサラと風に靡くダークブロンドだ。
炎に照らされ、頬に「XⅢ」のタトゥーがチラリと見えた。
男は全身が赤色の光に包まれている。
(こいつ、イントルーダーの光だ! だが何? 赤……だと?)
男は後ろへ素早く後退すると大剣を降ろし、右手をヒースに向けて下から上へと振り上げるような動きをとった。
「天地反転!」
「え!?」
一瞬何が起きたか解らなかった。
見える景色が逆さまになっていたのだ。
ヒースの体はそのまま逆立ちのようになり、頭が地面に付いているのだと理解出来た時はもう、仰向けに倒れてしまった。
「いってぇ、くそ、何だ今の……?」
すぐに起き上がると力一杯、地面へと炎斬刀を振り下ろす。
「何者か知らねぇが食らえ、爆炎奔流――ッ!」
ゴオォォォォォォォォ――ッ!
炎斬刀から放たれた炎は、闇夜を強烈に照らしながら地面を走るようにマントの男に迫る!
しかし男は左手の大剣を地面に突き刺して、あっさりと炎の勢いを止めてしまった。
ヒースが躊躇する間に男は剣を地面から抜き取り、片手で大剣の切っ先をヒースの正面に向ける。
ヒースの額に汗が滲む。
「《爆炎奔流》を止めやがった……?」
「こちらも時間がないのでね」
男は剣先をヒースに向けたまま、右手を胸のあたりへもっていく。
「この距離でそんなデカイ剣をどうしようってんだ」
技が止められたとはいえ、男が向けた大剣と自分との距離に、ヒースの警戒心は薄らいでいた。
すると、男は拳を握るような動きをとった。
「終わりだ。背転!」
男の号令で瞬時に目の前から消えた大剣は、どういう訳かヒースの後ろに回っていた……! 気付いた時には、大剣は元々そこに存在していたかの如くヒースの背から胸へと貫いたのだ!
「ぐはっ!」
思わず、胸から数十センチは飛び出している剣を確認するかのように見る。
(……な、んだと……?)
口から血を吐き出し、ヒースはそのまま膝をついて地面に崩れ落ちてしまった。
「今は君を相手に加減する余裕はない。悪いがこの少年はもらっていくぞ」
冷静な口調で一言告げると、男は街道の真ん中に倒れて動かなくなったヒースの背から剣を引き抜いた。
同時に鮮血が噴き出し、あっという間に体の下に血だまりが広がっていく。
剣をひと振るいして血を払うと背に戻し、男はミツヤを抱えて暗闇へと消えていったのだ。
(つッ……食らったの何年振りだ? 俺の肩にマスケット銃で撃ち込んだヤツ。暗がりであの距離、あの速さ……なんて腕だ)
それから程なく、追い付いたアラミスが最初にヒースを発見した。
「お前、何があった。おい、しっかりしろっ!」
ランタンの灯りが、うつ伏せのヒースの下に出来た血だまりを照らし出し驚愕する。
そこにルエンドが走り寄り、驚きで両手を口元に当てたまま言葉を失った。
ジェシカは顔を歪ませてヒースの名を叫んだが、その後は気が動転して固まってしまう。
「ルエンドちゃんとジェシーちゃんは俺が乗って来た馬車をさっきの村の近くから持ってきてくれないか」
アラミスがヒースを背負うと、アラミスのジャケット伝いに血が背中に染みてくるのが感触で判った。
「こいつ、マジでバカ野郎だ……」
街道を引き返す途中で馬車と合流すると、ヒースを乗せて近くの診療所へ馬車を走らせた。
アラミスはルエンドとジェシカを一足先にアジトへ帰らせ、自分は大急ぎで一番近い街へと診療所を探しに向かった。
もう夜だ、見つけたところで閉まっている可能性もある。だがそんな不安を抱く時間すら惜しい。
入ったこともない小さな街の、最初に見つけた古ぼけた診療所。果たして医者は居るのか……?
アラミスは祈る思いでドアを叩いた。
暫くするとドアを開けて白髪頭の腰の曲がった医者が現れた。
「よ、よかった、もう閉まったのかと。とにかくすぐ診てくれ!」
有無を言わさずアラミスは担いできたヒースを診察台に寝かせる。
「い、一体何を、何をどうしたらこんな傷になるんだ……! い、生きてるのか?!」
その老医師は、胴を貫かれて大量出血しているヒースの傷をひと目見て真っ青になりオロオロ狼狽えている。
「生きてるよ! ギリだが! 先生、何とか助けてくれ!」
しかし老医師はパニックに陥っているようだ。
「い、医者だ、医者を呼べ!」
「あんたが医者だろ!!」
「そ、そうだった。まぁ、ま、まぁ落ち着け」
医者は自分にそう言い聞かせたが、震える手で医療器具をトレーごと床にぶちまけた後、消毒液のビンを落として割ってしまった。
「おっ、お、おお、落ち、落ちっ……」
「まずお前が落ち着け――っ!」
アラミスは医者の後頭部に張り手を入れた。
「そ、そうじゃの、しかし乱暴はいかんよ……」
医者は深呼吸してヒースの体を診る。
「ちょっと待てよ……この少年を斬った者は、ひと突きで貫通させているがどういう訳か急所を外しとる。しかも臓器も何とか無事じゃ。どうなっとんじゃ?」
「……?」
アラミスも視線を外して考えた。
(いやぁ意図があるとは思い難いが……)
医者は大急ぎで傷口の縫合などを済ませた。
「いいか、絶対安静じゃ。最低三週間は動かすでないぞ」
「先生! ありがとう!」
◇ ◇ ◇
その日、アジトの男子部屋では、翌朝まで付きっきりでジェシカが看病していた。
時折ルエンドとアラミスが交代したが、ヒースはまだ気付かなかった。
夕方になって、ようやくヒースがベッドの上で目を開けると、傍の椅子に座っているアラミスが視界に入った。
椅子を前後逆にして股を開いて座り、背もたれを抱えるように両腕を置いて、そこに顔を伏せた体勢で眠りこけていた。
「俺、助けられなかった……」
ヒースの声がしてアラミスがハッと頭を上げる。
「おい、ヒース、大丈夫か?」
そこにジェシカがバタバタと足音を鳴らして男子部屋へ飛び込んできた。
「ヒース! よかった、ルエ姉! 気が付いたよー!」
ジェシカは扉の前で躓きそうな勢いのまま、一目散にヒースの元へ駆け寄った。ジェシカの声でルエンドも部屋に飛び込んで来る。
「死んじゃうかと思ったんだから!」
ジェシカにとって、初めて見る「他の追随を許さない剣士」ヒースの、無残な姿だった。無敵と思っていたミツヤも連れ去られた。自分達が敵にした相手に今更ながら恐怖を感じ、ヒースの腕を掴む手も震えていた。
「ゴメンみんな。俺、まだまだ弱いな」
ヒースは自分を責めた。
「相手はドナム系のイントルだったんだろ? どんな能力使ったのか分からんが」
アラミスが聞いた。
「ね、なんでミツヤ君なんだろう?」
ルエンドが医者からもらった薬と水を持ってきた。
「そうだよな。あれは確実にミッチー狙いだった」
ヒースは目を閉じたまま昨夜のことを思い浮かべている。
「どんな奴だったか顔見てない?」
ジェシカが皆の聞こうとしていた質問を最初に投入してきた。
「覚えてない」
「何かひとつでも」
ルエンドが後に続けた。
「ま、顔は見たけど、何て言っていいか分らんよ」
「じゃぁ、髪型とか色は?」
「色は覚えてないけど、サラサラっぽかった」
「顔に特徴ないの?」
「なんか左頬に『XⅢ』のタトゥーがあった」
「それを早く言えよ!!」
全員が一斉にツッコミを入れた。
「ルエンドちゃんも知ってるんだな。顔は実際には見たことないが、俺も前に噂で聞いたことがある」
アラミスの言うとおり、ルエンドは彼をよく知っていた。
総隊長執務室の前では聞き耳を立てているところを何度も見られているはずだ。
「護衛隊第二隊隊長、『処刑台のジャック』よ! 『XⅢ』のタトゥーは前にいた世界で彼の意に反して強いられたものらしい」
「へぇ……」
ヒースは自分にこれだけの致命傷を負わせた男が元いた世界で何をしていたか、少し興味を持ったようだった。
(あいつ、以前何やってたんだ……?)
「さぁ。でも『殲滅する』と決めたら確実に実行して来た護衛隊での実績が、その13という数字に似つかわし過ぎて《処刑台》の異名がついたんだって」
ルエンドは腕組し、眉を吊り上げて言った。
「ほんと、あの人何考えてんだか解んない! 味方したり敵に回ったり!」
「こわー! 処刑台!? じゃぁ護衛隊最高ランクのA?」
ジェシカの問かけにルエンドが首を横に振る。
「いいえ、ランクSよ。公にはしてないけど実は密にAの上があるの。現在、護衛隊でジャックの他に二人いるわ」
「誰だそいつは?」
ヒースは起き上がろうとして痛みで目をクシャッと閉じ、またベッドに沈んだ。
「第一隊の隊長ウォーカーと第三隊の隊長クロードよ。ジャック隊長を入れて三人は護衛隊三鬼神て呼ばれてる」
(三鬼神……)
ヒースは黙ってベッドの中でじっと何かを考えていた。
「てことは、だ。これは明かにトージが罠張って待ってるわけだ」
アラミスが髪をかき上げ、断言した。
「ミッチーを殺す気があれば、わざわざ連れて逃げない。狙いも分からないし安心は出来ねぇが数日は生きてるはずだ」
そう言ったところで、ヒースの不安な気持ちに何の助けにもならないのはアラミスも分かっている。
「お前、あとどれくらいで動けるようになる?」
(あの医者には三週間て言われたが……こいつもそんなに待つ気はないだろうな)
アラミスは横目でヒースを見て、ニヤリとした。
「……七日……いや、五日で起きる!」
「言ったな? じゃぁ、それまで俺達も準備する。いいか、一人で何かしようとするなよ」
アラミスはヒースに指をさして、睨みを利かせた。
「そうよ、仲間でしょ」
ジェシカは腰に手を当ててベッドの上に横たわるヒースを上から覗き込む。
「皆、おれ達で必ず取り戻すぞ!」
アラミスの力強い言葉が、今はなす術なく横になるだけのヒースを勇気付けていた。
さて、拉致されたミツヤはどうなってしまうのか、なぜ攫われたのか・・・?




