第3章 5 団長アランの助言
「ちょっとー、あんた達、結構いいとこに住んでんじゃん!」
ルエンドはジェシカの左肩をバンバン叩いて嬉しそうにはしゃいでいる。
ヒース達はムーランの町からアバロンのアジトに戻ってきていた。
その場で解散する時には日も暮れ初めており、ルエンドが行く当てがないと言うので仕方なく連れてきたのだ。
仲間入りの件はともかくみんな疲労困憊のため、その日はすぐに各自の部屋で眠りについた。
「ね、ルエ姉、今日『金の獅子』の団長に言われた事、どう思う?」
「そうね、明日チーム会議だし。今日はもう寝ましょう」
◇ ◇ ◇
ここで一旦時間を遡り、話はムーランの町に戻る。
ムーランでの依頼は完了し、町内はその日だけは犠牲者ゼロで、町長もようやく枕を高くして寝られると安堵に胸を撫で下ろしていた。
異形獣を町に放った護衛隊員は第三隊の副隊長が引き取りにやってきて、第二隊の隊長と話し合いの末、総隊長の訳あり指示ということで第二隊は処分無しとなった。
また、ヒースが助けた商人はすぐに近くの駐屯所へ駆けつけ、異形獣の引き取り依頼を滞りなく済ませていた。
今回の一件はヒース達を捕えようと目論んだトージの罠であったが、彼の知らないところで表向き「金の獅子」の手柄となる幕引きで終わった。
結果、トージは「青い疾風」に完敗するに至ったわけだが、そこは当の本人は気付いていない。
そうして避難していた人々が戻ってくる前にはもう、ヒース達と「金の獅子」はすっかり打ち解けており、彼らは町の入り口のアーチゲート付近で立ち話しをしていた――。
「本当にすまなかった」
自警団「金の獅子」の団長のアランと副団長のモルガンは、北の街ディジーで初めて出会ったヒースとミツヤに対し掲示板を前に見栄を切ったことに陳謝した。
ルエンドがダイナマイトを投げた後、ミツヤが異形獣を雷の攻撃であっという間に倒したのを見て、人々の噂を思い出したのだ。
「まさか君達が、あの、ロアンヌ村の『二人で二分』の少年達だとは思わなくて……」
汗でズレた眼鏡を指で押し上げながら、アランは申し訳なさそうだった。
モルガンは腕組みし、ふんぞり返って豪快に笑う。まるで見下したことも無かったかのようだ。
「ていうか『二人で二分』とか、あんなの誰かの口八丁だと思ってたからな! ハハハッ!」
「そう言えば、ロアンヌ村では剣士の握る剣から炎が出てたと聞いてるが、今日はそんな感じではなかったな?」
アランが聞くと、ミツヤは話すべきかを迷ってるかのようにヒースの顔を横目で見た。ヒースは「別に話してもいいだろ」と、肩を少し落としてミツヤに目配せする。
「実は俺もミツヤ同様イントルなんだ。今回は封印したけど」
「僕たち、無許可なんです、実は。だから直接依頼を受けないで逆に良かったんですよ。訳あって護衛隊に追われてるし」
ヒースとミツヤは簡単に経緯を話してみた。
アランという思慮深く明哲な男に、何か信用できるものを感じ取ったのだ。
アランは二人のこれまでの護衛隊との衝突の経緯を聞いて、自分達の考えも伝える気になったようだった。
「なるほどー。我々のメンバーにはイントルーダーはいない。やはり仲間にそういったドナムを有する者が居ると居ないとでは違うな」
「一応言っとくが別段、イントルを入れないようにしてる訳じゃねぇぜ」
と、モルガンが一言添えた。
「そのとおりだ。それと、実は我々も今の護衛隊には不信感を抱いていたのだよ。しかも今日のように異形獣を町に投入して、一体何が狙いなのだろう……。まぁ、そんな護衛隊もどうやら一枚岩ではなさそうだ。聞くとルエンドさんが昨日町の人に、異形獣が送り込まれる情報を入れてくれたらしい。我々は後で知ったがね。お陰で事前にムーランの人々が避難出来たわけだしね。私が知ってる中にも何人か信頼できる隊員もいる」
アランはそう言ってチラっとルエンドを見た後、口をキュッと固く一文字に結んで目を閉じる。
暫く考えていたが口を開くと彼はヒースに負けを認め、次のように続けた。
「それにしてもヒース君、ドナムを使えばもっと早く片付いたと? こんな差を見せられては完敗だ。いいだろう。今回は我々が失礼した事で、代わりに護衛隊にも他の自警団にも黙っておこう。面倒事は無いに越したことはないからな」
と、言ってアランは眼鏡のフレームに指を持って行った。
「アラン、ありがとう!」
ヒースとミツヤが嬉しそうにしているのを見て、ジェシカとルエンドはお互いに顔を見合わせ微笑んだ。
「約束どおり、報奨金は全額君たちのものだ。だが次回から管轄区域は守ってくれ」
麻袋に入ったズッシリと重い百万Gを受け取ったヒースは手が若干震えていた。
「見てみろミッチー! こんな大金、俺見た事ないぜ!?」
「僕だって! ちょっと見せろ」
(うわ重! 元いた世界は現金こんな持ち歩かないから余計に強烈だ)
「あたしだって! 見せて!」
ジェシカも興奮していた。
三人が現金を前に取り囲んでいる中にルエンドも入り、一人女子が増えたというだけで倍以上の騒々しさだ。
こうして「金の獅子」のチームはタダ働きになったというのに、全員納得の一件となった。
「そういえば、君達チームの団長は?」
アランが尋ねると、ミツヤとジェシカが揃ってヒースに指をさす。
「プハッ! あ、すまない」
アランのリアクションに、ヒースはギョロっと目だけアランの方へ動かして、不服をぶつけてみた。
「いや、団長らしくないっていうか、君達なかなか苦労が絶えないだろうね」
「ほんと、そう」
ジェシカが両手を上方に開いて言った。
「でも、何て言うか……人が自然と集まってくるタイプのリーダーじゃないか? 悪くない」
アランの言葉でヒースは満面の笑顔を見せる。
「じゃぁ、ヒース君。私からひとつ、君に話しておきたいことがある」
アランが去り際、ヒースに何か伝えたようだ。ヒースの顔色が少し変わったことにミツヤだけが気付いた。
アランは笑ってブルーのマントを翻し、メンバーを連れてその場から撤収した。
「おいミッチー、 明日はアジトで会議だ」
言ったヒースに、ミツヤは可笑しくて吹き出しそうになった。
(おーお、カッコつけて会議だと。いつも作戦無視のくせに)
◇ ◇ ◇
さて、話は再びアジトへ。
翌日、強引に仲間になったルエンドが女子部屋を充実させたいと言って、報酬の半分近くを家具類に使用してしまい男性陣の不満を買っていた。
そんな平和な日の夕方――。
「だってさ、王宮内駐屯所の宿舎にはもう戻れないでしょー、服とか全部置きっぱよ? もう全部買わないと」
「やれやれ、勝手に仲間に入ってきてこんな掻き回されると思わなかったよー」
ヒースは思っていることをそのまま口に出してゲンナリしているが、ミツヤはそうでもなかった。
「ははは。まぁ仲間は多い方がいいじゃん。仕事も楽になるだろ?」
ジェシカがミツヤの前で腕組みして立ちはだかる。
「ルエ姉に甘えないで、仕事取って来てよ?」
「仕事の鬼だな、鬼!」
ヒースが口を尖らせた。
「ありがとうジェシカ。まぁ、あたしも行くとこないからって無理強いしたし、頑張るからね」
「でもほんとよかった。ルエ姉といっしょに暮らせるなんてて思わなかったよー、元気だった?」
「EIAのみんなと一緒に異形獣に立ち向かった半年前以来かな」
一階のロビーは男性陣の部屋になり、二階のジェシカに用意した部屋にルエンドが居候と決まったが、会議をしようと一旦一階のヒース達男部屋の丸テーブル前に集まった。
テーブルを囲んで、まずはヒースが切り出す。
「さて、本題だが。昨日『金の獅子』のアランが言ってたこと、俺もずっと考えてたんだ」
「ああ、実は僕もだ」
ミツヤはヒース同様、焦りを見せていた。
「気持ちは判る、あんた達バカみたいに強いし。でも本当に護衛隊を敵に回すつもり? いくらなんでも……」
とジェシカは不安をぶちまけた。
「今までそんなこと言う人に会ったことないし、考えたこともなかった。けど、よく今までこの人数でやってきたわね」
ルエンドは椅子から立ち上がり、テーブルに前のめりだ。
すると正面に座っているヒースにルエンドの胸の谷間がシャツの隙間から見えて、顔が赤くなったのをジェシカは見逃さない。
「どこ見てんのよ!」
ヒースの後頭部にジェシカの手のひらがスパーンと入り、ヒースはテーブルに顔面をぶつける。
自分も胸元を見てしまった手前、ミツヤは態とらしい咳払いで話をもとに戻しジェシカの意見に付け加えた。
「コホン……護衛隊だけじゃないな。『ストーム』一味のようなイントル集団やEIAだって、時には敵に回ってしまうかもしれない。それでも……」
皆の頭に昨日のアランの言葉が蘇っていた――。
『君達が強いのはよくわかった。しかしながら少数精鋭にも程がある』
それを聞いたジェシカが、ぶんぶんと何度も頭を上下に振っている。ミツヤは、笑いを堪えて横に視線を移した。
(ヘビメの縦ノリだな)
『三人、いや失礼、四人で立ち向かっていくのは自殺行為だ。ただの異形獣退治屋として続けるなら何も言わんが、どうやらそうではないのだろう? 私の見立てが間違ってなければね』
メンバー四人の顔を順に意思確認するかのように見つめると、アランは続ける。
『だが、これまでの話を聞くとそんな目に遭った君達を止めても無駄だろうな。であれば、確実性には欠けるとはいえ、君達にとって一つ朗報がある。ルエンドさんならご存じでしょうが』
そう言ってルエンドをチラッと見た後、アランはヒースに言った。
『一週間後に、年に一度の一般参加型の異形獣討伐合同作戦がある。国内外から猛者が集まるぞ。やりようによってはそこで仲間が見つかる可能性もある。しかもだ、ここ最近は毎年トージ総隊長が出席している』
『なんだって!?』
ヒースとミツヤは目をギラつかせる。
『まぁまぁ、そうは言っても保証はできんぞ』
『それでもだ!』
ヒースは鼻息荒くミツヤを見ると、ミツヤは黙って頷いた。
『近隣諸国からの参加も認められる為、先程も言ったが強者が集まるので有名だ。我々も数年前にそこで今のこの仲間を見つけたんだが……その大会をどう使うか、あとは考えて行動するといい。だが、くれぐれも無茶はしない事だ』
――ヒースはテーブルを挟んで正面のルエンドに聞く。
「ルエンドは知ってたのか?」
「もちろんよ。国内最大のイベントよ。護衛隊の入隊試験と違って誰でも参加できて、しかも、一番功績を上げたチームには宰相リシューから賞金三百万Gが出るんだから!」
「さ、三百万だと!?」
ヒースとジェシカが勢いよく立ち上がり、二人の椅子は揃って後ろに倒れた。
「しかも、武器は入隊試験場のような、おショボい武器しか置いてないなんていうイジメはなくて、ちゃんと使える武器が支給されるのよ」
「あーあれ、参ったよな。結局は慣れた鋤で参加できたけどな」
ヒースに苦い経験が蘇った。
「ただ、ヒースとミツヤのお二人には喜んでばかりはいられないことが一点。このイベント、護衛隊メンバーと合同で作戦に参加することになってるの」
アランの提案とルエンドのゴリ押しで、年に一度の一般参加型の異形獣討伐合同作戦に参加することとなった四人。
ヒースとミツヤはトージ打倒を、ジェシカとルエンドは一攫千金を目指し、それぞれ覚悟を決めた。
アランが最後に付け加えた「仲間を見つける」件については、彼らは確かにこのイベントを利用しメンバーも出来れば増やしたいとも考えたが、優先順位は下げて皆自分の出来ることに集中すると決まった。
ヒースとミツヤは面が割れている上にルエンドはそもそも参加自体が問題ありだ。
その為、全員顔を隠して参加することになった。
そして、このイベントの後「青い疾風」はその名を更に広めることになるのだった。
次回、「異形獣討伐合同作戦」。くちゃくちゃになります、ご期待ください。