第2章 8 EIA狩り
「そろそろか……?」
ヒースとミツヤ、ジェシカの三人はソワソワしながら村の入り口からしばらく歩いた大通りの脇で、イントルーダーのグループを静かに待っていた。
すっかり夜になり月が地上を煌々と照らし出す。木の陰にしゃがんでじっとしていると、静まりかえった草むらから時折虫の鳴き声が聞こえてくる。
「てか、なんでお前がここにいんだ? 俺達だけでいいって」
ヒースはそれなりに彼女の心配をして言った。
「馬鹿ね、あたしもやらないと。だって自分の村よ!? ああは言ったけどね、大体いくらなんでもあんた達二人だけで倒せるわけないでしょ! 全く、敵をナメてんじゃないの? 全員バケモンみたく強い連中が集団で襲ってくるんだからね!」
「……」
ヒースとミツヤは唖然として、まくし立てるジェシカにゲンナリだ。
ミツヤはなかなか現れない敵に対する若干の焦慮を隠し、襲撃予定を教えてくれたジェシカに再度確認する。
「なぁ、本当に今夜襲撃があるのか?」
ジェシカは見た目の柔らかい雰囲気に似つかわしくなく肝が据わっていた。弓を握ったまま、怯えている様子もない。
「ルエ姉が言ってたからね、間違いない。あの人は護衛隊員の中で唯一信用できる人よ……!」
「護衛隊だと!?」
ヒースとミツヤは同時に叫んだ。
「しっー! ほら来た!」
ジェシカの指が馬の蹄の音がする方向をさす。馬蹄の音からして、20人はいそうだ……!
「ジェシカ、あんたはここに隠れてろ、俺達で止める!」
「ああヒース、行くぞ」
二人は同時に立ち上がると、不貞腐れるジェシカを置き去りにして素早く通りの脇から街道へと出て行った。
道の真ん中までゆっくりと歩いて行き、そこで立ち止まる。
夜風でヒースのロングコートがバサっとはだけると、コートの下から腰に装備した炎斬刀の柄が覗いた。
馬に跨った20代くらいのツーブロックの若者が、通りに立ちはだかるヒースとミツヤを見つけて手綱を締める。
彼は後ろのメンバー達に一旦止まるよう左手で待機指示を出し、一人ヒース達の前に馬で近付いて来た。
「これはこれは、わざわざ出迎えご苦労なこった。どっから襲撃情報がモレたか知らねぇが……まぁ、どっちでも同じか、どうせ全員潰すだけだ」
馬上からヒースとミツヤを見るその目は、見下ろすと言うより見下しており、口元は笑っていた。
「オレはジェイク」
この集団のリーダーのようだ。
「ここは我ら『ストーム』の敵、EIAの村だ! 悪く思うな、思う存分EIA狩りを楽しませてもらう! 金目の物は全部……」
ジェイクの言葉が最後まで言い終わる前に、ヒースの左親指が鍔にかかった。親指で鍔を前に押し出す。鞘から鎺が覗く……。
「ぼーっとしてんな小僧、金目の物は頂いて行くぜって言ってんだ……!」
日本刀の臨戦態勢の微妙な動きなど、この国の誰も判るはずがない。今だ。
素早く踏み込むと一気にジェイクの傍の木の幹を駆け上がり、膝のバネの力を利用して高く跳躍、抜刀する。
ジェイクがヒヤリとして斜め上を仰ぎ見ると、既に馬上のジェイクの頭頂部に月灯りで反射した刀が迫っていた。
咄嗟にジェイクは上半身を反らす。
風が鳴り、刀が金髪を撫でた。まさに間一髪だ。
「な……!?」
ジェイクの髪がハラハラと風に乗って散ると同時に、ヒースは一回転して地面に降り立った。ジェイクは何も斬られてないことを確認するかのように、思わず頭頂部を押さえ、安堵の息を漏らすとすぐに馬から降りる。ついに本気モードだ。
「何だお前、生意気な! オレ達相手にやる気なのか? つか、刀じゃねぇか!? おもしれぇ、オレのドナムはこれだ」
ジェイクは腕を前に突き出す。
体が白っぽい光に包まれていく……! すると両手首からスルスルと剣のような刃が現れたのだ。
(こいつ、さっき村の人が話してた男じゃねぇか?)
警戒したヒースは右足を一歩後ろに引いた。
「オレがコイツの相手をする、お前ら先に村へ突入だ!」
ジェイクは背後の仲間に合図を送ると、「ストーム」の仲間は馬でそのまま村への入り口に向かって一斉に走り出す。
コッソリ後を着いて来て草影から顔だけ出し、様子を見ていたジェシカは生唾をのんだ。
(あいつだ、義父さんを殺した連中といっしょにいた奴……!)
ヒースはゆっくり炎斬刀を正面で構えた。刀身に月灯りが反射する――。
(初めての刀の相手が人間とはな……)
ヒースは相手の目線を見据え、刀を構えたままミツヤに合図した。
「ミッチー、三分……」
(まてよ、ミッチーは三分待てないとか言ってたな)
「いや、二分だけ時間くれ。片付けたらすぐ行く。それまで村の方を頼む」
ヒースの言葉にミツヤはちょっと笑って右手を少し上げ、「了解」の合図をする。
それを聞いたジェイクはヒースの言葉にカッとなり、体全体の白い光が強くなっていく。ドナムの光は感情の起伏にも呼応するようだ。
「おいおい、言ってくれんじゃねぇか剣士さんよ、どうあっても死にたいようだな」
ヒースまで10メートル程か、ジェイクはヒースに向かって走り出した……!
「二度とフザケた口利けないよう切り刻んでやる!」
そしてヒースの目前まで一気に詰め寄ると、両手首から伸びている剣をクロスしたまま片足を軸に回転しながら迫った。僅かでも接触すれば肉片が飛散するだろう。
見ていられなくなったジェシカが物影から顔を出し、弓を構える。
(ダメよ! 去年あれにパトリック叔父さんが斬り刻まれたんだから……!)
ところがヒースは、ジェシカの心配をよそに嵐のごとく襲い掛かる剣のトルネードを一瞬で見切ったのだ。
――まるで空気を断ち切るように銀色の炎斬刀が夜空に舞う。
ジェシカは呆気にとられ、弓の弦を緩めた。
(え、何!?)
弾き飛ばされたジェイクはもんどり打って地面に転がる。しかし、すぐに起き上がった次の瞬間、炎斬刀が目の前でギラリと光を放っていた……!
(この人……速い!)
ジェイクに刀が迫る。炎斬刀が勢いよく振り下ろされ、空中に輝く鋭い軌跡を描いた――。
「ぐうぉぉぉ――ッ!」
ジェイクは肩から血を流し、背を丸めて地面に膝をつく。その一部始終を見ていたジェシカは緊張が解け、その場にしゃがみ込んでしまった。
「勝負あったな、皆を連れて引き上げてくれないか」
刀を構えた状態でヒースが言いかけた時だ。
「勝負あった? そいつはどうかな?」
そう言った時にはもう、ジェイクの片膝からサーベルが突出していたのだ。すぐ前に立っているヒースの脛を貫く!
「うぅぅぅぅ――――ッ!」
ジェシカまで思わず声を発しそうになった、その口を手で覆う。
ヒースはすぐに、一歩大きく下がるようにして脛からサーベルを抜いた。その途端、血が噴き出す。
「グッ……ううぅ――」
あまりの激痛で立っているのがやっとだ。
「さぁここからだ。諦めるんだな、剣士くん」
ジェイクは手首から剣を突出させ、再び両腕をクロスしたままヒースの首元めがけて前へ突っ込んできた。
「頸動脈切って足の痛みもすぐわからなくしてやるよ!」
「俺が、諦める……? 野郎……! 火焔の刃――!」
ヒースの体はオレンジ色の光に包まれ、ジェイクの目前で刀は勢いよく炎を上げた! 炎を纏った刃が、猛スピードで突っ込んで来るジェイクに迫る。
「うおぉぉぉ! 炎だと!?」
炎斬刀が唸る……!
「たとえこの体がどうなっても、諦めるわけにはいかないんだよ!」
ジェイクは寸でのところで立ち止まったが、両手首から伸びた剣はヒースの炎斬刀によって、きれいな断面を見せて空を舞った。
ジェシカの瞳に炎斬刀の炎が映りこむ――。
(す、すごい……こんなの見た事ない……しかも、何? 体の光の色がオレンジ色?)
「何だその光……オ、オレンジ色だと……? 白いヤツしか見たことないぞ」
「出血大サービスだ……」
唖然としているジェイクに、間髪入れずヒースは柄頭の方で腹に一撃与え、
「グゥッ!」
続いて丸めた背中にも一撃を与える。
「よっ!」
ジェイクは意識を失い、ようやくその場に崩れ落ちた。
「くっそ、足やられたな……ミッチーは大丈夫だろうか?」
ヒースは刀を鞘に納めるとすぐさま村の方へ足を引きずるようにして急いだ。
その後を追うようにジェシカが走って行く。
村の入り口まで来ると、数メートル手前で黄色い光がピカピカと暗がりに派手に飛び交っていた。ミツヤの雷の攻撃でみな落馬したようだ。
どうにかミツヤは20人弱を食い止めていたが、たった一人で得体の知れない能力を持ったイントルーダー達を一度に相手にしていたのだ。膝に両手を置いて肩で息をしていた。
「ミッチー! 大丈夫か?」
その声に振り返ったミツヤはヒースを見てギョッとした。足を引き摺りながら歩いて来るその地面には、月灯りに一筋の血の跡が見て取れたのだ。
「お前が大丈夫か!!」
と、ミツヤはこんな非常時にツッコミを入れた。
「すまん、まぁ何とかなる」
ヒースは強がりを言ったが激痛と出血でふらついている。それでもヒースは六三郎が言っていた「不用意に刀やドナムを使わない」ことを念頭に置いていたので「ストーム」の皆に撤退を促した。
「お前らのリーダーは俺が倒したぜ、まだ続けんのか!?」
「ジェイクがやられた? 冗談だろ!」
ミツヤの攻撃から逃れた他の仲間たちはそれぞれ体に白い光を纏い彼の攻撃に耐えていたが、その一言で皆ざわつき始める。
「こいつ放電しやがった! イントルがなんでEIAの村にいんだ?」
「あの黄色い光、オレ達と違うぜ? ヤバイんじゃねぇか?」
「まぁ、敵はたった二人だ。農具しか持ってない村人より面白いぜ、先に片付けるぞ!」
そもそも統率のとれていない俄仕立てのグループだ、リーダーの指示があってもなくても、お構いなしなのだ。
「ヒース、気をつけろ、あいつら見たことないドナム使ってくる……!」
「ああ、そうらしい。下手な異形獣より厄介だぜ」
ヒースとミツヤは「ストーム」の集団に周囲を取り囲まれた中、お互い背中合わせで構える。
「くそ、本気でやらないとダメか。仕方ないな」
ミツヤは体を黄色い光で覆い始めると、両手の指からパチパチッという音とともに電流のような光を浮き上がらせ夜の闇に光を放った。ヒースの体もオレンジ色の光に包まれ、刀身には炎が這っている。ドナムの扱いに慣れてきたようだ。
「ミッチー、先にやるぜ! こいつを試してみたいんだ……烈火の奔流――ッ!」
刀を振りかぶり、力いっぱい集団に向けて振り下ろす!
すると斬撃が熱風を伴った炎の帯となり、遠巻きにしていた「ストーム」を二つに分断しながら真っ直ぐ走った。気付くと地面にはヒースの足元から10メートル以上も先に続く深い溝が出来たのだ。
避け損ねた数人は炎の突風に飲み込まれて動きを止めてしまう。ジェシカの目にもまだ勢いの衰えない炎の帯が映っている。
今、初めて発動させた技だった。
(ま、待って。一体どんなチカラなの、人間技じゃない……! 無茶苦茶よ……!)
「炎系か、しかも剣士。派手な奴だなぁ。ま、オレに任せろ」
取り囲んでいた「ストーム」の一人が前に出てヒースを挑発してきた。それに合わせ、ヒースはミツヤから離れて数歩前へ出る。
ジェシカはその男の顔に見覚えがあった。サーッと血の気が引いていくのを感じる。
(『水獄のマージ』だ! ちょっと、どうすんのよ……!)
すぐにストーム一味の声がどこからか聞こえてきた。
「皆下がれ、マージの援護するぜ……」
イントルーダーのドナムを発動させるには個人差はあるが一定の「溜め」が必要だ。その為、ストームのメンバーは仲間内で上手く連携しようとしていたのだ。
(そうはさせないからね!)
草むらに隠れていたジェシカは立ちあがり、背に装備した矢を三本抜くと大きく息を吐いた。
(ジェシカ、落ち着ついて――)
自分に言い聞かせ思い切り弦を引き、そして放った!
驚くことに別々に空を走った矢は、三人の足にそれぞれ命中したのだ。足を射抜かれた三人は痛みで転げ回っている。ジェシカは腕前を披露できたのがよほど嬉しかったのか、満足気な顔をして草むらの中に突っ立っていた。
「誰だ? どっから矢を?」
「ヒース、ジェシカだよ、凄いな」
「マジかよ、一度に三人だぞ? そんな芸当見たことないぜ」
(厳密には三矢同時じゃないんだけどね)
と、ジェシカは声に出さずコッソリ訂正する。
二人には一度に三本矢を番えたように見えたが、実は束で持った右手を弓に添えるようにし、一本ずつ目にも留まらぬ速さで連続して矢を放っていたのだ。
「まだ仲間がいたのか、ではお前から始末するとしよう!」
水を自在に操るマージは両手の平をピタッと合わせると、その指先をジェシカに向ける。
つぎの瞬間、勢いよくジェシカに向かって、合わせた手のひらの隙間から矢のように水流が発射されたのだ。
「水流破ッ!」
ジェシカの顔面に向かって細い棒状になったジェット水流が走る……!
「させるか!」
ところが既にヒースはジェシカに向かって走り出していた。
地面を蹴ったと思った次の瞬間、千切れた草を宙に舞い上がらせて姿を消していた。気付けば彼女の頭上に現れる。
ジェシカの目の前に舞い降りると、ヒースのロングコートの裾がふわりとジェシカの顔の前で踊る――。
(え……!)
ジェシカの顔が淡い薔薇色に変わる――。
ヒースが胸の前で炎の刀を構え、水を受けるとジュッという音とともに水蒸気が上がり、視界を遮断した。
続けて矢のように形作られた水がヒースの足元に向かって発射されたが、音に反応し刀の柄を口で咥えて跳躍し、近場の枝にしがみつく。ギリギリ間に合い、足元の地面には水流の勢いで細長く穴が開いた。
「……あっぶね」
着地してすぐに距離をとる。しかし集中力が切れたためか炎斬刀の炎は消えてしまった。
「ハァ、ハァ……ジェシカ、下がってろ!」
ヒースは左手で額の汗を拭うとマージに視線を向けたまま、手をジェシカの前に差し出して自分の背後へと促した。
マージを侮れない相手だと判断したミツヤが、援護に入ろうと声をかける。
「ヒース、ジェシカ! 大丈夫か!?」
「おっと雷君、よそ見は厳禁です」
ヒースとミツヤの初めての対イントルーダー戦が開始された。この異能バトルは更に拍車をかける。村を守り切れるか・・・?




