第1章 9 青い疾風(ブルーゲイル)!
ミツヤはヒースが何を言いたいのかまだ分からない。口をポカンと開けたまま、ニヤニヤするヒースをただ見ていた。
「自警団やるんだよ。テイタラクした護衛隊の代わりに街を守るんだ。しかも国や金持ちの依頼からはガッツリ儲けてやる!」
ヒースの唐突な話を聞いたミツヤは目を丸くして言った。
「一人で? そりゃすげぇな。まぁせいぜい頑張れ」
「なーに言ってんだ、二人だ」
ヒースは真剣な顔をしてじっとミツヤの目を見て訴える。しばらく沈黙が続いた。
「え? えええ? ……僕もか――!?」
ようやくミツヤが口を開いた。
今まで他人のことなど興味もないし考えたこともない。資金調達の手段になるとはいえ、他人の為に命を削ることになるのだ、自警団に入団や、ましてや結成など思いもしなかった。
「まずは二人からだ。ミッチーがいりゃぁ、当面やれると思うぜ。ていうか、お前がいないと出来ない……!」
ミツヤはどこかくすぐったい気持ちになったが、窓の外を見ながら腕を組んで数十秒程考えた。自分の方が足手纏いのようになったというのに助っ人に入ってくれたヒースを、ただの「ヒーロー気取りの勘違い野郎」とは思えなくなっていた。
ゆっくりヒースの方を向く。
「しょうがないな。……リーダーはお前がやれよ、斬り込み隊長殿?」
二人は顔を見合わせてニッと笑い、どちらからともなく腕を突き出し、拳を合わせて決意した。しかし不意にヒースが真顔になる。
「ちょっと待て。『斬り込み隊長』って……どっちかというとお前の方が先に光放って突入することないか?」
そのヒースの反論に対し、ミツヤは親指と中指でこめかみを挟み、深刻そうな表情を作った。
「いやいや。僕の制止を無視して突っ走るだろ? そう言う意味も含めてだ」
「あぁ。まぁいいや、とにかく決まりだな! やるならブルタニーで一番強い自警団目指すぞ、他の追随を許さないくらいな!」
ヒースはソファーに座ったまま、前のめりでミツヤの顔の真ん前まで接近した。
「近っ! ま、まぁそうだな。それなら……それを言うなら護衛隊以上を狙うぞ、いいか?」
「ハハッ、言うなぁミッチー! 決まりだ。じゃぁもう俺達、本当に仲間だな!」
ヒースが右手をミツヤの前に差し出すと、ミツヤもヒースの右手をつかみ、硬く握った。
「あ――、もう根負けだ。よろしくな!」
二人は異形獣討伐を中心に活動しながら資金を集めて護衛隊の動きも探っていくことで意思を統一した。
「……で? チーム名はどうするんだ?」
ミツヤの意外な質問にヒースは考えたこともなく、戸惑う。
近頃は街の掲示板などに異形獣討伐などの依頼が貼り出されているが、自警団はいくつも結成し始めているので依頼側も選べるのが実情だ。そうなると、実績もあり人気のチームは名指しで仕事が舞い込むこともあった。
そもそも、武器を所持するには自警団としてチームの申請を現在の最高職である宰相へ提出し、その後ある程度実績を示すことが必要であった。それを経てようやく正式なライセンスが下りるのだ。
とはいえ申請するにあたり必要なものは、代表者の名前とチームの総人数と希望武器のみで、至って簡単であり、自警団を結成してまず一番にすることは「申請」である。
ミツヤが知っている限りのチーム名をいくつか挙げてみた。
「最近よく聞くのは『不屈の狼』とか、国旗のエンブレムから取った『金の獅子』てランクB相当の強いチームもあるよ。動物入れるの流行ってる」
「『不屈の狼』……って、小っ恥ずかしい。どこのチームだよ」
ヒースはなぜか顔を赤らめた。
「あと人気あるのは、地名プラスそのメンバーの特徴を入れたりしてるな。『ブルタニーの牙』みたいな」
地名についてはアバロンを使うとアジトの所在が分かってしまうため、ブルタニーのイメージカラーである「青」と、ヒースの提案で二人に共通する特徴である「疾走感」のイメージを入れることにした。
「『青い疾風』かぁ……いいじゃねぇか!!」
ヒースは自分で声に発してみて、気分も上がってきた。
「ん? ちょっと待てよミッチー。許可下りないってことあんのか?」
「あぁ、まぁその……僕達の場合、代表者の名前を偽名にすれば問題ないはずだ。まぁ、もし許可下りなかったら事実上活動不可だ。けど、まず普通にやってたらそんな事になるはずない」
「申請が下りたら武器も支給されるのか? 今後仲間が増えた時にも必要だよな」
そもそも素手で対抗できないヒースはミツヤと違って剣は必須だった。万一形見の刀が折れでもすれば一大事だ。
「そうらしいよ、実績が上がっていけば、その分、支給される武器もランクアップできるようなんだ」
チーム名が決まるとヒースは早速わずかな資金を持って食料などの調達の為、ディジーという街へ行くことに。
「二人で始める自警団の結成祝いもしないとな」
戦闘の疲れも忘れ、ヒースの足取りは軽かった。
◇ ◇ ◇
ヒースがついたディジーという街はアバロンから数キロ離れていて、こじんまりとした街だが賑やかで活気に溢れていた。石畳に行き交う馬車の車輪の音が響き渡る。
キョロキョロするヒース。初めて来たにもかかわらず街中に自分たちの手配書が貼られていた。
「何だよ。これじゃあ落ち着いて買い物も出来ねぇ」
フードを目深に被り、呟いた。
すぐに商店街から外れ、狭い路地の隅に走り寄る。俯き気味で隠れるように歩いていると、すれ違う人達から護衛隊の信頼度が急速に低下している話声が耳に入ってくる。それはトージ護衛隊総隊長に対する隊員からの不満や、街の市民が異形獣に頻繁に襲われるようになったことが主な内容だった。
(なるほどね。やっぱそういうことは浸透するんだな)
屋台の店の主人から焼きそばを二つ買って、そそくさと店を離れた。
(ふーぅ。バレなくてよかった~。もっとごちそうを用意したいが、これで350Gか。あとは包帯と……)
他にも包帯や薬を買った後、ヒースはフードで顔を隠して街の中央広場までやって来る。ライオン像のある噴水を中心に、そこから放射線状に商店街が広がっている。すると噴水横の花壇の隣で一列に並んだ数メートルの行列が出来ているのに気付いた。
「あの……これ、何の列? ……ですか?」
ヒースは行列を発見すると、目的が何であれ何となく並びたくなる。取り敢えず最後尾に立ち、自分の前の男に尋ねる。
「ええ? 知らないってことはここら辺のモンじゃないんだな。この周辺の街や村が対象の依頼がそこの掲示板に張り出されてるんだ。あんたも仕事の依頼を探しにこの街に来てんだろ?」
ヒースの眉が上下に動き、顔がニヤける……。順番が来るまでソワソワしながら順番を待つこと数分――。
「……お、おお、これは! ミッチーに初仕事の報告だぜ! ひゃっほー!」
◇ ◇ ◇
その頃、王宮内の護衛隊本部駐屯所内、総隊長執務室ではトージが部下の一人に何やら問いただしていた。
「例の実験はどうなっている?」
「は、ご命令どおり捕獲した異形獣は檻に放りこんでおりますが、まだ特に変わった様子は見られません。」
「わかった、下がっていいぞ」
一年程前になる。
トージは部下に命じて、ブルタニー国と国境を接している八つの国のうち、ブランデルという同盟を結んでいる国の情報を収集させていた。しかし、国教であるエテルナ教の総本山、バチケーネの大教皇からリシュー宰相にある書簡が届いて依頼、トージは画策に大忙しとなっていた。近隣諸国でここ二百年もずっと戦争がなかったところへ、急にきな臭い匂いが漂い始めたのだ。
長年ぬるま湯に浸かったような軍備体制しか敷いていなかったブルタニーの護衛隊総隊長として手腕を問われることとなる。しかし、トージは兵を急激に増員するつもりはないようだった。
「クク……あれさえ完成すれば、まずは国境沿い全ての国を一つにしてやる。世界がどうなろうが俺には関係ない。エテルナ教最高職位『大教皇』の地位もどうでもいいが、秘密は暴いてやる。まずは誰を駒にするかだ……」
トージは窓から外を見ながらほくそ笑んた。
エテルナ教の歴史は古く表向きは一般的な宗教団体だ。しかし古来から秘密結社として存在していることは一部の関係者しか知らない。
大教皇はこの世界の歴史に何かしら影響を与えて来ており、宗教の名の下にいずれ世界を一つの統治下に置くことを目指していたのだ。
◇ ◇ ◇
「おい、ミッチー! お待たせー!!」
ヒースがアジトに戻っていた。
ダン! バン!
気持ちが先行し、ドアを勢いよく開けたため壁にぶち当たり、反動でまた閉まった。再度ドアを開ける。
「あれ。たっだいまー!」
アバロンというスラム街の中央広場――そこから少し外れた場所に位置し、異形獣の襲来から運よく倒壊を免れたシティーホールが彼らの新しい居場所となっていた。
「あれ、じゃねーよ、ヒース。ドアはゆっくり開けろよ。街で大丈夫だったか?」
「わりぃ、ついついなー! 焼きそば買ってきた、食おうぜ! あとな、良いニュースと悪いニュースがある。どっちから聞く?」
ヒースのワクワク顔にミツヤは若干、引き気味の表情だ。
「そ、そうか。それじゃぁ、良いニュースから」
「フッフッフー。これだよ、ミツヤ君」
そう言って、ヒースは掲示板に貼ってあった依頼が記載された紙をミツヤに見せた。
「おいヒース、お前すげぇな。もう仕事取って来たのかよ!」
ミツヤが目を丸くしてソファーから起き上がった。
「いってーてて」
「ああ、そのまま寝てろよ、また出血するぜ」
依頼の内容はこうだった。
現在、掲示板のあったディジーという街からすぐの隣のロアンヌという村で、異形獣が占拠しており住民達は避難したまま帰って来られないので、誰でもいいから早く討伐して欲しいという。いわゆるよくある異形獣退治だ。
「これ、報酬は? 申請はまだ出してないんだろ? いつまでにやればいいんだ?」
慌てるミツヤにヒースはニヤリとして答えた。
「そっちが悪いニュースだ」
依頼内容によると掲示板に出された依頼は昨日で、今日中に追い出してくれた場合は10万G、それが不可能であれば明日は「金の獅子」というランクB相当の名門チームが30万Gで依頼を受けることに確定しているという。余程、切羽詰まっているらしい。
とはいえ、小さな村単位で10万Gも出せるのは破格の待遇だった。正規の自警団もこぞって集まるだろう。村人の為にも、他の自警団に依頼を取られない為にも、急ぐ必要があるわけだ。
「なるほど、まだ申請も提出してないしな。するとヒース、お前のことだ。僕はケガが治るまで出番なし、しかも申請を後回しにして一人で全部やる気だろ?」
「いや、だってさ、そんな大怪我で動かせないだろ」
「いやいや、僕は動けるが申請はどうすんだ」
ミツヤが大丈夫だと言わんばかりに、ソファーに座ったまま肩を動かした時、顔が少しばかり歪んだのをヒースは見逃さなかった。
「ほらな。まぁ、まずは現場に行ってみようぜ。話はそれからだ」
ところが、この初仕事が二人の噂を疾風のごとく各地へ届けることになるのだった――。
ここからいよいよ、物語は本格始動! ヒースとミツヤの二人が始めた自警団は疾風を巻き起こす!