第27話:仮面遊戯《ペルソナ》
考えてみれば、俺はこの世界に来てから嫌というほど、ドラゴンに絡まれている。
異世界で初めての魔物→『黒竜』
草とりに行ったら居た→『地竜』
盗賊のペットだった→『怒れる竜』
……………………。
前にフレイが言っていた。
ドラゴンとは全ての魔物の頂点に君臨している種族だと。
しかもほとんどが一匹狼のため、人々に悪さをするために一箇所に住み着いているドラゴンとかじゃない限り、出くわすことは滅多にないらしい。
……そんな存在と何回もエンカウントする俺って…俺って…!
「『海竜』! バカな…なぜ王都の中に…」
「考えるのは後よ!
こいつは水属性の魔法に長けたドラゴンなの!
モタモタしてると撃ち込まれてしまうわ!」
ルカとフレイは臨戦態勢をとり、いつでも迎撃できるようだ。
だけど…俺はすでに、ドラゴンのキャパオーバー状態になってんだよ!
「もう嫌だァァァァ!!!
なんでいつも俺はドラゴンと出会っちゃうんだよぉぉ!!!」
「え、えーとマミヤ君? どうしちゃったの?」
頭を抱えて絶叫すると、モネが珍しく目を丸くして心配してきた。
いや、今はそんなことはどうでもいい…!
早く脱出しなければ!
「ルカ! フレイ! 逃げんぞ!
こんな奴の相手をする必要なんてない!」
「レイト!!
いい加減ドラゴン恐怖症を治しなさい!
そんなんじゃいつまで経ってもヘタレのままよ!」
しかしフレイは、そんな俺の逃げ腰に反発し、正面から闘うようだ。
こいつもこいつでスパルタな面があって、たまについて行けなくなる。
ならばルカに助けを求めようと彼女に顔を向けると、ビクリと後ろへ振り向いていた。
「待て! さらに後方からエネルギー反応!
いや…、こいつは…!」
ブオッ!
ルカが警告すると同時に、赤いエネルギーの波動が俺の目の前を通り過ぎて行く。
このエネルギーはまさか…!
「『炎斬撃』!!」
ドン!!
「ゴアッ!? フシュルルル!!」
見覚えのあるその攻撃は、海竜の頭部へクリーンヒット。
属性の相性は水の方が強いため、そこまでのダメージではないようだが、食らった衝撃は相当のようだ。
俺の知り合いで火属性を得意とする人物は、一人しかいない。
その女性は大剣を肩に乗せながら、こちらに駆け寄ってきた。
「誰かと思えば、マミヤ殿たちか。
こんな所で何をしている?」
「な、ナディアさん!?
あなたこそどうしてここに…」
「私は見てのとおり、臨時の任務だ。
今朝、王都の地下にドラゴンと思しき目撃情報が警備隊に寄せられてな。
どうやら奴がそのドラゴンのようだな」
フンと鼻を鳴らし、海竜を一瞥するナディアさん。
彼女をよく見てみると、警備隊の仕事着…黄金の鎧を装備していた。
た、助かった!
ここはナディアさんにおまかせして、俺はとっとと逃げ…
ガシッ!
…ようとしたらフレイに捕まった。
「それで、貴公らは何故にここに居るのだ?
フレイ殿はともかく、マミヤ殿とルカ殿はそこの『占術士』の娘と仕事だったのではないか?」
「こっちも色々あったのよ。
あのドラゴンは『占術士』の仕事のオマケみたいなものね」
はぁ!? オマケだぁ!?
「ふざけんなよ!
単にハゲオヤジの不幸にこっちまで巻き込まれてるだけじゃねぇか!
俺はもう帰るぞ!!」
「あっ!? マミヤ君!?」
掴まれている肩の手を払って、モネと手を引き座標を検索していると、ナディアさんの身体から赤い魔力がメラメラと燃えだした。
えっ…また…?
「マミヤ殿…私は言ったはずだ。
『負けることは許さない』と。
敵前逃亡なぞ、勝つ負ける以前に勝負すら挑めない、ただの臆病者だぞ!
貴公はそれで良いのか!?」
そうだった…。
ナディアさんもフレイと同じで、戦いに関してはクッソ厳しい人だった…。
「ナディアの言う通りよ!
あんた、ここで闘えないんじゃ『紅の魔王』に勝つなんて到底無理だわ!
根性見せなさいレイト!」
フレイもナディアさんの言葉に乗っかり、俺に追撃をしてきた。
……なんだろう、泣きたくなってきた。
俺だってできることならば、ドラゴン恐怖症を克服したいと思ってはいる。
だけど、頭では分かっていても身体と心はドラゴンを拒否してるんだよ!
コイツらはそれを全然分かってない!
しかし、思いを伝えたいのに上手く言葉が出てこない…。
そんなしどろもどろな俺を見限ったのか、二人の目が険しくなった。
「もういい。
貴公のような男に期待をした私が愚かだった。
そこで指をくわえて見ていろ!」
「レイト。正直、見損なったわ…。
あんたはモネとそこの倒れてる男を連れて帰りなさい!
私たちがドラゴンと闘うわ!」
フレイとナディアさんはそれぞれの得物を構えて、海竜に立ち向かって行った。
クソ…! 俺は…!!
「えっとー…。
もしかしてキミ、ドラゴンが苦手だったり?」
気まずそうにモネが確認してきた。
既に答えるまでもない気がするが、一応…言っとくか。
「俺がこの世界…いやこの星に来て、最初に襲ってきた魔物がドラゴンだったんだよ…。
こっちには魔物なんていないし…。
あ、あんな化け物に襲われて、トラウマにならない方がおかしい…!」
情けなさと恥ずかしさを押し殺しながら、絞り出すように吐き出すと、意外にもモネはそれを笑わなかった。
「キミの星にはドラゴンは居ないんだね…。
そっか。教えてくれてありがと、マミヤ君」
モネは俺が掴んでいる手をギュッと握り返す。
な、なんだ?
「マミヤ君。
キミがルカ君のお兄さんを救って、元の星に帰りたいのなら、あのドラゴンと闘わないといけない。
星がそう運命をボクに教えてくれたんだ」
「は、はぁ!? だから、俺は…」
「大丈夫。ボクがキミを手伝うよ。
どうか信じて」
「あ……」
いつものヘラヘラした表情は消え失せ、真剣な目つきで真正面から俺を射抜いた。
その眼差しは、俺の不安な感情を和らげ、ほんの少しだけ希望を感じさせるような…不思議なものだった。
なぜかな…ついさっきまでムカついてしょうがない奴だったのに、今はこいつに背中を預けても良いと思ってしまった。
…変な女だ。
「……分かった。あいつと闘うよ。
ルカ、やるぞ! 〝合体〟だ!」
「ふふ、その言葉を待っていたぞ!
さあ…心を合わせろ!」
「ああ!」
「「『融解』!!」」
☆☆☆
トポン…。
エネルギーの粒子体と化したルカが、俺の奥深くまで浸透する。
やがて俺たちは交じり合い、ひとつになった。
ボン!と蒼い残滓を撒き散らしながら爆発し、いつもの台詞が聴こえてくる。
「よし。私の声は聴こえているな?
敵性ドラゴン、『海竜』と戦闘を開始する!」
「了解だ! モネ!
手伝うってんなら、それなりに自信はあるんだろうな?」
「フッフッフー!
まぁ、任せときなって! いくよー!」
モネは懐から水晶…ではなく、狼か犬を模しているような謎の仮面を取り出した。
なんだありゃ?
「『仮面遊戯』!」
ぺるそな…?
彼女の展開したエネルギーが仮面に奪われるように吸収されていく。
その直後、仮面は黒い光ともに〝息吹〟を纏わせた。
「ほら! 受け取って、マミヤ君!」
次に彼女は、自分の頭上に浮かんでいる俺に向かって仮面を投げ……っておいおい!?
コントロールめっちゃ下手くそだな!
慌てて転移を発動させる。
ブン!
「っと…モネ、これは?」
「口で説明するよりも実際に使ってみた方が分かりやすいと思う。
とにかく仮面を被ってみて!」
「分かった」
言われたとおり仮面を身につける。
すると…
<ユーザー認証、『マミヤ・レイト』を登録。
コード1-1『仮面遊戯』、運用開始。
敵性存在を捕捉、……選定完了。
『黒獄犬』モード起動>
なんだぁ!? か、仮面が喋った??
<おはようございますマミヤ様。
この度は『仮面遊戯』のご登録、誠にありがとうございます。
これよりあなたの身体に魔力を充填いたします。
しばらくお待ちください>
「ほう…、仮面に人格があるとは…。
なかなか面白い魔法じゃないか」
仮面が喋り終わると、俺の中にいつもの蒼のエネルギーとは違う、何か別のエネルギーが流れ込んで来た。
ほんのり身体が熱いような? これは…。
「マミヤ君!
キミは今だけ『黒獄犬』と同じ能力を使えるよ!
思いっきり暴れちゃって!」
なるほど…。
もしかしてこの『仮面遊戯』って、仮想の魔物と同調するような魔法なのだろうか?
しかし概要を理解したのはいいが、肝心のその魔物の能力が分からない。
「『黒獄犬』ってまだ戦ったことないな…。
ルカ、どんな魔物なんだ?」
「リストによれば、黒い毛並みが特徴の犬型の魔物だ。
能力としては近接攻撃は大したものではないが、海竜と同じく、魔法攻撃を得意としている」
「そうなのか! 魔法の属性は?」
ルカに訊いたつもりだったが、代わりに仮面が答える。
<『黒炎』属性でございます、マミヤ様。
かの敵、海竜に対して絶大な効果を期待できます。
存分にご活用下さいませ>
「分かったよ、ありがとう」
よし、説明はもう充分だ。
あとは実際に闘ってみて使い勝手を試そう。
見てろよ、あの脳筋女ども!
☆ナディア・ウォルトsides☆
「『炎弾』!」
ドン!!
「よし、やってくれ! フレイ殿!」
「任せなさい! 『森緑投槍』!」
私の魔法に合わせて、少し離れた位置に陣取ったフレイ殿が木属性の魔力で生成した槍を海竜へ投擲する。
これならばどうだ…!?
キィン!!
「ゴアアアアア!!」
「くっ…!
やっぱりあの『流水幕』が厄介ね…!」
「ああ、やはりそううまくはいかないか…」
悠々と空中に留まっている海竜の周囲には、水属性の防御魔法が展開しており、私たちのあらゆる攻撃を弾いていた。
よりにもよって、私の『炎獣』と相性が最悪のドラゴンとは…。
私は生まれつきこの魔物を代償無しで『召喚』できるが、代わりに火以外の属性の魔力を生み出すことができない。
したがって、決め手はフレイ殿に頼るしかないのだが…。
「フシュウウウ…ガァッ!!」
海竜が自身の前方に、魔力を集中し始める!
あれは…まずい!!
「『流水雪崩』だ! 逃げろ!」
「ウソ…!?
まさかこの地下水道ごと沈没させる気!?」
集積していく魔力はやがて、激流渦巻く大洪水へと変化していった。
あ、あれほどの規模となると、もはやどこへ行っても呑み込まれてしまう…。
おのれ、万事休すか…!
「あっ!? ナディア! 上よ!」
フレイ殿の叫びに反応して首を上げると、水魔法『流水刃』が目前にまで迫っていた!
まさか、あれは囮だったのか!?
ダメだ、間に合わん!
ブン!
「ふ……!? なに、今何が起こった!?」
「大丈夫ですかナディアさん」
目を開けると、犬の形を模した謎の仮面を付けた男に抱き抱えられていた。
その声…まさか…!
「マミヤ殿!? その姿はいったい…」
「これが前に話した『融解』です。
この仮面については…俺も初めて使うのであまり期待しないでください。
それよりも下へ降ろしますよ」
「下…? なっ!? 貴公、宙に浮けるのか!?」
足元を見てみると、地面ではなく川の如き激しい地下水が流れていた。
高い所が苦手な私は思わずマミヤ殿にギュッとしがみついてしまう…。
「ちょ!? だから危ないですって!
いま降ろしますから」
「ちょっと!? 羨ま…じゃなくて! ナディア!
どさくさに紛れてレイトにくっついてんじゃないわよ!」
トン…とマミヤ殿はフレイ殿の近くに降りて、私を地面に立たせてくれた。
な、何やら首元から良い匂いがしたな…。
…ってそうではない!
「マミヤ殿…戻ってきてくれたのか?」
「はい、お待たせさせちゃってすみません。
あとは俺に任せてください」
マミヤ殿はそう言うと、右手にファルシオンを握り、宙を蹴って海竜の元へ向かって行った。
ああ…そうだ。
蒼い姿、蒼い魔力、そして強大な敵に立ち向かおうとするその勇気…。
私はあの男に負けたのだ。
私の…初めての人…。
☆間宮 零人sides☆
ナディアさんを降ろしたあと、再び海竜の所へ向かう。
それと同時に右眼にエネルギーを回す。
さて、まずは脆弱性のポイントを…ふむ、大体腹の中心当たりか。
だけど…
<マミヤ様。対象のドラゴンの周りには、水魔法『流水幕』が展開している模様です。
その状態では攻撃を行なっても効果が薄いでしょう>
「その通りだ。
まずはあのバリアを剥がす必要がある。
そうだ、ちなみに君は何という名前なのだ?」
<私に〝名前〟は存在しません。
『仮面遊戯』はその都度…魔物によって人格が変わりますゆえ。
中には好戦的な人格もいますので、利用する際は充分お気をつけくださいませ>
…なんだか、俺の身体がずいぶん賑やかになってきたな。
身体は一つなのに三人で喋ってる。
<『流水幕』に対抗する手段として、黒炎魔法の使用を推奨します。
マミヤ様、如何なされますか?>
「ああ、お願いする。何をすれば良いんだ?」
<黒炎属性の魔力を貴方様の左腕へ集中させます。
準備ができたら敵に向け、魔法名を口にしてください。
その名称は…>
魔法の名前を聞き、頷く。
「了解だ! いっちょやってやるか!」
☆☆☆
「ギャオオオンン!! ゴアアッ!!」
海竜の正面に浮かび、ファルシオンを構えると、分かりやすく威嚇をしてきた。
……まったく、どいつもこいつも、俺が出会うドラゴンは血の気が多いやつばっかりだな。
「作戦開始だ。
まずは、黒炎魔法の準備ができるまで我々で時間を稼ぐぞ。
敵の魔法は私が防ぐ。
零人は回避だけに専念してくれ」
「ああ! 頼んだぜ!」
海竜は俺に注視し、再びエネルギーを集中させる。
水がどんどん大きく…。
あの魔法は…たしかガルドにいる頃、フレイも使っていた技だな。
「気をつけなさい! 『水弾』よ!」
下から声がしたので見てみると、フレイとナディアさんが近くに来て得物を構えていた!
は!? な、何こっちに来てんだ!
「おい! 危ないからお前らは隠れていろ!」
「はぁ!? そんなのイヤよ!
私も闘うに決まっているでしょ!
あんたを焚き付けといて、自分だけ隠れるなんてできないわ!」
「ああ! その通りだ!
それにやられっぱなしのままでは、警備隊の名に傷が付く!」
いや、そういう事じゃないんだが…。
これから行う攻撃は威力が知れないから、できるだけ仲間を遠ざけておきたいんです。
すると、ルカが俺の意図を汲んでくれた。
「シュバルツァー。ウォルト。
零人は新しい力を得たのだ。
だが、攻撃範囲がまだ不明だ。
君たちは後ろにいるラミレスを守ってくれ」
「あ…! ちょっとル…」
ブン!
フレイが言い切る前に、問答無用で二人を転移させた。
ご、強引だなぁ…。
「ガアアッ!!」
ドン! ドン! ドン!
モタモタしてる間に海竜は三連の水弾を放っていた!
おおっ!?
やっぱりドラゴンなだけあって、ただの水の塊と言えど、その大きさはケタ違いだ!
「フン…大層な魔法だが、スピードはまるで話にならんな。
貴様に返すぞ」
ルカは三発の水弾を同時に転移させ、海竜の顔、身体…そしてまた顔にぶち込んだ!
やはり本家は転移の技術がひと味違うぜ!
すげぇな!
「グルル!? フシュルルッ!」
自分の生み出した水を食らった海竜は、動揺したのか、何度も頭をブルブルと振っている。
<黒炎魔法、準備完了。
マミヤ様、いつでも撃てます>
「来たか! 行くぜ、ルカ!」
「ああ! トカゲもどきにお見舞いしてやれ!」
ブン!
海竜の背後に転移し、熱く滾り出している左手を構える。
すご…これが、『魔法』か!
「『黒炎弾』!」
ボッ…ゴオォッ!!!
左手から真っ黒い炎に包まれたエネルギーの塊が、ド派手な音ともに射出される。
そしてその弾は、完全にあさっての方向を向いている海竜の背中へと命中した!
ドオォォォン!!!
「ガアァッ!?」
「うわぁっ!? な、なんて威力だよ…」
爆発したエネルギーの余波は凄まじく、一瞬体勢が逆さまになってしまった。
やっぱりあの二人逃がしておいて正解だったな。
「ぼんやりしているヒマはないぞ!
零人、今だ!」
「おうっ!」
ブン!
流水幕が解け、無防備になった海竜の腹部へ転移する。
そして、ファルシオンを振りかぶった。
「こっからぁ、出て行けぇ!!」
ボコッ!!
「ギャアアンッッ!?」
俺はドラゴンの逆鱗に斬りつけずに、柄で殴った。
それだけでもダメージは相当のようで、ヨロヨロとバランスを崩しながら痛みに悶え始める。
へへ、作戦成功…やったぜ!
するとルカが、疑念を抱きながら俺に質問をしてきた。
「零人、なぜ逆鱗を斬らずに殴ったのだ?」
「ここ地下水道だろ?
あんなでけぇのが墜落して水をせき止めでもしたら、大変なことになるんじゃないかと思ってさ。
それに逃げてくれれば、今回は余計な殺しをしなくて済む」
「…なるほど、そういう事か。良い判断だ」
やがて海竜は痛みに慣れてきたのか、再びこちらへ顔を向けた。
んだよ、まだやる気なのか?
もう次は容赦しないぞ。
しかし…ファルシオンを構え、もう一発入れようとした瞬間、予想外の事が起こる。
「ミゴトダ、異邦ノ人間ヨ。
ヨクゾ我ガ〝魔法〟ヲ凌イダナ」
「「!?」」
は…? しゃ…喋ったァァァ!!!??




