第22話:フレデリカの悪戯
ルカが人間に変身できるようになってからしばらく経った。
その間、モネ・ラミレスが帰ってきたという報せは未だに入って来ず、俺たちはこれまで通りに淡々とクエストをこなしている。
変わった事といえば、人の身体を得たルカも冒険者になったことだ。
元々は宿賃稼ぎと『撃の宝石』の契約候補者を探すために始めた冒険業だったが、ルカは自分だけタダ飯タダ宿泊を行っていることに引き目を感じていたらしい。
別に気にすることないのになぁ。
ギルドでルカの登録が終わった直後、パーティー勧誘の嵐だった。
実はイザベラ戦が終わったあと、ギルド酒場での大宴会で、ナディアさんが俺とルカには『転移』という力を使えることを、他の冒険者達の前で喋ってしまったのである。
しかも、彼女がその力に敗れたことをイキイキとみんなに話したもんだから、さらに大騒ぎになってしまった…。
おかげで、究極魔法にすら存在しない『転移』という能力は多くの冒険者達から興味を持たれたようだ。
ナディアさんに何で自分が負けたことまで言っちゃったのか訊いてみると、彼女曰く「私を負かした強者を酒場で自慢するのが夢だった」…とのこと。
目を輝かせて語るナディアさんにはこれ以上何も言えなかった…。
そして今日も今日とて、ルカはギルドで勧誘を受けている。
今回は若い男の『斥候』…またか。
「ルカさん、お願いします!
あなたの『転移』の能力がどうしても必要なんです!
どうか僕たちのパーティーに入ってください!」
ルカは俺の後ろにサッと隠れ、ため息をついた。
「ハァ…前から何度も言っているが、私は既にこの男とパーティーを組んでいる。
他を当たってくれ」
「そんな…!
そいつなんて女の子ばかりのメンバーを集めて、ハーレムを作ろうとしているただのスケベ野郎じゃないですか!」
「いや、一応俺の他にも男はいるよ…」
やっぱりそういう目で見られてしまっていたか。
最近、人間形態のルカと一緒にギルドを出入りする度に、主に男性冒険者から妬みの眼差しや、口汚い罵倒をもらうようになった。
なんだかガルド村の日々を思い出すなぁ…。
ちなみに、リックとシルヴィアは正式にウチのパーティーと合併することになり、近々『マミヤ邸』にも越してくる予定だ。
冒険者のセリーヌの正体が魔物だったということが『聖教士』のシルヴィアにとっては見過ごせないらしく、監視する意味も含めてパーティーに加入した。
リックに至っては全く気にしないどころか、俺らが宝石の契約者を探し、紅の魔王に挑むことの方が気に入ったらしく、二つ返事で加入してくれた。
仲間が増えるのは大歓迎ですね。
「ちょっとアンタしつこいわよ?
ルカが嫌って言ってんだから諦めなさい」
見かねたフレイがルカとの間に割って入った。
すると男は今度はフレイをも誘い始める。
「フレデリカさん!
あなたも勧誘したいと思ってるんですよ!
あの有名な『ガルドの牙』の一員にして、『怒れる竜』を単独撃破したスーパーエルフじゃないですか!
僕のパーティーでドラゴン退治に行きましょう!」
「は? 私、一人でドラゴンも倒せないような男とパーティー組むなんてゴメンよ。
とっとと消え失せなさい」
「ええええ!?」
…いや、普通単独でドラゴンを倒すなんてムリだろ!
前に受付のお姉さんから聞いた話だと、野良ドラゴン一体の討伐クエストでも、平均推奨ランクは『正・冒険者』5人以上だそうだ。
『新人』だったフレイは一人で殺っちゃったけど…。
「わ、分かりました…出直してきます…」
『斥候』の男はトボトボと、元のパーティーの所へ戻って行った。
「助かったシュバルツァー。
あの手の勧誘は苦手なのだ」
「良いわよ別に。
アンタお喋りなくせに、案外シャイな性格なところもあるものね」
「ニャハハ、クールビューティーと見せかけてただの恥ずかしがり屋さんなのニャ」
あらら、好き勝手に言われんてなぁ。
ルカはバツが悪そうに前髪を弄っている。
「それじゃ掲示版んとこ行くべ。
リックとシルヴィア待ってるだろ」
☆☆☆
「おっす、2人とも。おはよう」
「おう、やっと来たか。
また蒼の姉さんが捕まってたのかァ?」
「おはようございます。
ルカさんはギルド内でかなり人気ですからね」
リックとシルヴィアがやれやれといった様子で出迎える。
毎日のように勧誘受けていればさすがに分かるか。
ルカは再度ため息をついた。
「こんな事になるぐらいなら、冒険者に登録しない方が良かったのかもしれん…。
せっかく人間の身体を得たのだがな」
「まぁ、誘ってくるヤツの中には『転移』能力だけが理由じゃねェ。
その見てくれも気に入ってナンパする野郎もいるだろうよ」
リックは大きな口を開けてガハハと笑った。
ぶるっ
……ダメだな、やっぱりこいつ見てると今まで戦ってきたドラゴン達を思い出す。
「たしかにそうね。
女の私から見てもドキッとすることがあるわ」
「あたしはよく分からないけど、ルカちゃんはルカちゃんなのニャ!」
フレイは同意したが、セリーヌは無垢な答えを言った。
この猫は魔物だから、人間の容姿にはわりと無頓着なのかも。
「そ、そうなのか?
なぁ、零人も私のこの姿に戸惑う事はあるのか?」
え!? ここで俺に振るの!?
ルカは手を前に組んで少し恥ずかしそうに聞いた。
ほんのり紅くなったルカの顔をじっと見ていると、俺の脳裏にルカとキスした光景がフラッシュバックする。
「……………」
「あれ? レイト君が固まっちゃったニャ」
セリーヌがツンツンと俺の腰を突ついてきたが、なんと答えれば良いのか分からずフリーズ状態になってしまった。
やべ、言葉が出てこねぇ…。
「…零人?」
ルカが不安そうに顔を覗き込む。
近い近い! またキス思い出しちゃうだろ!
ごほんと咳払いをして、先ほどの質問に回答した。
「そ、その…俺もかなり美人だと思うよ…。
かといって、高嶺過ぎて俺にはナンパしようだなんて思えないけど…」
正直な気持ちを伝えたつもりだ。
するとルカは安心したかのようにはにかんだ。
「…そうか。最近、新しい姿で君と接する機会が多くなってきて、どう思われてるか少々不安だったのだ。
…今夜もコレ、しようか?」
「ちょ!? こんなとこで聞くな!」
ルカが悪戯っぽく、人差し指を回転させてジェスチャーをしてきた。
なんだかすごくいやらしい事させてるみたいだろが!
「甘々ですね。飛び火してヤケドしそうです」
「だなァ。オレも『蜥蜴人』の合コンでも行くかや」
「ニャハハ! 仲良しなのは良い事ニャ〜」
三人は笑っていたが、フレイだけは何故か反応が違った。
なんだか、悔しそうな表情をしてる…?
「…そういうのは良いから、とっととクエスト決めるわよ!」
☆フレデリカ・シュバルツァーsides☆
みんなを連れて掲示板の前に立つ。
いつも混んでいる掲示版だけど、人がいないので全員でクエストを吟味している。
うーん…遅れてしまったせいか、あまり面白そうなクエストは残ってないわね…。
「ニャッ! これは…」
セリーヌが何かに気づき、一枚の依頼書を手に取った。
「みんなこれ見てニャ!
この依頼…マスターからニャ!」
☆☆☆
-喫茶店ブルー・ベルの臨時バイト募集-
最近ますます繁盛して忙しくなってきたなか、店主のアタシに出張仕事が入ってきたわ。
そこで、アタシが王都を離れる一日だけ臨時スタッフを募集します。
できれば接客経験のあるイケメンな子が良いわね♡
お店で待ってるわ!
推奨ランク:なし
☆☆☆
「マスター、王都離れるのか。なんでだろ?」
「あたしがマスターのお店で働いていた時も、たまに臨時の冒険者か給仕係を雇って、居なくなることがあったニャ。
理由は分からないのニャ」
そういえばマスターは私と同じく古株の傭兵団に所属していたわね。
それ関連の仕事かしら?
「フン…なんにせよ、こんなのオレがやる仕事じゃねェな。
オレはパスだ」
「あら、リック。良いのですか?
報酬の所をよく見てください」
「なになに、報酬は…『巨大鳥』の創作料理!?
それなら話は別だ! 乗ったぜ!」
リックの一気にテンションが上がった。
『巨大鳥』か…。
前に一度、傭兵団の任務で討伐したことがあったわね。
その後みんなで食べてみたら、かなり美味しかった記憶がある。
「あたし、マスターの元でお世話になってたからあの人を手伝ってあげたいニャ。
どうかお願いしますニャ」
セリーヌは依頼主を持ったままぺこりと頭を下げた。
フン、なによ水臭いわね。
「もちろんだセリーヌ。
たまにはこういう依頼も良いだろ」
「そうだな。零人の言う通りだ。
それに来客した者のエネルギーをチェックしながら候補者探しもできる」
「私も構いませんよ。
『聖教士』としても、困ってる市民を助けるのは当然の義務です」
「決まりね、今日も気合い入れて行くわよ!」
☆☆☆
受付を済ませ、私たちは5区にある喫茶店ブルー・ベルへ向かった。
私の前にはレイトと人間形態のルカが肩を並べて歩いている。
「なるほど接客業か…興味深い。
君はした事があるのか?」
「ああ。最初のバイトはそれ系だったぜ。
賄いのメシが美味かったんだ〜」
「ジュル…。なんだか腹が空いたような…」
「…俺『賄い』ってしか言ってないんだけど?」
随分、楽しそうに喋っているわね。
……最近はパーティー人数が増えてきたこともあって、レイトとあまり話ができていない。
ガルド村にいた頃はあいつと毎日ケンカしたり、笑ってたりしてたけど、今は他の子たちと喋る時間の方が増えた。
特にルカと話してる時のレイトは、満更でもなさそうな表情で会話をしている。
その顔を見る度に私の胸がチクチクした。
…やっぱり、私は寂しいのかもしれない。
チャリ…と耳元に付けているイヤリングを手に取る。
以前レイトに選んで買ってもらった物…。
初めてレイトからプレゼントされたアクセサリー型の魔力補正アイテムで、貰った時はものすごく嬉しかった。
こんなどこにでもあるようなデザインなのに、これだけは…どんな宝石よりも輝いて見えた。
思えばあの時からレイトと二人きりになっていない。
私は……私だってもっとレイトと…!
キュ…
「…? ん?」
気づけば私の手は、レイトの服を摘んで引っ張っていた。
な、何をしてるの私!?
「どうしたフレイ?」
「あ、えっと…その…」
「お腹でも痛いのか? 大丈夫か?」
「違うわよ! ……あっ…」
そのとき気づいてしまった。
心配そうに私の顔を覗いてくる優しい眼差し…。
私は同じものを知っている。
これは…ママと同じだわ…。
私、もしかしてレイトをママと重ねていたの…?
だからこんなにレイトの事が気になって仕方ないの?
私のこの気持ちって…ただママの面影を追っていただけなの…?
分からない。
つうっと頬に熱いものが伝ってきた。
あれ、なんで…?
「フレイ!? お前…」
「どうした、零人?」
「………。いや、なんでもねぇ。
みんな、先にマスターんとこ行っててくれ。
ちょっとフレイの調子悪いみたいだから少し家で休ませてくる」
「レイト君!?」
ブン!
レイトは私の腕を掴んで転移した。
☆間宮 零人sides☆
フレイを連れて転移。
場所は『マミヤ邸』だ。
落ち着いて話をするには我が家がいちばんだしな。
「ほらフレイ、部屋に行けるか?」
「……(コクン)」
フラフラとおぼつかない足取りのフレイをエスコートし、彼女の部屋に入れてソファーに座らせる。
俺も彼女の横に座った。
「ふぅ…ほら、これ飲みなフレイ」
「…ありがと」
リュックに入れていた水筒をフレイに渡す。
口を付けてちびちび飲み始めた。
さて…。
「それで…どうしたんだ?
また、何か不安になっちまったのか?」
「………」
フレイは俯いて黙ったままだ。
てっきりエステリ村の時と同じ感じかと思ったんだけど…。
しばらくそのまま静かにしていると、フレイがぽつりと口を開いた。
「…レイトは誰かのことを四六時中考えた時ってある?」
「え? それって恋愛のこと?
それなら…まあ少しはあるけど…」
「……そう。私ね、最近変なのよ。
私、旅を始めてからアンタの事ばかり考えているわ」
「え、えええ!?」
ボソリと重い口調でとんでもないことを言ってきた。
そ、それってつまり…!?
「私、ママのことが大好きだったの。
いつもママの後ろについてまわって…構って欲しくて何度も悪戯していたわ」
フレイは脚を畳んで体育座りになった。
び、びっくりした…!
てっきり告白されるのかと思った…。
「ああ、ウィルム村長からも聞いたよ。
かなりのお母さんっ子だったって」
「…ええ。
だから亡くなった時は本当に哀しかったわ。
あとを追いかけようなんて馬鹿なことを考えるくらいにね」
「……そんなのダメだろ」
もし俺が親の立場ならあの世までついてこようものなら、きっと拳骨じゃ済まさないと思う。
フレイはコクンと頷き、言葉を続けた。
「分かってるわよ。
けどね、私さっき気づいちゃったのよ」
「何にだ?」
少しの間のあと、フレイは自分の服の裾を握りしめ…絞り出すように綴った。
「…私、アンタのことをママと重ねて接していたわ…!
ママはもういないって分かっているはずなのに、私は今だにママを追いかけてるのよ!」
ポロポロとフレイの眼から涙が溢れ出した。
「ゴメンね、レイト…!
私、大人なのにこんな子供みたいに…」
グスグスと泣き出してしまった。
…何を言うのかと思えばそんなことか。
そんな事、既に俺は知っている。
ポンと、フレイの頭に手を置いた。
「なぁ、仲間に親の面影を重ねるのはそんなに悪いことなのか?」
「…え?」
「俺らが初めて会った…『黒竜』に襲われて絶体絶命の時にフレイが助けてくれたろ?
あれ、覚えてるか?」
フレイは目元を拭ってコクンと頷く。
「あの時、俺の目にはフレイの姿が仮面ライドウに映ったぜ。
あ、『仮面ライドウ』ってのはな、俺の世界の特撮番組に出て来るヒーローで…」
フレイの表情が???になってしまった!
ああもう、やっぱり異世界の人にこっちの文化を説明するの難しいな。
「とにかく! 新しい友達と出会って、『あ、こいつあの人と似てるなー』なんてこと考えるのは、自然で当たり前だってことを言いたいんだ」
「レイト…」
フレイの眼に光が灯り始めてきた。
「それにお前が俺の事を母ちゃんと重ねてるなんて、とっくの前から知っていたぜ。
親父さんが教えてくれたからな」
「は? えええ!?」
カァァっとフレイの顔が茹でたこのように真っ赤になった。
そんなに照れることなんかな? まあいい。
頭に乗っけた手を、フレイの頬へ添える。
「だからさ、今みたいに寂しくなったならいつでも俺の所に来いよ。
悪戯は怒るけど、話したりゲームの遊び相手するくらいの代わり役程度なら務まるからな。
俺相手に変に遠慮する必要はないぞ」
「レ…イト…。ありがとう…ありがとう」
フレイは添えた手をギュッと握ってきた。
その顔は不安な気持ちがすっかり抜けきったような…実に穏やかな表情だった。
どうやら元気出してくれたみたいだな。
「さっ! あいつらも待ってることだし、気を取り直して仕事行こうぜ!」
「うん! あ、ちょっと待ってレイト」
「ん? …あっ!? お、おいっ!?」
ドサッ!
押し倒してきた!?
下腹部に股がって馬乗りみたいな体勢になっている。
そして…
「んっ…」
体重を預けるように彼女もそのまま身体を倒し、俺の唇に自分の唇を重ねた。
キ、キスされてる…!?
唇同士をただ添わせる、優しいキス…。
「……………」
身動きが取れないまましばらくその状態が続き、何秒か…何分か経つと、フレイは静かに唇を離して上半身を起こした。
そして、扇情的な表情で俺を見下ろしながらこう言い放つ。
「あんたがママの代わりになってくれるなら、私は悪戯をやめる気はないわ。
これから覚悟しなさいレイト!」




