第19話:吸血鬼《ヴァンパイア》の食事
『魔族』
ガルドにいる頃、学び舎の先生や村長から散々聞かされた。
『魔族の国』の住人にして、人類の敵…。
魔族にはたった一つ、同じ共通点がある。
それは種族を問わず『闇属性』の魔法を使用できることだ。
「くくくっ! 脅えているなエルフの女よ。
我が恐ろしいか?
さあ…しもべどもよ。喰い散らかせ!」
パチン!
「「「オオオオ!!!」」」
女が指を鳴らすと、俺たちの後ろにアンデッドの群れが一瞬で現れた!?
う、嘘だろ!?
「まさか、あいつも転移使えるのか!?」
俺がたじろいでいると、後ろで戦闘に備えているシルヴィアが冷静に訂正した。
「いいえ、どうやらあの吸血鬼は『死霊使い』のようです。
その職業は究極魔法のひとつ、『屍人起こし』を使用し、さまよう魂を集めて屍人として使役します」
ネクロマンサーか…。
たしか村長も言ってたな。
闇属性の魔法で非人道的な技があると。
もしかすると、こいつのことを言っているのかもしれない。
「レイト、ルカ! 早く逃げるわよ!」
「ああ。みんな、私の側へ…」
ルカが号令をかけようとした瞬間、女の声が『移動』した。
「人間よ、そなたは珍しい毛色をしているな?」
「「「!?」」」
いつの間に吸血鬼が俺のすぐ隣に来てやがった!
さっきまでイスに座ってたはずだろ!?
ダメだ! 外の座標を感じ取るヒマがない!
ほぼ反射的に、抜刀したファルシオンを敵に一閃する。
ガキンッ!
素手で受け止めた!? なんだと!?
「ほう、いい一撃だ。だが些か軽いようだ」
ガキュンッ!
剣先を指でつまむと、俺の手から引き剥がし、そのまま上に投げて天井に突き刺してしまう。
な、なんてバカ力だよ…!
「レイト!」
フレイが至近距離のためか得物をナイフに持ち替え、吸血鬼に斬りかかった。
「そう焦るでない。
まだ宴は始まったばかりだ」
「うっ!?」
キンッ!!
フレイの攻撃を同じように手で弾く。
吸血鬼は身体を素早く翻し、俺の腰に手を滑り込ませる…って、ちょ!?
持ち上げやがった!? 俺をどうする気だ!
「てめェ! 黒毛を降ろしやがれ!」
今度はリックが拳を握りしめ殴りかかる。
すると、吸血鬼は若干顔をしかめた。
「フン、『蜥蜴人』もいるか。
貴様ら竜の血は不味くてかなわん。
失せろ、下等生物が」
ドゴォッ!!
「ガハァ!!」
どこから出現させたのか、骨が乱雑に組み合わさったボールのような物体が、リックの腹部に激しくぶつかった。
リックは後方へぶっ飛ばされ、建っている柱に背中から激突する。
「ゴボッ…う…ぐ、く…そ」
口から吐瀉物を吐き出して、そのまま倒れてしまった!
リックが一発でやられた!?
あのタフな筋肉トカゲ野郎が…!?
「リック!?
…『吸血鬼』さん、あなたは運が悪いですね。
あいにくこのパーティーには私がいます!
『輝光線』!」
シルヴィアは魔導杖を構え、神々しい光を放つ魔力を練り上げる。
形成したエネルギーは吸血鬼に照準が向けられ、光線へと形を変えて撃ち出された。
「『聖教士』か。
我ら『吸血鬼』とは相性が悪い…。
クク、少しは楽しめそうだな」
パチンッ!
吸血鬼が再び指を鳴らす仕草を行なうと、シルヴィアの射線上にアンデットが一体だけ出現した。
「ああっ!?」
当然、攻撃は立ち塞いでいるアンデッドに命中してしまう。
クソ…なんだよ、その魔法! 反則だろ!
「やはりそう簡単にはやられてくれませんか…!」
ギリ…と、シルヴィアが歯噛む。
…このクソ女。調子に乗りやが……ん?
抱えられた状態で上を睨みつけると、奴の首元からキラッと、地下室を照らす蝋燭台の明かりが反射していた。
…まさかあれは…!
「なんてこったニャ!
まさかそのネックレスって…」
セリーヌも気づいたようだ。
くそ! まさかこいつが依頼のアイテムを身に付けてやがったとは…。
一応、譲ってくれるか聞いてみるか。
「なぁ、イザベラさん…だっけ!?
俺たちはアンタの付けてるネックレスが欲しいだけなんだ!
それをくれたらすぐに出ていく!」
「フフフ、『出ていく』?
むざむざ入り込んだエサを逃がすわけはないだろう。
これから食事の時間だ、やれ」
「零人!? 貴様、どこへ行く気だ!」
「レイト! くっ…どきなさいよこの雑魚!!」
「レイト君! 逃げてニャア!!」
フレイ達の周りをアンデッドの集団が囲む。
するとイザベラはニヤリと嗤い…踵を返した。
まずい! このままじゃアイツら袋叩きだ!
ヒュッ!
イザベラは俺を抱えたまま高く飛び上がり、その場を離れる。
着地した場所は先程の大きいイスが設置されている付近…。
よく見ると、近くにテーブルが置いてあり、その上には皿とナイフ、フォークが置かれていた。
食事ってまさか俺を喰う気か!?
冗談じゃねぇぞ!!
ぐっ…コイツの腕、石みたいに動かねぇ!
こうなったら転移して…いやダメだ!
ここまで密着されてるとこいつまで転移させちまう!
「さて、黒き人間よ。
そなたは魔王様と同じ、『宝石』を従えし者なのか?」
「え!?」
魔王様? 紅の魔王のことか!
こいつまさか…!
「アンタ…まさか魔王の部下なのか?」
「質問しているのは我だ。
そなたは聞かれたことに答えるだけでいい」
またもパチンと指を鳴らす。
目の前に地面から骨がパキパキと生え、やがて歪な壁へと完成した。
「な、なんだこれキモ…ぐっ!?」
イザベラ俺を出来上がった壁に投げ飛ばす。
バキバキバキバキ!
「うっ!?」
骨に触れた瞬間、壁はさらに変形して俺の手足に巻きついてきやがった!
しかも、喉元に尖った骨まで突きつけられるオマケ付き…。
くそ! 完全に身動きを封じられちまった!
「フフフ、良い眺めだ。
さぁ、我を見ろ…『魅惑眼』」
「!?」
グイッと顎を掴まれ、イザベラと強制的に目を合わせられる。
俺を見つめる瞳は妖艶な紫色に光り、目が…離せない…。
「レイトさん! その眼を見てはいけません!
それは闇属性の『幻惑魔法』です!
リック! 早く起きて闘いなさい!」
「ヤバいニャ!
どんどんアンデッドが増えてきてるニャ!」
「ルカ! レイトを助けて!」
何か聞こえた気がしたけど、頭がボーッとしてうまく思考ができない…。
なんだ…? 俺は…?
ブン!
「零人! しっかりしろ!! 私だ!」
蒼い何かが…近くに来た。
………………………………………………。
これ、いじョウ、カンがえらレない。
☆ルカsides☆
骨の壁に捕らえられてしまった零人。
何度も呼び掛けるが応答がない。
その上、瞳は虚ろになり…焦点も定まっていない。
喉元に骨が突き付けられているせいで転移が行えない。
もし実行すれば、反動で喉に突き刺さる恐れがあるからだ…!
くそっ!!
「貴様!! 零人に何をした!?」
零人をこんな状態にした張本人に問い詰める。
女はこしらえられたイスに座って脚を組み、すました顔で答えた。
「少々そやつに確認することがあるがゆえ、我に従順にさせた。
さぁ、ニンゲンよ、答えよ。
そこの蒼い石は魔王様の『紅』と関係があるのか?」
「はイ…彼女は『紅の宝石』ノ妹デす」
「零人!?」
なぜこの女の質問には答える!?
いや、先程ゴードンは幻惑魔法と言っていた。
たしかそれは魔族のみに使える闇属性の魔法だったはずだ。
その効果は…この通りか…!
「なに、妹だと…?
見れば魔王様が使役していた宝石と瓜二つ…。
なるほど…そういう事か。
となれば…そなたは魔王様と同じ、宝石の力を使用できるのだな?」
「(コクン)」
魔王?
まさか…この女は兄を捕らえている紅の魔王の関係者なのか?
そう理解した途端、最悪の予想が頭をよぎった。
「…兄を苦しめているのは貴様らだな。
まさか、魔王は既に復活したというのか?」
私の問いに吸血鬼は口元から尖った牙を見せ、狂ったように嗤った。
「ハハハハッ!!
やはり妹なら兄に会いたいか!
残念だが、そなたの兄は未だに魔王様と共に次元の狭間に囚われている。
もし魔王様が復活なされていたなら、既に『理の国』など陥落している事だろう」
「…………」
ほんの少しだけ、安堵する。
どうやら私達にはまだ時間があるようだ。
だが、現在の状況は依然として変わらん。
シュバルツァー達は未だにアンデッド共と交戦を続けている。
どうやってここから零人を救出すればいい?
「そしてそなたも宝石なのだろう?
どうやら能力は魔王様がお持ちの『紅』とは違うようだが」
「私たちをモノ扱いするか、下衆め。
どんな方法を使って兄を捕らえた?」
「ほう、興味があるか?
ならば我輩の軍門に降れ。
魔王様が復活した暁には、そなたを存分に使役して下さるだろう」
「…ふざけているのか?」
「巫山戯てなどいない。これならばどうだ」
パチン!
女が片手の指を鳴らす。
「…………」
零人を捕らえている壁から尖った骨が新たに生え、身体にズブズブと食い込ませていった!
な、何をする!?
「零人!? やめろぉぉ!!!」
「イヤァァァ!!! レイト!」
「レイト君!!!」
「フハハハハハハ!!!
そなたの表情を見れないのは残念だが、仲間達は実に良い顔をしているな!」
突き刺さった骨からは真っ赤な血液がポタポタと流れ落ちている。
しかし、それでも零人は痛がりもせず変わらず無反応のまま…。
…なぜだ…?
私はなぜ皆のように攻撃ができない!?
私はなぜ皆のように武器を持てない!?
私はなぜ皆のように……『肉体』がないんだ!!
喋る舌と転移だけでいったい何ができる!
みすみす私の契約者を…零人を見殺しにするだけじゃないか!
あまりにも非力な己を呪っていると、零人は視線をこちらに動かした。
「………る…か…」
「…っ!? 零人!!」
ボウゥ…!
虚ろな眼をしたまま零人は右手をゆっくり掲げ、私のエネルギーを集中し始める。
零人…正気に戻ってくれたのか!
「…なに?
バカな…我の『魅惑眼』は効いているはずだ…。
抗えるはずが…」
ブン!
「ルカ!?」
視界が一転してシュバルツァーが目の前に現れた!?
いや…私を転移させたのか!
何のつもりだ零人!
「に…ゲ……ロ…、みん…ナ…そと…に…」
零人は虚ろな顔のまま、絞り出すようにそれを言った。
まさか…君を置いて逃げろという意味か!?
そんなことできるわけないだろうが!
「レイト! 待ってて! 今助けに…くぅっ!?」
なまくら剣を装備した『骸骨騎士』がシュバルツァーに斬りかかった。
辺りを見回すと、パーティーメンバー全員が防戦一方だった。
クソッ!
敵が密着されていては、誰かを彼の元へ送り出すこともできん!
「…驚いたぞ黒き人間よ。
我輩の『魅惑眼』に抵抗できたのはそなたが初めてだ。
どうやらそなたは『才能』があるな。
ゆえに殺すのは実に惜しい。
だが…我も飢えを我慢できそうになくてな。
せめてそなたを味わい尽くして平らげてくれよう」
「貴様! なにを…」
女は零人の傍に立つと、身体に突き刺してある骨の一本を勢いよく引き抜く。
抜かれた部分からは、噴水のように血がドクドクと流れ出している。
「まずは味見だ。どれ…」
イザベラは引き抜いた骨に付いた零人の血を艶めかしい舌で舐めとる。
すると奴は目を見開き、狂い咲いた。
「ほう! 見事な血だ!
かつて味わったことがない味だ!
喜べ、蒼き宝石よ。
血肉はもちろん、この男の特殊な魔力も我の一部となる!
つまり、こやつの代わりを務められるわけだ!
安心して我と『契約』を交わせるな!
ハハハハハハハッ!!!」
その言葉を聞いた瞬間、私の何かが弾けた。
☆フレデリカ・シュバルツァーsides☆
ボン!!!
突如、ルカが爆発した!
これはレイトとルカが『同調』するときの…?
だけど、レイトはまだヴァンパイアに捕らえられたままだ。
じゃ、じゃあ今の爆発は…?
「グオオ!」
「…っ!? くっ!」
近くに来た『腐動体』が私に被さってきた!
戦闘中によそ見するなんて…!
次々とゾンビ達が私に流れ込んでくる。
「フレデリカさん! きゃあっ!」
「シルヴィアちゃん! ニャアッ!?」
私以外にもアンデッドが襲いかかり、全員に覆いかぶさった。
潰され…る…。
……私、こんなところで死ぬの…?
ごめんなさい、パパ、ママ…。
ブン!
懺悔をした瞬間、圧力が軽くなった。
いや、覆いかぶさってきたアンデッド達が消えた?
ドドドドド!!!!
刹那、上の方からものすごい爆音が聞こえてきた。
見上げると、さっきまでいたアンデッド達が全て天井に叩きつけられていた。
ボトボトと、血と肉と骨の雨が降り注ぐ。
しかし、一体だけ上に留まっているアンデッドが…いや、違う!?
あれは人!?
腰まで届いた蒼い髪にスラリとした長い四肢、右手にはレイトが使っていたファルシオンを携えていた。
ま、まさか…あれって…?
「…ルカ…?」
「…………」
私が問いかけるも、宙に浮いている蒼い女性は何も答えず、ブン!とその場から消えた。
「ぎゃあぁぁぁぁあ!!?」
レイトのいる方から悲鳴が聴こえてきた。
そちらを見ると、血のついた骨を持っているヴァンパイアの腕が切り落とされ、地面へうずくまっていた。
は、速い…!
「ぐっ! キ、キサマ! 何者だ!?」
「……口を閉じろ、三下のクズめ」
ブン!ブン!ブン!ブン!ブン!ブン!
吸血鬼を天井、地面、壁、柱へ転移させ、それぞれに容赦なく叩きつけ始めた!
あの声はやっぱりルカだわ…!
「ガッ…! やめッ…! あがッ!」
「……………」
な、なんて攻撃なの…。
イザベラが喋る隙すらあたえず、ひたすらに転移を繰り返した。
ルカは背筋が凍るような冷たい眼で彼女を睨みつけている。
「あ……あ…ガフッ…!」
激突の応酬を繰り返されたイザベラは、ボロ雑巾の如く地面にうずくまり、身動きを取らなくなった。
「…………」
ガン!
ルカは無言のままレイトの方へ身体を向け、ファルシオンを骨の壁に叩きつける。
ガラガラと骨が崩れるのと同時に、レイトもそのまま前へ倒れ込んだ。
その彼をルカは両腕で優しく受け止める。
レイト…!
「零人、大丈夫か?」
「…だ…レ? る…カ…なの…?」
「ああ、そうだ。よく頑張ったな…」
「レイト!!」
二人の元にたどり着き、滑り込んで彼の具合をうかがった。
抱えられているレイトは全身血みどろだ。
ヒューヒューと、笛のような音をさせた呼吸もしている…!
そんな…ダメよ!
「ルカ…なのよね?
レ、レイトは無事なの!?」
「見てのとおり深刻だ…。
身体の傷もそうだが、先の『魅惑眼』とやらの残滓エネルギーが零人の中で燻っている」
「そ、そんな…」
いやよ…!
ペタンと足の力が抜け、その場に崩れ込んでしまう。
「レイト君! 死んじゃ嫌ニャ!」
「レイトさんを寝かせてください!
私が治療します!」
ボロボロになったシルヴィアとセリーヌがこちらに走ってきた。
そうだ…!
前と違って、今回は光魔法と回復魔法を扱う『聖教士』のシルヴィアが居るんだ!
「零人、大丈夫だ。もう少し耐えてくれ」
ルカは地面に零人を寝かせると、シルヴィアがレイトに魔法をかけ始めた。
「治療は二つ同時に行います!
『回復』!『解呪』!」
パァァ!
光の魔力がレイトを包み込み、みるみるうちに傷が塞がった。
同時にイザベラの闇の魔力が、レイトから放出されていく…。
ああ…良かった…!
さすが『聖教士』ね…。
シルヴィアが今日ここにいて本当に良かったわ…!
少し落ちつき、改めてルカの方を見る。
…不思議な顔立ち。
切れ長の眼に、吸い込まれそうな蒼い瞳…。
額にはルカが変身する前と同じ、蒼の宝石が埋め込まれてる。
宝石って人間だったのかしら?
「オオオオオオ!!!!」
「「「!?」」」
突然、雄叫び声が後ろから響いてきた!
まさか…!?
「ヨくも…よくモ…ヤッテくれタナ!!!
皆殺しにシテくれル!!」
イザベラ…! あの女まだ…生きて…!
黒いドレスはビリビリに破れ、顔は既に原型を留めていない。
「我を怒ラせた事、アの世で後悔スルが良い!!」
ヴァンパイアは身体を丸めると、ボコッボコッと背中から羽根が生え、肌の色が黒く変色していった。
やがてその身体は大きくなっていき、ドラゴンと同じような四つ足の異形の怪物へ変貌した!
吸血鬼にこんな力が…?
こ、これじゃあまるで『悪魔』だわ…!
「死にぞこないが…もう一度叩き潰してやる」
ルカが応戦しようと立ち上がろうと腰を上げる。
しかしその瞬間、パシッとルカの手を掴んだ者がいた。
「れ、零人?」
「よぉ…俺にもやらせてくれよ…。
まだ、肝心の仕事が残ってるんだ」
「レイト!? ダメよ! 安静にしてなさい!」
ヘラヘラと何を言い出すのこいつは!
さっきまで瀕死だったくせに!
「……分かった。心を合わせろ、零人」
「ああ…」
「ちょ、ルカ!?」
ルカまで何闘わせようとしてるのよ!
あんな奴に適うわけ…。
「シュバルツァー」
「へ? な、なによ?」
「許せ」
何の事…と訊く前にルカはレイトの上体を抱え、呟く。
「『融解』」
ルカはレイトと唇を重ねた。




