第17話:冒険者業
☆間宮零人sides☆
俺たちが『マミヤ邸』に住み始めて数日が過ぎた。
最初は高級スイートホテルのような部屋の数々に圧倒されたもんだが、人間やはり時が経てば慣れるものだ。
とはいえ宿屋の時とは違い、一人に一部屋が割り当てられるようになったため、それだけでもかなり快適だ。
ルカの奴は相変わらず俺と同じ部屋だけど。
元の世界で住んでたワンルームより広々とした自分だけの城、ふかふかのベッド、文句の付けようがない生活なのだが、ちょっとした悩みがある。
ガルドの村で暮らし始めてから、生活魔法の一つ『洗浄』をフレイにお願いして俺の身体を洗ってもらっていた。
しかし、その俺の『洗浄』をナディアさんが代わりにやると言い始め、毎回夜になるとどっちがやるかでケンカになる。
俺としては正直どっちでもいいし、なんならこの邸宅にはお湯を生成可能な魔道具付きの浴室があるので、そこでシャワーを浴びても良いんだけど…。
そして今夜もまた、バチバチに二人が火花を散らしていた。
「だから何回言わせるのよ!
レイトは今まで私が『洗浄』してきたんだから、あんたはしなくていいの!」
「こちらもいい加減言い飽きたぞ!
マミヤ殿が生活魔法を使えないのならば、その人を世話をするのが『給仕』の仕事、つまり私の出番だろう!」
口喧嘩で終われば良いのだが、バリバリ武闘派のこの二人はそうはならない。
あー、また始まるな…。
「なによ、やる気なの?」
「無論だ! 今回は決着をつけてくれる!」
「上等よ! 叩きのめしてあげるわ!」
二人のお姉さま方は、プンスカしながら俺の部屋から出ていった。
行き先は邸宅の地下に存在する訓練所だ。
ここ数日、二人はそこで力比べをしている。
俺もガルドでやった組み手で勝負しているみたいだ。
武器と魔法を使用せず、あくまで己の肉体のみで闘う訓練法。
この訓練のおかげで俺はガルド流護身術を習得することができた。
さすがにただの組み手では俺はフレイに適わなかったが、元冒険者兼武闘派警察のナディアさんは別格だった。
……普通にめちゃ強い。
彼女は単純な身体能力のみで、あのガルドのマッチョ共をちぎっては投げていたフィジカルゴリラのフレイと互角に闘えるのだ。
そのせいか中々決着がつかず、俺がため息をついているうちセリーヌが遊びに来て、こっそり洗ってくれる。
連日そんな感じだ。
「はい、レイト君。終わったニャ」
「サンキュ。
ゴメンな、ここんとこお前に毎日してもらっちゃって…」
「気にしなくても良いニャ。
あたし『洗浄』は上手じゃないからむしろこっちがゴメンなのニャ」
「魔力があれば私にも手伝えたかもしれないのだがな…。
あいにく私は転移しかできん。
歯がゆい思いだ」
ルカもルカで、生活魔法関連では俺と同じく何も出来ないことに申し訳なく思っているようだ。
運送の仕事なら俺たちが輝けるんだけどね!
「ねぇねぇ、レイト君!
またあれしてほしいニャ!」
「いいぞ。じゃあこっちに来な」
「ガッテン、ニャ!」
ピカッとセリーヌの身体が光に包まれると、銀色の毛並みが輝く『妖精猫』に変身した。
そしてピョンっとソファーに座っている俺の膝に乗ってくる。
「ルカ、ブラシ取ってくれるか?」
「了解だ」
転移でブラシを受け取り、セリーヌの毛づくろい…もといブラッシングを開始する。
こないだ一人で毛づくろいしてるのを見かけたので少し手伝ってやったのだが、セリーヌはすっかりそれに味をしめてしまった。
「どうだ、セリーヌ?」
「ニャフ…すごく良いのニャー。
蕩けるニャア…」
セリーヌは完全にリラックスしてトリップモードだ。
…ったくこの贅沢猫め。
「…………」
そんな彼女をルカがじっと見ていた。
「なあモービル。
君は毎回気持ち良さそうにしているが、毛づくろいとはそんなに良いものなのか?」
「もちろん! すっごく気持ち良いニャ!
ルカちゃんもレイト君にしてもらえば絶対分かるニャ!」
「…私は『宝石』だ。
体毛があるように見えるのか?」
ルカはちょっとムッとしてしまった。
もしかして毛づくろいが羨ましいのかな?
…よし。
「ルカ、お前にもやってやろうか?」
「だから私には毛など…」
「まぁ任せとけって。
セリーヌちょっと中断するな」
セリーヌを隣によけ、俺のリュックからある物を取り出した。
「それは布か? 何をするのだ?」
「これはスマホとかメガネとかを拭いたりする特殊な布なんだ。
ほらルカ、ここに乗っかれよ」
「う、うむ」
恐る恐るルカは俺の手に乗った。
布を折りたたみ、ルカの身体をやさしく拭きあげると、狙い通りの反応が返ってきた。
「こ、これは…! なかなかの感触だ!
滑らかな肌触りで、それでいて汚れが落ちていくのが分かる…気持ち良い…」
良かった、どうやらルカもセリーヌと同じ感覚を味わえているみたいだな。
…なんかちょっと可愛くなってきたな。
「お加減はいかがです? お客さん」
「うむ、あっ…もう少し上を頼む…」
「かしこまりー」
そんな調子で数分間拭いてあげたら、ルカの身体はいつもより綺麗に蒼く輝いた。
宝石は磨けば光るとはよく言うけれど…まんまだな。
「はぁ…モービル、君は毎回こんな極楽を零人にしてもらっていたのか」
「ニャハハ! あたしが嵌るのも分かるニャ?」
「ああ、これほどの威力とはな….」
「気に入ったなら、またやってあげるよ」
その後はセリーヌのブラッシングを再開して、終わったあとはゲームして眠くなるまで遊んでいた。
そして就寝時間になると、俺はいつも決まって枕元に寝ているルカとおしゃべりをする。
「俺たちが待っているモネ・ラミレスだっけ?
その人まだ帰ってこないのかな」
「一応帰還した際は冒険者ギルドに連絡するよう伝えておいた。
そう焦ることもあるまい」
「けどさー、音沙汰がないとどうも不安で…。
ガルドかエステリに寄ってくれてるなら迎えに行けるんだけどな」
「こちらへは乗り合わせの馬車運行で向かっているらしい。
道中の村や町に停留所があるとも言っていた。
いつも通りクエストをこなして他の候補者を探しつつ、気長に待とう」
「だな。明日も早いし寝るか。おやすみルカ」
「ああ、おやすみ」
☆☆☆
「それではナディアさん、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気を付けるのだぞ」
朝ごはんを食べたあと、俺とルカ、フレイ、セリーヌは準備をして4区にあるギルドへ出勤する
ナディアさんは『マミヤ邸』で給仕の仕事だ。
「あの赤毛…諸々と気に食わない所はあるが、料理の腕だけは認めざるを得ないな」
「まあ、そうね。
あれに胃袋を掴まされない人なんていないと思うわ」
「今日の朝ごはんも美味しかったニャ〜」
ルカとフレイはナディアさんとあまり相性が良くないみたいだが、ご飯の時だけはめっちゃ素直になる。
現金なヤツらめ。
「それで今日は何のクエストを受注するのだ?」
「提示版を見てからだけど…。
とりあえず何か狩りたいわね」
「なんでお前はいつも戦闘しないと気が済まないんだ…」
たまには薬草採取とかアイテム配送でも良いじゃないか。
転移使えばいくらでもタスクこなせるんだし。
「紅の魔王との闘いに備えて我々の戦闘力を強化するのは賛成だが、ここ数日戦い過ぎなのではないか?」
「良いじゃない、別に。
私はただ…負けたくないだけよ」
最近、俺たちは主に魔物の討伐のクエストを受注している。
フレイの戦闘力は実際には大したもんだと思うけど、彼女は不満なのだろうか?
もしかしたら、ナディアさんの究極魔法を使ったあの闘いに当てられたのかもしれない。
「あたしも洞窟とかダンジョンに潜れるなら戦っても良いけど、広い所は苦手ニャ…」
「もうセリーヌまで…分かったわよ。
今日はみんなに任せるわ」
セリーヌの言葉でようやく折れてくれた!
よし、今回は俺が見繕ってくるか。
☆☆☆
王様との謁見以降、俺たちは冒険ギルド内で少し有名になり、色々な冒険者から声を掛けられることが多くなった。
「よぉ、黒毛の。
今日も女二人侍らせて仲良く出勤かァ?
調子はどうだ?」
「おはよう、リック。
このところ毎日騒がしくてあまり休めてないよ」
「女三人だ。修正しろランボルト」
「ああ、わりィわりィ。
蒼の姉さんも居たんだったな」
「おはようございます、皆さん。
今回も魔物狩りのクエストを受注するのですか?」
「おはようシルヴィア。
いいえ。今日はレイトに任せるつもりよ。
皆からお小言貰っちゃったからね」
「ニャ。できれば『宝』を探すクエストが良いニャ〜」
このあいだ初めて他のパーティーと合同でクエストに挑み、それがきっかけでこの二人と仲良くなった。
人の名前を必ずあだ名で呼ぶ『蜥蜴人族』の男。
『リック・ランボルト』。
メガネを掛けた知的な人族の女性。
『シルヴィア・ゴードン』。
『新人』の頃からコンビを組んでいて、現在の二人のランクは『準・冒険者』だ。
「なんだ、今日は戦わねェのか?
蒼の力を使った闘い、なかなかおもしろいから、楽しみにしてたんだがな」
「そんな連日戦ってたら身体がもたねぇって。
それにセリーヌの『盗人』の特技をあまり活かせないクエストばっかりだったしな」
「そうニャ!
あたしも頑張って活躍しないとレイト君達に置いていかれたままなのニャ!」
セリーヌがフンスと、気合いを入れる。
というのも、例の盗賊団壊滅クエストを達成した功績で、なんと俺とフレイはいきなり『準・冒険者』に昇級してしまったのだ。
ギルドによる評価は厳しく、なかなか昇級できずに、何年も同じランクで過ごす冒険者はザラにいるのだとか。
俺たちがクエストを達成できたのは、元々セリーヌが仕事を斡旋してくれたおかげでもあるので、彼女も昇級させるようギルド受付嬢に掛け合ってみたが、そういう評価基準ではないらしい。
詳しい評価基準は教えられないらしく、昇級をしたければとにかく実績を作ることが大切…と一蹴され、それ以上の質疑には応じてくれなかった。
その理屈だと、俺とフレイはたった一個の実績で昇級した事になるわけだが…。
数をこなせば良いということではないのかな?
「ま、今日は闘らねェってんなら、オレらは別のクエストを受けることにするぜ。
せいぜい頑張るこった」
「待ちなさいリック。
貴方も些か落ち着くべきかと思います。
冒険者は闘いだけが全てではありません。
『探求』と『発見』も立派な冒険業です」
シルヴィアは指で眼鏡のフレームを上げた。
『探求』と『発見』か…。
ルカとセリーヌで盗賊のアジトに忍び込んだ時は、まさにそんな感じだったな。
けっこう良い事言うじゃん。
「そんなもんオレのスタイルじゃねェよ。
やっぱ冒険つったら、強ェ魔物を狩ってナンボだろ?」
「それは二流の冒険者の考え方です。
私たちは何のクエストがきっかけで昇級しましたか?」
「うっ…『リニオン遺跡の最奥にある古代魔道具の回収と納品』だろ…覚えてらァ、そんくらい」
「結構。私の言いたいことは分かりましたね?」
おお、遺跡か!
…ってことはダンジョンに潜ったってことかな?
何気にまだ洞窟しか入ったことないから、そういう探検クエストもちょっと気になるな。
「まぁとりあえず、掲示版の所見てくるよ。
みんなちょっと待ってて」
「待て零人。
君はまだ文字の読み方を完全には理解していないだろう?
私もついて行こう」
「…ちょ、ちょっとぐれえ読めらい!」
☆☆☆
朝のギルドで最も賑わう場所の一つ、掲示版の前で冒険者たちはその日の仕事を探す。
提示版に貼られている数々の依頼書には、依頼内容と依頼主、報酬と推奨ランクが記載されている。
だいぶこの世界の言語を勉強してきたのでそろそろ依頼書くらい読めると思ったけど、甘かった…。
まだ所々しか読み取れない…。
ルカに来てもらってよかった。
資産と我が家を得た今、俺たちは金を稼ぐクエストはあまり必要ではなくなり、いかに生きて帰れるクエストを選ぶかの方が重要になった。
特に『新人』の頃は、なおさら死亡率が高いと聞いたので、クエストの内容とパーティー人選は慎重に行わなければならない。
「ふむ、本日もなかなかに混雑しているな。
どうだ、何か良いクエストは見つけたか?」
「んー、ドラゴンと関係ありそうなのは当然はじくとして、今日あるのはほとんど郊外に出るクエストばっかりだな」
「あんまりドラゴンを毛嫌いしていると、逆に関わりやすくなるような気もするがな。
そういえばランボルトの奴は平気なのか?
彼も竜の血を引いている種族なのだろう?」
そう、リックは『竜の国』出身の亜人族なのだ。
最初に出会った時は、まんまドラゴンが服着て歩いている光景にひっくり返ってしまった。
そんな俺が平気なのかというと…
「平気なわけねぇだろ!
あいつに触れられるたびにションベン漏らしそうになるわ」
「はぁ…いつかそのトラウマを克服できれば良いのだが…」
「それは多分ムリだ」
だってドラゴン怖いんだもん。
今なら地球のトカゲとかヤモリでも気絶する自信がある。
この世界に来てから爬虫類全般が苦手になってしまったぜ。
…ん? この依頼は…。
一つの依頼に目をつけ、ルカに解読を頼む。
「このクエストならセリーヌも活躍できるし、フレイとリックの野郎も納得するんじゃない?」
「どれ……なるほどな、良いではないか」
依頼書を掲示版から剥がし、ギルド受付嬢のいるカウンターの列へ並んだ。
☆☆☆
-廃屋敷にある落とし物の捜索-
先日、レガリアから南に抜けた方角の『迷いの森』にある有名なお化け屋敷で、仲間たちと一緒に肝試しをしていました。
その屋敷には誰も居ないはずだったのですが、突然変な物音が聴こえてきたのです。
ビックリしてそのまま逃げ帰ってきたのですが、母から貰った大切なネックレスを屋敷に落としてしまいました…。
後日ネックレスを取りに戻ると、屋敷の周りにアンデッドの魔物がたくさん徘徊していて、近づくことが出来なくなってしまいました。
どうか、冒険者の方々…私のネックレスを取ってきていただけませんか?
(推奨ランク:準・冒険者4人以上)
☆☆☆
俺は受注したクエストの依頼書をみんなへ見せた。
すると、まずセリーヌが目を輝かせた。
「廃屋敷! ニャフフ…。
ようやくあたしの『盗人』の技術が火を吹くニャ!
レイト君、良いクエストニャ!」
「ほっほう、魔物が居るのか!
それならオレにも一枚噛ませろや」
「なるほど、私たちの得意分野を全員活かせる内容のクエストですね。
合理的かつ理想的…素晴らしい選択ですレイトさん」
良かった、みんな良い反応だ。
これならフレイのやつも…あれ?
なんか少し震えてる?
心なしか顔が青くなってるような…。
「フレイ? どうした?
お前はこの依頼気に食わなかったか?」
「へっ!? べっ、別にそんなことないわよ!
やってやろうじゃない!」
「そ、そうか?
でもお前かなり顔色悪くねぇ?」
それどころか膝もガタガタ震え出してる。
こいつはもしかして、あれか…?
「シュバルツァー、もしや君はお化けが苦手なのか?」
「うぇっ!? そ、そんなわけないでしょ!
私がアンデッド如きにビビるなんて有り得ないわ!」
ルカも俺と同じ予想だったようだ。
んでもって、その予想は的中した。
「別に無理して参加することないぞ?
なんなら今日はお前は先に家に帰って休んで、代わりにナディアさんに来てもらうとか…」
「…あんた、それってまさか私があの女より使えないってこと?
ふざけないで!
こうなったら意地でもついて行くわ!!」
青い顔から一転、今度は真っ赤になってキレた。
あちゃあ…失敗した。
あくまでフレイを心配して提案したつもりだったが、ナディアさんの名前を出したのが逆効果だったようだ。
こんなんで大丈夫かな…。
「レイト君、今回の依頼はあくまで屋敷でネックレスを見つけることだけニャ。
できるだけ素早く見つけて、転移で脱出すればきっと大丈夫ニャ」
「そうだな、もし万が一危険な状況に陥ったとしても、私か零人がシュバルツァーを『マミヤ邸』へ転移させれば良いだろう」
コソッと彼女らは耳打ちをしてきた。
フレイのフォローをしてくれるようだ。
こういう時心強いよな仲間って。
「分かったよ。
それじゃあ暗くなる前に帰れるようにがんばろうぜ」
そうして俺、ルカ、フレイ、セリーヌ、リック、シルヴィアの5人(+宝石1個)パーティーは、お化け屋敷潜入ミッションを開始した。




