44 子爵家の未来
「おお、戻ってきたか」
「お父さま何かあったのでしょうか?」
お父さまがわざわざ私を呼び出すなんて、珍しい。何か良くない知らせなのかと、不安になる。
「アニタ、お前王城で何かしてきたか?」
「え?」
そう言いながら、お父さまが手紙を手渡してきた。
「来年度の国税についての案内だ。今までよりもずいぶんと、軽減されている。──新しい税制でな」
「もしかして!」
「……やっぱり、お前」
そういえば、あの日はディアスのことを話して、満足してたわ。
累進課税を提案したことを、すっかり伝え忘れていたと思い出す。
あわてて、あの日あったことを伝えると、お父さまは大笑いしだした。
「それは良い! なかなかないチャンスを、しっかりとモノにしたお前は、まさしく次期領主だよ」
手元の手紙を広げる。
お父さまが喜ぶのもよくわかるほど、国税が軽くなっているのだ。
来年度からの適用ということなので、新しいチャレンジを領民にさせるのにも、ちょうど良いタイミングだ。
あの日耳を傾けてくださった、陛下やチョールエ様には、感謝してもしきれない。
「やっぱりエライ人に必要なのは、聞く力!」
「何だ、その聞く力とは」
「あ、いえ。下級貴族の話でも、きちんと聞いてくださるなんて、すごいことだなって」
慌ててそう誤魔化せば、お父さまは納得してくれた。
「ところでスイラの方は、どうなんだ?」
「今田んぼ──スイラを植える場所を、そう呼ぶのですが、それを作っているところです。春には順調に、植え付けができるかと」
「そうか。うまくいくと良いな」
「ええ、本当に」
二人で窓の外を見る。
青い空が広がるその先には、領民の家がすぐにある。
子どもたちの声も聞こえ、平和な世であることが感じられた。
貧しくはない。
ものすごく裕福なわけではないが、それなりの生活水準を、領民はキープできてはいる。
それでも、まだまだ改善したいことは、たくさんある。
私は日本に生まれ育った前世があるから、そこで享受できていた基本的な生活水準が、どうしても脳内から離れないのだ。
そのためにはお金。
お金がないと、どうにもならない。
お金がないなりの幸せなんて、それは政治には関係ないのだ。
教育水準も上げて、知識を得るチャンスを全員に用意したい、というのもある。
いつかは国の役人の多くがこの領地から、なんてことだって、夢を見てしまう。
「そういえば。アニタがしていた店は、第三王子がするんだってな?」
「元、ですよ」
「それがついてもつかなくても、役立たずなんじゃないか?」
お父さまの物言いに、笑ってしまう。
「それが、元がついたほうが、よほど役に立つのです」
「それはそれは。人には向き不向きがあったのかな」
「与えられた場所で咲くことができなくとも、チャンスはあると言うことですね」
学園で見ていたボンクラ王子と、同一人物とは思えないくらい──ちょっと思い込みが激しいところは、そこまで変わらないけれど……。ジャンジャックは、変わったのだから。
「彼を選ぶことはないと思ってたけど、選ばなくて良かったよ」
「選んでたら、どうしてました?」
「アニタが彼が良いというのなら仕方がないけど、教育は厳しくしただろうね。ディアスよりも」
「それじゃぁ、彼にとって今の状態は、ラッキーだったのかもしれないのね」
笑いながら、ジャンジャックを思い浮かべる。
初めて我が領に来たときには、余計なものが来てしまったと思ったけれど。まぁこうしてみると、悪くはなかったのかもしれない。
「それに、私はアニタがディアスを選んだことが、嬉しいんだよ」
「そういえば。どうして最初から、ディアスを私の婚約者に、選ばなかったのです?」
別に婿は平民でも良いのであれば、彼の気持ちを知っていたお父さま方なら、それもできたはず。
「一つは、そうはいっても貴族の婿の方が、社交含めてやりやすいかなと思ったから。そしてもう一つ。アニタが学園から戻ってきて、平民と結婚すると言い出しただろう? だったら、どうせならアニタが良いと思った人を選んで欲しいと、思ったからだよ」
私の髪を撫でながら、お父さまは笑う。
ああ、私は大切にしてもらっているなぁ。
なんて、しみじみ感じてしまった。
領民のことはもちろんだけど、私はこのお父さまやお母さまを始めとした子爵家の、子爵家に働く人も含めて、皆と一緒に幸せになりたいと、改めて感じる。
「それにしても、その元第三王子ってのは、料理ができたのか?」
お父さまの心配、わかりますとも。
今、少しずつロイヤリティが入ってきているからこそ、その辺が気になるんですよねぇ。
「その辺は、アザキニア商店さんにお任せしました。彼の料理の腕の教育も含めて」
できるだけ、自分の手を離していく。
そしてその分、他のことに注力していけば、領内でいろいろな人に、仕事が回っていくというものだ。
「うん。もういつ子爵を譲っても平気だな」
お、お父さま? それはさすがにまだ、早いですよ――!




