35 帰還
グルレンの森を越え、我がモルニカ子爵領に入る。
見慣れた街並みに、安堵の気持ちが強くなった。
「ようやく着きましたね」
「うん。ほんの一週間程度だったのに、なんだかもの凄く離れていたような気がするわ」
一週間も経っていないけど。
馬車が我が家に到着すると、すぐに皆が出迎えに出てきてくれた。
「お帰りなさい、アニタ」
「お姉様無事で良かった」
「姉さま疲れてない?」
「おねーちゃまおかえりなさぁい」
「ご無事のご帰還安堵しました」
「お嬢様の好物を作ってありますからね」
皆それぞれに声をかけてくれるのが、嬉しい。
「お父様もお戻りでしたのね」
「ああ。ちょうど昨日、帰ってきたところだよ。名代ありがとう」
「いいえ、お役に立てて嬉しいです!」
「さぁ、二人とも家の中にお入りなさい」
ディアスが、いつもよりも私の近くにいることに気付いたのか、お母さまはにっこりと笑って私たちに声をかけてくれる。
これはいつ言い出すべきか、と逡巡していると──。
「領主様、奥方様。お許しいただきたい儀がございます」
「ディアス。その話もまた、家の中でしよう」
お父様は彼が何を言うのかわかっているようだった。
うぅん。さすが領主なのかしら? 今の言葉でわかっちゃうもの?
家族がお茶をする部屋に、皆で入る。
家族が、といっても、この家はあまり多くの部屋を稼働させていないので、何かあればたいていここに集まるというだけだ。
「ディアスは、アニタの隣に座りなさい」
「……はい」
お父様直々に指示され、さすがのディアスも少し緊張しているみたいね。
彼の父親にあたるクリアノも、部屋の隅に立っている。
サラベルが紅茶を出してくれたのをきっかけに、お父様が口を開いた。
「陛下からの書状は、先にこちらに届いている。ご苦労だった。聖女に関しても、冒険者に関しても、そして元第三王子に関しても、だ」
私のあのときの判断が間違っていなかったということを、お父様が認めてくれた。
ランディオさんに関しては、お父様から直接冒険者ギルドに話も通したらしく、妙な噂や誤解が広まることもなさそう。
「さて。ここからは、アニタたちのことだ」
お父様の言葉を受け、ディアスはすっと立ち上がる。あわせて私も、立ち上がった。
「領主様、奥方様。私は、お嬢様──アニタ様と人生を共に歩みたいと、願っております。そして昨日、お嬢様にそのお許しをいただきました」
「お父様、お母様。ディアスを、子爵配として迎え入れたく思っております」
心臓がバクバクして、口から飛び出してしまいそう。
二人の返事を待つ間が、まるで一時間にも二時間にも感じてしまった。
すると、突然ぎゅうっと体を抱きしめられる。
「やっとかぁ」
「よかったわね、アニタ」
お父様とお母様が、私とディアスを、まとめて抱きしめてくれたのだ。
「りょ、領主様っ!?」
「お母様?!」
二人が離れると、私たちに座るように促す。
「クリアノとサラベルもおかけなさい」
部屋には妹たちもいるので、これでモルニカ子爵家のメンバーは、全員そろったと言えよう。
「いやぁ。一時はどうなることかと、思ったが。ディアスがちゃんと、アニタに告白できて良かったよ」
「アニタも、ディアスのことを気づけて良かったわ。これで安心してディアスに、アニタを預けられるわ」
ん?
んん?
「お父様、お母様? それってどういう?」
「だーって、ディアスがアニタのことを好きなのなんて、この家の大人は全員知っていたわよ」
は?
思わず目を見開く。
隣のディアスを見ると、苦笑していた。
「お──私も、つい最近知ったんです。絶対バレてないと思っていたのに」
「ということは、私だけが気付いていなかった、ということなの?」
「そうよ。でもこういうことって、第三者が告げることじゃないでしょ? それに、最初は本当に貴族の適当な婿を取ってくるなら、それでも良いかなって思ってたのよ。もちろん、子爵領とアニタを大切にする男ってのが、基本だったけど」
そういえば、お母さまは終始それを、私に告げていたわ。
「正直、アニタの相手は、貴族だろうと平民だろうと関係ないんだよ。子爵家を継ぐのはアニタだからね。上級貴族でもないし、裕福でもない。でも、私たちは誇り高き、モルニカ子爵家の人間だ。その誇りは、家系にあるのではない。この子爵領とその領民にあるものだ」
お父様の言葉に、涙が出そうになる。
そう。私たちの誇りは、この領地と領民だ。
それを大切にできないのであれば、貴族であろうと平民であろうと、そしてたとえ王族であろうと不要。
「アニタがきちんとディアスを見つけて、ディアスがきちんとアニタを守ってくれて、本当に良かったわ」
「君たちならば、お互いをきちんと対等に扱い、そして信頼して、この領地を運営してくれると信じているよ」
お父様、お母様の言葉に、私たちは強く頷き返事をした。




