22 全てを巻き込むの
護送車が、ゆっくりと動き出す。
先触れとしてその間に、早馬が王城に到着することだろう。
私はその先導の馬の、さらに先を駆ける馬車に乗っている。お父様が現在、仕事で他領にいっているので、私が名代として向かう。一応跡取りだからね。
「ディアスは、付いてこなくても良かったのよ?」
「護衛ですよ。お嬢様一人で、行かせるわけにはいかないでしょう」
「学園の時は、一人だったわよ」
「あのときは、乗合馬車だったじゃないですか。一定ランクの乗合馬車の馭者は、元冒険者がやってますからね」
「それで乗合馬車はケチるな、って言ってたの」
「あれ、知らなかったんですか」
知らなかった。ディアスがやたらと、私が乗る馬車のことを口にしていたのは、そういう理由があったのね。
しかし、なるほど。ジャンジャックは、一番安い乗合馬車に乗ったから、馭者が冒険者じゃなくてあんなことになったのか。
やはり、ケチってはいけないお金というものは、あるのね。
「それに」
言葉が留まったので、ディアスを見る。
思いがけず、優しい顔でこちらを見ているから、ドキドキしてしまった。
ん? ドキドキ?
「行き先は、王城でしょう? やっぱりお一人でなんか、行かせられません」
うわー、甘い。
甘い顔だ。
なに、ディアスこんな顔できるんだ。やだカッコイイ。
見たことがないような、とろけるプリンくらい甘くてやわらかい表情を浮かべるディアス。
心拍数があがってしまう……!
そういえば聖女が、ディアスをカッコイイって言ってたけど……。
え、まさかこの甘い顔、私以外にはいつも見せてたの? いや、そんなことないわよね。聖女にはゴミを見るような目を、向けていたし。
「お嬢様?」
「ううん。なんでもないの。そうよね、エスコート、エスコートが必要だものね。」
ディアスは平民だけど、一応我が領で、騎士の位を受けている。
王国の騎士ではないので、簡単に言うと地方公務員みたいなものね。でも、地方公務員だったとしても、騎士は騎士。王城の途中までは、入ることができるのだ。
さすがに謁見の間までは、無理だけどさ。
お城の中であれば、危険は基本的にはないはず。松の廊下でもない限り。
だからきっと、私のエスコートをするために、ついてきてくれている面もあるのだろう。
「それにしても、ランディオ氏には驚きました」
「ええ。まさかねぇ」
***
時を遡ること、半日。
「アニタさん、ありがとう……。俺は」
ランディオさんは私の目をしっかりと見て、口を開く。
「王城に、行くよ」
「ランディオさん?!」
「ランディオ?!」
私の声と、ジャンジャックの声が重なる。
「確かに俺は、彼女の言うことを信じただけだ。そこに何か罪があるのかと言われれば、俺は悪いことをしていないと言い切れる。でも、ここで逃げ去ったら、そのことが罪になっちまうんだ。それは、アニタさんを始めとした、この子爵領で良くしてくれた仲間たちに対する、裏切りだろ?」
「ラン……ディオ」
ジャンジャックの瞳が、赤くなる。
「……俺は。今の俺は、陛下に目通りすることなんて、できない立場だ。でも」
ぐい、とジャンジャックに腕が引かれた。
瞬間的にクリアノとディアスの視線が、彼に飛ぶ。
「アニタ嬢、頼む。手紙を……預かってくれないか。君が父う──陛下に、もしも目通りが叶うのであれば、いやそうじゃなくても、どうか、手紙を」
それが、今のジャンジャックができる、最大限なのだろう。
私は、彼のその想いを無碍にできるほど、非情な人間にはなれない。
ジャンジャックの手を引き離し、彼に微笑みかける。
「まずは皆、我が家に。あぁ、聖女だけは衛兵に引き渡して、護送の準備を。それはディアスにお願いするわ。クリアノは私たちと、同行してくれる?」
指示に従い、彼らが動く。私も今日の売上金をクリアノに渡し、ランディオさんと、ジャンジャックを促した。
「我が家で、手紙を書きましょう。陛下にお渡しするには、それなりの紙が必要よ。一応私が確認し、子爵家の封をかけます。その方が、ご覧いただける確率があがるわ」
「アニタ嬢……」
「二人とも──すまない」
深く礼をするランディオさんの両肩に、手を添える。
「お礼を言うのは、私の方よ。ランディオさんが、ここに連れてきてくれたおかげで、知らないあいだに我が領で、彼女を匿っていたということにならずに済んだ」
そこまで言って、私はジャンジャックを見る。
「それに、聖女がジャンジャックさんが滞在しているこの領に滞在することで、もう一つ問題が生まれるところだったの」
どうして自分が見られているのかわからないのか、ジャンジャックが小首を傾げた。
いや何、他人事みたいな顔をしているのよ。
「王命で平民となったジャンジャックさんがいる場所に、王命を無視して逃げてきた聖女がいる。それは、その二人が結託して謀反を企んでいると、疑われる可能性があるってこと」
そうなれば、我が子爵領だって、お咎めなしとはいかない。
私の言葉に、ジャンジャックが初めて気が付いたという、顔をした。
そういうところなんだけどね。まったくもって、ツメが甘いというか。
本当に、王子教育ってものは、なにしてきたのだか。
「あなたが、我が領の迷惑にならないように、と考えてくれたことがとても嬉しかった。私が子爵家の人間だと黙っていてごめんなさいね。でも、無事に戻ってきたら、また食べに来て欲しい」
床に、ぽとりとランディオさんから、雫が落ちる。
涙か鼻水かはわからないけれど、あとできれいに拭いておこう。
「さ、行きましょうお嬢様。お客人方も、今夜はゆっくりとお休みになってくだされ」
クリアノが私の背中を、そっと押してくれる。
「そうね。まぁ、たいしたおもてなしは、できないけど」
笑えば、二人も笑ってくれた。




