20 聖女襲来 2
店にはランディオさんと聖女、そして、ジャンジャックと私の四人だけになった。
そのことに、二人は気付いていない。
小上がり席で、二人だけの世界に浸っているようだ。
でも、そっかー。
ランディオさんって、ああいうのが好みだったのかー。
別に、自分からアプローチをしたことがあったわけじゃないのに、妙にショックを受けてしまう。
いやなんか……。
結局、男ってああいうタイプに弱いのね、みたいな気持ちにさせられるからだろうか。
それとも単に、私が学園の時に受けたアレコレを根に持っているから、微妙な気持ちになってしまうのだろうか。
「アニタ嬢……そろそろ」
「ええ、そうね」
ちらりと二人を見たジャンジャックが、私を促す。
彼は、ジャンジャックは、今のこの状況を、どう思っているのだろう。
と言うよりも、聖女はジャンジャックのことを認識して──ないっぽかったけど……それはそれでどうなんだ?
気付いていて無視しているのか、それとも本当に気付いていないのか。
「ランディオ、久しぶり。元気だったか? グルレンの森はどうだった」
「おお! ジャン久しぶりだな! お前にも、彼女を紹介させてくれ」
私たちもゴルゴ酒を手に、小上がりに近付く。
同じ場所へはあがらず、小上がりの横に、椅子を近付けて座った。
「マーシュだ。グルレンの森で、魔獣から逃げていたところを、保護したんだ」
「魔獣……から?」
「ああ。それで、国王騎士団がいるところに、彼女を連れて行こうかと思ったんだが……。そっちには、魔獣がいるかもしれないから怖い、と」
なるほど。聖女は、そういう設定できたわけね。
これ、ランディオさんは、完全に騙されているってこと。
ジャンジャックをそっと見れば、彼も私の意図に気付き、こくりと頷いた。
国王騎士団の元には、王国の教会の人もいる。
聖女は、教会の人に監視されていた筈だ。それを、魔獣退治の混乱に乗じて、逃げ出したのだろう。
そしてうまいこと、ランディオさんと出会い、彼を籠絡した、と。
ランディオさんの話を聞けば、おおよそ想像と同じだった。
ううむ……。これは、彼にどう真実を告げるべきか。
あ、そう言えば。
「マーシュさん。あなた、この男に見覚えはない?」
「? この方、ですか?」
じっとジャンジャックを見るが、本当にわからないのか、首をかしげる。
嘘を吐いているようにも見えない。
確かに、今のジャンジャックは、学園にいたときのような、華やかさはない。
それなりにきれいな顔はそのままだが、面差しが全く違う。
肌つやもあの頃のような美しさは消えている。
平民の中で見ると、元が良いせいもあってきれいだが、貴族ほどではないだろう。髪のつやも同様だ。
それでも、かつては愛し愛された相手だ。
わからないことなど──と思い、ふと気付く。
ジャンジャックは、確かに彼女を愛していたのだろう。
愛をどう定義するのかは、別として。
だが、この聖女はどうだったのか。
彼を愛していたの。
それとも、彼の立場を愛していたのか。
乙女ゲームと同じように、高位貴族ばかりを侍らせ──他の貴族男子にも手を出そうとしては、ジャンジャックに邪魔されていたけれど──得意になっていた彼女は、彼ただ一人を愛していたとは思えない。
「ごめんなさぁい。私は知らないけど……お会いしたこと、ありましたっけ?」
ことり、と首をかしげて最大限に可愛く見える角度で、ジャンジャックに媚を売る。
すごいな。
ランディオさんの前でも、それをやるのか。
さすが、全男性は自分のものと思っている(私の偏見だけど)女は違うわ。
これはジャンジャックも再び恋してしまうか、と思いきや。
「随分昔に、会ったことがあるな。君は俺のことを、愛していると言っていた」
「ジャン?! お前なにを!」
ワオ。
ジャンジャックったら、大胆にも事実をぶつけることにしたのね。
一方のランディオさんは、ジャンジャックの言葉に、反射的に距離を縮める。
でも、小上がりと椅子では、距離があった。
良かった。念のため距離をとっておいて。
「嘘じゃないさ。なぁ、聖女マーシュ」
ジャンジャックは、聖女の方を挑戦的な瞳で見る。
「ジャンジャック・フィオ・オルレオを知らないなんて、言わせない」
「え……ジャック?」
そう言えば、ジャンジャックは、彼女にジャックって呼ばせていたわね。
ここで新しく知り合った友人たちに、ジャンと呼んでくれと言っていたのは、過去との決別でもあったのかもしれない。
それにしても、どうやらセイジョサマは、そこまで頭が良くはないようだ。
いや、それはわかっていたけど。
ここで彼を知っていることを認めたらどうなるか、なんて想像できなかったのだろうか。
昔の知り合いに出会うとは、思っていなかったのかもしれないけれど。
「そうさ、マーシュ。君への気持ちを愛だと思っていた俺は、今や平民になった。そして、君はここにいてはいけない筈だろう?」
「し、知らないわ。私はあなたのことなんて知らない」
「あら。今彼のことを、ジャックって呼ばなかった?」
「ジャ、ジャンジャックさんって名前なら、愛称はジャックじゃない。だから」
「残念ね。彼の愛称はジャンよ。ランディオさんも、そう呼んでいたでしょう」
苦しい言い訳をする聖女を、今度は私が援護射撃のように、追い詰めていく。
悪いけど、彼女に私が個人的な恨みを持っていることとは別として。別として、よ?
この領地に逃げ込んできた人間が、王命に反しているとわかったなら、子爵家の人間として捕らえないといけない。
ランディオさんには申し訳ないけれど、これは絶対なのだ。
「マーシュ。ジャンと昔何かあったのかい? でも大丈夫。それでも俺は、君を愛しているよ」
わぁお。
グルレンの森で出会って、今日まで大して日も経っていないはず。それなのに、こんなにも愛を渡せるなんて、愛ってすごいのね。
人を好きになるのに、時間なんて必要ないって、聞いたことはあるけど──なるほど、こういうことなのねぇ。
おっと。そうじゃない。
「わ……私は……。その……、違うの……。ディオだけが全て。私はあなたのことを、愛しているわ。ここは怖いから、早く出ましょう? あなたと一緒に、冒険をするわ。この領を、出ていきましょうよ」
すごいな。
この流れで、こんなことを平気で、言えちゃうんだ。
ジャンジャックは、これをどう見てるんだろう。
そう思って、彼の方を見る。ジャンジャックは、呆れた様な顔をしているけど、その顔に悲しみはない。
なんというか――思い出補正すらできなくなる、そんな展開よね。
「良くわからないけど、マーシュがそう言うなら、そうだろうね。わかった。今日はもう遅い。明日にでも出よう」
ランディオさんって、こんなに頭悪かった? と再び思ってしまう。
夜のお商売の女性に入れあげる男性って、こんな感じなのだろうか。
「……悪いけどジャン、アニタさん。そういうことだから」
どういうことだっての。
窓の外に、気配を感じる。
待っていた人たちが、到着したみたい。
一方の聖女は、ランディオさんの言葉に、少し焦っている。
「いいえ、ディオ。私は、明日まで待てないわ。今日、今すぐにで」
「そうね。明日まで待つ必要はないわ」
彼女の言葉を遮り、私が大きな声を出す。
その声を合図に、執事のクリアノとディアスが、店内に入ってきた。
「あら良い男……じゃない。な、何よあなた」
本音が出てるわよ聖女。
まぁ良い男……良い男──? そうね。ディアスって良い男ね。
うん、そうじゃない。
「二人とも、お願い」
「はい、お嬢様」
私の言葉に、クリアノがランディオさんの間合いをとり、彼の動きを封じる。その間に、ディアスは素早い動きで聖女の腕を掴み、その手を後ろに回させた。
「くっ……。あなたは……」
「冒険者としては、まだまだ動きが甘いな」
ランディオさんが動けないでいる。
クリアノはおっとりオジサンに見えるけど、腕利きの冒険者兼騎士でもあるディアスの、剣の師匠でもあるくらいの、実力者だ。
戸惑っているランディオさんに対して、私は口を開いた。
「ランディオさん、ごめんなさいね。でも、私は。アニタ・モルニカは、モルニカ子爵家の継嗣として、聖女マーシュを捕らえる必要があるの」




