ヒロインにざまぁしようとしたら逃げ道がないほど追い詰めてしまいとんでもないことになった悪役令嬢
窮鼠猫を噛む。
勢いです。よろしくお願いいたします。
誤字脱字報告ありがとうございます。助かります。
一部追加と書き換えました(9月9日)
異世界転生と転移になんの違いがあるっていうのよ。ゲーム知識はあなたにもあるじゃない。
それを『わたくし、知りませんわ~』と一蹴したあの悪役令嬢。マジで許さない。
『ユキ・シロガネよ。我が婚約者であるロジュリアに危害を加えたこと誠に許しがたい!本来なら処刑するところだが彼女の助言で娼館送りとする!』
そんなの公爵令嬢のでっちあげじゃない!ていうかそっちが勝手にわたしを召喚してきたくせに娼館落ち?!ふざけるな!!
『聖女の覚醒がなかったのですから仕方ありませんよね。代わりにわたくしがこの国の〝聖女〟として殿下達を支えていきますから偽者さんは安心してお勤めに励んでくださいね~』
全部全部あんたのせいじゃない!
何が『わたくし〝ゲーム〟なんて言葉知りませんわ~』よ!発音完璧だったじゃない!
ゲームが始まる前に全部自分の都合のいいように作り替えたくせに!
その上ヒロインにしかできないはずの『聖女の覚醒』まで奪うなんて!!
「絶対、許さないんだから!!」
ガバッと飛び起きたが身体中あまりの痛さに引きつった悲鳴をあげ身を縮みこませた。
うっすら目を開ければ明かり取り窓から射し込む日の光に照らされた埃がキラキラ光る。その埃にむせて咳き込めばまた埃が舞った。
ここは倉庫らしい。気絶している間に放り込まれたようだ。
昨日めでたく娼婦になり、客を取ることになったのだけどそれまでの鬱憤が溜まりに溜まっていたわたしは限界まで暴れて客をボコボコにし、窓を割りドアを壊し椅子を振り回して止めようとした者達を傷つけた。
そして疲れきったところを取り押さえられたがついでにわたしもボコボコにされ、着ている卑猥なスケスケのナイトドレスが血だらけになっていた。
「うげ、」
わかりきっていたけど透けてるせいでよく見えた脇腹に出来立ての大きな痣がある。胸にも足にもだ。頬もまだ熱を持っているくらい腫れている。口の中も鉄の味がして気持ち悪い。
ムズムズすると思って鼻の下を擦れば手には赤がついた。わたしは商品じゃなかったのか?
本当に殴りたい相手ではない人達に八つ当たりしたのは反省しているが腹の虫はおさまらない。なんなんだこれ。なんなのよこの終わり方は。納得いかないんだけど。
一年前、この世界に召喚されたわたしは聖女候補として学園に通うことになった。
今思えば学園で勉強するよりも教会で聖女としての修行をすべきだと思うのだけど、ゲームはそうだったので違和感など感じなかった。
そう、ここはわたしが現実世界でプレイした乙女ゲームの世界と同じだったのだ。
ようは聖女の力を使えるようになりこの世界や国を救うことが聖女の役目なのだけど、乙女ゲームなので世界を救うのは二の次三の次の話になる。
乙女ゲームといったら恋愛がメインだ。
学園には時間と愛を注いだキャラが生身で立っていてそれはそれは感動した。
しかもみんなゲームと同じように接し、話し、表情を変えるので眼福だったのは言うまでもない。
変だな、と思い始めたのは三人いる悪役令嬢の一人の動きがおかしかったことだ。
その令嬢につられて他二人の令嬢も変だと気づき、そして攻略対象のキャラクター達もなんか違う、と気づいた。
いつも近くにいるはずの攻略対象がおかしいと気づくのが遅れたのは誰もがとても好意的だったからだ。
それが聖女への敬意なのかゲームの強制力なのかはわからなかったけど、そのせいでわたしは大きく出遅れていたことを知り愕然とした。
サンディ・ローレング伯爵令嬢。
攻略対象の公爵令息と幼なじみで、その彼に片想いをしているが家格の関係で諦めていた。
攻略ルートでは婚約者の悪役令嬢の噂話を教えてくれたり、それとなく協力してくれる令嬢だった。
別のルートでは攻略対象の婚約者なので一切仲良くなれず敵対するのだけど、このサンディが自分と同じ現実世界の記憶があるのでは?と気づくのにそう時間はかからなかった。
なにせこの世界のサンディは家格の壁を飛び越え幼なじみの公爵令息と婚約していたし、ゲームで婚約していた攻略対象には新しい別の令嬢をあてがい婚約をさせていた。
その上ゲームではお互い無関心だったはずの悪役令嬢達が隙あらば語らい仲良くみんなでお茶までしている。
その流れで攻略対象達も集いそれぞれ自分の婚約者の隣の席に座るものだからあぶれたわたしが座れる席はなかった。
彼らが楽しげに囲み、笑い合う光景はまるで大団円のスチルのようだった。
ゲームでは貴族間の柵や兄弟の亀裂、コンプレックスなどの試練をヒロインと共に乗り越え好感度をあげていくことでようやく大団円に辿り着くのだが、それがサンディの手によって成されてしまった。
由々しき事態なのはわかっていたがクリアするためのイベントが何一つ残っていないことにはかわりない。
好感度をあげようにもそのためのイベントが発生しないのだ。
勿論悪役令嬢が起こすイジメのイベントも起きない。だって彼らの関係は完璧でつけ入る隙などないからだ。
嘘でしょ?と思った。じゃあわたしがここにいる理由は何?この世界に喚ばれた理由は何なの??
自分の存在意義が揺らいだところでダメ押しの事件が起こった。サンディが『自分にも聖女の資格がある』と嘯き、聖女の覚醒イベントをわたしから奪ったのだ。
わざとらしく乱入したサンディはわたしを押し退けてイベントを発生させた。
本当ならわたししか発現しないはずだった。だけどサンディはやってのけた。
時期や必要なアイテム、攻略対象達との親密度、そのすべての方法をサンディは知っていてわたしにわざと見せつけた。
そこには司教や神官、王家もいたがサンディが覚醒したとわかるとわたしはモブに成り下がった。もう誰もわたしを聖女としても聖女候補としても見てくれなくなった。
灰色通り越して黒だと断定したわたしはサンディとコンタクトを取り話し合いの場を求めた。
サンディはわざとらしくとぼけたが発音が正しいことを指摘すると開き直り薄ら笑いを浮かべた。それが本性らしい。
あの女はわたしがゲームをなぞり攻略対象を落とすことが嫌だったらしい。
彼らは自分や友人達と婚約しているのがあるべき姿でヒロインが介入することはあってはならない、間違っているとまで言ってきた。
『あなたにとってはゲームの世界ですが、わたくし達にとってはこれが現実なのです』
言いたいことはわかる。わたしだって最初は聖地巡礼とか言って浮ついていた。だからゲームのキャラクターが邪魔をするなと怒るなら理解もする。
だけどあんたは違うじゃない。
あんたは本来あるべき姿もシナリオも曲げまくってるじゃない。
そうつっこんだら、
『そうだったかしら?あの方とわたくしは互いに惹かれ合い、ずっと想い合ってきたから両家も納得して婚約したのですけど……』
とはぐらかすように苦笑した。
自分はシナリオを改変しても許されるのだと、自分が主人公でヒロインなのだとそんな思い上がりが透けて見えた。
これがもしゲームの世界ならサンディはバグどころの騒ぎじゃない。ゲーム自体を壊すウイルスだ。
自分が愛してるはずの世界を崩壊させるほどの厄災を振り撒いたのだ。なのにその自覚が一切ない。
どうせ今の婚約者が最推しなんでしょ、自分の欲のために事実をねじ曲げるなんて最低だ、ファンとして恥ずかしくないのか、とつついてやれば『これが本来の形では?ネットではそういう意見もありましたよ』と自白した。
何がネットでは、よ。自分がヒロインだったら相手を傷つけても奪ってたでしょうに。わたしから奪ったみたいに。
結局話はそのまま平行線で終わり、聖女の立場もなくなったわたしは追い詰められた。
この乙女ゲームに現実世界に帰還できるエンドはない。恐らくこの世界でもないだろう。
最推しはいたが悉くサンディが先回りしていて好感度を半分も上げられなかった。多分逆ハールートを狙ってもサンディが潰してきただろう。
友情エンドすら迎えられない自分に恐怖を覚えた。
バッドエンドってどうなったっけ。
志し半ばで死んじゃうとか聖女として生きていくとか?
どちらもなれない場合はどうなるの??
シナリオを改変されたせいでわたしにもわからない最終イベントを迎えた。会場に辿り着いたわたしは一人だけ制服のままきらびやかなドレスや礼服に囲まれ、ありもしない罪で裁かれた。
ゲームでの悪役令嬢がやっていた架空の悪行がわたしの罪になり、悪役令嬢達が受けるはずだった罰もわたしが受けることになった。
しかもゲームでは大体が修道院か国外追放だ。それを冤罪で娼館行きなど割に合わない。
それまでは味方してくれていた王子達も聖女じゃないと決まった途端手の平を返しゴミでも見るかのような目で睨み、サンディ達は悲しそうにしながらも嘲嗤っているのが見えた。
わたしは絶望し、このゲームが、この世界が嫌いになった。
「わたしをこの世界に追いやった神様?女神様?どっちでもいいわ。これはどういうことよ!
わたしはシナリオ通りに動いたわ。あの女に邪魔されてもやれるイベントはちゃんとこなした。この国を、世界を救えるように動いた!
なのにこれは何?わたしが要らないならなんで喚んだのよ!なんで要りもしないのにヒロインに仕立てたの?!
わたしはあの女と違って現実世界でやりたいことがたくさんあった!友達とも会いたいし家族にも会いたい!帰りたい!!
なんで何もしてないのに嵌められて殴られて体を売らなきゃならないのよ!!わたしは普通に恋をして彼氏とデートして普通に結婚するの!その権利もないっていうの?!
結婚相手も恋人も仕事もわたしが決めることよ!わたしの人生はわたしが決めるわ!あんたなんかに邪魔されてたまるもんか!
冤罪で裁かれてこの世界の男共の玩具にされるなんてまっぴらごめんよ!!
わたしを帰せ!元の世界に帰して!!!」
誰もいない古びた倉庫で喉が枯れるほど叫んだ。そうしなければ自分はどうにかなってしまいそうだった。
ひとしきり泣いた後腫れた目で窓の外を見上げた。代わり映えしない空だ。
周りに視線を落とせば埃っぽいが整理整頓はされている。蓋のない木箱には折れた木材や錆びた剣が入っていた。
虚ろな目で木片を手にしたわたしは持ちやすいように更に折って両手に持った。首にあてがうとチクリとして痛い。これなら刺さりそうだ。
「……呪ってやる。サンディもあの女達も、王子も側近達も、裏切った教会の奴らも王家も、この国全部呪ってやる!!」
こんな世界に落とした神も全部全部呪ってやる。
木片を離し掴み直す。
手が震えてしょうがない。
死にたくはない。
けどこの世界で生きていたくはない。
国を救い世界を救う聖女が、貴族と結ばれて幸せになるはずが萎びた娼館の娼婦になるなどそんなエンドがあってたまるか。
ぐっと木片を握り直すと大きく深呼吸をして、勢いよく首に突き刺した。
目を開けるとまだ埃臭い倉庫にいた。死ねなかったらしい。そのことにうんざりしていたらヒョコ、と出てきたもので視界が真っ白になった。
(ユキ、目が覚めた?)
どちら様?
焦点を合わせて白い物体を見るとそこには大きな犬がいた。
「犬……?」
(違うよ!ボクは聖獣!それにどちらかといえば狼だよ!白狼ってやつ!!)
あ、そう。って思ったところで思い出した。
「ゲームアイテムじゃん……」
確か中盤辺りで実体化する守護獣だったはず。聖獣の卵は手に入れていたけど聖女としての修行イベントをサンディに奪われて結局実体化しなかったのよね。
覚醒イベントの時に実体化していることも必要なフラグだったからどうにもならなかった。
「……今更出てきてももう出番なんてないわよ。放っておいて」
(どうして?)
「…どうしてって死ぬから」
(死なないよ?ボクが治したもん)
「は?」
そういえば喉に木片を刺したのにちゃんと喋れてる。そう思って手を喉にやれば木は刺さっておらず滑らかだ。
(他の傷も舐めて治しておいたよ!)
凄いでしょ!と自慢げな顔をする聖獣にわたしは呆れた顔で頬に触れ体を見た。本当に治ってる。
残っているのはさっきよりもナイトドレスが真っ赤に染まったのと気だるさくらい。
「……なんで死なせてくれなかったの?」
聖女でもないただの娼婦についていたところでなんの足しにもならないだろう。そのまま放っておいてくれれば契約が切れて自由になれたのに。
やさぐれているのは自覚できたがそれでも誰かにこのわだかまりをぶつけたくてそうぼやけば聖獣はつぶらな目をユキに向けた。
(だってユキに死んでほしくなかったんだもん。ユキはボクのこと見えてなかったけどボクはずっと見てたよ。
ずっと頑張ってきたじゃん。それなのにあいつらあんなことしてさ!ボクもカンカンなんだよね!)
「……そう。でももう終わったことだよ」
(そんなことないよ。女神様も『やっちまった~!』て大騒ぎしてたもん。女神様は最初からあの臭い女じゃなくてユキのことを聖女にするつもりだったんだよ)
「へぇ、そう」
だからなんだ、と見てやれば聖獣は困った顔でさっきまでブンブン振っていた尻尾を垂れ下げた。
「結果はご覧の通りよ。あっちが本物の聖女様でわたしは薄汚れた娼婦。どの辺が手違いなの?」
(ぜ、全部だよ全部!だってユキは聖女)
「わたしはもう聖女じゃないから。そういうのもういいんで元の世界に帰してくれるか殺すかしてくれない?」
獣なら人間くらいちゃっちゃと殺せるでしょ?と聞けば泣きそうな顔で折角治したのに……とぼやかれた。知るか。
(なら外に行こう!ボク実体化したからあの扉だって壊せるしユキを逃がすことだってできるよ)
「いいよ別に。この世界でやりたいことなんてないし」
ゲームという茶番劇で何もかもうんざりしてしまった。それに現実世界ほどの利便性も娯楽もない。家族も友達もいないのだから外に出たところでなんの魅力も感じない。
(女神様が元の世界に帰せないけどその代わりなんでも叶えてくれるって言ってるよ!)
「元の世界に帰すか殺して」
(死んじゃやだ~!!)
聖獣がだだっ子のように暴れだした。嫌なのはわかったから暴れるな物を壊すな。埃が舞うじゃないか。
「聖獣さんを見れて良かったわ。でもわたしはこの世界になんの未練も魅力も感じないの。だからわたしのことは忘れてお家にお帰り」
頭を撫でてやれば尻尾がぱたぱた揺れる。うーん、これでも埃が舞うな。
早く諦めてくれないかな、と突き放す言葉を投げたらショックを受けて項垂れた。可哀想だけど死ぬ人間に関わってもしょうがないし。
娼婦に聖獣がくっついているのも変だしね。想像してシュールな絵だな、とぼんやりしていたら聖獣ががばりと顔を上げた。
(ならユキが呪いをかけるのを手伝う!!)
何言ってるのこの子。
「いや駄目でしょ。聖獣がそんなことしたら。なんか罰とかあるんじゃないの?やめなよ」
(ううんやる!ボクはユキに生きててほしいしもっと外の世界を見てほしい!一緒にいれるためなら呪って格を落としても構わない!!)
落とすんじゃん。ダメじゃん。
(それにユキは聖女じゃないんだからボクだって聖獣じゃないもん!ただの高貴な獣だもん!)
いやあんまり変わらないような。
だから死なないで!外に行こう!とせがむ聖獣になんと返したらいいのかわからず、かといってもう冷たい言葉を投げつけることもできなくなった。
こういうところ、甘やかされまくったうちの犬そっくりだ。
うちの甘えん坊はまだまだ元気なのでこっちに来ることはないだろう。それにあの子の一番は父親だ。
わたしはあまり散歩しないし躾係なせいでエサもあまり与えてない……ねだるとすぐあげてしまう両親が悪いのだけど。
肥満気味だったけどちゃんと運動してるだろうか、と考えたらなんだか泣けてきてそして死にたい気持ちが萎んでしまった。
「……さっき言ったこと、本当?ここから逃げる手伝いをしてくれるの?」
(!!うん!するする!ユキのこと絶対守るよ!)
「女神様が、わたしの願い事はなんでも叶えてくれるって本当なの?」
(うん!!……あ、多分?できる限り頑張るって)
この聖獣は女神様と会話ができるのか。ゲームでは女神様と会話する、なんてことはなかったからなぁ。
でもこれで全部悪いのは女神だとわかったから呪う相手をもう一人増やさなきゃね。
(ユキ。あのね。女神様を呪うのはやめてって。理が違うから多分呪いかかっちゃうって言ってる)
チッ。頭の中覗けるならもっと早く手を打ちなさいよ。なんでこんなことになるまで放置してるのよ。
わたしの願い全部聞き届けなかったら女神を呪うから。まだ許してないから。むしろ当分許すつもりないから。そう呟けば誰かの悲鳴が聞こえた気がした。
「行くわよ。ジュール」
(?!もしかしてボクの名前?)
「うんそう。嫌?」
(ううん!嬉しい!!ありがとう!)
うちの犬はいつも涎をじゅるじゅるさせるからそんな名前になったのだけど。
何も知らない聖獣は尻尾を高速に振って部屋をぐちゃぐちゃにした。早く出ていかないと生き埋めにされそうだ。
「行くわよジュール」
(うん!)
膝に手を置き立ち上がったユキは簡単に壊され開かれた出入口をくぐり抜けた。
◇◇◇
娼館を全壊に近い半壊まで壊させた後、わたしをボコボコにした男達を壊れかけた家屋に逆さ吊りにしてから王宮に向かった。
ジュールは体を大きくすることも小さくすることもできるらしく背中に乗りやすい大きさになってもらってそのまま乗り込んだ。
ジュールの鼻を頼りに向かったが窓を割って入ったサロンには国王と王妃を含めたゲームのキャラクターが勢揃いしていた。
「ジュール」
(はいよー)
合図するとジュールは何と聞かずにサンディの頭を口に咥えた。
そしてそのまま床に引き倒し頭と足に前足を置いて動かないように押さえつけた。それだけでサンディは悲鳴を上げ痛みを訴えてくる。
「ユキ・シロガネ!!何をしに来た!ここは貴様が来ていい場所ではない!控えろ!」
「我が妻を離せ、この悪女め!!」
サンディが悲鳴をあげるまで固まっていたくせによく言う。喚く攻略対象者達をチラリと一瞥すれば彼らはビクッと肩を跳ねさせた。
「へぇ~そんなこと言っちゃうんだ。なら言葉のとおり悪女になってあげるわ。ジュール、この女の足を粉々に砕いて」
(わかった~)
「嘘っ嘘でしょ?やめ、」
片方の前足を上げたジュールは思いきりサンディの足を踏みつけた。サンディは声にはならない悲鳴を上げ、何度か踏みつけると床にヒビが入った。
それを見た令嬢達が気絶するがユキはジュールに威嚇させ令嬢達を無理やり起こさせた。
「なんてことを!サンディは聖女なのですよ?!なのになぜ聖獣であるあなた様が聖女を傷つけるのですか!」
(偽者だからに決まってるじゃん)
残念ながらジュールの声は聞こえないが怒りの形相で唸っている姿を見て聖獣の機嫌を損ねたのはわかったようだ。
聖獣に敵わないと思った王子達はこっちに矛先を向けてきた。
「貴様は絶対に出られない娼館に落としたはず!そのお前がなぜ聖獣様と共にいる?!」
「聖女ではない貴様が聖獣様を操れるわけない!!何をした?!洗脳してどうするつもりだ?!」
洗脳?こっちは死にたかったのにこいつのせいで死ねなかったんですけど。
むしろジュールのせいであんた達呪われることになったのになんでわたしが洗脳しなきゃならないのよ。
「王子様。わたしね、あなた達にお礼参りをしに来たの。そっちの都合でわたしを召喚しておいていらなくならったら娼館にポイ。
還す努力もせず知らんぷり。随分な話だと思わない?」
「それは、貴様が私の妃に危害を加え、聖女にならなかったからで……」
こんな状況になってもまだそんなこと信じるんだ。イラッとした気持ちがジュールにも伝わったのか聖獣はもう一度サンディの足を勢いをつけて踏みつけた。
「は?聖女以前にわたし人間なんですけど。勝手に召喚して誘拐してきたのはそっちじゃない。それで聖女になれないから冤罪でわたしを罰しても問題ないって?
わたしはこの世界でひとりぼっちなの。天涯孤独で生きなきゃなんないの。それを関係ない?責任って言葉知ってる?それでも王族なの?」
まだ処刑される方がマシだった。それを生きて罪を償えとか何様のつもりよ。
「わたしは確かに聖女になれなかったわ。でも変ね?女神も聖獣のこの子もわたしが聖女なんだって言ってるの。誰かさんが聖女の称号を奪ったんだって」
「世迷い言を!現にサンディは聖女となったではないか!資格がなければ聖女にはなれない!それが答えだ!!」
「まぁあんた達からすればそうよね。この女が泥棒でもそう信じ込まないと都合が悪いもの。誘拐してきた未成年の子供が聖女だったのに娼婦にしてしまいました、なんて今更言えないわよね?」
「……っ」
「わたしはこの世界に未練も何もないからさっさと楽になりたかったんだけど、聖獣と女神がダメだって言うのよ。聖女だから生きてなきゃダメなんだって。
本当腹立つわよね。わたしを生きたまま殺そうとした奴らの世界に留めようだなんてさ。
まあ、だから?ムカつく腹いせに魔女としてあんた達の国を呪ってあげようと思ったの。
あんた達はわたしにとって悪なの。バグでもいいや。歴史を正常に戻すためにも全員消えてちょうだい。どうせだから生きてる間にこの国が滅びてほしいな。そしてあんた達は恨まれながらひとりぼっちで死ぬの」
戦争でもない限り一人で死ぬのは当たり前なんだけど孤独死とか誰にも看取られないで死ぬとかそういうのがいい。自分がしてきたことを後悔しながら逝けばいい。
「ふざけたことを!!」
「あら、聖獣に剣を向けるの?命知らずね」
飛びかかろうとして騎士達がジュールの風魔法で吹き飛ばされた。
「怪我をする前にこの聖女様に頼めばいいじゃない。あなたの聖獣を引かせてくださいって。……あ、わたしに洗脳されてるから女神に選ばれた聖女様でもこの足をどけられないんだっけ?」
下を覗きこめばアドレナリンが出てるのかまだ気絶してなくて、というより起こされた感じ?まあ起きてるならいいか。
「聖女様なんだから粉々になった両足くらい自分で治せるんでしょ?さすがわたしが現れるずっと前から虎視眈々と聖女になるために努力してきただけのことはあるわね?
それだけの時間があるならさっさと聖女になってわたしを呼び出さないように努力してくれれば良かったのに」
鼻で嗤えばサンディは青白く血走った目で睨みあげた。
ジュールの足で見えないけど多分複雑骨折くらいはしてるだろう。わたしよりも血塗れになってないのは人体の神秘を感じる。
それともジュールが死なない魔法でもかけてくれてるのかな?
「なんで、なんでよ。聖獣なんていなかったはずなのに」
「一度死んだからじゃない?あんたが聖女になるイベント奪ってくれたから今の今まで見えなかったわ」
てっきりサンディも手に入れてると思ったけどこの女には聖女の資格はなかったらしい。それもそうか。ゲームでのサンディは普通の伯爵令嬢なのだから。
聖獣は聖女を守護する獣だ。最終イベント以外はマスコット程度の存在感しかないけど、聖女には必ず聖獣がつくものとゲームではそういう決まりになっていた。
だからこそ資格もないくせに聖女になったこいつが憎いと思った。
一度死んだと聞いた王子達はわたしの姿を見て息を呑んだ。血だらけのナイトドレスに嘘ではないとわかったのだろう。今更気づいても遅いけど。
「サンディに成り代わった偽者のあんたには誰よりも心を込めて呪ってやるわ。同郷のよしみでね。嬉しいでしょ?」
「……ごめ、なさ、許し」
「わたしと同じ苦しみを死ぬまで味わえ。ここにいる全員に裏切られ、世界中から見捨てられろ。ゲームの知識を思い出したことを恨みながら死ね」
憎しみを込めて言葉を放てばここにいる全員が顔を真っ青にした。ちゃんと伝わったのだろう。もしかしたらわたしは聖女よりも魔女の才能があったのかもしれない。
(ユキ。呪うなら解呪も教えとかないとダメだよ)
そういうものなの?別によくない?と思ったが施しは必要だと言われて国王を見た。石像みたいに固まってるけど生きてるよね?
「国王様」
「は、はい!!」
そういえばこの人と話するの初めてだな。それだけ聖女を軽視してたってことか。
「わたしこの国を出て行くけど、呪われるのはこいつらの自業自得だから。んで、こいつらを放置してたあんた達も同罪だから。
だけど心の底から反省して土下座して謝れば許さなくもないわ」
その言葉に国王らがホッとした顔になる。その程度で呪いが解けるならたいした呪いじゃないだろう、という顔だ。
シナリオ通りならこの後魔族が攻めてきて最終イベントに入るから聖獣いないのかなりヤバイと思うんだけど、まあシナリオを知らない人達にはわからない話よね。
「よくよく相談して答えを聞かせて」
もしかしたらサンディがその辺もどうにかしてるのかもしれないし、呪いを取り下げたりはしないつもりだ。
何度も頷く国王をシラケた目で一瞥したユキは「用も終わったし行こう」と促した。
「……なんで?あなただってこのゲームが、キャラ達が好きだったはずでしょう?それなのに、なんで」
愛するキャラクターを傷つけるの?振り返れば少しだけ身を起こし此方を見るサンディに「はぁ?」と不機嫌に返した。
それをあんたが言う?正ヒロインを追いやって自分だけが楽しんでたあんたが?はぁ?マジふざけるな。
「お前のせいでゲームも推しもみーんな大嫌いになったよ、バーカ」
わたしの味方になるはずだった人達を全員奪っておいてよく言うわ。
サブキャラのくせに何が〝このゲームが好きだったはず〟よ。
チートかまして本来ならあり得ない聖女役を奪っておいて『ここはゲームの世界ではなく現実世界なんです』ぅ?お前こそ現実とゲームをごっちゃに考えてるバグのくせに。
「いつまで聖女でいられるか見物ね。偽者さん」
わたしを殺しておけば正式なヒロインに成り代われたかもしれなかったのに。主人公に見放されたキャラクターがどうなるか…楽しみだわ。
そのことに気づいたような気づいてないような呆然とした顔のサンディに背を向けたユキはジュールと共に王宮を後にした。
「最終イベント、かなり大変なんだよね。戦闘は高い親密度と聖獣が必須だし、ラスボス戦闘は二回あるし、王都半壊免れないし、リトライは聖獣が持ってる宝珠じゃないと随分前まで戻されるし」
防御結界は主にジュールが担うから普通に考えて全滅間違いなしだし、隠れルートの魔族の皇子も味方の全滅が必須条件だ。
「あの偽者聖女の力がなくなるのはどのくらいなの?」
(うーん。あと三回かなぁ?両足の粉砕骨折治して他の人達も治すでしょ?その後は治癒能力が半分くらいになって使うごとにどんどん減ってく感じ?)
「それ、もっと早く使えなくすることできるの?」
(?……できるって。やる?)
「やめておくわ。ただわたしの呪いがちゃんと効いてなかったら魔族との戦闘中にサンディの聖女の力を消してくれる?」
魔力は残してあげてね、と言ったらユキは優しいね、だって。聖女じゃない主役なんてゴミも同然なのにね。
(これから何処に行く?)
王宮を出て誰も追いかけてこないことを確認したらジュールがそんなことを言った。
「ゲームに関連するあいつらが追っても探しても見つからない場所かな。あ、当面の生活は女神様がなんとかしてくれるんでしょ?」
(う、うん。とんでもなく贅沢に暮らしたいとかこの国の人間を全部消したいとかじゃなければいいよって)
「なにそれ。それじゃまるで本当の悪女じゃん。普通の日本人舐めんな?そんなことよりもお風呂に入って新しい服に着替えたいくらいしか考えてないわ」
服もドレスとかじゃなくて着やすい現代服がいい。それは贅沢?と聞けばジュールは嬉しそうに尻尾を振ってわたしらしいと言ってくれた。
走り出すジュールの背にしがみつく。とびっきりの温泉地に連れてってくれるらしい。
その前に服を買わなきゃなと考えながら青い空を見上げた。
読んでいただきありがとうございました。
えらいめに遭わせましたが悪役令嬢もの大好きです。
裏話サンディ。
娼館落ち行きは違和感を感じつつも周りの空気に乗せられ自分達の関係を脅かす敵として罰しなくてはと思い込んだ。それがゲームと悪役令嬢の作用ということも気づけず、むしろ高揚感に酔いしれヒロインを葬る決断に賛成した。
もっと細かくサンディ。
サンディ本人は最初推しと結婚できれば他はどうでもよく、ヒロインが困らないように他の悪役令嬢の毒抜きをしていたのだが攻略対象達から注目を浴びてしまい気づいたらヒロインの立ち位置にいた。
もしかしたらヒロインがいない世界なのかもしれない、そうであってほしいと思いつつ順風満帆な生活を送っていたらゲームが始まりショックを受ける。折角手に入れた幸せを手放したくなくてヒロインは全てを奪う敵認定をしてしまった。
少なくとも聖女の役割を残しておけば主役(聖女)のいない未知の結末にはならなかった。
ちなみにユキとサンディの推しは別。友人になった他の悪役令嬢が攻略対象と婚約したため、サンディは『ここはゲームではない、現実だから』を理由にヒロインの感情を考慮しなかった。
聖女になれてしまったのは女神のミス。ただし仮契約みたいなもので正式なものではなく、力の維持ができず最終イベント中に消える。
ゲームではヒロイン(聖女)が認めた攻略対象(最高親密度)が勇者となり仲間と協力して魔族に打ち勝つ予定だが、聖女(攻撃バフ+加護)と聖獣(最強防御)がなければただの人間なのでほぼ瞬殺される。聖女が魔法を使えても意味がない。
サンディもそこを危惧しなかったわけではなかったが聖女になれたことで安心してしまい、自分の幸せのために偽物聖女ユキを排除しても問題ないと短絡的に行動した。
最終イベントは善戦したが誰一人ユキ(聖女)に謝罪も懺悔もなく、自分達の力だけで乗り越えてみせる!と攻略対象らが叫んだためゲームイベントで得られた彼らのスキルを女神が奪い全滅。
生き残ったサンディは前世でお気に入りだった皇子にここぞとばかりに声をかけるがゲーム内容に縋ったことで女神が激怒。残りすべての聖女の力を奪い取った。
聖女でなければ隠しルートは発現しないためサンディは皇子の視界にすら入らず打ち捨てられる。また長年敵対してきた魔族の皇子に好意的な態度で声をかけ、乗り換えようとしたことを婚約者達に見られ不和が生じた。