第38話 焼き鳥
「ほぅ、ジュウジュウいっていて実に美味しそうだな。よし店主、ねぎまを2本、俺とこの女の子に頼もうか。タレはいらない、塩だけでいい」
「あいよ! 1つにつき半銅貨1枚だ!」
元気よく答えた店主に、ジェフリー王太子は金貨を1枚手渡した。
「残りは取っておいてくれ。そうだな、できればお釣りでどこかの子供が来たら食べさせてくれるとありがたい」
「へぇ気前がいいねぇ! 何人も兵士が護衛についてるし、いったいどこのお大臣様なんだい?」
「俺の名前はジェフリー=アインス=フォン=ローエングリンという」
「ジェフリー=アインス=フォン=ローエングリン……ってまさかジェフリー王太子殿下ですかい!? こ、こ、これは大変な失礼をいたしました!」
その名を聴いた途端、店主が慌てて平伏した。
地面に両手ついて頭をこすりつける。
「よせよせ、今日は大バザールだ。つまり俺ではなく皆のための日だろう。そういう堅苦しいのは無しにしようじゃないか。それにせっかくおいしそうに焼けている焼き鳥が焦げてしまっては大変だ。焦げないようにすぐに作業を再開してくれ」
「へ、へい。温かいお言葉ありがとうございます」
店主はおそるおそる焼き鳥を焼く作業に戻る。
「それよりもさっきの分で、子供に焼き鳥を食べさせてやってほしい。頼んだよ?」
「そ、それはもう喜んで! いくらでも提供させていただきますよ! なにせうちはジェフリー王太子殿下が立ち寄られた名誉ある焼鳥屋ですからねぇ! そのお顔に泥は塗れませんですぜ!」
「ははっ、ありがとう。では早速いただこうか……うん、美味いな。やはり焼き鳥は塩を振っただけで食べるのが一番だ――って、どうしたんだミリーナ。そんなに驚いた顔をして」
焼き鳥を串から豪快に頬張るジェフリー王太子の姿を見て、ミリーナは驚きのあまり目を丸くしてしまっていた。
「あ、いえ。ジェフリー王太子殿下が、まさか焼き鳥を串のままお食べになるとは思いもよりませんでしたので、つい驚いてしまいましたの」
「ははっ、焼き鳥の食べ方くらい知っているさ。その昔俺に教えてくれた女の子がいてね。ガブっと行くのがここでのたしなみなんだと教えてもらったんだ」
「あらまぁ、それはお優しい子がいらしたのですね。では私も失礼して――」
ミリーナも同じように――年頃の貴族の娘がやるには少々はしたない仕草だが――焼き鳥をガブっと串から頬張った。
口の中に肉の旨味が広がっていく。
「どうだ?」
「とても美味しいですわ。奢っていただきありがとうございます」
ちなみにジェフリー王太子としては、さっきの発言は「ミリィに教えてもらったんだよ」というかなり踏み込んだものだったのだが、まさかそれが自分のこととは露ぞ知らないミリーナはさらっと流してしまっていた。
それはミリーナが、ジェンのことをもう過去として心の奥底に思い出としてしまい込んだことも影響していた。
もしここでミリーナが自分の昔話を披露すれば、思い出の相手と再会したことが分かり、2人の絆はさらにさらに深まったのだろう。
しかしこれはミリーナが過去のジェンではなく、目の前にいるジェフリー王太子を愛すると決めたが故のことなのだから、ミリーナが思い至らなかったことを責めるのは酷というものだった。
だってこれは、お互いがお互いを想うが故の小さなすれ違いに過ぎないのだから。
それにこのまま順調に交際が続けば、2人が幼い頃に出会っており、それからずっと思い合っていたことは自然と明らかになることだろう。
だから急ぐ必要などはないのだった。
そんな風に世間話や食べ歩きをしながら2人は大バザールを回っていたのだが、とある出店の前でジェフリー王太子が驚いたように足を止めた。
「これは珍しいな、メフネアの護り石じゃないか」
ジェフリー王太子の視線の先には、中央に据えられた宝石を台座の獰猛な鷲が翼で抱え込む意匠のネックレスが、いくつも雑多に並べられていた。
台座の鷲はどれも似たような姿をしていて、中央の宝石の色だけが違っている。




