第21話 ガツンと先制攻撃
リフシュタイン侯爵家令嬢アンナローゼと秘密の逢瀬を行っていたジェフリー王太子を見てしまい、思わず大温室から逃げ出してしまったミリーナ。
しかし悲しいかなミリーナは女官であり、つまり昼間の時間は仕事中ということになる。
王太子付きという特別な地位のため、何かやらなければいけない作業なり義務があるわけではないものの、勝手に王宮から抜け出すことは許されなかった。
そもそも既にその身はミリーナ個人の物ではない。
王宮の敷地外に出るには、王太子妃候補として必ず護衛が数名付くことになっているのだ。
それはさておき。
「はぁ……どうしたって落ち込んじゃうわよね……」
ミリーナはため息をつきながら、とぼとぼとと行く当てもなく王宮内を歩いていく。
しかしすぐに行く当てもなくなってしまい、ミリーナは仕方なくジェフリー王太子の執務室に戻ってきていた。
隣にあるミリーナ専用の自由に使える待機部屋でイスに座り、背もたれに体重を預けて天井を見上げる。
そうして先ほどの大温室での様子を思い返していたのだが、
「なんだかものすごく腹が立ってきたわ。気が動転して逃げだしちゃったけど、いっそのこと、あの場で問い詰めてやればよかったんじゃないかしら?」
わずかに気持ちが落ち着いた今になって改めて考えてみると、今まで嘘をつかれていたことがどうしようもなく腹立たしくなってきてしまったのだ。
やり場のない悲しみとともに、強烈な怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「そうだわ、だいたいどうして私が逃げないといけなかったのしら? 悪いのはジェフリー王太子殿下のほうじゃない。私は散々騙された上に浮気現場を目撃してしまった可哀そうな被害者なのに」
教養を積んだ貴族の子女とはいえ、ミリーナも年頃の女の子である。
自分の前では甘い言葉をささやき情熱的に振る舞いながら。
しかし裏でこっそり浮気していたクズ彼氏をとっちめてやろうと思ってしまうのは、これまた自然な感情の発露というものだった。
「もうこうなったら、一度ガツンと言ってやらないと気が済まないわ。となると、綿密に作戦を計画しておかないと。なにせジェフリー王太子殿下ときたら、頭の回転も口の上手さも人間離れしているんですもの」
素直ではあっても決して馬鹿ではないミリーナだが、ジェフリー王太子のいかにも誠実で、燃えるように情熱的な姿にはコロッと騙されてしまったのだ。
単に感情に身を任せて怒りを示すだけでは、口八丁手八丁で上手く逃げられてしまうのは明白だった。
ミリーナはなんと言ってジェフリー王太子を問い詰めようかと、あれこれ考えを巡らせ始める。
と、そんな風にミリーナがあれこれ考えていると、何も知らぬジェフリー王太子が戻ってきた。
ジェフリー王太子は少し疲れたような顔をしていた。
しかし部屋にいるミリーナを見るなり顔をほころばせ、両手を広げて抱き着いてこようとしたのだが――、
「その汚らわしい手で、私に触れないでいただけませんか」
ミリーナはピシャリと冷たく言ってジェフリー王太子を拒絶した。
(まずはガツンと一発、先制攻撃をお見舞いよ! ふふっ、子供時代にガキ大将たちを相手に立ちまわっていた頃を思い出すわ!)
「ミリーナ? 急にどうしたんだい? いったい何をそんなに怒っているんだ?」
ミリーナに着拒――抱き着き拒否――されたジェフリー王太子が、キツネにつままれたような顔をした。
「そんなことは私に聞く前に、まずご自分の胸に聞いてみてはいかがでしょうか? 思い当たることがお有りでしょう?」
「いや、特にそういうものはないが……」
「とぼけるおつもりですか? 今日の午後のことですわ」
「そう言われてもな」
(な、なんてこと! 信じられない! 事ここに至ってまだ白を切るだなんて、なんて最低な男なの! こんなクズ男が次期国王だなんて、ローエングリン王国もおしまいだわ!)
ジェフリー王太子の態度に、ミリーナは貴族の子女として、なにより一人の恋する女として憤慨してしまった。
それはミリーナがジェフリー王太子のことをそれほどまでに好きになってしまっていたということの裏返しでもあった。
そうであったがゆえに。
その気持ちが裏切られてしまったがゆえに。
ミリーナの心は荒ぶる冬の嵐のごとく凍てつき、それと反比例するように怒りのボルテージは噴火直前の火山のように猛烈に高まってしまったのだ。




